ちゅど〜ん!
 どごん!
 爆発に、土煙が舞いあがる。
 一面の荒野で戦車が、戦闘機が、アパッチが、そして銃弾が2つの陣営を行き来していた。
 戦場…である。細かく言うなれば中東の、民族紛争の一つだ。
 「うひ〜」
 その真っ只中を一つの人影が駆け抜ける。
 ちゅど〜ん!
 人影の近くに爆発一つ。
 ちゅど〜ん!
 2つ
 ちゅど…
 3つ、4つ…
 ザッ!
 煙の中から背に大量の武器弾薬を背負った人影が姿を現す。
 女性だ。この場に似合わない、婦人警官の格好をしていた。
 そもあれ、彼女は全ての爆発を並外れた動体視力を以って切り抜けたのだ。
 いや、
 ちゅど〜ん!
 現在進行形である。
 「はぁはぁ…」
 銃弾を、仕掛けられた地雷を、飛び来るロケット弾を右へ左へとかわしながら彼女は荒い息で駆け続けた。
 「逃げなきゃ…ツ にッ にげ 逃げなきゃ…ツ 脱出してベルナドットさんに言わないと… もう全然あたしじゃ手がつけられない………ツ!!」
 ちゅどど〜ん!!
 「うきゃぁぁ!!」
 一際大きな爆発。それは彼女の背を押し、吹き飛ばした!
 ドンガラガシャ!!
 「何やってんだ!」
 吹き飛ばされた先,ベルナドット率いるワイルドギースの陣営で背中の武器弾薬を撒き散らして彼女は罵声にフラフラと立ちあがった。
 「も…ダメです。帰りましょうよ〜、ベルナドットさん〜」
 丁度ライフルを撃ち尽くしたのであろう,それを投げ捨てた、先程罵声を浴びせた隻眼の男に彼女は涙ながらに言うが…
 「バッ バッ バズーカ!」
 「はい?」
 「バズーカ早くッ」
 「え? な、なに??」婦警は振り向きもせずに叫ぶ男に戸惑う。
 そんな彼女にお構いなしに、彼は懐の短銃を横撃ちにかましながらさらに怒った声で後ろの彼女に叫び続けた。
 「バズッ バズーカッだっつーの バズーカッ! コルトパイソンでも可ッ」
 「トカレフなら」
 「不可ッ! 取ってこい!」
 「へ?」婦警は呆ける。
 「まだまだ足りん! もう一度とって来い!」ビシィ、今彼女が駆け抜けてきた戦場を指差し、ベルナドットは冷たく指示。
 「そ、そんなぁ!」
 「人殺したくない言うたら、あとは運搬係くらいなもんだろ! 日本の自衛隊みたく!」
 ロケット砲を軽く一発、道を開いて彼は進路を指差した。
 「行け、わが精鋭よ!」
 「わ〜ん!」涙を拭き拭き、彼女は再び戦場に身を投じて行った………
 事の発端はセラスが戦場を駆け抜ける、三日前位の事だ。
 位というのは時差の影響…である。



ぐらさん



 ぐし…
 「あ…」
 後ろに寄り掛かる様に机に手を付いた彼女は、掌に異物の感触を受ける。
 それは精緻な構造を持った、何か細い針金と脆いガラスで出来たものだと彼女は理解した。
 同時に、それがなんなのか,ある程度予測して戦慄が駆け抜けた!
 恐る恐る彼女は振り返り、手をテーブルから離す。
 「げ!」
 途端、元々白かった彼女の顔が白さを通り越して青みがかる。
 テーブルの上には『壊れた』サングラスが一つ。
 フレームは彼女の手の形にひしゃげ、薄いスモークの入ったレンズには大きなひびが。
 そしてこれの持ち主は…
 がちゃり
 背後の扉が開く音に、婦警は慌てて振り返った。後ろ手に壊したサングラスを隠して。
 「? 婦警か」姿を現したのは黒衣の狩人。つまらなそうに目の前の従者を眺めていた。
 「あ、マ、マスター。な、何か?」どもりつつ、婦警は返事。背筋に汗が流れる。
 「? ふむ、サングラスをどこかに置き忘れてな」
 婦警のそんな様子に一瞬訝しげな顔をするが、彼はいつもの無表情に戻って部屋の左右を見回す。
 「サングラス…ですか?」
 「ああ、見たのか?」問う婦警に彼は初めて目を向ける。
 アーカードの深い,夜の闇よりも深い漆黒の瞳に、思わずセラスは後ろに隠したサングラスを手渡しそうになるのを気合で止めた。
 「い、いえ…」
 ”危うく魔眼に魅入られる所だったわ…”内心ほっと溜息。
 「そうか」
 アーカードは彼女に背を向けると部屋を後に…
 その足が止まる。
 「婦警」
 「はい!」
 「今日からの休暇、お前はどうするつもりだ?」
 休暇…王立国教騎士団にもそれは交代制ではあるが一応存在する。
 怪物や化物といったモノ達が力を弱める『聖夜』前後に隊員の半数づつが休暇に入るのだ。
 「私は…特に予定は立ててませんけど。マスターは?」
 「…寝る」
 「さいですか」
 婦警は日光に弱い。さらに河を渡る事も出来ない。
 休暇と言ってもこの屋敷から出る事は命の危険性すらあった。
 「一週間後に起こせ」
 それだけアーカードは告げると、部屋を出てゆく。
 「…ともあれ、コレ,どうしよう…」
 婦警は掌の上に乗った壊れたサングラスを眺めるしかなかった。



 「これ、レアだぜ」
 レア…稀少ということだ。
 「そ、そうなんですか? ベルナドットさん!」
 「ああ、年代ものだ。そうザラに市場には出回ってねぇよ」
 壊れたサングラスを返して、彼はセラスに告げた。
 その言葉に、セラスは大きく頭を垂れる。
 と、その彼女の肩を優しく叩く英国紳士が一人。
 「どうなされました?」
 「あ、ウォルターさん! これ…なんですけど」
 婦警は老執事に手にしたソレを見せる。ウォルターは一瞬顔をしかめ、そして納得した様に頷いた。
 「これと同じモノを調達したいということですな」
 「はい!」
 「知ってるのか、ジィさん!?」
 セラスとベルナドットに見つめられ、ウォルターはしばし考え込む。
 その様子に婦警はおずおずと、尋ねた。
 「ウォルターさん、率直にお聞きします」
 「はい?」顔を上げ、ウォルター。
 「もうおしまい…ですか?」絶望9割・希望1割で尋ねるセラス。
 「否!! ありえません!!」
 ウォルターは自信を持って彼女に答えた。
 「一世紀前の初代ヘルシング卿に比べればこの程度、苦境の内にも入りませんぞ」
 「そりゃ、そうだ」ベルナドットは冷めていた。
 ウォルターは己の名刺の裏に住所の走り書きをしてセラスに手渡す。
 「これは?」
 「わたくしめの愛用している店です。きっと力を貸してくれる事でしょう」
 ウォルターは笑って自分の鼻眼鏡を指差した。
 「ジィさん御用達の…」
 「眼鏡屋さん?」
 店の名は、リッジウェイ商会…



 店の主人が提示した金額は、なかなかにして手の届かないものだった。
 「こんな…どうしよう?」
 「ふむ」
 2人の男女は考え込む。
 やがて男の方が思い出した様にぽん、と手を叩いた。
 「方法なら、あるぜ」
 「な、何ですか?!」すがる様にセラスはベルナドットに問う。
 彼はセラスを頭からつま先まで舐め回すように見つめ、ニヤリと不敵に笑った。
 その様子にセラスは嫌なものを感じ、一歩後ろに下がる。
 「決まってるだろ?」
 「? ですから…?」
 「体で稼ぐのさ」
 「な…え…そんな…」
 その日、婦警はワイルドギースとともに中東へと飛んだとゆ〜



 薄暗い部屋の中。
 しかし吸血鬼たる彼女には心地好い明るさだった。
 セラスは目の前の棺桶にしゃがみ、軽くノックする。
 しばらくして、ゆっくりと蓋が開いた。
 「おはようございます、マスター」
 「…」身を起こすアーカード。
 その彼にセラスはサングラスを差し出した。
 「?」
 「見つかりましたので」小さく笑って彼女。
 「ふむ。そうか」
 アーカードはそっけなく答え、受け取ったそれを早速かける。
 「婦警…」
 「は、はい?」サングラス越しに見つめられ、セラスは硬直する。
 ”バレた? やっぱり同じモノでも具合が違うのかしら??”
 アーカードはしかし、セラスから視線を逸らすと、立ち上がり部屋の隅にある小物入れを開ける。
 「ええ?!」
 それを後ろから眺めていたセラスは、そこにあったものを見て思わず声を上げた。
 引き出しの中には何本もの同じサングラス…
 「次元大介の帽子デスカ!?」
 「何を言ってるのかよく分からんが?」
 アーカードは困った様に一言言うと、引出しの一番奥にあるサングラスを掴み、セラスに振り返った。
 「動くな」
 「? はい」
 アーカードの手がセラスの頬に伸びる。そして…
 視界が暗くなった。
 「それをやろう」小さく笑うアーカード。
 「?? サングラス?」
 「初級者用だ」
 「初級者用?!」
 「まぁ、良い。外に出る時はそれがあれば夕方ならばお前でも耐えられよう」
 アーカードはおたおたするセラスの髪を軽くなでると、部屋を出て行く。
 「何をぼさっとしている、行くぞ」
 「は、はい!」
 慌ててセラスは彼の背を早足で追う。
 サングラス越しに見る主人の背は、いつもよりはっきり見えたような気がしたという。