『とある尾行者の報告書』


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 今、私は高見ちゃんと二人で田波さんの後をつけています。
 洋一さんの右隣にはジーンズを履いた髪の長い女の人が一人、並んで歩いています。
 ここは綾金の外れ。
 視線の先の二人は、神社の境内へと続く長い石段に足をかけました。
 「人気の無いところで何するつもりかしら」
 私の隣の高見ちゃんが呟きます。
 文字では巧く伝えられないと思いますが、今の高見ちゃんの表情はそぅ…『般若』
みたいです。
 でも怖くないのです。
 何故なら私も同じような顔をしていたからだと思います。



 「うーん」
 「どうしたの?」
 「いや、なんか妙な視線を感じて」
 「妙な視線?」
 「ああ。後をつけられているような感じの」
 田波はチラリと後ろを振り返りながら、隣を行く成沢にそう呟いた。
 「あ、もしかして」
 「ん?」
 成沢は含み笑いをもらして言う。
 「あなたの神楽の同僚だったりして」
 「………」
 田波は笑えず、立ち止まって三度後ろを見つめた。
 「冗談よ、それになにかやましい事してる訳じゃないし」
 成沢の笑みはそのまま苦笑に変わる。
 田波は困ったように頭を掻きながら、しかしこう反論した。
 「じゃ、君の同僚と今ここですれ違ったら…どうする?」
 「え……」
 じっと成沢を見つめて言う田波に成沢は絶句。
 そして。
 頬が紅く染まった。
 「え、えっと」
 田波は慌てて目を彼女から逸らす。
 成沢もまた、田波から視線を逸らして空を見上げた。
 「まー、今は仕事のことは抜きにしよう。お互いせっかくの休みなんだし」
 「そ、そうね」
 田波の言葉に成沢は頷き、二人は石段を再び登り始める。
 と、
 「あっ」
 成沢が石段につまずく。
 バランスを崩して、後ろへ倒れ込む!
 「きゃ…はっ!」
 危ういところで田波の右腕が彼女の腰に回って転げ落ちるのを阻止した。
 「案外、ドジな方?」
 笑いと、やや呆れの混じった田波。
 「そ、そんなこと」
 言い返そうとした成沢は、息すらも届きそうなほどすぐ間近にある田波の顔に
気付いて、恥ずかしさに口篭もった。
 「あ、ごめん!」
 田波もまたその状況に気付いて慌てて彼女から手を離す。
 しばらくお互いに視線を逸らせたまま、無言で石段を登る。
 だが石段が終わる頃。
 「え?」
 不意に田波の右腕が暖かいものに包まれた。
 「到着、と」
 顔を赤らめて笑いながら田波を見上げる成沢。
 彼の右腕に自らの腕を絡ませて、彼女は足早に先へと進む。
 それに引張られるように、そしていつしか同じ速度で田波も彼女と共に歩いて
いく。



 「まや、ちゃん」
 私と一緒に道の脇の草むらに隠れた高見ちゃんが恨めしそうに言います。
 そして親指を下に向けて、クィ。
 落としました。
 高見ちゃんが言うまでもありません。
 私は彼女の携帯電話を使って、あらかじめ用意しておいたシナリオ通りに。


 「田波さぁ〜〜〜ん!」
 唐突に背後から届いた馴染みある声に、田波の背筋が凍りついた。
 何故、何故ここが分かった?
 携帯電話も会社に『忘れて』きているというのに!
 「探しましたよ、田波さん!」
 桜木は彼の隣の成沢をジロリと一瞥、田波の右腕を取ると奪うように引張った。
 「へ?」
 「お仕事です、田波さん。名古屋の電波塔が化け猫に乗っ取られました」
 「あ、電話」
 それを横で聞きつつ、成沢もまた懐で鳴った携帯電話を取る。
 「はい、成沢です」
 『休み中すまない。名古屋の電波塔で化け猫が出現した。出動だ』
 「はっ!」
 通話先の中隊長の切迫した言葉に思わず敬礼する成沢。
 「「えーっと」」
 そして田波と成沢は顔を見合わせ、
 「じゃ!」
 「現場で、かな」
 「行きますよ、田波さん!!」
 「ちょ、そんなに引張らないでくれよ、高見ちゃん!」



 神楽総合警備は人類社会の裏側に暗躍する私達を撃退すべく設立された民間企業
だそうです。
 最近は先進とは言わないまでも、そこそこのコンピューターを駆使して私達に
挑む有給休暇なきサラリーマン達―――
 社会に安寧と秩序をもたらすため、彼らは今日も出動します。


 でも今日は私、ちょっと意地悪しようと思ってます。
 覚悟してくださいね、洋一さん♪


                                  おわり   

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あとがき

 310000Hit記念に要望により、久々のジオブリです。
 田波&成沢モノということでしたが……さて、どうでしょう?

                                                       2003/05/10(Sat)
文/