『Little Snow』

著者:元



 「おつかれ〜」
 「あ、蘭堂さん,早いですね」
 「まぁね」
 経理を勤める神楽の大黒柱,蘭堂栄子は問い掛ける唯一の男性社員に極上の微笑みを残してスーツを片手にオフィスを後にした。
 それを羽織りながら外へ。
 冬の外気が彼女に冷たく吹き付ける。
 と、小さな白いものがそこに混じっているのに気付いた。
 蘭堂は空を見上げる。
 日のほとんど沈んだ空,僅かに雲があるだけだ。
 「にわか雪…小雪ってことね,ホワイトクリスマスにはならないかぁ,残念」
 呟く彼女の前を、高校生くらいのカップルがその熱い仲を見せつけながら通り過ぎていった。
 「…若いって良いわね,私もあの頃は」
 彼女は数年前に、思いを馳せる。



 グォン
 重い音を唸らせ、彼女は単車を寂れた一件のバーの前に止める。
 白い雪は人の踏み込まない屋根や窓にだけ。
 そのほとんどは踏み散らされ、茶色のシャーベットと化している。
 バーの前でたむろしていた十代の男達数人は怪訝な目で彼女を見上げ…
 ヘルメットを取った彼女と目が合った。
 黒いレザーの上に白い特効服を羽織う彼女。
 その背からヌゥっと一本の釘バットを取り出した。
 「Merry Christmas…」
 ニヤリ,彼等の前に白い妖精を伴なった般若が現われる…



 バン!
 バーの扉が蹴り開けられる。
 一斉にそこに視線が行く。
 寂れたバーの中はティーンエイジズの溜まり場だった。
 雪によって発散した日の光を背にして現わるるは、赤と白の妙なストライプ模様の特効服を纏った女。
 「特攻隊・小雪が総長。あんたら鬼面党にクリスマスプレゼントだ」
 言い放ち,ダッシュ!
 一同が呆然とする中、一番奥にいた男に釘バットの一撃をお見舞いする!
 「そ,総長!!」
 殴られた男の隣に控えていた男が悲鳴を上げる。
 「チーム・リトルスノーの蘭堂栄子か?!」叫ぶ彼の首筋にバットの突きが飛び、男はもんどりうって倒れた。
 「総長と副総長が…」
 「たった一撃で…」
 ざわめく面々,そこに込められた明らかな『恐怖』を感じ取った蘭堂は満足げに微笑み…
 懐から取り出したビニール袋の小さなボールを次々と辺りに投げつける。
 壁やテーブルにぶつかって割れるそれ。透明の液体が飛び散る。
 「おい、この匂いは…」
 「灯油?!」
 小さな悲鳴,それを聞きながら彼女は悠然とした動作でジッポを点火。
 倒れる鬼面党総長に背を向け、ジッポを無造作に彼等に放り投げた。
 ゴゥ!!
 「ひぃぃぃ!!」
 「何て奴だ!!」
 「に、逃げろ!!」
 炎はバーの中をまるで荒れ狂った竜のように飛び回る。
 慌てふためく彼等を尻目に、蘭堂はバーを出てバイクにまたがった。
 「これでここいらのシマは、あたしらのもんだな」
 ブゥン!
 バイクのアクセルを廻す。
 炎と逃げ惑う男達を背に、蘭堂栄子は現われた時と同様に冬の風のようにその姿を彼方へと消していった。



 ……若いって、良いことね」心から、もう一度呟く彼女。
 蘭堂栄子,神楽総合警備にて経理を担うOL。
 しかし、ならず者な紅の流れ星ですら彼女に従うのは、本能で彼女の恐ろしさを感じ取っているからかもしれない…