『英国巡業 承』

著者:元



 3人はその街に2階建てバスから降り立った。
 暑い,が、心地よい暑さだ。
 広がる街並みは見慣れた綾金のそれとは一風異なり、古臭くも何処か新しい,矛盾した2つを内包した不思議な雰囲気を醸し出していた。
 「ロンドン,私来たかったんですよ!」
 「同人誌のネタになるか?」
 眼鏡の奥の瞳をきらきらと輝かせる少女に、白スーツの女性はボソリと一言。
 途端、固まる彼女である。
 「はいはい、まずはクライアントと会わないとね」
 2人を後ろからせかすように仕切る女性は懐から一枚のタウンマップ。
 「ええと…そこの角を曲がって2件目にカフェテラスがあるはず…あったわね。そこで待ち合わせなの」
 カラン♪
 カウ・ベルが鳴る。
 彼女、蘭東は店の扉を開けて中へと入る。
 追いかけるように桜木と梅崎が続いた。
 蘭東・梅崎・桜木,これが今回の出張のメンバーである。
 交渉の蘭東,戦闘の梅崎,技術の桜木。
 ある意味では実に適確な選抜ではあるが、その選び方から思うときっと偶然なのだろう。
 席に就いた蘭東はやってきたウェイターに注文。
 「トマト・ジュースを」
 「あいにく当店では扱っておりません」
 「それじゃ、A型の血液パックでも良いわ」
 「承知致しました」
 ポーカーフェイスのウェイターはにっこりと頷き、その場を去った。
 入れかえるようにして現れたのは銀髪の老人。
 ウェイターの姿をしていることから、ここの店員…ではない。
 右手には赤い液体の入ったグラスが3つ。
 「お待たせ致しました,神楽様」
 老人,ウォルター=C=ドルネーズはにっこりと微笑んで英国式に礼を示したのだった。



 「40万!」
 「いえ、それはあまりにも…」
 「40万以下なら帰るわよ」
 「…致し方在りませぬ。35万で手を打ちましょう」
 老人は肩の力をがっくりと落として、そう呟いた。
 「ではここにサインを」
 蘭東は満面の作り笑いで契約書をテーブルの上に広げた。
 「銃・弾薬・電算機など全ての資材の供給,破損物に対しての弁償,人的被害の補償…これらも込みでございますか?」
 「35万なんて破格なのですから当然と思われますけど?」
 2人の交渉人の視線が絡み合い、笑顔で表された火花を散らす。
 “この小娘めが…ああ言えばこう言いよるわ,日本人というものはどうしてこう、口先がうまいのか?”
 “この爺さん,さすがは英国特務機関代表ね。老獪っていうのが一番厄介だわ”
 思いは表面とは逆,ひたすら営業スマイルの2人だった。
 交渉はこの後、2時間にも及ぶこととなる。