『とある祭りの報告書』
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ぽむ…ぽむ…
綾金の青空に点々と白煙の球が浮かび上がる。
その遥か下,地上では来るべき出番に備えた職人達の姿が見て取れた。
綾金市の夏,そこは全国どこにでも見られる行事が、やはりある。
「田波先輩,明日の晩は何か予定入ってます?」
ややクーラーの効いた神楽総合警備新社屋。
ボウガンの矢を磨く青年に、新入社員である彼女は楽しげに尋ねた。
「いいや、別に。何かあるの、柊さん?」
「でしたら、長良川の花火大会、見に行きましょうよ! 夏祭りでやるんです」
「花火かぁ、久しぶりだな」
青年・田波は嬉しそうに微笑んで窓の外の青空を眺める。
花火の準備であろう,煙だけの模擬弾が数発、青いキャンパスに咲いていた。
「うん、行こうか」彼は頷いて彼女に答える。
「やったぁ!」小さく跳ねる柊。
「明日は各人浴衣の用意をしてくること。いいわね?」
「「は〜い」」
「「へ?」」
振り返ると、蘭堂が居並ぶ神楽社員達にてきぱきとそんな指示を出していた。
青も藍になり始めた大空。
缶コーヒーを一本飲み終える頃、ようやく支度を終えた彼女達が出てくる。
「お待たせ
海を思わせる青の浴衣姿は柊。小走りに田波の横に並ぶ。
しました
草色に青い魚の柄の入った浴衣姿の桜木。
さて
白地に赤いサクラ吹雪きの舞った柄は梅崎。
ふともも辺りの妙なふくらみは銃か?
いきましょう。
うちわを扇ぎながら、蘭堂は続く。墨色のシックな浴衣だ。
れっつご〜
赤地にひまわりの黄色い柄が入った浴衣の菊島。
歩きなの?
安旅館で出てくるような灰色のそれに身を包み
眠たげなのは姫萩である。
に?」
紺一色の子供用浴衣はまや。
慣れない格好に頼りなげな足取りだ。
「花火は8時からか,時間はあるな」危なかしいまやの手を取り、田波は腕の
時計を見て呟く。
「川のほとりだっけ? 歩いて行くうちに時間になるわよ」普段より柔らかい
表情で、蘭堂が微笑む。
やがて一同は同じお祭り気分の人々が集まる川沿いの商店街までやってきた。
路肩には出店が立ち並び、なかなかの盛況振りのようだ。
と、田波が引く手が止まる。
「どした? まや?」
彼が手を引く少女はある出店を見つめていた。
大きなビニールプールに何かが泳いでいる。
「ああ、魚すくいだよ」
「?」まやは首を傾げる。そんな彼女を見て、田波は小さく笑うと懐から小銭
を取り出した。
「へい、らっしゃい!」
「見てな」店のおやじに、おわんとモナカ製のすくいを受け取った彼は、水面
を凝視。
金魚が上に浮いてきたところを…すくい上げる!
「ほらね」
おわんに入った小さな赤い金魚をまやに見せる田波。その後、2匹ほどすくい
上げ、小さなビニール袋に入れてもらう。
「食べちゃ、駄目だぞ」まやに手渡す。
”にっこり”
笑顔で頷き、その小さな袋を手に吊して中で泳ぐ赤を楽しげに見つめる子猫。
「甘いぜ、田波!」と、梅崎の威勢の良い声が背後から飛ぶ!
「「?」」金魚すくいの屋台に振り返ると、おわんを構えた梅崎と菊島がいた。
「見てなさいよ」と、こちらは菊島。
しゃき〜ん! 2人のモナカの付いたすくいが光ったように見えた。
「うらうらうらうら!!!」高速の手さばきで梅崎,おわんに次々と金魚が
ゲットされていく。
「「すげぇ…」」一同,呆気。
「負けないわよ,そりゃりゃりゃ!!」菊島も負けじと、こちらもまた高度な
技でみるまにおわんが金魚で山盛りになる。
「ええい、おやじ,新しい碗を貸せ!」
「金魚が足りないわよ!」
「ひぃぃ!!」店のおやじの悲鳴が響く。
「…終わりそうにないわ、先に行きましょう」蘭堂は冷たく言い放つと店
から背を向けた。
「まや、おいで」
熱中する2人を残し、一同は先へ進む…。
熱気が立ち込める。暑いこの夏にこの熱気,なかなか耐えられるものではない。
「矢島隊長?」
「何だ、成沢?」
「どうして我々は…」
ジュウ
熱い鉄板にソースの焼ける良い香りが、広がる。
「我々は屋台で焼きそばを焼かなければならないのですか?」
美しい黒髪を頭上でまとめ、浴衣を腕まくりした女性は心底疑問を顔に出して
隣の中年男に尋ねた。
「…ならばお前はワタ飴班に移るか?」両手に構えたフライ返しを絶妙に
動かし、鉄板の上の焼きそばをさばく矢島。その仕草は熟練した,プロのそれだ。
「そういう意味ではなくてですね…」
「北海道の雪像は自衛隊が作っている。あれは地域の皆様に自分達に慣れ親し
んでもらうための活動だ。それに比べ、我々ハウンドが屋台として出店し、地域
とのコミュニケーションを計るというのは極々小さな事ではないか?」
「はぁ…そういうものでしょうか?」
「そういうものだぞ。何よりここでの売上金は我々の活動資金に毎年大きく貢献
してくれているのだ,逆にここで稼がないと化け猫に対してベレッタ一丁で対処す
ることになりかねん」
”私達は公務員じゃないんですか?”そんな成沢の呟きは漏れることはない。
ピーピーピー
電子音が、響く。
「? 通信か?」矢島は屋台の柱にくくりつけてあった小型無線機のスイッチを
オン。
『ザザッ 矢島隊長!! 大変であります,我々金魚班はガラの悪い女性客に
よって壊滅的被害,至急応援を!! ザザッ』ノイズの混じった音ともに、緊迫し
た隊員の声と女性のものであろうか,うりゃとかとりゃとか掛け声が聞こえてくる。
「…成沢,ここは任せたぞ」矢島はフライ返しを彼女に手渡すと、屋台から
出て行く。
「分かりました,ここは死守します!!」
川岸に近づくにつれて、次第に屋台と人の数が増えて行く。
「あああ!!」
「ど、どうした? 高見ちゃん?」
桜木の叫び声で彼らの動きは止まる。屋台の一つ,射的の所を彼女は震える指
で指している。
その先には景品である妙なGIジョー人形。
「あれは! 幻のマニア垂涎,リカちゃんGIジョーバージョン! ちょっと
待っててください,あれを何としてでも取りますんで!」
桜木は意気込んで射的の無愛想なおやじに小銭を渡し、コルクの弾丸を3つと
銃を預かる。
「目標をセンターに入れて…」
ポン,ポテ…
「あ、あれ? もう一度…」
ポン,ポテ…
コルクの弾丸は弓なりに落ちて怪しげな人形までは届かない。
「ダメ…かなぁ」最後の一発を銃に詰めながら、彼女は溜め息。三度構える。
人形に向けて集中する彼女の背中が、ふと暖かくなる。
目を横にやると、すぐそばに田波の顔があった。
「コツがあるんだよ,射的用の銃はね、こう、脇を引き締めて…」
「あ…」背中から抱きしめるような格好で桜木を指導する田波。
「トリガーも人差し指と中指で」
重なる手と手。瞬間、桜木はトリガーを引いてしまう。
ポン
カタ!
偶然にも妙な人形にコルクの弾丸は命中,そのまま棚から倒した!
「あ、ありがとうございますぅ…」顔を真っ赤に染めて、桜木は何度も頭を
下げる。
「? でも今のは偶然じゃないのか?」
じゃかぽん
「あの、姫萩さん?」隣で始めた彼女を見て、田波は声を掛ける。
…じゃかぽん!
声が耳に入っていないほど集中しているようだ,さらに姫萩の弾丸は確実に一番
奥の段にあるバモスの1/16模型を落としつつある。
「ああ、あれも幻の!!」
「高見ちゃん?」
再び、お宝を見つけて興奮状態の桜木。
「おなか空かない? 田波くん?」蘭堂が言いながら田波の袖をひっぱった。
「先に行ってて良い?」恐る恐る尋ねる田波に予想通りの答えが返る。
「お〜う」
「あれ取ったらすぐに追いつきますぅ」
4人の鼻腔を、食欲をそそる香りが突いた。
香りの元は一件の屋台、犬印の看板を持った焼きそば屋だ。
「焼きそば2つください」田波は焼きそばを丁度プラスチックのタッパ−に詰め
ている売り子の女性にそう声を掛けた。
「はい、いらっしゃいませ!」かわいらしい声が反ってくる。
そして2人の視線がぶつかる。
「「あ!!」」驚き。
「どうしたの? 田波くん,あ!!」蘭堂もまた、人差し指を指して驚きの声を
上げた。
「お知り合いですか? 蘭堂さん?」柊は首を傾げて3人(+1匹)を見つめる。
「この娘が、田波くんをたぶらかしてハウンドに情報をリークさせている原因よ」
「ら、ら、ら、蘭堂さん,何てこと言うんですか?!」
「違うの?」
「「違います」」ハモって田波と成沢。
「ところで、どうして君がこんなトコで焼きそばを?」気を取り直して尋ねる田波
に、成沢は苦笑。
「ハウンドの活動の一環で…まぁ、それはそれで置いて置きまして,焼きそば、
お安くしますよ」
差し出された焼きそばを、蘭堂は一口。
「甘いわね」辛辣な一言。
カチン
「それは…味が甘めという意味でしょうか?」引き吊った笑みのまま、成沢。
「違うわよ。ソ−スをかければ良いってもんじゃないわ,アナタ、屋台を焼きそば
を馬鹿にしているでしょう?」まるで大同人物語の雑賀君の様に、挑戦的に問いつめ
る蘭堂。
「だったらあなたはこれよりもおいしいものを作れるっていうんですか?」迫力に
押されたのか,多少ビビリが入りながらも成沢は言い返す。
「愚問ね」蘭堂,一笑に伏す。
そのまま屋台の中に入り込み、成沢からフライ返しを奪い取る。
「大体、タラタラ弱火でやるもんじゃないのよ,キャベツとかの水がでちゃうで
しょう? さっと焼きあげて素材の表面をパリっと仕上げ、中身はジューシィに,
これは焼きモノの上での常識ね」
蘭堂はすでに切ってある食材を焼き上げ、解説しながら料理を進める。
「ヘラでかき回す際、麺同士が絡まないように,それでいて中に空気が入るように
豪快にかき回すこと!」
ジュゥ…先程よりもおいしそうな香りが立ちのぼる。
「それから焼き上がったのなら鉄板の端に寄せる! 焼きついちゃうでしょうが…
さ、食べてみなさい」
器に盛り、一同は焼きそばを口に運ぶ。
「「うまい…」」同時に同意見。
「じゃ、今度は一人でやってみなさい,それからまや、あなたの良い機会だから
ここで練習して行きなさい」
「にゃぁ!」
そしてここに、突拍子もなく蘭堂さん料理教室が開かれた。
「手首が甘い!」
「は、はい!」
「素早くコショウを降る!」
「にゃ!」
…・・
…
・
「置いて行こう」
「そ、ですね」
田波と柊は、結局2人で花火の一番良く見える橋の袂まで移動して行った。
人のひしめく橋の上。
ドン
大輪の花が咲く。
「た〜まや〜」
「きれいですね」
「久しぶりに見るよ」田波は言って、彼女に振り返る。
ドドンドン!
柊の横顔が、花火の赤や黄色,オレンジ色に映えた。
光の色に応じて、違った雰囲気に見える。
”柊さんだけなのかな? こう見えるのは?”
「結局、みんなとはぐれちゃいましたね」不意に彼女は田波に振り返る。
「あ、ああ。花よりだんごな連中だしね,人のこと言えないけどな」
「私もですよ」
クスクス
微笑み合う2人。
ドン…ドン!
「堤防の方へ移動しませんか? 結構ここ、混んできて…」
人波に、田波とはぐれそうになりながら彼女は言う。
「そうだね,掴まって」
「はい!」
田波は彼女の手を掴んで、橋を渡り堤防へと移動。足下が暗いこともあって橋より
圧倒的に人は少ない。堤防へと上る階段に足をかけた時である。
「あ…」ふらつく柊、そのまま田波に向かって後ろへ倒れる!
「っと!」
田波は慌てて彼女を抱き留める。
「ご、ごめんなさい!」彼の腕の中で誤る柊。田波は彼女の足下に視線を移す。
右足の草履が脱げていた。
「? 鼻緒が切れた?」それを拾い上げ、田波は困り顔。根元からぷっつりと切れ
ている。
「あ〜あ…どうしよう,きゃ…」それを手渡された柊はいきなり抱き上げ
られた。すぐ側には田波の顔。
「堤防の上まで、ね」彼は小さくウィンク。
「…はい!」
刈られた雑草の緑の絨毯の上に座り、2人は夜空の饗宴を見上げる。
トン
柊の頭が、田波の肩に凭れ掛かる。
「?」
「首、疲れちゃった」
「…ああ」
ドン!
やがて一際大きな花火が打ち上がり…
花火大会は終わりを告げた。
「さて、終わったね」
「田波さん?」背を自分の前に向ける田波に柊は疑問。
「鼻緒、切れてるんだからさ」
「すいません」
彼の背に手を掛けて、彼女は身を預ける。
柔らかい感触が、田波の背中に伝わった。
「あああ!!!」
と、遠く方の叫び声。
「どしたの? 高見ちゃん」こちらも聞き覚えのあるOLの声だ。
「何やってるのよ,田波くん! 神楽総合警備社則第十七条第二項!」菊島が
憤怒の顔で柊をおぶる田波を指さす。
「鼻緒が切れたんだよ」
「こんな風に」田波の背に乗る柊が切れた右の草履を見せる。と、それを桜木
が手に取った。
「鼻緒なんてこう、ちょちょいのちょいと,はい」
修理完了,手先が異常に器用な桜木である。
「ちっ」舌打ちの柊。
「ちょっと、何よ、今の『ちっ』て言うのは! 早く下りなさいよ!!」菊島
が詰め寄る。
「にゃ!」
その横から、大皿に盛られたソースの香りが田波に差し出された。
「うわ、何だ、まや、その大量の焼きそばは?!」
「今夜は焼きそばパ−ティってか?」梅崎は苦笑。
「ねむぃ…」あくびしながら、姫萩のラッキーストライクの紫煙が夜空に
立ち登ってのぼって行く。
乙女達の花火大会は、まだまだこれから(?)のようだ。
終わり
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あとがき
今は夏,暑くて暑くて涙のように汗が目に入るくらいの夏です。
てなわけで、夏祭りなSSです。気に入っていただけたでしょうか?
やっぱり祭りと言ったら浴衣でしょう!!
え? ハウンドメンバーの浴衣姿が見たいって?
アナタ。通ですね!(嘘)
何ともあれ、これからも宜しくお願いしますね♪
1999/08/06
文/元
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