『彼女の適性』

著者:元



 隊員のあらかた出払ったハウンド隊待機室。
 「よし、仕事だ」
 矢島はいきなり立ちあがる。
 扉に向かって早足で歩くその後姿を、部屋に残る一人となった成沢はぼんやりと見送った。
 と、矢島が振り返る。
 「何してる?」
 「は?」
 思いきり、間の抜けた声を成沢は発してしまっていた。
 「は、じゃない,出動だ! そこのケースを持ってついて来い。急げ!」
 「は…はいっ!」
 慌てて椅子から立ちあがると同時に
 どんがらがしゃ!
 つまづいて倒れる。
 「遅い!」
 部屋を出た矢島を、成沢はしたたか打ちつけた鼻をさすりながら、黒いアタッシュケースを片手に追いかけた。



 やがてジープに乗った二人が辿りついたのは…
 「何です? ここは?」
 「見た通りだ」
 陽気な人々が行き交う神社の前。
 お祭の会場だった。
 その中を、車を降りた矢島は迷うことなく進んで行く。
 成沢は訳も分からずにその後を付いて行った。
 そして辿りつくのは一軒の屋台。
 「あれ、皆さん?」
 その屋台の前で悔しそうに佇んでいる男達がいた。
 先発のハウンド隊員である。
 成沢は屋台に目を移した。
 台の上に並んだTVゲームソフトや怪しげなぬいぐるみ…
 的屋だった。
 「成沢」
 「は、はい?!」
 矢島は成沢に硬貨を3枚、手渡した。
 300円だ。
 そして無言で的屋をビッシィ,指差す。
 「行け!」
 「ふぇぇぇぇぇ?!?!?!」
 「皆のカタキを討ってこい」
 「どうして私が?!」

 っつうか、仕事中に何をしているのだ??
 「先週の訓練の成績を見ていないのか?」
 呆れて矢島が彼女に尋ね返した。
 「すいません、まだ」
 「射撃の成績で何の間違いかお前がトップに出ちまったんだ,その装備と最も合う成績としてな!」
 矢島は言い、成沢が手に提げるアタッシュケースを指差す。
 成沢はそれを開けた。
 中にはコルクを弾にするおもちゃの銃が一丁。
 ”こんな装備と相性が合った所で一体…”
 額に汗の成沢。しかし矢島と、敗れたのであろうハウンド隊員に見つめられ、仕方なしに的屋に向かった。
 「いらっしゃい」
 人の良さそうなおばあさんが一人。
 「あ、あの、これ」成沢は300円を手渡す。
 「はいよ。ん、お嬢ちゃん,銃はウチのものを使っておくれよ」
 「は、はい」
 ”何の為に持ってきたんだろう?”
 思いつつも彼女は標準…中央の大きな黒猫のぬいぐるみに向けて銃口を向けた。
 きゅぽん!
 「はずれ」
 きゅぽん!
 「おしいねぇ」
 きゅぽん!
 「残念。これは残念賞だよ」
 小さなネズミのぬいぐるみを手渡された。
 「あ、あの,負けちゃいました」
 苦笑いの彼女を迎えたのは、ハウンド全員の悲痛な表情だ。
 そんな彼女の脇を一人の青年を引っ張った女性が駆け抜ける。
 「ちょっと、姫萩さん! いきなりなんです?」
 「祭りって言ったら射的じゃない?」
 くわえ煙草をした女性はおもむろに黒猫のぬいぐるみを狙う。
 きゅぽん!
 べしぃ!
 ごと
 「おめでとう」
 一発で落とし、彼女はぬいぐるみを渡された。
 「「「おおおおおおお!!!」」」
 「な、なんだ?!」
 「…誰?」
 殺到したハウンド隊員に目を白黒させる青年と女性。
 そんな二人の前に矢島がズィと前に出る。
 そして…
 「お嬢さん、ハウンドに入りませんか?」
 白い歯、キラリ。
 「ひ、非常識…」
 遠く、成沢はそうぼやいていた。
 「むさくるしそうだから、嫌」
 それが眠そうな姫萩嬢の回答だそうな。