『とある真夏のお昼の夢物語』


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  とあるお昼も間近な、ちょっと暑く感じるくらいの日のこと。
  カラン… 
  開けた窓から風が入り、壁に掛けられたホワイトボ−ドを揺らした。


     菊島しゃちょ      出社

       梅崎        逃亡中

       桜木        第2種待機

       蘭堂        第1種待機

       姫萩        ひるね(地下)

       田波        出社


  「そろそろお昼ね〜」
  小学生であろうか? そう見間違えんばかりの当・神楽総合警備社長の菊島 由佳は
 窓の外を眺めながら呟いた。
  そんな呟きに反応してか,その隣で鬼のような速度で電卓を叩くOLが、同じく
 パソコンモニタ−をぼんやりと見つめている唯一の男性社員に命令。
  「田波くん,私はローソンの冷やしざるそばね!」
  「あ、私,エビピラフにジュース」
  「え? 俺が買いに行くんですか?!」慌てて顔をあげて田波。
  「どうせ行くんでしょう,まやのえさもあるし」OL,経理を取り仕切る蘭堂は
 にべもなく言い放った。
  それに乗じるように、菊島がニヤリと笑い、引き継ぐ。
  「社長命令!」ビシィ,机の上に立ち、鷹揚に指さして宣言。
  「横暴だぁ!」
  「さっさと行ってこい!!」
  スパカ〜ン,蘭堂の投げたコカコーラの空き缶は田波の額に直撃。
  彼は肩を落としてオフィスを出て行く。
  「…夕を使っていいから」
  「はいはい…」
  田波は振り返る事なく、後ろ手を振って扉をくぐっていった。
  その後ろ姿を、子猫が一匹見送る。



  総合ビル地下・ガレージ。
  裸電球が幾つか灯るだけのそこは薄暗く、また今日の様な暑い日はコンクリートが
 吸った熱を放出する為に、サウナのように暑い。
  ムンとした熱気に眉をしかめ、田波はガレージに足を踏み込む。
  「姫萩さ〜ん!」
  声を掛ける。
  雑多な地下車庫。なにやら様々な道具の置かれた棚に、バモスが一台。
  しかし田波の呼び掛けに答える返事と姿はなかった。
  「あれ? 姫萩さん?!」
  彼は辺りをきょろきょろと見渡す。
  「ううん…」
  バモスの向こう側,田波のいるところとは車を挟んで反対側から、小さな呻き声が
 聞こえてくる。
  彼は回り込み、目的の人物を発見。
  裸電球の心許無い明かりの下、固いコンクリの地面の上で寝こける女性が一人。
  オイルで所々汚れたツナギの作業着はこの暑さのためであろう,上着部分が半分脱ぎ
 捨てられ、下に着こんだ薄手のYシャツが汗で彼女の肌に張り付いていた。
  第二ボタンまで外れた下着代わりのシャツの隙間から、彼女の大きな胸のふくらみが
 見えるようで、見えない。
  「うう…」寝苦しいのか、その寝顔は苦悶に満ちていた。
  「姫萩さん、起きてくださいよ…」
  なかなか挑発的でもある彼女の寝姿に目のやり場を失いながらも、田波は姫萩の肩を
 揺すった。
  「ヤダ…」 ボソリ,寝言を呟く。
  「ちょっと,こんなところで寝てたら脱水症状で死んじゃいますよ!!」
  ガクガク,大きく肩を揺さぶるが、眠り姫の目は開こうとはしない。
  「…よくこんな暑苦しいトコで眠むれるな」
  田波は額にうっすらと浮かんだ汗を腕で拭って呟く。
  40度近くあるのではないだろうか?
  そんなことを思いながらケーブルむき出しの天井を見上げる田波の首に、不意に
 細い腕が伸びた。
  「? あの?」
  田波の目の前に、虚ろな瞳に映った自分の姿があった。
  「功にいちゃん…」
  消え入るような声で、寝ぼける眠り姫は半身を起こして田波に両手を延ばし…
  「いや!」
  ぎゅ,姫萩は叫び、彼に強く抱きつく!
  「?! ちょ、ちょっと、姫萩さん?!」抱き着かれたまま慌てふためく田波。
  「にんじん嫌い…」
  「へ?」
  彼の胸の中、彼女は呟く。そして彼は気付く。
  暑いにも関わらず、彼女は小さく震えていた。怖い夢でも見ているのか…
  硬直したままの田波の鼻腔を、オイルと煙草と、姫萩の髪の柔らかな香りがくすぐった。
  胸に彼女の体温と柔らかい感触を感じる。
  ほんの数秒、緊迫した時間,そして、
  「…まったく」田波は苦笑の後、脱力,震える姫萩を優しく抱きしめる。
  「大丈夫だよ,大丈夫だから…」
  彼女の背を優しく叩きながら、彼は囁く。
  次第に、姫萩から震えが消えて行く。

  バタン!

  と、不意にガレージの扉が勢いづいて開いた!
  「田波くん,あと追加でオニギリ二個ね!」
  「みゃぁ」
  飛び込んでくる少女2人。
  「「ああ!!」」
  抱き合う男女を目撃した乱入者達は、驚きの表情で立ち尽くした。
  「ち、違うぞ,俺は何も…」田波は姫萩から手を放し、両手を上げる。
  「…あ、おはよ」目を瞬かせて、姫萩はようやくお目覚め。
  「何やってるのよ,アンタ達!!」
  「みゃあみゃあ!!」
  菊島とまやは問題の2人を糾弾する。
  「俺は何もやってないぃ,姫萩さん、何とか言ってやってくれ!」
  田波は救いを求めて、目覚めたばかりの姫萩に視線を移した。
  2人の糾弾者も、彼女の次の言葉を待つ。

  沈黙。

  そして、
  「…煙草、ない?」
  「「吸わない」」
  「そう…」
  立ち上がり、姫萩はバモスの運転席を漁り始めた。
  「って誤魔化すなぁぁ!!」
  「だから俺は何もやってないってば!」
  「みゃぁみゃぁ!!」

  ………
  ……
  …

  「ありがと、田波にいちゃん」クスリ,姫萩は微笑む。
  ラッキーストライクの紫煙が一筋、騒がしいガレージにたゆたった。


         Let's sleep once more!


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        これは緒方ばんり氏のHP『Studio Something In』に
        祝参万Hit記念としてお送りした物です。
        サイト閉鎖に伴いここへ掲載しております。