月とおとめ
著 ネコキムチ殿
「念のために尋ねるが…お嬢ちゃん、本当に処女か?」
「……」
「…おい?」
さっきから、胸に穴が空いてしまっているせいで上手く話す事ができない。
『ゴポッ』とか、『シュー』とかいう音が胸の辺りから聞こえてくるばかりであった。
「声がだせんのなら、首でも振れ」
セラスは首を縦にふった。拍子に、口から血が溢れ出た。
「___よし」
「お前には2つの選択肢がある」
その黒づくめの男は、彼女の頭のそばにしゃがみ、顔を覗き込んできた。
「今、ここで人間として“やすらか”に死ぬか、それともこの私に血を吸われてノスフェラトゥとなるか…だ。どちらがいい?」
(何…を…言ってるの?この人)
「もし、お前がここで死ぬことを拒否するならば、お前は運良く処女だ、私が血を吸ってやろう」
(吸血鬼になるって、どーいう…)
「信じないのか!?」
急に男が声を荒げたので、セラスはビクッとふるえた。
「あれだけの“コト”を見ておきながら、お前はまだ信じられないとほざくのか!?」
(…で、でも…)
男は舌を打つと立ち上がった。
「信じないのならそれでいい。どちらにしろ、生存者は1人もいないのだからな」
(えっ…・!ちょ、ちょっっまっ…・)
バサッとマントをひるがえすと、男は彼女を置き去りにしてそこから去っていってしまった…・。
あたりは妙に静かになり、まるで『何もなかった』ようになった。
彼女以外は。
(あたし…やっぱ死んじゃうの? ここで…。そんなっうそでしょ!?…うそ…・あ、あたし、まだ色々やりたいことあるし、それにっ恋人だって…)
「やはり今死ぬのは嫌なんだな?」
男が、隣に居た。
(っつっ!!!〜〜〜なっなんでっ!!??☆○×!□※△θ★ーー!!!!)
「方法なんかどうでもいい。さあ、早く決めろ。もう時間はないのだ」
そうなのだ、彼女の血の大半は、体から流れでて大地へと吸い込まれてしまっていた。
死ぬのは時間の問題である。
「さあ早く決めろ!YESか、NOか。 さあ!!」
(は、は、はいぃぃっ!!)
彼女は思いきり首を縦に振る。男がニヤリと笑った。
男はセラスを抱き起こした。セラスの鼻を、硝煙の匂いがかすめる
「恐ろしかったら月でも眺めていろ。すぐに終わる。
…いや、むしろ見ておいた方がいいかもしれんな。人間として見る最後の月だ。」
彼女の頭を傾けて、首筋をあらわにさせる。
「久しぶりの処女の生き血だ、……楽しませてもらおう」
言うなり男はその部分に牙をたてた。
セラスは思わず目をつむってしまった。
先刻から、セラスの体はもう随分と冷えきっていた。が、今はむしろ熱くてたまらないくらいであった。
彼女にとって、男性の頭がこんなに近くにあるなんて初めてであったし、男性とこんなふうに体を密着させるのも初めてだったからであろう。
ただ、その体の熱さはそれだけが原因ではないらしかった。
(何だろ、この…・変な感…じ)
「おい」
(は?)
気付くと、男の瞳がまさに目と鼻の先にあった。
男の瞳は信じられないような紅い色で、しかも、ギラギラと光を放っているように見えた。
(信じられない…ここまで紅い目ってあるんだ、…まるで血みたいな…・)
と、彼の瞳がどんどん迫ってきた…。
(へ? んっ…何でスか!?)
男はセラスの頭をおもむろに手で固定すると、彼女の口を、自分の口でふさいだ。
(あぅ!? ン!? ん、んんーーーーーっ!!!)
抵抗する間もなかった。男は舌をめぐらせて、口内の血まで舐めとるつもりらしい。
「ピチャッ、べちゃっっ、くちゃっ、ごくん。ちゅばっ」
(っんっっっっ!!!??? や、止めてくださっ…目の前が、ぐるぐるになっちゃいますーーーーっっっ!!!)
しかし、男は容赦なくその行為を続ける。
「ぺちゃっ、ずるっぴちゃっ、クチャッ、ズず…」
(はらぁほろひれはれえぇ……)
しばらくして男がセラスを離すと、彼女は『ぽてっ』と倒れてしまった。
「くっ、ククククッ」
月の光の中で、男は肩を震わせていた。
(…・?)
「…くは、クックックックククッ…クハッ!…やはり処女の生き血は絶品だな!!」
(な、何?どうし…たの…!?)
彼のシルエットが、ゆがみ始めた。
影やコートだった筈のそれらは、ザワザワと、ギチギチとざわめきながら蠢いている。
(うわっ何?何か…居る!?)
「クックックッ、クハハハッ、ククッ」
男は笑いながら、仰向けで転がっているセラスに覆いかぶさった。
「お前の血は、私の従僕共にもよほど気に入られたと見える、
…見ろ!こんなに歓んでいるぞ」
男の言葉に呼応したように、『それら』はいっそう騒ぎ立つ。
「クククッ」
…・と、男は彼女の首筋につけた傷を舐めはじめた。
(あ…んぁ、あっ)
セラスに抵抗する気はもう失せていた。
そのかわり、彼のする行為が、心地良くさえ思えてきたのだ。
「ぴちゃり…」
傷からは、後から後から血がにじんできて。男はそれを名残惜しそうに舐めとっている。
「かはっ…ぁ、…・ん」
セラスの口から、甘やかな『声』がもれた。
そして、自分でも気付かぬうちに、彼の背中に手を這わせていた。
「もっと、続けて欲しいか」
セラスはコクッっとうなずいた。
「…フ、ククックックックッ、聞いたか? 従僕達よ…。
面白い!! 皆でこの『新入り』を歓迎してやろうではないか!!!」
男が声高に言うと、マントが蝙蝠の羽のように広がり、セラスを包み込んだ。
「あ…!」
マントの内側は闇の渦で、無数の『何か』がうごめいていた。
その渦に呑まれながら、彼女は今までに味わったことのない『うずき』を感じていた。
「く、フフ…ふ、クスクスッ」
「恐ろしくはないのか?」
「いいえ! 全然!! …ふふっ,なんか、ドキドキして、体が熱くて、何かせずにはいられない感じ」
「ほお、何をしたい?」
「……分から…ないです。でも、何か! もう、なんか笑わずにはいられないような!! っはははっくふフフッあははははは!!!!」
セラスの笑い声が闇のなかでねじれ、反響する。
「クックックッ、そうか、つまりお前もこの感覚が嫌いではないというわけだな…・」
彼女が伸び伸びとしているのにつられてか、闇の中から『何か』が彼女の周りに集まって来た。
そして、彼女は『彼ら』ともつれ合いながら、恍惚とした意識に沈んでいった。
体がフワフワとした感じに包まれている。
(えーーーっと、何だったけ…私どうなって__)
「ん?」
「気がついたか」
セラスは、今自分がどういう状況に置かれているのか理解できずにいた。
「え?な?んあ!?何であたしっ」
とりあえず、自分が男性に抱きかかえられている。ということに気付いたようである。
「なんだ、覚えていないのか」
「…・あ!」
彼女は服を開いて胸を見る。傷は跡形もなく消えていた。が、服には生々しい血痕が広がっている。
「やっぱ…ホントだったんだ…」
「あたりまえだ。…・それとも、あまりの快感に現実と思えなかったのか?」
「へ?…何デスか『カイカン』って…。
なんか、あんまり記憶が…。血を吸われたってコトは覚えているんですけど…・」
「……」
「あのー…」
「いや、何でもない……」
「はぁ?……あっ!ほら、テントが見えてきましたよ!!」
「……ああ」
セラスはふと、空をあおいだ。
そこにある月は、いつもと変わらぬようにかがやいていた。
END
ネコキムチさんよりいただきました!
セラス嬢が吸血鬼になる場面より。血を吸う場面が妙に扇情的ですね。
アーカード,オレの婦警に何をする!(笑)
挿絵も文に合ったミステリアスな雰囲気を醸し出しております。
ありがとぉ! ネコキムチさん!! By 元
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