辺流神愚総合警備
著 Uma殿


 日が沈もうとしている。
 辺りはゆっくりと、しかし確実に暗くなってきていた。
 多くの人は家路へ、または一日の終わりを感じながらバーでグラスを傾けている。
 だがここヘルシング邸の地下では新たな一日が始まるものがいた。


 ガタン。
 棺桶のふたを開け欠伸をしながら起き上がるセラス・ヴィクトリア。
 夜の眷属たる彼女の長い一日が始まったのだ。
 だが…まだ半分眠っているような顔、そして花柄のパジャマにお揃いのナイトキャップという格好では彼女が吸血鬼であると話しても誰も信じてくれないだろう。
 ともあれセラスは身支度を整えインテグラの部屋へ向かう。
 『起きたら部屋へ来るように』というメモが置いてあり、恐らくは仕事に関する事だろう彼女はのんびりと廊下を歩いていた。
 「今日もいい天気ねぇ」 などと空に出ている三日月を見ながら歩いていたセラスの耳に自分の名が呼ばれるのが聞こえた。
 いや、呼ばれたわけではない。
 丁度ウォルターの部屋の前を通りかかったときに中で話している人物がセラスの名を上げたのだ。
 かなり小さい声だったが一人は部屋の主であるウォルター、そしてもう一人はアーカードのようだ。
 「何だろう?」 セラスは立ち止まり耳を澄ましてみる。
 聞き取りにくいが『セラス嬢』『婦警』『装備』という言葉が辛うじて判別できた。
 「装備? そう言えば局長から呼ばれていたけどもしかして新しい装備に関する事かしら?」 もしそうなら今インテグラの部屋へ行ってもウォルターを待たねばならない。
 「そうよね、ハルコンネンなんてあんな人間離れしたものはやはり私にふさわしくない、と言うことでマスターが考えて下さったんだわ」 都合のいい方へ考えるセラス。
 この瞬間、彼女達の運命が確定した。
 コンコン、ドアをノックするセラス。
 だが返事がない。それどころか今まで聞こえていた会話も途絶えてしまった。
 「変だなぁ」 首を捻るセラスの背後から声が聞こえる。
 「なんだ婦警か。脅かすな」 アーカードだ。
 壁から頭だけ覗かせて話している…どことなく間抜けだ…。
 「え、すいません。私の名前が聞こえたのでなんだろうと思いまして…」 やや緊張気味に答えるセラス。
 「まあいい。ウォルター、開けてやれ。心配ない婦警だ」 壁の向こうに引っ込みながらそう言った後、今度は顔だけ覗かせて話す。
 「丁度良い。お前の新しい装備が出来上がった所だ」 それだけ言うと完全に見えなくなった。
 セラスは笑いをこらえながらも『新しい装備』に喜んでいた。
 が、扉はすぐに開かれない。
 鍵を外す音が三回聞こえた後ようやく開かれたがウォルターは素早く辺りを見渡してからセラスを中へ導く。
 「どうしたんデスカ? 凄く厳重ですが」 たかが新装備にと首を傾げるセラスに対し
 「どこに敵の目があるか分かりませんからな。慎重過ぎて丁度良いくらいです」 トーンを落として答えるウォルター。
 「あ、あのそれってもしかしてハルコンネン以上にスゴイ武器だったりするんですか…」 思わずセラスは身を引いてしまう。
 「もちろんですとも。このウォルター会心の自信作でございます」 目が輝いている。
 「その通りだ婦警。これらに比べればハルコンネンなんてただの棒っきれにすぎん」 目はサングラスで見えないものの口元が歪んでいる。
 口々に賞賛の言葉を述べる二人を前にセラスは逃げたくなった。
 ”あのハルコンネンが棒っきれ? そんな〜” インテグラに泣きついてでも止めて貰おうと考えていると
 「こっちだ婦警。さっさと来い!」
 アーカードに促され反射的に体が動いてしまった。
 習慣という奴だ。後悔したときには『新装備』が置かれているらしいテーブルの前だった。
 「さてまずはこちらでございます」 ウォルターはアタッシュケースを開く。
 そこには木製のホルスターが二つ…。
 しかもグリップの部分までも覆われていて銃を抜くにはまず箱の蓋を開けるようにホルスターの後部を開かなければならない。
 中は見えないがその独特なフォルムから銃の名称はセラスでさえ分かった。
 「モーゼル…ですか?」 どこが凄いのか分からない。
 しかしその言葉を聞いたウォルターの眉がぴくりと動く。
 「なんですかなそれは? ワインではございませんが」
 「婦警、貴様それでもイギリス人か?モーゼル(Moselle)ではない。マウザー(Mauser)だ」
 「その呼び名は確か日本のものですな。セラス嬢、あんな東の果てにある島国の言葉に染まるようではヘルシング機関の一員として感心できませんな」
 「は、はあすいません」 よく分からないがとにかく頭を下げるセラス。
 「まあいい。とにかく装備を身につけて見ろ」 表情も変えずアーカードが言う。
 その言葉に従い銃を抜くセラス。
 一見普通の銃だ。
 オリジナルと違うのはフルオートに切り替えるセレクター、着脱式のマガジンそして一番目立つのはグリップに彫られた 9 の文字である。
 「ナンですか、この『9』は?」 素朴な疑問だ。
 「ご存じないのですかセラス嬢。あなたは確か元婦警では有りませんでしたかな?」 眼鏡の奥がキラリと光っている。
 「は、はあ誠にすいません」
 「よろしいでしょう。1908年ドイツ帝国はルガー自動式拳銃を正式な軍用銃に採用致しました。だがあの銃はパーツの点数が多い上に加工し難い、大量生産に向かない銃だったのです。そこで軍部は30口径だったマウザーをリチェンバリングして9mmパラベラム弾が撃てるように改造しこれを前線へと送りました。30マウザーと9mmパラベラムのリム系は同じですからこれを見分けるためにグリップに『9』と入れたのでございます」
 長い説明だ。セラスは黙って聞いていたものの途中で眠ってしまいそうになった。
 「なるほど!」 アーカードが声を上げる。
 幸いなことにその声でセラスははっと目が覚めた。
 「その『9』は『吸血鬼』の『吸』と掛けているのだな。さすがウォルター芸が細かい」
 「恐れ入りますアーカード様。しかしすぐに気付かれるとはやりますな」
 見つめ合ってにやりと笑う二人。
 しかし婦警が不思議そうに突っ込む。
 「あのう…『9』と『吸』ってそれ日本語なのでは…」 先程日本語なぞ使うなと言われたばかりである。
 だがアーカードはセラスの肩をぽんと叩き
 「婦警、細かい事を気にするんじゃない。だからお前は半端者だと言われるんだ」
 「そうでございますとも。今のウィットに富んだ会話を理解できないようでは困りますな」
 「まあそう言うなウォルター。こいつはまだ半人前だ。そのうち慣れてくる」
 ”いえ、余り慣れたいとも思いませんが” 心の奥底でそっと呟くセラス。
 そんなセラスにお構いなくアーカード達は話を進める。
 「では婦警、制服をこれに着替えろ。それとホルスターはオリジナルではなくこのショルダータイプを使え」
 「えっ? 制服も替えるんですか?」
 驚きながらも差し出された服を見ると真っ白なスーツだ。
 「こちらでどうぞ」 とウォルターが促した。
 が、その先には何もない。
 「あ、あのマスター、まさか私にストリップをやれと…」 顔を真っ赤にしながら尋ねるが。
 「そうではございません」 ウォルターが近くの紐を引くと約一M四方の枠にカーテンが下がっているのが出てきた。
 「あ、あのもしかして…」
 「左様。さあお願い致します」
 ウォルターの有無を言わさぬ口調とアーカードの鋭い眼光に押されて中へ入るセラス。
 仕方なく制服のボタンに手を掛けたセラスにアーカードが追い打ちを掛ける。
 「言い忘れたが婦警、着替えの時間は一分間だ。それを過ぎたらカーテンが落ちるからな」
 「えっ! ちょっとマスターそれって…」 慌てて抗議しようとするが
 「もう十秒経過した。急がんと知らんぞ」 冷たく突き放すアーカード。
 諦めモードに入ったセラスは急いで着替える。
 下はスカートではなくスラックスだ。
 ”何だろうこの服。決して動きやすいと言う訳でも防御に優れている訳でもないのに” 疑問は山ほど有ったがまずは着替えが最優先だ。
 一分を百分の一秒でも過ぎようものならカーテンが落ちるのは間違いなかった。
 努力した甲斐があり辛うじて57秒で着替えを終えたセラス。
 だが外に出たときアーカードとウォルターが残念そうな顔をしていたのは気のせいか?
 「これで良いんでしょうか?」 恐る恐る尋ねるセラスにアーカードが何かを投げる。
 受け取るとこれまた真っ白な帽子…しかもHatだ。
 「いいか婦警、そいつをやや目深に被れ…そうだ。それから銃を両手に構えてだな」
 「こうですか?」 言われた通りに構えてみせるセラス。
 「そうだ、それでいい。そして 『戦闘は火力!』 と叫んでから銃をぶっ放すのだ」
 「は、はあ?」 目が点になっている。
 「『戦闘は火力!』です、婦警殿。また顔を見せるときは帽子の鍔を銃口で押し上げるように。それから『地獄はあたしの職場だぜ』というセリフも忘れないようにして下さい」 念を押すウォルター。
 「じ、地獄…そりゃ確かに私の職場では地獄かと思うような光景をよく目にしますが…」
 「婦警、つべこべ言わずさっさとやれ」 目がマジだ。
 セラスは覚悟を決め、銃を構えた。
 「戦闘は火力!」 と叫んでトリガーに指をかけるが
 「待て、ただ叫べばいいというものではない」
 「そうでございます。また銃はまっすぐではなく腕を交差させたりとか変化を付けて戴かないと」
 物言いがついた…。
 「あ、あの腕を交差させろってそんなことしたら危ないじゃないですか。ただでさえ白い服は夜目立つと言うのに」 おずおずと抗議するセラス。
 「馬鹿め。お前は吸血鬼だろうが。仮に怪我をしても大したことは無い」 あっさりと却下された。
 「マスター…」 思わず涙目になるセラス。
 「五月蠅い。とにかくその恰好の時は撃ちまくるのが基本だ。忘れるなよ」
 「替えのマガジンはこちらでございます」
 と言って差し出された物を見ると…やたら長い。
 「あのナンですかこの長さは?」
 「はっはっは、これは我がヘルシング機関の工作部に特注で作らせたマウザー用の40連マガジンです。10連や20連ではすぐに弾切れになりますからな」
 「はあ…」 取り敢えず返事をするセラス。かなり疲れてきた。
 「さて次の装備ですが…」
 「えっ、まだあるんデスカ?」
 「勿論です。さて…次は」 とまたアタッシュケースを開く。
 そこにはショートパンツにTシャツ、そして煙草が一箱転がっているだけだ。
 「あのコレは一体…」 尋ねる気力も失いつつあった。
 「ほう、これは運転手用だな」 アーカードはにやりと笑う。
 「左様でございます。またご覧の通りライターはございません」
 「すいません。煙草をどうするんですか?」 怖々問い掛けてみる。
 「婦警よ、喫煙以外何に使うというのだ?」
 「は、はあ…それと運転手用の装備って言うのは…」
 「ですから車両を運転されるときの装備です。ハンドルを握ったら『運転手は運転がお仕事』と言ってから発進して下さい」
 「それからその煙草をくわえて『ライター持ってない?』と言うのも忘れちゃいかんぞ。ただしタイミングが大事だ。外したらただの間抜けだからな」
 と言うアーカードに対し ”外さなくとも十分マヌケだと思うんですが…” と心の中で突っ込むセラス。
 「所で武器はないんですか?」 服と煙草だけと言うのはあのウォルターが用意した装備としては有り得ないのだが
 「いえ、これだけでございます」 予想外の答えが返ってくる。
 「婦警、運転手は運転が仕事なのだ。戦う必要はない」 とてもアーカードの言葉とは思えない。
 しかしながら ”車運転して空飛べとか言われそうだなあ” と思っていると
 「ご安心下さい。このようにスッチィの制服も用意しておりますので空の上でも大丈夫です」 セラスの心の内を読んだかのようにウォルターが懐から制服を取り出す。
 何がダイジョーブなんだか…セラスの頭がくらりときたときアーカードが吼えた。
 「ウォルター! お前という奴は…さすがだ! さすが死神ウォルターだ!」
 更に言葉を続けようとするアーカードを制してウォルターが口を開く。
 「光栄にございます。ですが新装備はまだ残っております故に」
 「おお、そうだったな。では続けてくれ」
 満足そうに頷くアーカードに対し、実はまだ夢の中なのではないかと思い始めたセラス。
 思考能力も麻痺してきたようだ。
 「取り敢えずこれは車両用ですので着替えは次回とし、次へ参りましょう」 と新しいアタッシュケースをテーブルに乗せる。
 「次はこれでございます」
 ケースから出てきた物を見てセラスは絶句する。
 まず目に付いた物はローラーブレードにバタフライナイフだった。
 「あ、あのこれって町のチンピラから押収した物じゃないんですよね」 勇気を振り絞って問うセラスでは有ったが
 「馬鹿者! どこからチンピラなんて言葉が出てくるんだ。ウォルターに謝らんか!」 激高するアーカード。
 「まあまあアーカード様落ち着いて。婦警殿はまだお若いから仕方ないでしょう」 しかしなだめるウォルターの目は決して穏やかではなかった。
 セラスの背筋に冷たい物が走る。
 ”これ以上何も訊かない方が良いような気がする…” 何も言わずに 『装備』 を受け取るセラス。
 今回も何とか時間内に着替えを終えることができた。しかしながら
 「すいませんウォルターさん…」
 「なんですかな」 セラスを見て目尻が下がるウォルター。
 見るとアーカードも頬が緩んでいる。
 「あ、あのこの服…その…ちょっと胸の辺りが苦しいんですが…」
 「ふむ胸が……おお、そうか!」
 パチンと指を鳴らすウォルターにアーカードが問い掛ける。
 「どうした、何か不具合でも?」
 「いえ、このウォルター一生の不覚。バストをセラス嬢ではなくオリジナルのサイズで作ってしましました」
 ”オリジナルって一体…?” ますます混沌の中に沈んでいくセラス。
 「なるほど、それでは苦しかろう…そうだな…今から作り直すのは手間だし何より時間が掛かる…」 椅子に深く腰掛けて考え込むアーカード。
 セラスはこの場から逃げ出す方法を検討し始めた。
 だがそれよりも早くアーカードが顔を上げる。
 「そうだ婦警、ブラを外せ」 言葉が強烈なフックとなりセラスを襲った。
 「なるほどそれならば少しは楽になりますな」 続けてボディーブローだ。
 ただでさえローラーブレードという足下がしっかりしないものを履いているセラスはダウンしそうになるが必死にこらえる。
 なんせ下はフレアのミニ、しかも必要以上に短いので転んだら下着が見えるのは間違いない。
 「あ、あのワタシこれで十分です。それよりも次の装備を」 次に出てくるのもとんでもないものに違いないが今の格好よりは少しはましではないか、そう期待したセラスである。
 「ふむ…そうですな…」 余り乗り気でないウォルター。
 「残りはあれか…」 アーカードも同様である。
 両名が気乗りしない = 生地が多い、とセラスは考えた。
 「さあ早く見せて下さい!」 珍しく迫力十分だ。
 「まあいいだろう。ウォルター見せてくれ」
 「そうでございますな…では今度は両方一緒にお見せしましょう」
 そう言ってウォルターはケースを二つ出した。
 片方をウォルターがそしてもう片方をアーカードが開く。
 「おお! これは…さすがウォルター、素晴らしい出来だ」
 「恐悦至極に存じます。こちらもご覧下さい」 そう言って自分が開けた方を見せるウォルター。
 「なるほど…甲乙付け難い出来映えだ。これならあのアンデルセンですら敵ではない…」
 うっとりするアーカードの脇から覗き込むセラス。
 その瞳に映ったものは…ボウガンと革製の服(しかも生地が少ない)であった。
 慌ててもう片方を見るセラス。
 そちらにはジーンズにタンクトップと思われる服が見える。
 そして…穴が4個空いている金属製のプレートが二つ…。
 「な、なんですかコレハ?」 絶句するセラス。先程のことが有るので ”チンピラ”という言葉を出すことは出来ない。
 「ご覧の通りメリケンサックというものですが」 不思議そうに答えるウォルター。
 「あ、あのこれらの武器の内どれがハルコンネンを凌駕すると…」
 「馬鹿者! 見れば分かるだろうが。これらに比べれば」
 「そうハルコンネンなぞマゴノテみたいなものですぞ!」
 もう何がなんだか状態だ。
 ただ分かっているのはメリケンはともかくジーンズにタンクトップというのは今よりは一万倍も楽な格好ではないかということだった。
 「で、では私これを」 と手を出すが。
 「待て婦警」 アーカードが制止する。
 「そうでございますな。確かにこのままではちょっと…」
 「あ、あのー、何か問題でも…」
 「ああ、大ありだ」 即答するアーカード。
 「分かりませぬか、婦警殿?」 分かるはずがなかろう。
 一呼吸置いて二人は口を開く。
 「「髪の長さだ(でございます)」」
 「はあ?…」 きょとんとするセラス。
 「お前はやや背が低いし体型も大人になりきっていないがまあ許容範囲ではある。しかし」
 「そうですな。一度切った髪は元の長さに戻るまで数年掛かります」
 「は、はあ、たしかにソデスネ…」 ”元の長さも何も私昔からこの長さですが” と答えたいのを堪え適当に答えるセラス。
 ふと思いついて提案をする…だがそれは彼女らが助かる最後の希望をつみ取るものだった。
 「あのう、身長があって髪が長い人なら局長がぴったりじゃナイデスカ?」
 その言葉を聞いた彼らの表情が固まる。
 「インテグラだあ? たわけめ! 何を見ているんだお前は。だからお前は未熟者だと言うのだ!」
 「婦警殿、そんな事ではこのヘルシング機関のゴミ処理をお任せするのを再考せねばなりませんな」
 ゴミ処理係を解かれるのは有り難いことだが彼らが何に激高しているのかが分からない。
 「確かにインテグラは金にもうるさい。またその体術も大したものだ」
 「お嬢様のあのお姿は凛々しいと言っても差し支えないと存じます」
 「そういう点は幾らか近いものがあるやもしれん」
 「髪の色は違いますがこれも染めれば何とかなるでしょう」
 「はあ…」 セラスは後悔し始めていたが今更どうしようもない。
 「しかしだ」
 「お嬢様には」
 「「色気がない!!」」 見事にはもる二人。
 「色気、ですか…」 ヒットポイントが一桁までに下がったのを感じたセラス。
 「そうとも、幾らインテグラががんばろうとエーコちゃんの色気の前ではガキも同然だ」
 「お嬢様がどれだけ努力しても得られないもの。それを蘭東嬢は生まれながら身につけていらっしゃいます」
 「大体プロポーションからして違う。いや違い過ぎる」
 「全くその通りで。また蘭東嬢は可愛さも兼ね備えておりますからな」
 「おお! 分かるかウォルター!」
 「世間では金の亡者とか契約の鬼と評される事がございますが私はやはり」
 「素晴らしい! 素晴らしいぞウォルター! 死神と呼ばれるだけの事はある」
 勝手に盛り上がっている二人を前にセラスは虚脱感を感じていた。
 ”早く帰って寝よ…” そう思ったセラスはとある聞き慣れた音を耳にした。
 だがアーカード達は気付かないらしい。
 続いて外から新鮮な(とセラスは感じた)空気が入ってくる。
 この時セラスは彼女だけのラストチャンスを逃してしまった。
 開いた扉から外へ出ずその場に立ちすくしていたのである。
 ややあってセラスは名を呼ばれた。
 「お前もそう思うだろう婦警?」
 「アーカード様、今更訊く必要もないのでは?」
 「ナンデスカ一体?」 なんのことなのかさっぱり分からない。
 「なんだ聞いていなかったのかお前は? さっきから俺とウォルターがお前のために講義をしていたというのに」
 「講義だったんですかあれ…」 ぼーとした顔で答えるセラス。
 「嘆かわしい…栄えあるヘルシング機関の一員でありながらその集中力の無さは問題ですぞ」
 「確かにお二人ともスゴイ集中力ですものねえ…」 アーカード達の後ろに立つ人物を見ても頭がはっきりしない。
 「何を言っている婦警。戦いに於いて集中力は必要なファクターだとあれほど教えたのにまだわからんのか?」
 「確かにその通りだな」
 アーカードとウォルターは背後からその声を聞いた。
 いや方向は問題ではない。重要なのはその声の主だ。
 ゆっくりと振り返る両名。
 そこにはいてはならない人物がいた。
 「な、インテグラ! どうしてここに。ウォルター! 鍵はどうした?」 パニくるアーカード。
 「確か…はっ! セラス嬢を迎え入れたときに掛けるのを忘れたのでは!?」 青くなるウォルター。
 「こういうのを『Talk of the Devil and She will appear』って言うんですよね」 セラスは正常な思考ができなくなっているようだ。
 「バ、馬鹿、今それを言うなら『噂をすれば影』だ。それにオリジナルは『She』ではない、『He』だ」 慌ててフォローしようとするアーカードだが
 「え〜だってマスター達さっきから局長の事を『Devil』とか『Wolf』と散々言ってたじゃないですかぁ」 けらけら笑うセラス。
 「それに今『He』と言ったのはやっぱり局長のこと男と思っているからですかあ? 確かにオットコマエですもんねえ…きゃははは…」 完全にイッてしまったようだ。
 インテグラの視線が笑い転げるセラスに移った。
 その一瞬の隙をついてウォルターが扉へ飛びつく。
 しかし…
 「あ、開かない…」 押せども引けどもびくともしない。
 見るといつの間にか掛け忘れていたはずの錠前がしっかりと掛かっている。
 振り向いたウォルターの前でインテグラは三つの鍵を胸元へしまった。
 インテグラは窓を背にしておりウォルターには逃げ道がない。
 それを見たアーカードが 「ウォルター、後は頼んだぞ」 と壁へ手をやり脱出を図るが
 バチッ! 吹き飛ばされるアーカード。
 「こ、これは結界…」
 壁、窓、床そして天井に通風口と全ての面にお札が貼られていた。
 「い、いつの間に…」 冷や汗を流すアーカード。
 「気付かなかったんですかマスター? さっき局長が入ってきた後、あちこち貼ってましたよ」
 「馬鹿者! なぜすぐに知らせん!」
 「局長が黙っているように合図してましたし、第一マスター達お話に夢中で邪魔するのも悪くって」 無邪気に答えるセラス。
 「さて言いたいことはあるかな、諸君」 インテグラはセラスの新装備が置いてあるテーブルにゆっくりと近づきながら問い掛ける。
 「ウォ、ウォルター、率直に問う…我々は…もうおしまいか…」 脂汗を流しながら話すアーカード。
 「一世紀前、初代ヘルシング卿の時代に…このような苦境はございませんでした…」 同じく額を汗が流れる。
 「ほう、これは良いメリケンだな」 出してあったメリケンサックを手にするインテグラ。
 指にはめカチンと合わせる。
 「なるほど…材質は銀の合金か。一応対吸血鬼の装備になっているわけだな」
 にやりと笑うインテグラを見てセラスの頭が多少はっきりしてきた。
 ”逃げなきゃ!” だが足下がふらついている上にローラーブレードを履いたままだ。
 更に周りはお札だらけ…どこにも逃げ場は無かった…。
 「さて…お前達は言いたいことはもう無いようだな。では次に私の話でも聞いて貰おうか…」
 セラスが最後に見たものはインテグラの狂喜に満ちた目だった。
 後のことは分からない…。
 覚えているのはアーカード達の「きゅう」という悲鳴(?)にインテグラが叫ぶ『Delete!』と言う言葉、そしてその直後に感じた浮游感である。



 気が付いたらいつもの制服を着て棺桶の中にいた。
 夢ではなかったのかとも思ったが、そうでない証拠に制服には焦げ目が残っているし月も半月になっている。
 その後インテグラの前へ改めて出頭したセラスだがアーカードの姿がない。
 恐る恐る尋ねたところ 「現在再生中だ」 と言う答えが返ってきた。
 それ以上は怖くて聞くことができない。
 ウォルターに至っては生死すら問うのも躊躇われる。
 「所であの…局長、ご用は何だったんでしょうか」 数日前の用件だ。
 「ああ、あれか。少し前からウォルターが陰でこそこそとやっていたからな。声を掛けられても近づくなと忠告するつもりだったのだが」 一旦言葉を切りセラスを見つめるインテグラ。
 「遅かったようだな」 笑いを噛み殺している。
 「はあ…どうもすいませんでした」 深々と頭を下げる。
 「まあいい。記念だ。とっておけ」 とインテグラは引き出しから封筒を取り出しセラスへ渡す。
 セラスがそれを受け取った後
 「以上だ。訓練に戻れ」 と命令を下すインテグラ。
 敬礼して部屋を出たセラスは封筒を開けてみた。
 中には一枚の写真が入っている。
 そこには 『高見ちゃんグッズ』 に身を包んだセラスとそれを見て涎を垂らすアーカードにウォルターの姿があった。
 その時のことを思い出し赤面して駆け出すセラス。
 彼女はしばらくの間ウォルターの部屋の前は通らず、またやむを得ず通るときは耳を塞いでいたという。



 そしてアーカードは…
 「さすがだウォルター! この形、この手触り…まさにネコそのものだ」
 消滅したウォルターの部屋の代わりにアーカードの居間で今度は『まやグッズ』を見て叫ぶ。
 但し下半身は培養液の中だ。
 「恐れ入ります。このウォルター苦労した甲斐があったというものです」
 こちらは全身包帯だらけだ。
 「天才とはお前のことを言うのかもしれんな」
 「そんな事よりもアーカード様」
 「うむ。婦警を呼ぼう!」
 …。
 懲りない二人であった…。

not to be continiued... 





Umaさんよりいただきましたぜ!
要・ジオブリーダーズ必読のコト,ですな。
高見ちゃんルックなセラス嬢…グラビア誌とかに出てきそう(笑)
何より注目するところはウォルターの見事な執事ぶりでしょう!
彼がいれば、ヘルシングは将来安泰ですな(まじ?)  By 元

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