「おそい!!」
 ヒステリックな女性の声が灰色の空に響いた。
 「セラス,アイツは一体どこ行ったの?!」
 「え、え〜と」
 浅黒い肌を持った気丈な雰囲気の女性,眼鏡の奥に鋭い眼光を持つ彼女は、対照的な雰囲気を備える婦警姿の女性に詰め寄った。
 それに対し、セラスと呼ばれた婦警は引き吊った笑いを浮かべる。
 その頬には冷汗が流れていたりする。
 とある小さな街,そこで『事件』が起こった為に、彼らは出動していた。
 ヘルシングが担当する『事件』に関しては、その性質を語ることはなかろう。
 当部隊の指揮官である彼女,インテグラにとって、この日の「事件」は軽くこなし、 さっさと屋敷へと帰り優雅なディナーを楽しめるはずだった。
 ところがである。
 事件解決の作戦を執行するに当たっての「主戦力」が来ないのだ。
 計画を変更する気など微塵もない彼女にとっては、到着を待つしかない。
 苛立つ彼女の後ろで、老執事が局員の一人から何らかの文書を受け取り、それを一瞥していた。
 彼は溜め息一つ。
 「どうした? ウォルター」ハスキ−な彼女の声が彼を捕らえる。
 その返答に老執事は一瞬躊躇し、そして意を決したかのようにこう、答えた。
 「アーカード様は…バスを間違えて反対方向に乗ってしまったそうですな」
 重い、重い空気がインテグラを中心に局員の間に広まって行く。
 耐え切れなくなったのは婦警,セラス= ィクトリア
 「ええと…マスターって、とっても、おちゃっぴ〜」
 ニコッ,微笑むがさらに場の雰囲気が重く。数瞬後、その中心が当然爆発!
 「この口か,この口がふざけたことを言うかぁぁ!!」婦警の口を、両手で思い切り横に引っ張るインテグラ。
 「はぁぅぅ!! ごべんなざいぃぃ!!」
 「局長,御乱心!」
 「誰か、誰か止めるんだぁぁ!!」


霧の彼方に



 『彼』はその地に降り立った。
 バス停の終点,ここで降りたのは彼一人。
 乾いた砂煙を巻き上げ、回送となったダットサンバスが彼を捨てて走り去っていった。
「…フッ」バス停の時刻表と、自らの持つ懐中時計を見比べて苦笑。
 「半時…か。観光には丁度良い時間だ」錆びついたバス停のスタンドに背を向ける男。
 寂びれた小さな町並みが彼の視界に広がった。
 夜の帳の隙間から流れる乾いた風が、彼の黒いマントを軽く翻す。
 その闇に溶けこむかのように、黒衣の男は滑るように足を踏み出した。
 と、足が夜の闇に絡みつくような錯覚に捕らわれる。
 「ほぅ」小さく眉を動かす。
 それを契機に、物陰から人影が一つ,二つ,三つ…現れる。
 緩慢でいて、あらゆる生きとし生ける者に敵意を込めた気配,それに伴う怨嗟。
 「退屈は、しないで済みそうだ」ボソリ,呟く彼は軽く口許を吊り上げた。
 闇の中、襲い来るは人を食らう死鬼,グール。
 決して遅くはない彼らの振り上げる腕に、黒衣の男はステップを踏んでかわし、無造作に懐から銃を取り出す。
 ガァン!
 発砲,それは一体のグールの額に命中。それを食らったグールは頭部を消し飛ばされ、両膝を地に付けた。数回の痙攣の後、倒れ伏せる。
 グールはまるで躊躇したかのように一瞬その動きを止める。
 ガァンガァンガァン…
 男はまるで射撃ゲームをやっているかのような緩慢な動きで連射,だがそれは一発ごとに確実にグールを葬り去って行く。
 …ガァン!
 射撃音が止まる。最後の一人が倒れる音が一つ。
 まるで元のままの静寂が訪れた。
 だが、先程までと異なるのは辺りに死臭と硝煙の匂いが立ちこめていることだろう。 男は飽きた雰囲気で視線を目の高さまで上げる。
 と、彼の前にどこから現れたか、白いドレスを身に纏った若い女性が立っていた。
 暗闇に浮かび上がるような彼女,端正な顔立ちは工芸品のようにも見える。
 小さく微笑む女性のそれは、苦笑とも取れなくもない。
 「騒がしい夜ですわね」鈴の鳴るような声。
 「全くだ」応え、男は銃を懐にしまう。
 「最近は騒ぐ奴が多すぎる」続けて無表情に呟く。
 「ええ、我々が真に欲するものは、静寂と美しい月夜だというのにね」
 彼女は空を見上げる。しかしどんよりとした雲で覆われているため、月明かりすらも見えない。
 「困ったものですわ」
 「ああ…」
 ガサリ,何かが揺れる音が二人に届く。
 その音に男はチラリを視線を向けた。
 建物の物陰から一人の影が現れる。
 それは青年の神父,彼はまるで、すがるかのように黒衣の男に駆け寄ってくる。
 そして彼の前に対峙する女性に、胸のネックレスに付いた十字架を突きつけて牽制。
 「お前は『人間』か?」黒衣の男に言われ、神父は小さく頷く。
 「この村の神父でした,ですが…もぅ、この村はこの女によって…」女性を睨つける神父。そんな彼の表情を黒衣の男はつまらないものでも見るかのように一瞥。
 「関係のないことだ…」小さく、表情もなく応える。
 「そんな!! 貴方にならできるはずだ! この村を襲った怪物を倒すことが!」絶叫にも似た神父の声が、高らかに廃墟と化す村に響き渡った。
 「怪物…か」
 「怪物,ね」女性もまた、男と同じ呟き。
 「それを倒すことを、お前は私に望むのか?」懐に手を入れ、黒衣の男は問う。
 「はい,どうか村の皆の敵を!」女性を睨みながら神父。
 「…分かった,力に取り付かれ誇りを無くした若きノスフェラトゥよ」
 「?!」
 ガァン…
 静かな夜に、無粋な音響が木霊する。
 驚愕の表情で倒れるは神父,その額に大きな穴を開け…
 ボフゥ!
 灰化する。
 「資格のない者が多くて、困ったものだな」溜め息をついて、男は言う。
 「そのようね」
 二人のノスフェラトゥは見つめ合い、小さく苦笑。
 「この神父の願いを、聞き届けたのではなくて?」灰と化した神父の死体に視線を僅かに走らせた後、女性は試すように尋ねる。
 「残念だが、もうバスの時間でな」微笑みを浮かべる彼女に、男は懐中時計をその手の中に回して背を向けた。
 風が吹く,灰がサラサラと音を立てて崩れ始める。
 その風に乗って、女性の声が男に届く。
 ”お名前は,高貴なるノスフェラトゥ?”心に囁きかける声。
 「アーカードとでも呼んでくれ」
 ぶっきらぼうに応え、アーカードは歩み始めた。
 彼の歩みと供に、やがて村全体は霧に包まれ、蜃気楼のようにその存在を消して行く。・同時に、アーカードは小さく笑みを浮かべた。


 「うきぃぃ!! まだなのぉぉ!!」
 「インテグラ様,マスター抜きで作戦に移りましょうよぉ」
 「そんなのダメのメのメ!」
 ビシィ,婦警を指差し、彼女はきっぱりと言い放つ。
 「我儘だなぁ」ボソリ,婦警は口をこぼしてしまう。
 ピクリ,とインテグラの肩が動き…
 「この口か,この口が私を我儘言うかぁぁ!!」
 「ずみまぜん,もぅいいまぜん…」
 そして、英国の夜は更けゆく………


fin 

これはさとをみどり氏の同人誌に投稿したものです。