『とある3/14の報告書』


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  その日、厚生省直下、ハウンド部隊は妙な緊張感に包まれていた。
  3/14――WDである。
  注釈ではないがWDとは、とある兵器の頭文字を取ったものではない。
  White Dayのコトである。


  「貴様ら、たるんどるぞ! そこになおれ!!」
  「申し訳ありません,矢島隊長!」
  「以後気をつけます!」
  「気合いを入れてやる,歯を食いしばれぃ!」
  バキ!
  「ぐはっ!」
  メシィ!
  「あ、ありがとうございます!」
  ボグゥ!
  「ごっつぁんです!」


  ……ホワイトディで、ある。
  男(漢)まみれのこの部隊で、WDもクソもあったものではないが……
 実はそんなことはないのであった。
  何故なら、昨年情報部隊以外で始めて女性隊員が導入されたからである!
  もっともたった一人の女性隊員ではあったが。



  ズルッ
  「あ…」
  唐突に彼女に浮遊感が、襲う。
  直後、背中に全体重の落下速度に伴う位置エネルギーが転じた衝撃。
  どす!
  「うぐぅ!」
  「生きてるか、成沢?」
  「は、はぃぃ〜」
  リペリングを失敗して2mの高さから落下した彼女は、心ここにあらずといった表情で
 ふらふらと立ち上がる。
  「……今日はお前、もぅ休め。昨日も射撃の特別訓練を夜遅くまで受けていたんだろう?」
  「はぃ。…お言葉に甘えて休ませていただきます」
  恰幅の良い副隊長に見送られ、唯一の女性隊員,成沢あゆみは頼りない足取りでシャワー
 ルームへと向った。



  「背中が痛い、足も痛い、腕も痛い、眠い、体が重い〜〜」
  ぶつぶつ呟きながら、成沢はさして広くもない食堂のテーブルに突っ伏した。
  湿った長い髪が、夕飯を前にした木製のテーブルの上に広がる。
  その体勢のまま、彼女はズボンのポケットをまさぐり…
  「あれ?」
  何も、なかった。
  「あれあれあれ?? あ、そうか」
  彼女は思い出す。
  「昨日、使いきっちゃったんだっけ」
  ちょっとニブい成沢にとって生活必需品と化したバンソウコウ。
  厳しい訓練では必ず、一つや二つ、生傷が出来てしまう。
  彼女は窓の外を眺めた。
  同僚の隊員が夕焼けの下、ランニングをしているのが見える。
  「明日も忙しいし…今日のうちに買ってこようかなぁ」
  自分に言い聞かせる様に彼女は呟き、
  疲労に重たい体を、テーブルから引き剥がした。
  かしゃん♪
  軽い金属音は目の前に。
  彼女の目の前に一つの封筒が投げ渡された音だった。
  「副隊長?」
  いつ来たのか,成沢が顔を上げると、コーヒー缶を片手にした彼女の上司の姿がある。
  「総務の方から早くお前に渡してくれっ言われてな」
  言葉に、成沢は封筒を見る。
  自分宛てのそれは速達。
  手に取った,裏を見る。
  『田波 洋一』
  とあった。
  「別部隊にこれからトラック借りて街の方へ行く奴がいるらしい」
  何気なく言う上司の声に、慌てて彼女は顔を上げた。
  「は、はい。ありがとうございます!」
  成沢は食堂を走って飛び出す。
  そんな彼女の後ろ姿を、副隊長はコーヒー片手に笑って見送った。



  トラックが動き出す。
  「あ、待ってくださーい!」
  慌てて成沢は駆け出した。彼女の声にトラックは思い直したように止まる。
  自衛隊からの流用品の、幌がついた人を荷物の様に運ぶ為の頑丈な一台。
  荷台から顔を出すのは彼女の先輩の隊員だ。
  「どうした、成沢?」
  「ちょっと街の方まで乗っけてってください」
  「街の方? …も、もしかして男か?! 男なのか? デートなのか?!」
  「あの…バンソウコウ買いに行くだけなんですけど」
  「なんだ、つまらん」
  心底つまらなそうに、彼は興味を失って席に戻った。
  やや拍子抜けした成沢は動き出したトラックの荷台に腰を下ろして、封筒の口を破る。
  「何、コレ?」
  中から出てきたのはコインロッカーの鍵と、
  『綾金駅 A−42』
  と書かれた紙片だけだった。
  首を傾げる成沢を乗せたトラックは一路、綾金市街へと進んで行く。



  およそ一ヶ月ぶりの街の香りを感じた気がする。
  トラックから降りた成沢はその足で綾金駅へと歩を進めた。
  「ええと…これかしら?」
  コインロッカーの並ぶ駅の一角。
  紙片に書かれたA−42を探すとすぐに見つかった。
  ポケットに忍ばせた鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで右回し。
  開いた。
  「あ…」
  思わず成沢は小さく声を上げる。
  ロッカーの中には、白い小さな包みが二つ入っていた。
  一つはリボンがかけられた、マシュマロの詰まった箱。
  もう一つは…紙袋。
  彼女は紙袋を破かない様にゆっくりと開けると…
  クスリ
  成沢はその中身を見て、微笑んだ。



  行きと同じトラックの荷台に揺られる成沢は、ハウンドの駐屯地に着くなり危うく
 気を失いそうになった。
  日のそろそろ落ちんとする薄闇の中にそびえる宿舎。
  そこに大きく横断幕が張ってあったのだ。
  『ありがとう成沢・WDパーティ』
  「…チロルチョコでそんな大げさな」
  苦笑いする成沢。
  そんな彼女の手の中に、何故か綺麗にラッピングされたバンソウコウの徳用大箱が
 あったという。



                                   終わり


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あとがき

  ジオブリ投票にて堂々たる1位に輝いた成沢なSSでございます。
 遅くなって申し訳ありません…約半月遅れな話題ですね(汗)
 これからもよろしゅう〜〜♪


                                                          2001/03/24

文/