私らしく


 とるるるるるる〜〜
 TVに見入っていた二人の部屋の電話が、鳴る。
 「?」
 「直通回線からですと?!」
 女性と老人は戦慄。
 ちょうど先程、彼女の『銃』たる彼からの電話があったばかりだ。
 部屋の主である女性・インテグラはごくり,息を呑むと受話器を取る。
 「誰だ」
 一方的に言い放つ。
 「敵か,味方か」
 「インテグラ様ぁぁぁ〜〜」
 返るは泣きの入った情けない女性と思われる声。
 「ふ,婦警か…」
 がっくりと力と緊張感が体中から抜けて行くインテグラだった。
 「マスターが、皆殺しで、ヘリが、奪って来いって、中継されて、アタシ達が、殺人犯で、でも、殺してて、それで…」
 電話の先の彼女は混乱しているのか、まるで的を得ない単語ばかりを羅列する。
 「ええぃ、状況を説明しろ」
 「ですから…」
 「ああ、ちょっと待て。大きく深呼吸だ。さぁ、すーはー」
 「すーはー」
 「すーはー」
 「すーはー」
 電話に向かって深呼吸するインテグラ。かなり間抜けだ。
 「落ち付いたか?」
 「は、はぃぃ」
 遠距離であっても、彼女の不安な気持ちはインテグラによく伝わってくる。
 「で、どうした?」
 「はぃ。実は…マスターがどんどん人を殺して、それで私にビルの屋上のヘリを奪って来いって…たくさん兵士のいる屋上の…」
 「それがどうした?」
 「どうしたって…無理です。私には人を殺すなんて出来ません!」
 バン!!
 「私に頼るな、婦警!」
 机を叩き付けるインテグラ。
 びくりと、電話先で震える少女の姿が見える様だった。
 「命令を下すのはお前の主だ,その宿命は何も変わらない!!」
 「そ、そんな…ああん、雨も、雨も降ってきましたぁぁ」
 「チッ」
 インテグラは舌打ち。吸血鬼は水にも弱いとされている。
 「アタシには…とても…」
 「セラス!!」
 叫ぶインテグラ。名を呼ばれた少女は言葉に乗せられた覇気に体が硬直する。
 「雨だろうが、サダメだろうが、お前を邪魔するあらゆる物を回避しろ!」
 「え…回避?」
 「そうだ、こそこそと逃げつつ、隠れつつ、だが必ず主の命令に沿う様に動くのだ」
 無理だ。
 しかし、
 「りょ、了解しました!」
 勢いにつられ、答えてしまう少女。
 「そうだ、婦警。お前のやり方でやれば良い」
 「は、はい! セラス=ヴィクトリア,私らしく頑張ります!」
 がちゃり
 受話器が置かれた。
 インテグラは葉巻を口にくわえ、隣に控える執事に目を向けた。
 「…私の判断は正しいのか誤っているのか,ウォルター?」
 「正誤の判断など……私は執事でございますれば、私の使えるべき主君は『ここ』におられます」
 ウォルターは歴然とした態度で、そう答えた。
 二人は再び中継TVを見つめる。
 軍の包囲するホテル,その屋上で。
 ちゅど〜ん
 突如、爆発が起こり何か巨大な破片が…ヘリのプロペラがカメラの目の前に突き刺さった!
 『ヘリが、ヘリが爆破されました!』
 レポーターの悲痛な叫び。乱れる映像。
 「…私の判断は正しいのか誤っているのか,ウォルター?」
 「正誤の判断など……私は執事でございますれば…」
 見つめる二人の声は、僅かに震えていたそうである。


お・わ・り