「局長!! ヘルシング局長!!」
王立国教騎士団「ヘルシング」本部の局長室に急報が寄せられたのは、年の暮れもさしせまったある夜のことであった。
「ヴァチカンが…………特務局第13課イスカリオテ機関が動いています! しかも場所はまたベイドリック! 派遣兵力は……」
「もういい、わかった」
局長サー・インテグラル・ウィンゲーツ・ヘルシングは全てを理解したような口調で答えた。シガレットケースから葉巻を取り出すと噛むようにくわえる。
「いつものことさ……だが連中、今年はどうやら本気らしい」
インテグラは思案する表情を作りながら葉巻に火をつけた。だが一口吹かしただけですぐ灰皿に押し付ける。
「……私もすぐベイドリックに行く。専用冬季装備と随員を」
Crimson and White Christmas
著 サカエダ殿
「メリィクリィスマァァァァス!!」
ここはベイドリック市内某所にある「511キンダーハイム」孤児院。
子供たちの前に現れたのはアンデルセン神父扮するサンタクロースのおじいさん。
「「メリークリスマァーッス!!」」
元気一杯にこたえる子供たち。どの瞳も溢れんばかりの喜びと輝きに満ちている。サンタは真っ白な髭の奥でにっこり笑いながら大きな袋を取り出す。
「いつもカトリックを信仰している良い子のみんなにサンタさんからのプレゼントだよぉーう!」
「うわぁーい!!」
子供たちはわっと歓声を上げると、待ちきれずにサンタのもとへと押し寄せてくる。
「はっはっはっ、ほうら並んで並んで。あわてなくてもちゃ〜んとみんなの分あるからね〜」
一人一人の頭をなでてやりながら、プレゼントを手渡すアンデルセンサンタ。その姿は一介の平凡な子供好きの神父以外の何者でもない。
「やったーッ!!」
プレゼント入りの靴下を掲げておおはしゃぎする子供たち。もう待ちきれずに口紐をほどきにかかっている少年までいる。
中身は何だろう。なんだか柔らかくて弾力のある感触がするぞ。
「……何だろ……これ……切り口……?」
そこから覗いて見えたのは、なんだか赤くてぐちょぐちょしてて、まんなかのところだけ白くて固いものがあって……
「ああ、ごめんごめん坊や」
ひょいと覗き込んで、アンデルセンサンタが頭を下げる。
「間違ってこないだ狩ったばかりのバケモノの足をわたしちゃったみたいだねぇ」
「ギニャーッ!!」
血相を変えて靴下を放り投げる少年。
「はっはっはっ、いやぁ〜すまなかった」
子供たちはちょっとひいてしまったけれど、でも大丈夫。イスカリオテ機関のクリスマス孤児院訪問はまずまずの大成功だ。これでベイドリックの子供たちもますますカトリックへの信仰を厚くすることだろう。
院内はなごやいだ雰囲気に包まれる。
パン!
突然の乾いた音がそれを一変させた。
躱す間もなくアンデルセンの頭部を直撃したそれは……色とりどりの紙テープ。
「!!」
アンデルセンは発砲元へと視線を巡らせた。その目つきが慈しみ深い老人のそれから、彼本来の綽名「殺し屋」のそれへと変貌している。
そこにいたのは見覚えのある小娘。クラッカーをこちらに向けて構えている。確かヘルシングの下っ端婦警だ。そして我らが狩るべき吸血鬼でもある。
だが以前狩ってやろうとしたときの制服姿ではない。茶色の全身タイツと頭には枝角。首には鈴。すなわち――
「トナカイか」
だが鼻を赤く塗るのを忘れているな。クリスマスといえば「赤鼻のトナカイ」だろうが。
「メッ、メリーくリスまス」
ガチガチになりながら辛うじてそれだけを口にする婦警。
アンデルセンは紙テープが絡まった付け髭を引き剥いだ。狩りを楽しむ残虐な笑みのはりついた口元があらわとなる。
「……!!」
婦警はビクッと怯えたように身を固める。さながら「恐怖の殺人サンタ」に睨まれた憐れな犠牲者の如く。
アンデルセンは視線を婦警の隣へと移した。そこの女はアンデルセンと同じ格好をしていた。だが顎髭をつけてない。アンデルセンは不快感を覚えた。髭のないサンタなど、こだわり派の彼にとっては許し難い大罪だ。
「ここでなにをしているアンデルセン神父?」
髭無しサンタの女は言った。静かだが抗いがたい響きのある声。並みのものなら縮み上がってしまうところだろう。だがイスカリオテの「聖堂騎士」は不敵な笑みを崩さない。
「サー・インテグラル・ウィンゲーツ・ヘルシング……局長自らサンタに扮装とはせいの出るこったな」
「なにをしているのかと聞いているんだ」
インテグラの声に苛立ちと焦燥が混じる。
「見ての通りだ。子供たちにクリスマスプレゼントを配っているのだよ」
「アンデルセン神父……!!これは重大な、重大な協定違反だぞ!」
ヘルシング局長の口調にきつく咎めるようなものが加わった。
「ここは我々の管轄のハズだ!!」
表情にはごく僅かだが緊張が滲み出ている。滅多に感情を表にすることのない彼女がである。
「すぐに退きたまえ! さもないと我々は各ご家庭に配りきれなかったクリスマスケーキを自分たちで食べなければならないんだ!!」
「退く!退くだと?」
丸眼鏡の奥で神父の目がギラリと光った。
「我々サンタさんの地上代行イスカリオテの第13課が? ナメるなよ売女、我々が貴様らハンパなコスプレイヤー共に引くとでも思うか!?」
アンデルセンは素早くテーブルのクリスマスケーキに手を伸ばす。
「!」
婦警がクラッカーの紐を引く手に力を込める。だがそれより早くアンデルセンの投げつけたホワイトケーキが彼女の顔面を直撃していた。
「っぷ」
口いっぱいの甘さを味わいながらもんどりうつ婦警。
間髪入れずにアンデルセンはインテグラに狙いを移す。その顔面目掛け手にしたケーキを直接ぶつけにかかる。
――ガッ!
すんでのところでナイフとフォーク(ローストチキン用)でそれを受け止めるインテグラ。
凄まじい膂力でケーキを押し付けてくるアンデルセン。褐色がかったインテグラ顔が真っ白なクリームまみれになるのは時間の問題だ。アンデルセンは勝利を確信した。
が、目の前で必死に抵抗するインテグラが発した言葉は意外なものであった。
「お前に勝ち目はないぞアンデルセン。おとなしく手を引いた方が身のタメだぞ」
「なにをバカな。おまえたち等まとめて今ケーキまみれに……」
「なら早くすることだ。モタモタしていると彼が来るぞ」
「なに……?」
アンデルセンは首を捻った。だがすぐにそれが示すものの意味を悟る。
「――奴か!?」
窓から大量のコウモリが侵入してきたのはその直後であった。飛び退くアンデルセン。間に割って入るように集ったコウモリの群れは次第に密度を増し、何かを形成しようとしている。インテグラは余裕を取り戻して言った。
「そう、彼はヘルシング一族が100年間かけて栄々と作り上げた最強のお祭り男」
それは完全な人の形となった。その男の名は――
「吸血鬼アーカード」
「ばッ馬鹿なッ!?」
アンデルセンの口から驚愕の声が漏れた。
「鼻眼鏡!?鼻眼鏡だと!?」
鼻眼鏡! 三角帽! 右手一杯のクラッカー! 左手にはシャンペンのボトル!
「うゥ〜いィ〜〜〜〜、メぇリぃいクリスマァァ〜〜〜〜ッす」
そしてろれつの回らないしゃべりと千鳥足。
完璧だ! 完璧なまでの「酔いどれおやぢクリスマス仕様」だ!! これほどまでに完璧なものは見たことが無い!
「サ〜ンタさぁ〜〜〜〜ん、プぅ〜レゼントおくれよぉ〜〜〜〜、うぅ〜いぃ〜……ヒック!」
アルコールくさい息を吐きながらアーカードは言った。
「ばかな!? プレゼントだと!?」
無い! 酔っ払いおやぢにくれてやるようなプレゼントなど用意してはいない!
「さあどうする神父!!」
愕然とするアンデルセンに止めのを加えるインテグラ。アンデルセンは口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「なる程。これでは今の装備では付き合いきれん」
手にした一冊の『こどもさんびか』をばらっと開ける。突風に巻かれたように何十枚分ものページが飛び散り、彼の周囲を舞い回り始める。
警戒するインテグラの目の前でその勢力は増大し、やがて室内全体が紙片の嵐に覆われる。目くらましだ。
「また会おう、王立国教騎士団。次はイースター(復活祭)だ」
嵐が去ったとき、アンデルセンの姿は掻き消えるようになくなっていた。ひとまずは退けることに成功したのだ。
こうしてまた一つの孤児院においてイスカリオテの信者拡張を食い止めることができたのだ。
子供たちは完全にひいてしまってるけれど、
「ああ〜〜〜〜マスタ〜どこですか〜〜〜〜? 前が、目の前が真っ白で何も見えませ〜〜ん」
顔面ケーキまみれの婦警があたおたしているところで強引にオチをつけつつ……
ギャフン
END
次回予告
イースター(復活祭)で王立国教騎士団ヘルシングとイスカリオテ機関が激突ゥ〜〜〜〜ッッ!!
飛び交う銃弾とゆで卵(イースターにはゆで卵がつきもの)の十字砲火(クロスファイアー)の中で婦警が見たものは!?
お、面白すぎる…
鼻眼鏡ですかぁ!! 勝てん,このアーカードには絶対勝てんぞぉぉ!!
雲肖三姉妹を前に吐血した太公望並みに(笑)。
小心な婦警も良い味を出してます,無論アンデルセンのお茶目っぷりもサイコーです。
素晴らしいSSを書いて頂いたサカエダさんに感謝感激!!
何はともあれ、今夜は『Merry Chrismas!!』
1998.12.24. 自宅にて by 元.
サカエダ氏のHPはこちら → サカエダ製作所