雪が、舞い落ちる。
  ザザン…
  緩やかな波がコンクリートの寄せては返す。
  海の見える港沿い。
  シャレた街灯が海岸沿いに等間隔に並び、犬や猫といった意匠を凝らしたタイルの
 舗装道路が伸びる。
  コートに身を包むサラリーマンやOLは早足で通り過ぎ、仲睦まじいカップル達は
 海を眺めながらゆっくりと進む。
  そんな中を白いコート,白い帽子と真っ白な装束の女性が歩み行く。
  コートの胸合わせの所から覗くは白いスーツに赤いネクタイ。仮装?な訳ではない
 ようだ。
  晴れていれば見えるであろう,海に沈み行く夕映えはなく、街灯の灯かりが彼女を
 雪の中にうっすらと浮かび上がらせていた。
  彼女の両手にはいっぱいのバラの花束。
  赤い、赤いバラの花束だった。
  早足の彼女は不意に足を止める。目の前には巨大な建物,この海岸通りで目玉の
 ショッピングモール。
  しかしこれからが売り時であるはずの7階建てのこの建物からは人の気配はない。
  明かりすらもついていなかった。
  白い女は躊躇なく、無人のショッピングモールの入り口,シャッターで閉ざされた
 回転扉に近づく。
  ガララララ…
  唐突に、シャッターが開く。
  「ふん」
  小さく鼻を鳴らし、白い女は中へ。回転扉を潜る。
  ガララララ…
  彼女を飲み込み、ショッピングモールは再びその扉を閉ざした。
  シャッターにはこう書かれた紙が張られている。
  『本日 電気機器全面検査の為、臨時休業させていただきます』
  小売店が何十件と、今日という日を待っていたはずである。そんな日に休むとは、
 大きな痛手のはずだ。
  そう、今夜は…




          とある流れ星の報告書




  3Fまで吹き抜けになっている表玄関。
  彼女の目の前には巨大なクリスマス・ツリーが輝くことなく暗闇の中に音なく
 佇んでいた。
  「ぞっとしないね」
  バサリ
  花束を肩に。赤い小片が床に落ちる。
  バシャ、バシャ、バシャ!
  「…!」
  不意にスポットライトが、ツリーを照らす。
  メリ〜メリークリスマス♪
  流れ出すBGM,そして
  ツリーの電飾が、灯る。
  「クリスマス・イブの今宵,私とすごして下さるなんて、光栄ですよ…」
  若い男の声がツリーの根元から。白い女と対峙するように、黒スーツに金髪の
 若者。
  手にはシャンパンの瓶が握られていた。
  「…神楽のお嬢さん」
  パシュ!
  彼は瓶を手にした指を捻る。快活音を立てて瓶が口を開き、泡を立てて中身が
 零れ落ちる。
  彼は何処から取り出したのか,グラスを白い女に向って放り投げた。
  「捨て化け猫とイブをすごすほど、私は寂しい生活を送っちゃいないさ」
  パン,花束でグラスを払い除ける。
  銀の破片が床に光を散らせて広がった。
  「シャンパンはお気に召さないので?」
  「勤務中に酒はまずいだろ?」
  ニタリ,白い女は黒い男に笑いかけ、花束を突き出した。
  「シャレたクリスマスプレゼントですねぇ」
  「ならやるよ」
  カチリ
  金属音が、鳴る。続いて…
  トトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトト!
  軽快な炸裂音!
  赤いバラが散る,シャンパンの瓶が砕け散り、黒い男は糸の切れた操り人形の
 ようにツリーの前で踊る、踊る。
  女の手には金属の凶器。白い硝煙の煙が、彼女を包む。
  炸裂音と破壊音が収まる頃。
  メリーメリークリッスマス!♪
  BGMが狂ったようにループする。
  白い女の手には機関銃。
  彼女はそれをその場に投げ捨てると、男のその後を見ることなく右手に駆け
 出した!
  「やれやれ」
  穴だらけのクリスマスツリーの前で、男は身を起こす。
  全身に穴が空いていた,しかしそれはまるで粘土細工のように…
  グニャリ
  塞がる,服すらもアイロンがけしたままの状態に復元した。
  彼はスーツの襟を直し、白い女の背を眺める。
  「元気の良い子だ」破顔する。その表情のまま、彼は続けた。
  「まったく、殺しがいがあるな」




  白い女は駆ける,駆けながら懐に手を。
  硬く、そしてもっとも信頼できる冷たい感触。
  「っし!」掛け声一発。
  彼女は並ぶ店舗の一つに飛び込んだ。
  場所は3F,吹き抜け沿いの…
  「オモチャ屋か,ここで四方を壁に…はないか!」
  「子供へのプレゼントですか?」
  背後からのその声に、白い女は振りかえることなく懐の銃を己のコート越し
 に撃つ!
  ガァンガァン!
  ジャ!
  撃つと同時にその場を飛び退く彼女。
  背後にあった巨大なタレたパンダのぬいぐるみが真っ二つになる。
  「チィ!」
  白いガンマンは手元にあったぬいぐるみの一つを、迫り来る黒い狩人に投げ
 つけた!
  「うにゃ!」飛び退く黒スーツ。
  犬の、ぬいぐるみである。
  その瞬間に、彼女は店舗を駆け出し隣の店舗へ。
  婦人服を扱う店だった。ン十万するような高級品がマネキンと一緒に並んで
 いる。
  それらを惜しげもなくブチ倒しながら彼女の視線はある一点へ。
  「あった!」
  何を見出したか,店の奥へ向って駆ける彼女。
  「お気に入りの服でも見つかったのかい?」
  試着室へ駆け込んだ白い女を追って、黒スーツはゆっくりと部屋の前へ。
  閉じたカーテン越しに、彼は微笑を浮かべたまま伸びた爪の生える右手を…
  ジャキ!
  カーテンを突き通す! 確かな感触を爪越しに感じる。
  おもむろに彼は爪を引き抜き…爪を見る。
  「血が…?」
  「ほらよ!」
  「?!」
  背中を蹴飛ばされ、試着室に倒れ込む化け猫。
  そこには胸の所を鋭いもので貫かれたマネキンが一体。
  三方には忌むべき長方形の紙切れ!
  「しまった!」
  そして慌てて振り返る目の前には…
  御札の張られた移動式の全身鏡に映る己の姿!
  「黒いスーツ,良くお似合いですよ」
  白い女は鏡の向こうからそう声を掛けると同時に、手にしたハンドヘルド
 PCのリターンキーを叩く!
  「デリート!」
  「!?!?!?」
  ぱすん
  「「え???」」
  くぐもった音を立てて、四枚の御札がキナ臭い煙を上げる。
  「不発?」いまいましげに試着室を眺めて白い女。
  「残念だけど…」
  ガシャン,全身鏡が割られる。
  「着替える気はないんだ」
  化け猫は笑って試着室を出た。
  すでに目の前に獲物の姿はない。
  「ちょっと遊び過ぎたかな」男は手近のマネキンの首に巻かれたマフラー
 を手に取る。
  「そろそろ狩るか」マフラーを己の首に。
  薄闇の中、猫の目が光る。




  白き女はクレーンでそれを吊し上げる。
  ゆっくりと、音もなくそれはツリーを囲む様にして持ち上がって行く。
  彼女は1Fのロビーに戻って来ていた。
  カシャン
  遥か上でそんな軽い音を確認した彼女は、ツリーに背を預ける。
  先程、彼女の放った銃痕にボロボロになっているが作り物のツリー,中の
 太い鉄心のお陰で倒れることはなさそうだ。
  やがて彼女の左手から若者が一人,現われた。
  「探しましたよ」
  「そりゃ、悪かったな」
  「こんな目立つところにいるなんて、ね」
  ニタリ,二人は笑い合い…
  化け猫の爪が伸びる!
  白い女の銃が、化け猫に向う!
  ガァンガァンガァン…
  化け猫の顔、胸、腹に銃弾が炸裂,しかし彼の足取りは衰えない。
  接敵,化け猫が右手の爪を振り降ろす!
  ガィン!
  白い女の右手に握った銃に、爪が止まる。
  ガゥン,バゥン!
  女の手から2つの銃声が鳴った。
  一つは爪を止めた右手の銃,化け猫の首を貫き、たまらずその銃弾の勢いに
 もんどりうって倒れる! 彼はそのままツリーに体当たり。
  もう一発はいつの間に握られたか,左手の銃から。
  貫いたのは頭上の、一本のワイヤー。
  ゴゥ!
  飛来音,そして…
  ズン、ズン、ズン、ズン!
  ツリーと2人を囲む様に、4つの巨大なオブシェが床に食い込むくらいの
 速度で落ちてくる。
  「んな!」
  目の前のそれに硬直する化け猫。
  雪だるま,トナカイ,ソリ,そしてサンタクロースの2mはあるオブジェが、
 彼を睨んでいた。
  そしてそれらにはすべて長方形の紙片が一枚づつ…
  白い女は既にその内の一枚にケーブルをセット,ツリーの根元に展開する
 その包囲から待避済み!
  「そんな…」慌てて立ち上がる黒スーツ。
  だが、モーションは白い女の指先一つの方が早い。
  「メリークリスマス」
  タン,リターンキーが押される。
  「くそぉぉ!!」化け猫の絶叫!
  「デリート!!」
  バシュウ!!
  破壊の光,オブジェが青白く光り、ツリーの電飾が過負荷に全て砕け散る!
  鮮烈な、一瞬の輝き。
  それは小規模な爆発を伴い、吹き抜けの天井を突き破って外にまで飛び
 出した!
  「生憎と私は神様は信じてねぇんだ。一人でクリスマスを祝ってな」
  白い女は光を失ったツリーに背を向けて回転扉に歩き出す。
  天井の大きく開いた穴からは、ハラリハラリと白いものが舞い落ちてくる。
  それはあたかも傷ついたツリーを覆い隠すかの様…
  メリメリ〜クリスマスゥゥゥ…♪
  消え行くBGM
  パシュ,パシュ!
  黒焦げになったツリーを照らすスポットライトも消え、再び薄明かりに
 戻るショッピングモールのロビー。
  ピー!
  女の持つハンドヘルドPCの液晶板には、こうメッセージが現われていた。
  『封印完了 メリークリスマス,神楽のお嬢ちゃん』
  ピピピピピピピ…
  「ん?」
  懐の携帯電話が、鳴る。
  白い女はそれを手に取りながら回転扉を開けた。
  「はい」
  『真紀ちゃん,まだ終わんないの!』快活な女性の声が、響いてくる。
  「今終わったところだよ、社長」
  白い女はシャッターを開け、外へ出る。
  足元を彼女と同色の白い綿が包み込んだ。
  潮風に、本格的になった白い小片が吹き寄せる。
  「マフラーかっぱらってくりゃ、良かったかな」
  闇の中、星すら見えない厚ぼったい雲に覆われた夜空を見上げて呟く。
  『何か言った? 真紀ちゃん?』
  「いや、何でも」
  彼女は電話先の彼女に向って小さく笑って答えた。
  と、その夜空から舞い落ちるもの、一つ。
  それはユラリユラリと雪の中をたゆたいながら、白い女の首元に舞い下りた。
  マフラーだ。
  「…クリスマスプレゼント,か。貰っといてやるよ」苦笑。
  『さっさと帰ってきなさいよ! 皆、待ってるんだから!』
  「はいはい…」電話先で「まだ〜」や「さきやっちゃおうよ」,「我慢
 しろ!」そんな声が聞こえてくる。
  「今、戻るよ」
  笑って答え、彼女は電話を切る。
  カップルすらも雪のせいだろう,姿が見えなくなった海岸通り。
  白い女は足跡だけを残して、仲間の待つ帰路につく。
  確かに化け猫などとクリスマス・イブをすごすほど、時間に暇はなさそうである。



                  End...


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 あとがき

  えれくとら一万hit記念です。なんかげっちゃ早いなぁ〜
  今回はクリスマス間近ということで梅崎さんクリスマス仕様にしてみましたが
 如何でしたでしょうか?
  ベタなシリアスを演出してみたのですが…ムズイわ、このキャラは。
  何はともあれ、これからもえれくとらともども宜しく!

                                1999/12/12(Sun)


文/