『英国巡業 転』

著者:元



 「さて、今日はこのままホテルに帰るわよ。仕事は明日から!」
 昼も半ばまで過ぎ去った頃、3人はカフェを出てロンドン市内をコレといった宛てもなく歩いていた。
 自由時間である。
 梅崎が思い付いた様にして提案!
 「英国軍事博物館に行きたい」
 「「却下!」」
 即時、否決のようだ。
 「欧州に来たらやることなんて決まってるでしょ?」
 蘭東が含み笑いを漏らしながら告げる。
 「何でしょう?」
 「ふふふふふ…本場の香水を買うわよぉ,それにバックとか宝石とか!」
 「逆輸入か?」
 呆れて梅崎。
 「自分で使うのよ!」
 「見せる人、いないのにですか?」
 「不毛だな」
 ぴしぃ
 確かに、そんな空間にひびが入る音が聞こえたと、後に桜木は語っている。
 「…2人とも? 経理のお姉さんは敵に回さないほうが良いわよ?」
 「「はい…」」



 英国特務機関であるヘルシング機関は歴史の裏で暗躍する、化け物退治専用の秘密集団だ。
 その集団の扱うコンピューターに未知の化け物,化け猫が侵入したのは2ヶ月ほど前。
 被害は主にデータにアクセスできない,警備システムの誤作動,果ては設置された自販機にいくら小銭を入れても商品が出てこないといった、ピンからキリまで報告されていた。
 …どのランクをピンにくるかキリにするか、非常に難しいところではあるが。
 ともあれ、未知の化け物に対して抵抗力を持たない英国は、ひょんなところから日本の神楽総合警備を知り、召還したと言う次第である。
 「私が当主のインテグラ=ウィンゲーツ=ヘルシングだ」
 葉巻を消し、黒スーツの女性が3人を出迎えた。
 「詳細はウォルターから聞いていると思う。奴は…」
 ギリィ
 彼女は憎らしげに唇を噛み締める。相当酷い目にあっているのか?
 「奴はこの私の着替えを盗撮して<ヘルシング機関のHPのトップに張りおったのだ!」
 プルプル震える手をダン,机に叩きつけた!
 「「秘密集団じゃないのか?!」」
 思わずツッコむ3人。
 「おかげで10000Hit/Dayを数える毎日でございます」
 しみじみと後ろで無念げに呟くのはウォルターだ。
 大人気サイトの様である。
 「ともあれ、お前達には期待しているぞ。必ずや、化け猫を跡形もなく粒子分解でもなんでもしてくれ」
 「いや」
 「そこまでは…」
 額に汗する3人を、彼女は軽く眺めまわすと隣に佇む男に告げる。
 「アーカード,あとは頼むぞ」
 「了解した、我が主人」
 まるで今そこに現れたような黒装束の男は3人を別室に案内する。
 そこには携帯パソコン,武器弾薬が用意されていた。
 「ん?」
 と、梅崎はアーカードの懐から覗く銃に視線をやる。
 「おお?! お兄さん、その銃…見せてくれないか?」
 「? コレか?」
 アーカードは己の銃――人間には到底扱えない彼専用の銃――ジャッカルを梅崎に手渡した。
 「おおお! これは…すごい,これを貸してよ、お兄さん!」
 「ダメだ」
 「ケチ臭いこと言うなって!」
 「ダメだ」
 「良いじゃないか、なぁ」
 「ダメだ」
 結局、梅崎はジャッカルを試射した時点で断念することになる。
 と、同時に、射撃場にいた婦警らしき女性の持つ携帯用カノンから抱き付いて離れなかったという出来事は余談である。


 余談と言えば、
 「ああ! 蘭東さん!! このPC,言語が英語なので日本語版の化け猫封印プログラムをインストールできません!」
 という桜木の叫びもまた、英国でよく見られるトラブルの一コマであろう。