上を向いて歩けよ
*Vol.1 きしょい?
「ねぇ、マスタ〜?」
「何だ、婦警」
「マスターはクロムウェルを解除すると、きしょいモノに変身できるんですよね?」
「…きしょいゆ〜な」
「だって…ムカデとかコーモリとか黒犬とか…もうちょっと可愛らしいモノにはなれないんですかね?」
「…カッコイイじゃないか」
「…その感覚、変ですよ」
しばし、2人の間の空間が異質になる。
「…チッ、今時の娘っ子が」
「若作りのじ〜さんめ」
ぼそりと2人は同時に呟いた。運良くお互い聞こえてはいない様だ。
「ともあれ、ヘルシングのイメージアップも考えて、可愛いモノに変身してみてくださいよ」
「例えば、どんなだ?」
「ええと…ワオキツネザルとかミーアキャットとかカピバラとか…」
そこまで言って、婦警は恐る恐る主を見つめる。
怒っているかと思いきや、
「やってみよう。しかし…慣れない物に変化すると暴走するやも知れぬ。その時はお前が何とかしろ、婦警」
不気味にニタリ、微笑んでスックと立ちあがる,同時に。
「クロムウェル発動…」
「きゃ〜〜」
婦警の悲鳴が上がり、部屋から飛び出す!
その後を追うように部屋からドッと飛び出すのは、ワオキツネザルにミーアキャット、カピバラの大群だ!!
統率もなにもなさそうな三種類の生物達だったが、唯一の共通点が合った。
そのどれもが濁った、邪悪な瞳を有していたことである…
「わ、私の下着(お気に入りのテディベアプリント)を盗んだワオキツネザルどもを殺せ!!」
「私のメガネが…カピバラが何故ここヘルシング本部に?! もしやミレニアムの陰謀では!」
「げ〜〜、オレ達の重火器にションベンを!! ど〜してコンなところにミーアキャットがいるんだぁぁ!?」
混乱の極みに陥るヘルシング本部。
「こんな時にアーカードは一体何処に行ったんだ?!」
「さぁ?」
怒り狂ったインテグラを前に首を傾げる婦警。
こうして急遽組織された害獣討伐隊に、セラスが素知らぬ顔で加わっていたのは余談である。
*Vol.2 セラス&インテグラの秘め事(?)
「ん…」
セラスの唇から、苦しげな吐息が漏れる。
「セラス、もう少し我慢してくれ」
穏やかな微笑を浮かべつつも、右手を忙しそうに動かしながら囁くはインテグラだ。
「で、でも…」
「アーカードのシゴキに比べたら何のことでもないだろう?」
「それとこれとは…くぅ…」
眉間に皺を寄せながら、セラスは抗議。だが意外に厳しい視線をインテグラにぶつけられて仕方なしに我慢する。
「も、もぅ…ダメ」
ペタリ、その場に膝を付く婦警。糸の切れた人形の様に床の上に倒れ伏す。
そんな彼女をインテグラは呆れて見下ろす。
「たかだか3時間くらいジッとしていることも出来ないのか?」
「絵のモデルってこんなに辛いものなんですねぇ」
いつもの婦警の姿で、セラスはよろよろ起き上がりながらインテグラの元へ。
彼女が今の今まで筆を走らせていたスケッチブックを除き見る。
「あ、コラ! 見るな!」
「見るなって…モデルやってあげたんですから見せてくだ…」
そこまで言って、セラスは硬直。
インテグラのスケッチブックには確かにセラスが描かれていた。
いや、セラスの『ようなモノ』である。
そこに描かれているのは………
ハルコンネンを構える婦警の肩にはやたらにゴツイショルダーガード。
目からは怪光線が迸っているし、右の膝が折れてそこからはミサイルの頭が見えている,サイボーグ戦鬼の4号を引用したのか?
また背中にはジェットエンジンが積まれ、今にも飛びそうな勢いだ。
極めつけは題目に『セラス改造計画』とある………
「いやぁぁ!!」
「ちょ、待て! 誤解だ,婦警ぃぃ!!!」
何が誤解なのか。ともあれセラスは涙をキラリ,部屋から駆け出して消えた。
*Vol.3 S or M ?
「マスターって、ええかっこしぃじゃありません?」
(注:「ええかっこしぃ」とはかっこうをつけたがり屋のことである)
「アーカードがか?」
「はい。私が初めて会った時なんか、わざとザコに撃たれて復活するのを自慢してましたし」
「う〜ん…そういや私が地下でヤツと会った時も、いきなり私に膝まずいて『お怪我はございませんか、ヘルシング卿』ときたもんだ」
「でしょでしょ? それに第一声が『お嬢ちゃん、処女か?』ですよー、訊かなくてもマスタークラスなら分かるはずなのに、フツーそんなこと訊きませんよぉ」
「それもそ〜だな〜。しかしそんなこといったらイスカリオテのアンデルセンも相当なものだろう?」
「そうですねぇ! こぅ、銃剣を十字に組み合わせて決り文句を吐きますもんね。私、ベイドリックでは、まるでマンガかドラマを見てるみたいでした」
「あ、だからか!」
「え?」
「あの2人は妙に喧嘩っ早いだろう? あれって…」
「ああ、似たもの同士なんですね!」
「そうそう,似てるから気に食わないって言うアレな。いやぁ、意外なところに共通点が合ったもんだ」
「そうですねぇ。あ、今ちょっと思ったんですけど」
「何だ?」
「マスターってMなところってありません?」
「これはこれは…セラスさん,主に対して大胆発言ですなぁ」
「もぅ、茶化さないでくださいよぉ。だって、初めっから全力出しとけば怪我しなくて済むのに、対ルーク戦でもアンデルセン戦でもかなり怪我したじゃないですか」
「ふむ。拘束プレイは好きかも知れないな。地下で好き好んで縛られてミイラになってたヤツの気がしれんが、もしかしたら…」
「じゃ、インテグラ様がムチとローソク持って迫ってみたらど〜ですか?」
「もしも本気にされたら困るだろう?」
「「あっはっはっはっは〜〜〜〜〜」」
ガチャリ,インテグラの執務室の扉が開く。
現るるは執事のウォルターだ。
「おや、楽しそうで何よりです」
2人の娘に好々爺の笑みを浮かべてウォルター。会話の内容を聞いていたらそんな笑顔を浮かべていられたかどうか??
そんな彼にセラスはふと、尋ねてみる。
「あの、ウォルターさん?」
「何ですかな?」
「マスターって…あの……Mだったりします?」
ピクリ、ウォルターの肩が小さく振るえる。
「…否、ありえません!」
「「はぁ??」」
「一世紀前のヘルシング卿の頃から、彼はSです」
「「なんですと〜〜!!」
「私も若い頃はあの吸血鬼にヘルシングとは如何なるものか、良く教育されたものです」
「あ、あの…」
「う、うぉるたー??」
昔を思い出しながら、何故か恍惚とした表情で呟くウォルターは続ける。
「我々、英国人はSやMすら楽しむのです…って、おや??」
ヤバげな問題発言を聞く前に、危ない老人の前から2人の姿が消えていたのは言うまでもない。
*Vol.4 改造さん
セラスはヘルシング本部である屋敷をフラフラと歩いていた。
と、会議室から光が漏れているのに気付き取っ手に手をやる…
「婦警は…」
そんなくぐもった声が聞こえ、思わず手を止める。
”何かしら?”中からは三人ほどの人の気配。
婦警は思わず耳をドアにつけて聞き耳を立てた。
「やっぱり目から殺人光線は必須だろう?」
インテグラの声だ。
”殺人光線? 目から??”
「髪の毛を高質化させて針の様に飛ばすってのはどうだ?」
「鬼太郎の毛針、ですな。さすがに傭兵だけあってお詳しい」
「いやいや」
ウォルターとベルナドットのようだ。
そして
「しかし…やはりおっぱいミサイルは欠いてはいけないファクターだ」
ボソリと言ったその一言に、一同はしんとなったようだ。
”…何なんだろう??”
いよいよ会話の内容が分からなくなってくる。
「アーカードの旦那の言わんとしていることは良く分かるぜ。しかしドリルは何にも増して付けなくちゃいけない兵器だぜ」
「いやいや、ロケットパンチこそが」
「違うだろう! 首が取れてアラレちゃん状態に…」
「おっぱいミサイル…」
会議は混乱してきた様だ。
セラスはいい加減、訳が分からなくなってきたらしく思わず扉を開けた。
途端、中の三人は驚きに押し黙る。
議題と思わしき黒板上にはこう、ある。
『セラス改造化計画 具体案 ――10ポンドでできるお手軽強化法』
「いややぁぁぁ!!」
そして、
セラスは泣きながら逃げ出した。
*Vol.5 改造様
「それは…不可能だ」
アーカードは彼に珍しく、己の無力を認め、吐き出す様にそう呟いた。
「で、でも…でも可愛いドレスを着たらきっと可愛いと!」
「否、無理です,セラス様。「かわいい」ではなく「りりしい」のですよ、お嬢様は」
三人が円卓を囲む。
本日の議題は…インテグラ改造計画、とある。
内容はこうだ。
ヘルシングの代表たる彼女を対外的に『軟化』することによって、ヘルシング機関のイメージを明るく、そして市民に広くしっかりと理解していただくというモノ。
F1にレースクィーン在り,イベント会場にキャンペーンガール在り,コミケ会場にコスプレ少女在り…これらを応用してヘルシングにインテグラ在り!を強く主張して行こうと言うのだ!!
「まずはあの言葉遣いだ」
だん! 彼らしくもなく、テーブルを強く叩いてアーカード。
「断定口調ではなく、もっと女の子っぽく、だ」
「『超〜』とか『っていうかさぁ〜』って付けるんですか?」
「「それは違う」」
アーカードとウォルターが、ハモる。
「我々の求めるのはルーズソックスを履かない女子高生だ」
「流行に流されない我の強さと、透き通るような純粋さなのです」
同時に2人は言い、お互いの主張に強く頷き合う。
まるでその姿は、長年伴に戦場を駆け抜けた戦友のようだ。
「ですが…どうしてあんな風に漢らしく育ってしまったのでしょう?」
「まったく、親の顔が見たいものだ」
”育てたのは貴方達でわ?”
セラスの思いは口にはされない。
「えと…じゃ、定番通りに局長にバトガールのレオタードを着てもらうとか? スタイルイイですよ」
「着ないだろう」
「持ち出した途端に心臓を撃ち抜かれそうですな、あっはっは〜」
乾いた笑いの2人だ。
「しかしこのままではヘルシング機関のイメージはともかく、お嬢様の嫁の貰い手が…もしもの時にはセラス様、お嬢様をもらってあげてください」
「そ〜ゆ〜趣味はないです」
執事の嘘っぽい必至の願いをあっさり足蹴。
と、セラスの顔が引きつった。
「しっかし、インテグラの婿に来るような漢の中の漢を見てみたいものだ」
「そうですなぁ…私が生きている間にお会いしたいものです」
セラスはそろり、そろりとその場を逃げ出した。
数瞬後、2人の男達の後ろにいつしか立っていた修羅が、それこそ鬼のように拳を振り上げたのは余談ではある。
「ヘルシングは秘密機関だ!!」
女史は言うが、怒りの本質は別のところであろう。
*Vol.6 婦警レポート/一日一善
「吸血鬼たるもの、一日一善だ」
「はぃ?」
私はマスターの突拍子もないお言葉に返事の語尾を上げてしまった。
私もいつの日か、こんな訳の分からない人間、じゃなかった、吸血鬼になってしまうのだろうか?
そう思うとぞっとする。
「失礼な事を考えているな、婦警」
「は、はぃぃ!! すみません!!」
念話でバレている、気が抜けない。
「一日一善、ということですが」
私は怒られる前に話を戻した。もっとも戻したくもないが。
「そう、吸血鬼になったら一日に一つくらいは良いことを世の中にしても良いのではないか、婦警?」
「どうしてですか?」
「吸血鬼は人間よりも能力的に優れ、寿命も無限だ。それくらいの余裕を持て、そう言うことだ」
「はぁ…」
「例えば交差点で老婆が立ち止まっている。お前ならどうする?」
「荷物を持ってあげます」
「違うな」
「はぃ?」
「横切る車を蹴散らし、壊せ。己の道を邪魔する全てを破壊しろ。それが一日一善と言うものだ」
私は無心のまま、そぅのたまう主の背中にハルコンネンで劣化ウラン弾を叩きこみました。
一日十善くらいしたと思います。
おわる?