『とある臨時休暇の報告書』


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  空は突き抜けるような青。
  どこか眠りを誘発しうる緩やかな日差しが降り注ぐ。
  小春日和だ。
  その天の下、駅前の綾金広場は熱気が集結していた。
  「3番,桜木高見! 趣味は読書ですぅ!」
  特設ステージの上で水着姿の彼女が軽いステップを踏む。何故か小慣れている
 気がするのは気のせいだろうか?
  彼女はステージの下の田波に目がけてにこやかに手を振る,思わず彼も手を振
 り返し…
  「お、俺達は一体何をやってるんだ??」
  ビデオカメラ片手に観衆に混じった田波ははっと我に返った。
   特設ステージ上には30人ほどの、同じ姿―――水着姿―――の女性達が立っ
 ていた。
  その後ろの横断幕にはこう大きく書かれている。
  『ミス綾金小町コンテスト』
  時間は昨日に遡る…




  「センパイ,田波センパイ!」
  「ん?」
  のどかな昼休み,ブルガ●ア飲むヨーグルト(カルシウム入り)を飲んで椅子に
 身をもたれていた彼に、新入社員の柊が新聞の折り込み広告を持って席の隣に立っ
 た。
  「コレ見てください」
  「?」
  『ミス綾金小町コンテスト 明日開催 飛び入り歓迎!』
  というロゴに着物を着た怪しげなおばさんの写真が写っていた。
  その写真のおばさんは肩から『5代目ミス綾金小町』なんて帯を下げている。
  「私でも優勝できるかもしれないです!」
  「結構はっきり言うのな」
  苦笑いの田波,そ、背後に気配を感じ慌てて振り返った。
  「ふぅん,賞金20万ね」
  「蘭東さん…でます?」
  何やら思案顔の彼女に、田波は笑って言った。と、
  「柊さん,出なさい」
  「「ふぇ?!」」
  「20万の内、半分はお給料に乗せてあげるから」
  「そ、そうじゃなくて…」
  「ちょっと、蘭東さん! 悪い冗談は…」
  田波の言葉はそこで止まる。彼女の目は本気だった。
  「ついでに高見ちゃんと夕も参加ね,これで賞金は頂きよ!」
  「え〜、私も参加ですかぁ?!」
  急に話題を振られ慌てる桜木に、一人燃えあがる蘭東。
  田波は慌てて社長である菊島に視線を移した。
  菊島は席で怒りに拳を震わせている。
  "さすが社長だ,ガツンと言ってくれ,Tell her GATHUN!"
  バン!
  菊島が思いきり机を叩き、
  「どうしてアタシが入ってないのよぉ!」
  "ダメだ,ダメ人間ばっかりだ…" ある程度予測していたのに敢えて考え
 なかった己が恥ずかしい,思う田波だった。
  「社長の幼児体型じゃ、会社の恥さらしでしょ」
  「い、言ってくれるじゃないの!! 特定の趣味の人には…ふぐぐ」
  「ああ、社長,ストップストップ!!」
  口を塞ぐ桜木。つと彼女は殺気を感じ、その隣に視線を移した。
  銃を手入れする梅崎である。彼女は帽子のへりをツィと上げ、
  「誰かを忘れてないかい?」
  桜木は見なかった振りをして視線を蘭東に戻す。
  「ところでどうして蘭東さんは出ないんですか?」
  「恥ずかしいじゃないの」即答。
  「…もぅ若くないからねぇ」菊島がボソリ。
  「柊さん,応募用紙をもう一枚追加してね」
  「おいおい、ホントに参加するのか?!?!」
  慌てふためく田波を尻目に、神楽オフィスは目に見えない戦慄に包まれてい
 た。
  ただし…
  「ふぁぁ…今何時?」
  「うにゃ?」
  地下ガレージの一人と一匹を除いては。



  その頃の某所。
  「黒猫…これは計画の一端なのか?」
  「ヴァシュカ,彼の指示に今まで間違いがあったと思って?」
  ヴァシュカは無言のまま背中を向ける彼に声をかけるが、隣に立つソックス
 にたしなめられる。
  「…しかし」
  「それとも私に負けるのが恐いのかしら?」
  ぶち
  何かが切れる音が確かにした。
  黒猫は、何も言わない。



  厚生省所轄ハウンド本部。
  「動き出した様だな」
  ニタリと矢島は今まで見せた事がないほどの嬉しそうな笑みを浮かべた。
  「ええ、さすがは黒猫…と言ったところでしょうか」
  ツィ、メガネを押し上げるはスーツの男・入江。
  「ヤツも結局は同じ穴のムジナ…強敵だからこそ、期待に応えてくれるな」
  「出しますか? こちらも」
  「当然だ」
  入江の特権でその日のうちに専門の撮影機器が部隊に運び込まれた。
  矢島の意図を素早く察したハウンド隊員(男のみ)はこれまでにない結束を
 誓い合う。
  そして…成沢に特別指令が下った。




  「本当に化け猫なんて出るのかしら?」
  成沢は参加者を見渡しながら首を傾げた。
  他のハウンド隊員達はおもいおもいの格好で観客に紛れ込んでいる。
  "あ、隊長…??"
  足下の人ごみの中に指令を下した上司を見つける彼女。
  一眼レフを構えていた。
  "いえ、あれはきっと化け猫を見破るレーダーか何かが内蔵されているはず!!"
  被写体としては成沢に向けられているのには気付かない様ではある。
  "でも…"
  彼女は改めて今度は参加者としての視線で廻りを見渡す。
  見せられた広告とは違って、今回は妙にレベルが高い様だ。隣の女性なんかは
 外人なのであろう,ダイナマイトの一言が良く似合う。対して彼女は…
  "任務とは言え、何もスクール水着じゃなくても…もしかして隊長の趣味だった
 りして"
  サイズが小さくてキツイ,その為に体のラインがより一層くっきりと出てしまう。
  "恥ずかしいなぁ"溜息一つ。
  「次は綾金市役所より成沢あゆみさんです」
  「貴女じゃないの?」
  隣の外人に肘で突つかれ、成沢ははっと我に返った。
  「あ、は,はい!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
  「いえ、そんなに謝られても…」
  「あぅ、ごめんなさい!」
  戸惑う司会に一層慌てる彼女だった。



  「あれ? どうしてあの子がいるんだ?」
  田波は首を傾げる,ふと隣で一心にシャッターを切る中年に気づいた。
  "あれ? この人、ハウンドの隊長さんじゃないのか??"
  「人違いだろうな。まさかカメラ小僧の訳ないし」
  再び彼はステージに視線を戻した。眠たげな姫萩が立っている。
  「突然ですがなわとびします」
  「ひ、姫萩さん?!」
  「「うおぉぉぉ!」」
  黒いビキニに包まれた胸が揺れる揺れる…
  "勝ちに行ってるのか?!"
  そんな彼女を押しのけ、対称的な白いビキニ姿の女性が現れる。
  パンツに差した二丁の無骨な銃を抜き放ち、白い帽子をクィを銃身で押し上げる。
  「梅崎だ,赤木圭一郎のモノマネを…」
  「邪魔よ,真紀。蘭東です,上から9…」
  「どいてどいて,菊島由佳,18歳!」
  「「「嘘つけ!!」」ツッコミ多数,逆の意味で小学生に見えないこともない。
  そんな4人を押し倒し、二人の女性が姿を現した。
  成沢の隣にいた外人風の女性,そして…
  「ああ!! アイツ!!」思わず叫ぶ田波。
  「ヴァシュカだ。よろしく」
  「ソックスです」
  そこまで言って二人は睨み合う。
  「そんな貧相なプロポーション,化け猫の恥さらしじゃなくて?」
  「お肌の曲がり角でクラッシュしそうなおばさんよりまマシですわ」
  「「ふー!!」」
  威嚇し合う二人。と、足下の4人の視線に気付いた。
  「化け猫?」
  「ああ、ソックスってアンタ!!」
  「…タバコ、ない?」
  一瞬の沈黙、そして…
  「「ああ、神楽!!」」
  慌てる化け猫×2,身を逸らしてその場を逃げ出す…
  「逃がすか!」
  「えい!」
  梅崎の右手がヴァシュカのブラを,菊島の左手がソックスのパンツを掴んだ!
  「「へ?」」間の抜けた声をあげるヴァシュカとソックス。
  ヴァシュカは次の瞬間には胸に解放感を,ソックスは何かを足下まで引き摺り
 落とされ転倒した!
  「今だ!!」観衆の中から矢島の号令がかかる!!
  「「おう!」」応える私服姿のハウンド隊員たち、その手には撮影機材が握ら
 れていた。
  そんなステージの下の状況とは関係なしに、二匹の化け猫を捕らえんとして
 菊島・蘭東・梅崎がくんずほぐれずと戦っている。
  「真紀,しっかり捕まえるのよ、あとでイベントの主催者からがっぽりもらん
 だから!」
  「おうよ! よくもアタシ等を足蹴にしたな!」
  「痛たたた,か、返して,水着返してぇ〜」
  「少しくらい胸が大きいからって…幼児体型の恐ろしさ、思い知れぇ!」
  「変な所揉むなぁ!」
  「たばこ、ない?」
  そんな戦況を把握できず、成沢は後ろで状況を唖然と見守っていた。
  「あれ? ハウンドの皆さん、何やってるんでしょう?」
  「え?!」
  隣に立ったショートカットの女の子・桜木に声を掛けられ、成沢は改めてス
 テージの下を見た。
  神楽と化け猫の壮絶な戦い(?)を激写するハウンドの姿がある。
  「た、たいちょお??」
  陣頭指揮は矢島だった。
  「データ収集ですかね?」
  素っ頓狂な声をあげた成沢に、今度は柊が声をかけた。本気で優勝を狙っていた
 のか,気合の入ったハイレグだ。
  「そ、そうですね,きっとそうですよ…」
  わなわなと震える手で、成沢は水着の上に羽織ったコートのポケットに手を伸ばす。
  取りだしたるはMD封印ディスク付きの封印銃。
  チャキ
  彼女は狙いを定め…
  「デリート!」
  ちゅど〜ん!
  「「うぎゃぁぁ!!」」
  ハウンド撮影隊に命中。
  「狙いが外れましたねぇ」
  「あら、貴女,ハウンドさんなんですか?」
  二人の神楽に、成沢はにっこりと笑みを返す。
  「はい。実は私、射撃は下手なんですよ」
  二発目も故意に外されたというのは、言うまでもあるまい…



  ちゅど〜ん!
  一際大きな爆発が起こる。
  うやむやの内に破壊されつつある『ミス綾金小町コンテスト』会場を遠目に眺め
 ながら、入江は満足げに見送った。
  「機材は失いましたが、データの確保は衛星をクラックした『彼』の方で、ばっち
 りやってくれていますから安心なさって下さい」
  入江―矢島―黒猫のラインは実は堅固であるとの噂である。



  「なんだったんだ? 一体??」
  成沢の破壊行為のとばっちりを受けた田波は一人、ステージからようやく離れて
 一息ついた。
  くぃ
  「ん?」ズボンの裾が引っ張られる。思わず視線を足下に。
  「あれ、まや??」
  どこから調達してきたのか,黒い水着姿の彼女の肩には『6代目ミス綾金小町』
 という帯がかかっていた。
  「ん…」
  両手で封筒を彼に差し出すまや。封筒には『賞金』と書かれている。
  「お前…あの騒ぎの中でどさくさに紛れて…」
  ふるふる
  首を横に振る。
  「じゃ、ホントに優勝したのか?」
  こくり
  「…そか。なんだか良く分からんが、おめでとう,まや」
  くしゃ,彼女の頭を笑って撫でる田波。
  「ん!」彼女もまた、嬉しそうに微笑んだ。



                                めでたし?

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あとがき

  祝30000Hitです。ありがとうございます!
 何やらよぅ分からんSSになってしまいましたね。まだまだ修行不足の様です。
 今回のHit記念はお題が『お嬢』でしたので、最後にはまやが良いトコ取りさせて
 もらっております。
 何はともあれ、これからも宜しゅう!!

                                                          2000/4/16

文/