トテトテトテ
 パジャマ姿の幼い少女が一冊の本を持って廊下を走る。
 と、彼女は立ち止まる。その大きな瞳の先に、一人の男の姿が入ったからだ。
 「ウォルター」
 少女は嬉しそうに笑いながら走って彼の足下に抱きつく。
 「インテグラ様,こんな時間に何をやっておられるのです? もうお休みの時間ですよ」初老の男,ウォルターは困った顔で足下の少女を見下ろす。
 少女はその言葉に、手にした本を持ち上げる。
 「絵本読んで!」
 「…困ったものですな」
 「読んでくれないと寝ないよ」
 「はいはい…」苦笑しながら、ウォルターは少女,インテグラを連れて彼女の部屋に戻った。



 「読んだら寝るのですよ」
 「うん!」
 ウォルターはインテグラの眠るベットに長椅子を横付けて、本を開く。
 「さて…昔々、ブリタニアの山奥に一人の狩人が住んでおりました……



蝙蝠の恩返し?



 「ううぅ,寒いなぁ」
 一人の女性がマントを胸の前で押さえながら雪山の中を進む。
 彼女の名はセラス=ヴィクトリア,しがない駆け出しの狩人だ。
 彼女の肩には猟銃であろうか? ハルコンネンという馬鹿でかい大砲のようなものが担がれている。
 「こんな真冬に獲物なんかいないのになぁ。でも食料も尽きちゃったし、街に下りるにもお金ないし」うっすらと目に涙溜めながら己の不遇を悲しむ彼女。
 と、彼女の前方300mに鹿の親子が現れた!!
 「ご、ごはん!! でも子供連れ…」彼女の脳裏に嘆き悲しむ子鹿の未来が浮かぶが、数瞬の後に抹消。
 運の良いことに鹿の親子はまだ彼女に気づいていない。
 「よ、よし,今のうちに…この銃、初めて使うんだよなぁ」
 スチャ,とても人間とは思えない怪力でハルコンネンを肩に担ぎ、標的である親鹿をロック!
 「成仏して私の御飯になってくださいね」
 カチッ
 ハルコンネンの引き金を引くセラス。
 ボヒュ!
 なんかやけにボリュームのありそうな音がして銃弾が飛ぶ。
 チュドドドドン!!
 ピキ〜
 閃光、爆風,そして襲いくる熱波!
 鹿の親子はその絶叫とともに灰燼と化した。
 「は、ははは…」
 セラスは半径10mはあろうかというぽっかりと地面に開いたクレーターを前に、乾いた笑い。
 「え、ええと、確かワナも仕掛けていたわよね〜」ハルコンネンをその場に投げ捨て、彼女はクレーターを見なかったことにしてその場を立ち去った。



 「………・」
 狩人・セラスは罠に掛かった物体を前にしばし絶句。
 地面に仕掛けた鉄の輪に足を挟まれてもがいているのは全長2mほどの巨大なコウモリである。
 ”食べられない、これはさすがに無理よ!”
 仕方なしに彼女はのたうちまわっているコウモリの罠を解いてやる。
 バサバサバサ!!
 足から血を流しながら巨大なコウモリは空高く舞い上がる。
 「私の血を飲め,婦警」
 「な、なになになに???」そのコウモリから声が飛んでくる。セラスは慌てて空を見上げた。
 「私の血を飲め,婦警 そうすれば本当の意味で我々の一族になれるのだ」
 コウモリが良く分からないことを上空から言い放っている。
 「私は婦警じゃないし、良く分からないものにはなりたくないですぅぅ!」
 セラスはそう叫んで逃げ出して行った…



 その夜。
 ヒュゴゴゴゴ…
 「寒いなぁ,お腹減ったなぁ」
 吹雪が山小屋を揺らす。セラスは一人、暖炉の前でうずくまりながら溜め息を就いた。
 と、そんな時である。
 コンコン
 「?」玄関の扉をノックするような音が聞こえる。吹雪の音であろうか?
 ドンドン!
 「ええ??!」セラスは立ち上がる。吹雪の音ではない!
 しかしこんな山奥、夜中にそれも吹雪いているのにお客など来るのだろうか?
 彼女は恐る恐る小さく扉を開ける。
 「ひぃ!!」
 外にいた人影を見て、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
 黒マントに黒コート,サングラスを掛けた、まるで殺し屋のような男が一人玄関に立っているのである。
 扉を閉めようとする彼女の手を掴み、男はズカズカと家の中へ入りこむ。
 「何なんですか?! あなたは!!」
 「アーカードという者だ。道に迷った。一晩泊めてくれ」無愛想に彼は言う。
 「だ、駄目ですよぉ、私一人暮しなんです,知らない男の人を泊める訳には行きません!」おっかなびっくりながらも、彼女は気丈に言い放つ。しかし…
 「心配ない、私は気にしていない」
 「私のことは無視ですかぁ!!!」
 「礼をさせてもらうぞ、部屋を借りる。決して中を見るなよ」
 「ちょっとぉぉ!!」
 セラスの言葉など全く聞かずに、彼は彼女の寝室に入ると扉を閉めてしまう。
 後は一人、この夜を凍えずにどう過ごそうか頭を悩ます娘が一人。



 「一体あの人は何なのかしら?」セラスは閉ざされた寝室への扉を眺める。
 見るな,と言われると見たくなるのが人情。それ以上にたった一つの寝室を占拠されては彼女としても困るのではあるが。
 セラスは扉に耳を付け、中の音を探る。
 すると、何やら地獄からの声のようなおぞましい音が聞こえて来た。
 「拘束制御術式 第3号 第2号 第1号 開放」
 「???」アーカードと名乗る男の呟きがともに聞こえる。
 「クロムウェル発動による承認認識」
 バキボキメキャ,メシメシメシ…
 ウォォォ〜ン
 ガタン,ガチャン,ガチャン…

 「?!?!?」明らかに中では只ならぬことが起こっている,っていうか遊星からの物体X?
 ”どう考えてもでていってもらおう!!”怖いながらも腹を決めるセラス。
 ガチャリ,扉を開ける。
 「や、やっぱり出て行って下さい! 困りま…・・
 彼女のの言葉が途中で途切れる。
 目の前に展開された光景は常軌を逸するものだった。


 『何だか良く分からないモノが、どっから取り出したのかハタ織り機でハタを織ってました』---後日談


 「正体がばれてしまったようだな」良く分からないモノはアーカードの声でそう言うと、姿を変える。
 ”正体って…何?”セラスは黒くてぐにゃぐにゃしたような、その良く分からないモノに思うが、つっこむ気力もない。
 やがてその黒い何かは大きなコウモリとなった。
 「命を助けてくれた礼だ,使うが良い。サラバだ!」
 ガチャン!
 びゅぅぅぅ

 窓ガラスをかち割り、昼間に助けたコウモリはそういいの鷹揚にそう言い残すと、吹雪の夜空へと消えて行った。
 部屋に残されたのは、コウモリが織った何を材料にしたか良く分からない黒い布が3反,割れた窓ガラスと容赦なく吹きこむ雪。
 「私、悪いことをしたんですか? 神様??」
 セラスは燦々たる寝室を茫然と眺めながら、一人、途方に暮れるのであった。



 …おしまい。っと」
 ウォルターは安らかな寝息を立てる少女の髪を撫でる。
 「ん…」彼女は小さくそう呟くと、再び僅かに微笑みを浮かべながら規則正しい寝息を続けた。
 「おやすみなさい、インテグラ様」その少女の寝顔を眺めて微笑みながら、初老の男は立ち上がり…


 「ちょっとまったぁぁ!!」
 「何です? セラス様」
 「こんな昔話聞かせるから、あんな風に育っちゃうんじゃないですかぁ??」
 「…宿…とでも申しましょうか」
 「もしもし〜」


ギャフン

END