『とあるダンボールの報告書』
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「お荷物で〜す、ここにサインお願いします」
全ては、その宅配業者の一言で始まった。
「お、重いですぅ〜」
『福井・みかん』と書かれたダンボールを両手に、ふらふらと頼りない
足取りでオフィスに戻ってきたのは桜木高見。
彼女はどん、と重たい『何か』が詰まったダンボールをオフィスの真ん
中に置いた。
それを見た神楽面々がわらわらと集まってくる。
とは言ってもその中に田波と柊,運転手である姫萩の姿はない。
壁のホワイトボードによると外で仕事中のようである。
「高見ちゃん、なぁに、ソレ?」
「さぁ? 荷物みたいですけど…」
菊島社長の問いに、桜木は荷札に書かれた差出人の欄を覗いて見る。
が、
「差出人の名前、書いてありませんよ?」
「怪しいわね、下がっていなさい」
蘭東は桜木を己の後ろへと追いやり、代わりに梅崎をダンボールの前へ
と押し出した。
「?? 何だよ、栄子?」
「開けて」
「何でアタシが!!」
「中から化け猫とか出てきたとして、一番アンタが対処できそうでしょ?」
「そ、そうか?」
えへへ、と嬉しそうに頭を帽子の上から掻く梅崎。
「どうしてそこで照れるかな??」
菊島のぼやきに、梅崎の動きが止まる。
「…危ない危ない、危うく乗せられるところだったぜ」
「「誰も乗せてない乗せてない…」」
ツッコむ一同。チームワークは万端だ。
「まぁ、ともあれ…」
蘭東は自分の席の引き出しから何かの計器を取り出し、ダンボールに
近づける。
黒く短い警棒のようなモノの柄に当たる部分にはコードが伸びており、
それは蘭東のもう片方の手のうちにある電流計のようなメーターに繋がって
いた。
「蘭東さん、それは?」
ガガガガガ…
「は、反応してるわ」
桜木が問うや否や、メーターが振り切れてなにやら警告音のようなものが
計器から響いてくる。
「何よ、ソレ?」
同じ質問を投げかける菊島に、蘭東はそっけなくこう答える。
「ガイガーカウンター」
「ほ、放射線?!」
ダンボールから飛び退く桜木。
「も、もしかしてこの中にはいつぞやのナホトカ号の核弾頭が?!」
思わず懐のトカレフに手をやりつつ、梅崎が唸る。
「例のスーツ眼鏡の仕業かもしれないわね」
「やりかねんな、アイツなら」
蘭東と紅の流れ星は、そうぶつぶつと呟きながら頷き合う。
「まや、ちょっとアレを開けてみなさい」
そんな二人を押し退けて、菊島は窓辺で寝そべっていたまやをダンボールの
前まで引っ張ってきた。慌てて桜木が彼女を止める。
「社長! なんてヒドイことさせるんですか!!」
「だってまやは化け猫でしょ。怪我しないじゃないのさ」
「そ〜ゆ〜問題じゃないでしょう??」
「と〜にかく,社長命令よ! まや、あのダンボールを調べなさい!!」
「??」
何が何だか分からないといった表情で、しかしまやはダンボールに近づいて
その匂いを。
くんくん…
嗅いだ,途端、
「ふみゃ!」
全身の毛を逆立てて猫の姿に戻り、オフィスを逃げ出す化け猫まや。
彼女の出て行ったドアを、呆然と見送る四人。
「何よ何よ、一体なんなのよ!!」
さすがに焦るは菊島だ。その隣で動揺を隠せないまま、しかし美学であろう,
あくまでニヒルに紅の流れ星はこうのたまった。
「封印しちまおうぜ」
「う、梅崎さん??」
ぎょっとした目で桜木。
「そうね、高見ちゃん,お札の用意して」
「蘭東さんまで?!」
「社長命令よ。あのダンボールを封印します」
「ふぇぇぇ!! あ、危ないですよぉぉ!!!」
しかし、唯一の常識人の意見は数の暴力によって黙殺されるのはいつものこと
であった。
「お、お札、ダンボールの4隅にセットしました…けど、本当にやるんですか?
もしも核とかだったら…」
「行くわよ!」
桜木の声などまるでBGMとでも言いたげに、菊島はノートPCを持って机の下
に避難する。
仕方なしに桜木もまた、蘭東と梅崎の隠れるソファの後ろへと回った。
「でり…」
菊島の人差し指がエンターキーを叩く、その直前。
ばたん
オフィスの扉が開く。
「ただいま〜」
「お仕事、完了しました〜」
「寝て良い?」
仕事から戻った3人がどやどやとオフィスになだれ込む。
と、その中の田波がオフィスの真ん中に置かれたダンボールと、隠れている4人
を交互に見つめて訝しげに問うた。
「何やってんだ?」
「かくかくしかじかでこういうことなのよ」
「かくかくしかじかってどう言うことだ?」
「ちっ!」
蘭東は舌打ち,そんな彼女をどかせて菊島が結論だけを述べた。
「ともあれ、あのダンボールを封印するの!」
「部屋の中でか? 危ないなぁ…」
みかんと書かれたダンボールは、本当に変哲のないものに見える。
「だってあの中から放射線が検知されたのよ」
「??」
「それにまやちゃんだって、匂い嗅いだだけで悲鳴上げて逃げちゃいましたし」
「まやも??」
蘭東と桜木の言葉に、ますます首を傾げる田波。
ただ分かることは、あのダンボールの中身が『ろくなものじゃなさそうだ』と
いうことだ。
ぷるるるる
不意に、田波の懐で電子音。彼の持つ携帯電話(個人用)からだ。
「はい、田波です」
”あ、こんにちは,成沢です”
携帯電話の向こうからは、やや弾んだ女性の声。田波は周りから携帯を隠すように、
空いた左手で携帯と己の口を覆った。
「机の影で伏せなさい,デリートするわよ!」
「はいはい」
菊島の言葉に、田波は己の机の下に隠れてひそひそ声で会話を続けた。
「久しぶりだね、元気かい?」
”ええ。おかげさまで、ね”
「でも電話なんて…どうかしたの?」
いくらフラグが立っているとは言え、ハウンドの方も業務時間のはずだ。
”実は今、私有給取れたんで実家に帰ってるの。で、田波さんにウチの田舎で
たっくさん取れたみかん、お送りしたの。今日辺り届くと思うんだけど”
「へぇ、ありがとう」
”取り敢えず神楽のオフィスに送っておいたから。それと差出人に私の名前があると、
田波さんが困ると思って差出人の欄は空白にしたわ”
「差出人の欄が…空白?」
”うん。ちょっと酸っぱめだけど、ビタミンがたっぷりだからちゃんと食べてね”
「あ…」
思わず田波は、机から顔を出してダンボールに…
「デリート!!」
叫ぶ菊島。
ちゅばん!!
弾けるダンボール,何か水っぽいものが潰れる音。そして…
あたり一面に飛び散ったみかんの果汁。
「…たった今、存分に堪能させてもらってるよ。ありがとう」
”どういたしまして”
全身を黄色っぽい果汁で染め上げた田波は、引きつった笑いを浮かべつつ通話を
切ったのだった。
「しっかし誰だったのかしら? みかんを大量に送ってくるなんて…」
首を傾げる蘭東は、ジャージ姿になった田波に尋ねるが彼はただただ引きつった
笑いを浮かべるだけだった。
「猫って柑橘系、苦手なんですね、田波さん」
モップ片手に桜木は笑って言う。そんな彼女に蘭東は胸に引っかかっていた事実を
呟いた。
「でもどうしてガイガーカウンターに反応したのかしら??」
「そりゃ、お前。福井には原発が…」
「すと〜っぷ!!」
すっぱん〜〜!
梅崎の言葉は菊島のスリッパ叩きによって封じられる。
「言動はしっかりと責任もつこと! OK?」
「ああ、アタシはいつも持ってるぞ」
「「おいおい…」」
「頬のシリコンを取って、もう宍戸錠は止めようと思うのです」
「時事ネタはやめぃ!」
「オフィスに住むのも、考えものだよ…な」
桜木と伴にモップで床を磨きながら、田波は知らずの内にそう呟いていた。
神楽総合警備は人類社会の裏側に暗躍する
魑魅魍魎を撃退すべく設立された民間企業である。
先進のコンピュータプログラムを駆使して敵に挑む、
有給休暇なきサラリーマン達。
社会に安寧と秩序をもたらす為、彼らは今日も出勤する!
「安寧と秩序…ねぇ??」
「どうしたんですか、田波さん?」
「いや…何でもないよ、高見ちゃん」
終わり
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あとがき
21世紀です。
えれくとら100000Hit、ありがとうございます。
これからも細々と頑張って行きますんで、宜しくお願いしますね♪
2001/1/20
文/元
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