『とある願い事の報告書』


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  荒廃感漂う雑居ビルに鋭い気配が一つ、二つ…
  唯一のエレベーターに一匹の猫が飛び乗った!
  「高見ちゃん!」
  「はい、社長!」
  ぱん!
  ローラーブレードを駆る彼女は、エレベーターに追い込んだ化け猫の閉まる
 ドアに向かってお札を一枚,張り付ける。
  「田波君!」
  彼女の掛け声よりも早く、物陰から飛び出した男性が、少女が張り付けたお札の
 コネクタにケーブル接続,モバイルパソコンのエンターキーを思い切り叩いた!
  「デリート!!」
  「うにゃぁぁぁ!!」
  どしゅう!!!
  白光とともに、エレベーターが圧縮,中にいた化け猫を断末魔とともにデータ化
 し、青年の持つモバイルへと転送封印する。
  「ふぅ」
  深い溜息とともに壁に持たれかかる青年。
  沈黙が雑居ビルに訪れた。
  「お疲れ様です、田波さん」
  「おつかれ、高見ちゃん」
  ローラーブレードを滑らせて、眼鏡の女性が彼に笑いかける。
  その後ろから、幼児体型だが態度は大きい少女が追いかける様にして現れた。
  「さ、お仕事終了! 帰るわよ」
  彼らは神楽総合警備。
  日々、社会に暗躍する化け猫達を封印し、機密データを護る警備会社である



  その日は7/7だった。
  そう、七夕である。
  電車で帰社した三人を待っていたのは、オフィスの窓から突き出した巨大な竹。
  「豪快ですねぇ」
  「…七夕のつもりか?」
  「誰よ、こんなの置いたのは!」
  三者三様。だが応える社員は一人もいない。無人のオフィスだった。
  適当に飾り付けされた竹だった。そこに青年・田波は下がっている一つの短冊が
 目に入り、手に取って見る。
  「あ、これ、蘭堂さんのだ」
  「何て書いてあります?」
  眼鏡の女性・桜木が興味津々に彼の隣で覗き込んだ。

  『金   蘭堂栄子』

  そう一言、筆で書かれている。
  「「…なんてストレート」」
  唖然と二人。
  その隣には他の短冊が掛かっていた。

  『三食昼寝付き   姫萩夕』

  今でも十分実行されていると思ったのか、二人は驚きもしなかったが。
  「こっちに真紀ちゃんのもあるわよ」
  「え?」
  社長である菊島の言葉に二人は駆け寄り、内容を覗き込んだ。
  戦闘は火力!な彼女,果たして望むものといったらなんだろうか?
  田波にも桜木にも想像がつかない。
  「どれどれ?」
  田波は短冊を見る。

  『死 or Die ?   梅崎真紀』

  「何じゃ、こりゃ?!」
  「どうして疑問系??」
  「夜道には気をつけた方が良さそうね」
  三人は顔を見合わせ、頷きあう。
  と、桜木が竹のてっぺん,窓から突き出しているので内容は読み取れない短冊
 を発見する。
  「あれは…巳晴くんの…?」
  目を細めて田波。てっぺんにつける辺りが彼女らしい。
  「まやのがここにあるわよ」
  不意な菊島の声に、田波は我に返って彼女の手の中を見た。
  そこにはまるで左手で書いたような字で、こうあるではないか。

  『にゃー  まや』

  「「「はい??」」」
  猫語…だろうか?
  がちゃり
  呆然としている間にオフィスの扉が開き、5人の女性達がやって来た。
  「あ、お帰り!」
  その中の白スーツの女性が三人を見付け、手を振る。
  「案外早かったのね」
  こちらは蘭東だ。その彼女に菊島が駆け寄り、
  「えーこちゃん! 何よ、この竹は! 邪魔じゃないの!」
  詰め寄った。
  彼女の指差す先には窓から突き出た竹によって部屋の隅に追いやられた彼女
 の机,社長席がある。もっとも座ってまともに仕事をする所は社員の誰も見た事
 はないのだが…
  蘭堂は菊島に一転、深刻な顔になった。
  「実はね、社長…夕が綾金商店街のくじびきで特賞を当ててしまったの」
  「それで?」
  「商品は竹と、酒類10万円分よ」
  「あたし一人じゃ呑み切れないから会社に寄付したげる」サラリと姫萩。
  菊島は沈黙し、そして…
  「さぁ、みんな! 宴会よ!!」
  「「おー!」」
  一気に弾けた。
  「い、いいのか、それで?!」
  「良いんですよ、田波さん」
  もはや諦めたといった感じの彼に、桜木は乾いた笑いを浮かべて言った。



  オフィスビルの屋上。
  竹を運び出し、レジャーシートを広げる。
  缶ビールを並べ、おつまみ充分。
  仕事も終わり,全ての準備は整った!
  途端、
  ざぁぁ………
  雨が降ってきた。
  「ツイてないな」
  「日頃の行い…ですかね?」
  案外酷いことをサラリと言ってのけるのは柊だ。
  「クソ,織姫のヤツめ…去年ばかりでなく今年も宴会の邪魔をしやがって」
  モーゼルに何故か弾を込めながら、こちらは梅崎。
  「仕方ないわね,オフィスでお酒呑む訳にも行かないし…」
  蘭東は呟き、
  とるるるるる…
  電話が,鳴る。
  「でも今日はにわか雨って天気予報では言ってましたよ」
  「あ、晴れてきたじゃない」
  桜木の言葉と同時に、細い雨が止み雲の隙間から夜の黒が多少掛かった
 青いものが見え始めてきた。
  「あ、晴れたな」
  姫萩が呟き、屋上へ出た途端、
  「仕事よ! クライアントはNTT南日本,大手よ!!」
  蘭東の声が響き渡る。
  「「………」」
  一同沈黙。そして誰ともなく次の行動を取った。その行動とは、
  「「じゃんけん…」」
  「全員出動!!」
  蘭東の容赦ない声が、顔を出し始めた天の川の下で響き渡る。
  「はぁ…神楽総合警備、出動」
  「「お〜」」
  力ない社長の指揮の下、やはり脱力した社員の声が従った。



  屋上を去って行く神楽面々を見下ろす、風に揺られた竹。
  その一番てっぺんに吊るされた短冊にはこうあった。

  『早く仕事に慣れます様に    柊巳晴』

  「う〜ん」
  「どうした?」
  姫萩の運転するバモスの中、柊が僅かに唸る。
  「いえ、慣れるのも如何なものかと思いまして」
  「??」
  田波は何の事か分からずに首を傾げるしかなかった。
  そうして、今日も日本のサラリーマンは出勤する!



  「ふみゃ…」
  無人と化したオフィスで一匹、大きな欠伸をする子猫。
  夢の中で彼女の願いは唯一叶っていたのは余談である。



                                終わり


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あとがき

  祝50000Hit,まことにありがとうございます!
 七夕は数日前でしたが、皆さんは何をお願いしましたか?
 私は…ひみつです(笑)
 これからもどうぞよしなに…

                                                          2000/07/09

文/