『バレンタイン メモリーズ B』

著者:元



 「ふっ…」
 彼女はソレを見て、鼻で小さく笑った。
 少しキツメの目つきをした、20代前半のOL。
 彼女の視線の先には赤い包みの棚がある。
 『2/14はバレンタインデー』というフレーズが棚の正面に掲げられていた。
 「懐かしいわね」彼女・蘭東栄子は昔の事を思い出す。
 バレンタインデー
 それは彼女にとって良い思い出のない日々…


 下駄箱を開けるとたくさんの包みが落ちてくる。
 主に赤い包装紙に包まれた小箱だ。
 「こ〜ゆ〜シチュエーションって、ホントにあるのね」
 呆れ顔で『彼女』は溜息をついた。
 すでにこの時点で彼女の手には大きな紙袋が提げられ、中には同じ赤い包みが詰まっている。
 蘭東栄子。高校二年のことだった。
 「わぁ、え〜こちゃん,すごいね〜」
 「え〜こちゃんいうな!」
 真後ろからの明るい声に、彼女は怒鳴る。
 しかしそんな剣幕に怯えた風もなく、声をかけた当人,無害そうな少年は笑っていた。
 「相変わらずモテるんだね、いいな〜」
 「…死ぬ? 結城?」ジト目で睨まれ、さすがに少年は黙った。
 「それはそうと、アンタも貰ってるんでしょ?」
 蘭東の言葉に、結城はコクリと頷く。
 「一個だけね」嬉しそうに笑って彼。
 「一個?」
 「うん、え〜こちゃんから!」言って彼は蘭東に両手を出した。
 蘭東は怒りにか,眉間を痙攣させ、拳を握り締め…
 諦めた様に肩の力を抜いた。
 「ったく」
 呟き、手にした鞄の中をあさると包みを彼に投げ渡す。
 赤い包みのソレは黒のマジックペンで無粋に大きく『義理』と書かれていた。
 「ありがと!」
 だがしかし、屈託のない笑みで結城は嬉しそうにそれを懐に抱く。
 「ん…まぁ、だから義理よ、義理!」
 「うん!」
 「……分かってんのかね」
 小さく笑って、蘭東は靴を履き替える。
 これから教室に入った時の事を考えて、足が重たくなるのを感じながら…


 「なんか貰った思い出しかないわ」
 小さく笑いつつも包みを一つ、手に取った。