線のような月の、明かりのない冬の夜,そんな日の雨上がり、霧が広がる,白い霧が。
 霧は小さなその村を音もなく包み込み、そして…・・


Death
〜 月,堕ちる時、微笑むモノ 〜



 翌日、昼。
 普段静かなその村には百名程の警察官が訪れていた。
 村は彼らに完全に包囲され、外部からの侵入は完全に断たれている。
 無論、マスコミなどもっての他である。
 そして白衣を来た検察官や学者,警察官が無人となった村の中を駆け回る中、その二人の姿はあった。
 「酷い…」婦警は両手で口を隠す。
 その前を黒衣に身を包んだ丸サングラスを掛けた男が通り過ぎる。
 そしてふと足を止め,
 「嫌な臭いだ…」呟く。
 「臭い…ですか?」
 「…」男は婦警の問いには答えず、足下に広がる芝の青く茂る葉を一枚、引き千切る。それを親指と人差し指でこする。
 「?」婦警は男の行動に首を傾げた。
 「…嫌な匂いだ」再び男は同じ語句を口にする。
 男の指には、白い粉末が微かにこびり付いていた



 バサッ!
 インテグラは牛皮の椅子に体を預け、机の上に新聞を投げ置いた。
 タイムズ紙の第一面には「怪異・伝染病か,土地の呪いか? 住民全てが死去!!」との見出しがある。天下のタイムズにだ。
 そしてそこには、遺体は某有名貴族の屋敷に仮保管されたらしい,ともある。
 「フゥ」溜め息一つ。
 「お嬢様」彼女の背後,椅子の後ろから老人の声が掛けられる。
 しかし彼女は振り返ることなしに、眠るようにその目を閉じた。
 「お心遣いはありがたいのですが、お休みはいただけませぬ」老人,彼女の執事である彼ははっきりとした口調でそう言い放つ。
 「そういうな、ウォルター。お前にも休息は必要だ。所員全員に休みを出しているのだ,この機会に英気を十分養ってくれ」
 「そうはおっしゃいますが…お嬢様は祝福すべき聖夜に、たった三人でこの広い屋敷にいることになるのですぞ」半分脅迫めいた口調のウォルター。当然残る二人は推して知るべしであろう。
 「それが何かまずいのか…?」しかし余裕のインテグラ。
 「食事はいかがするのです? アーカードはTVでやっていたホラー映画が怖くなって、ブラウン管に銃弾浴びせるような者ですし,婦警に至っては、雨の日に拾ってきた猫を乾かそうと電子レンジの中に入れる危険極まりない性格ですぞ」
 「…ま、まぁそんなこともあったかもれんが、気にするな。そもそも聖夜は魔の力が極端に落ちる,それだからこそ、所員全員の休みを取れるのだ。それに私はもう子供ではない」最後だけは毅然と言い放つ。
 「…分かりました、今の言葉,先代がお聞きになればお喜びになるはずですぞ。私もお言葉に甘えてお休みをいただく事にします」好々爺の笑みを浮かべて、ウォルターは言った。
 「ああ,あ、その前に…いつものやつを煎れてくれないか?」



 …ボーンボーン,鐘が七度鳴る。
 「七面鳥でも焼くか?」書斎で、彼女はふと言った。
 「ニンニクは抜いてくれ」相変わらず不気味にアーカードはそれに答える。と、彼の視線が彼女の背後へと向かった。
 「お嬢様、コーヒーでも如何ですか?」丸トレイに湯気の立ったカップを一つ載せて、老執事はトビラを開けて現れた。
 「ウォルター,帰ったのではなかったのか?」ウォルターは彼女の机の上に煎れたてのブラックを置く。
 「やはり心配でして。七面鳥も焼いて御座います」優しい微笑みの執事。 「そうか…ウォルター,その七面鳥は鳥なのだな?」
 「は?」
 ジャキ,インテグラは素早く立ち上がり、左胸から取り出したオートマ小拳銃の銃口を、ウォルターのこめかみに突きつけた。
 「?!?」狼狽える老執事。
 「ウォルターはブラックは煎れない,必ずシュガーを効かせたカフェオレにしてくれるのだ。変装は完璧だが、詰めが甘いな」呟く。そして彼女は無情にもトリガーを引いた。
 ダン!
 ウォルターもどきは首をおかしな方向に曲げ、赤いものを飛び散らせながら横転,しかし頭を赤く染めながらも不敵な微笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がる。
 なくなった表情にくぐもった声で、彼は言葉を口にした。
 「さすがはインテグラ局長,しかしあまりにも防備が手薄ですな。聖夜とはいえ、たかが3人では私には敵わない…」ニヤリと口の端を吊り上げる。
 それに対し、インテグラは冷たく失笑。
 「所員に休みを与えたのはお前をおびきだすためさ。それにお前如きには私が加わるまでもない,アーカード一人でも十分と判断したにすぎん」 「…ほぉ,舐められたものだ」
 「正当に評価したまでだ,ブードゥーの司祭」呟くような小さな声で、彼女は手にした拳銃を懐にしまう。
 「その評価が間違っていたことを教えて差し上げよう」
 パチン
 ウォルターもどきが右手を鳴らす。
 バタン,バタン,ガシャン
 扉と窓ガラスの向こうから、ゾロゾロと人々が入ってくる。どれも生気はなく目は虚ろ、手にはそれぞれ石や刃物などを持っている。
 ジャカ,アーカードは上着の内側からショットガンを取り出す。
 「おっと,こいつらはまだ生きているのですよ」ウォルターもどきが口を出す。
 「秘術・死人返り,今は私の命しか聞かない、従順な人形ですがね」
 「ブードゥーの薬物と暗示による人間の隷属化,一度心臓を止め、冬眠状態にするくらいのショックを与えるということだったな。しかし村一個包めるだけのこれだけ薬を良くもまぁ持っていたものだ」インテグラは机の上のシャーレに入った芝生の一片を眺めて言った。
 「…こいつらは生きているのか?」額に皺を寄せ、アーカード。
 「死んでいる,書類上では…な」
 「なら、問題はない」
 「ああ,問題ない」
 ドシュドシュドシュ!!!
 1人2人3人,アーカードの放つショットガンの銃弾は確実に、迫りくる哀れな被害者を戦闘不能な状態にまで叩き落とす。
 「…チッ、何て野郎だ」ウォルターもどきは舌打ちする。
 が、普通の人間ならば即死のその傷は、打たれた時点で人間ではなくなる彼らには、ほんの数秒の足止めに過ぎない。
 次第に2人を包む包囲の和が狭まってくる。
 「終わりだ」
 「アーカード」インテグラは小声で表情すら変えずに呟く。
 「ああ」答え、彼は薄い微笑みをその表情に張りつかせ、天井を見上げこう呟いた。
 「Are you ready?



 「Yes,my master!!
 チャキ
 満月に照らされた屋敷の屋根の上で、ナイトスコープを取り外した狙撃手用ライフルを肩に構える婦警はターゲットをロック!
 怪しの力が最も高い地点をその第六感でサーチ,屋敷から1km程離れた小高い丘に立った人影に向かってトリガーを連射!!
 トットットッ!!!
 人影は背後の木に打ちつけられ、婦警の放つ連続的な銃弾に踊る。
 そして…
 婦警は夜族の目を凝らす。
 Zoom!
 Zoom!
 Zoom…

 人影は比較的若い男,体中に婦警の開けた穴から赤い液体が溢れている。そして男は遥か遠くの婦警にニヤリと微笑み…
 舌を出す。
 その舌には単語が刻まれている。
 『Regret!(残念!)』
 「Shit!!」ライフルを投げ捨て、婦警は太股に指したサバイバルナイフを抜いて屋根から飛び降りた!



 ガチャン!!
 アーカードはインテグラを抱いて窓の外,中庭に飛び出す。
 「婦警!!」立ち上がり様、彼は周囲を見渡し叫ぶ。
 幸運にも、婦警が2人より先に中庭に飛び降りたため、オトリ役は十分努めていた。
 「この人達,人間じゃない!!」某セガたサ*シローのようなセリフを吐きながら、ゾンビ達の山の下敷きになる婦警。
 アーカードは以心伝心により婦警の失敗を確認,そして…
 「アーカード,月が…」インテグラが呟く。それにはすでに確信があった。
 「Yeah! Lalalalalala!!」黒衣の狩人は上を見上げる事なく張り付いた笑みを浮かべ、奇声をあげながらショットガンを頭上に持ち上げ、トリガーを引く。
 バシュ,バシュ,バシュ!!
 頭上の満月に吸いこまれる銃弾。
 そして、満月が生み出す月明かりは赤く染まり…
 地面を照らす冷たい光は血の如く赤く染まる! が、それは数瞬のこと,やがて赤い光すらも消え、暗黒が地を覆った。
 ドサッ,何かが地面に落ちてくる音。
 それを合図に、動ける死体は死体という物体へと戻って行く。



 蝋燭で照らし出されたのは、死の縁に貧した英国貴族風の青年。
 「…知り合いか?」インテグラに問うアーカード。
 「見たこともないな」呆気ない言葉。
 その言葉が風となったのか,青年の命の炎は蝋燭の炎とともに消え去った。



 「とんだクリスマスだ」
 「…ああ」
 「七面鳥は食べたくはないな」
 「…俺のとっておきのワインを開けよう。血のように赤いワインだ」ニヤリ,とアーカードは微笑む。
 「そうだな、楽しみだ」彼なりの心遣いに、インテグラもまた微笑みで応じる。
 やがて沈黙の帳が下りた聖夜に、白い妖精が舞い降り、全てを覆い隠して行った。



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 満月の、やけに明るい夜,それは祝福すべき聖夜のこと。
 「てぃりゃぁぁ!!」そう、雄叫びをあげながら新旧取り混ぜたゾンビの群れにナイフ一本で躍りかかる婦警一人。
 「「うおぉぉぉん!」」
 「こいつら、人間じゃないぃぃ!!」
 善戦虚しく、全ての動く死体の標的となった彼女は、腐ったそれにいつしか埋め尽くされた。
 それを尻目に、黒衣の狩人は彼女の埋まった山に背を向け、漆黒の夜空を見上げ…
 ジャキ!
 ショットガンを、その夜空に向ける!
 「Lalalalala!!」唇を吊り上げ、馬鹿笑いをあげながらトリガーを連射
 連射
 連射
 これでもかと言うほど連射!!
 …そして、地を照らす月の一部が深紅に染まる!
 その深紅の染みは満月を三日月に,そして全てを覆い尽くし…
 ドサッ!
 黒衣の狩人,アーカードの前に、その身体に無数と思われるほどの穴を窺った青年が空から落ちてきた。
 途端、暗黒の夜の帳が下りた。


Rebirth
〜 真心,その奥にあるモノ 〜



 「…俺のとっておきのワインを開けよう。血のように赤いワインだ」ニヤリ,とアーカードは微笑む。
 「そうだな、楽しみだ」インテグラもまた微笑みで応じる。
 屋敷に帰って行く二人,そんな彼らの後には深々と雪が舞い降り始めた。
 「って,ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」足を踏み出すアーカードの歩みを止める叫び。
 数瞬遅れて、死体の山が崩れる。
 そこから這い出てきたのは、ボロボロの服を纏った婦警だった。
 「はぁはぁはぁ…マスター,なんか私、日に日に扱いが酷くなって行くような気がするんですけど…」しっかりと歯形が残った二の腕をさすりながら彼女はぼやく。
 「…問題ない、イレギュラーは付き物だ」ニヤリと微笑む。
 「局長ぉ! 何とか言ってくださいよ!」何を考えているか分からない黒き狩人を指さしながら、婦警は金髪の令嬢に泣きついた。
 「ほぉ、確かに近頃はお前にとってハードなスケジュールが重なっているな。どれ、休みをやろう」言って、局長インテグラは懐をまさぐり、あらかじめ用意しておいたのであろう,封筒を手渡した。
 「? これは?」
 「そろそろそう言ってくるだろうと思ってな。今年のクリスマスはマイアミででも楽しんでこい」
 「ええ?!」婦警は封筒を開ける。中には航空券とホテルの宿泊券,食事券が入っていた。
 「あ、ありがとうございます!! …でも、有給とって宜しいんですか?」恐る恐る尋ねる彼女。
 「年頃の若い娘が遠慮することはないぞ,なぁ、アーカード?」インテグラの言葉に、しかし彼は返事すらしない。
 「ま、土産は買ってこい」
 「はい!!」
 返事すら儘ならず、彼女は荷物を取りに屋敷へと駆け出した。
 航空機のチケットは今夜の最終便であった為もあろう。
 「せいぜい、生きて帰ってこいよ」サングラスの下はおそらく、哀れなものを見る目だったに違いない。
 「何か言ったか? アーカード?」
 「…いや」



 灼熱の太陽、そう、ここは常夏の大地!!
 「海,太陽,そしてロマンスよっ!」水着で浜辺に飛び出す婦警。
 バッ! ガウンを頭上に投げ、海へ…
 駆け出した彼女の肌に紫外線たっぷりの太陽の光が降り注ぐ。
 ジュ!
 「あぢぃぃぃぃ!!」瞬間、彼女の体が火を吹いた!
 吸血鬼なら当然である。



 「ふふふふふふ…」婦警はナイフとフォークを握りしめる。
久々のごちそうであった。
 「海を堪能できなかったのは痛かったけど…食事で楽しめばOKよ!」一人、薄笑いを浮かべ呟く彼女。
 「お待たせしました」ボーイが彼女のテーブルにそれを置いた。
 アメリカならではの、馬鹿でかいステーキ。
 それもニンニクをたっぷりと利かせたヤツ。
 「はぅ…」婦警は気を失った。



 ホテルはかつての教会をリフォームしたものだという。
 そのせいもあって、今でも行事などでは使用されることが多いらしい。 婦警は疲れた顔でチェックイン。
 三階まで吹き抜けの広いロビー。
 何気なく天井まで見上げてしまう。
 天井には教会当時の壁画がきれいに残されていた。
 巨大な十字架の…



 「も、もう駄目…」婦警はフラフラとそのままベットに潜り込む。 そしてそのまま夢の世界へと…
 ボーンボーン,12時の時計が鳴る。
 そしてホテルのホールが何処かでクリスマスを祝う集会が始まったのであろう,讃美歌が合唱された。
 「ひょえぇぇぇぇ!!」婦警は悪夢の中へと叩き落とされた。



 「婦警,今頃楽しんでいるだろうな」インテグラはワインを傾け、アーカードに尋ねる。
 「…本気で言っているのか?」”鬼だな”心の中で付け加えるの忘れない吸血鬼。
 もっとも、傍観していた彼にそんなことを言えるはずもないが…。



End...



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 インテグラ:愚かだな
 アーカード:愚かだ
 婦警   :あんたら、鬼よ!!
 イ&ア  :お前も吸血「鬼」だろ。


これはさとをみどり氏の同人誌に投稿したものです。