クリスマス ショッピング


 ロンドン北部に位置するプリムローズ・ヒル。
 地下鉄チョーク・ファーム駅からリージェンツ・パークへと続くこの眺望の美しい丘は今、クリスマスを祝う小粋な装飾に彩られていた。
 この優雅な通り――リージェンツ・パーク・ロード――を、主に二人組の人々が歩き行く。
 その人々の中、チョーク・ファーム駅に向って歩く二人組はともに女性だった。
 一人は紫紺に染めた毛皮のロングコートに身を包んだ長躯の美女。
 金色の長い髪を後ろに長し、その紫紺と金の間に艶やかな浅黒い肌が見て取れる。
 薄い色のかかったサングラスと、日が沈んで薄暗くなり始めた空の為に瞳の色は見えないが、全身から醸し出される凡人には近寄りがたい雰囲気からかなりキツメの性格と思われる。
 事実、すれ違う人々は男女問わず必ずと言って良いほど彼女を一瞥していた。
 ここプリムローズ・ヒルは女優やモデルが数多く住んでいて、こういった人物に対する耐性は自然とあるはずなのだが、やはりモデルなどにはない本物としての気配が人々をそうさせているのか……。
 他方、彼女の後ろをとっとことついて行くのは、どちらかというとまだ少女の域を脱していない娘だ。
 真っ赤なショートコートは襟と袖の部分だけ白いもこもこした装飾が付いており、サンタを模したかのよう。
 コートから伸びる足はやはりミニスカートを履いているのだろう,健康そうな白い足がまっすぐと伸びていた。
 彼女の片手には紙袋。『グラハム&グリーン』と書かれたその中には、東洋のものを思わせる布と食器が数枚、収められている。
 と、前を行く長躯の美女が彼女を振り返る。
 「重くないか、セラス?」
 「ぜんぜんだいじょーぶですよ」
 ニッコリ笑ってサンタ服の女――セラスは言って、歩くことを思い出したかのように彼女の横に並んだ。
 「でもインテグラ様、良かったんですか?」
 「何がだ?」
 問われて黒コートを羽織るインテグラはセラスに首を傾げる。
 「せっかくのクリスマス・イブなのに私なんかとお買い物してて」
 「ほほぅ、では私は本来、何をすべきなのかな?」
 「インテグラ様のことですから、ステッキ〜なフィアンセと叶姉妹もびっくりのゴージャスなお食事を……」
 そこまで言って、セラスは硬直した。
 インテグラが胸ポケットに手を入れて、懐にあった何かのセーフティを外した音が聞こえたからだ。
 「はわはわ…で、でもクリスマスパーティはあるんでしょう? ペンウッド卿から招待状が来てたじゃないですかっ」
 「あー、あれな」
 懐からようやく手を出して、インテグラは疲れたように呟いた。
 「精神的にツライからキャンセルしたわ。なんで休みの日まで上司のお小言を……」
 ぶつぶつ呟くインテグラにセラスは苦笑。
 「私よりもだ、セラス。お前は良いのか?」
 「は? 私ですか?」
 「せっかくの聖夜にアーカードの傍にいてやらんで良いのか?」
 「な、なんで私がっ?!」
 何故か顔を真っ赤にしてセラスは抗議。それを横目にインテグラはニヤリと笑う。
 「初めてだったんだろ?」
 「血を吸われたのがでしょ!! そ、そういう読者が誤解を招くような発言はしないで下さいっ!」
 肩ではーはーと息をしながらセラスはインテグラを睨んだ。ニタニタした表情の彼女に、セラスの頬がぷぅっと膨らむ。
 しかし次の瞬間、はぁと溜息と共にセラスは疲れたように呟いた。
 「時々なんですけどね。マスターにゼネレーション・ギャップを感じちゃいまして」
 ”何千年過去に行ったとしても、奴の世代はないと思うぞ,むしろ特殊?”
 インテグラは思ったが、さすがに可哀相なので口にはしなかった。
 「ところで、インテグラ様はどういった方が好みなんですか? やっぱりマスター?」
 「どーしてそうなる」
 切って捨てるインテグラ。
 「私の理想はな……」
 不意に、唐突に二人の背後に殺気が生まれた!
 振り返る二人、そこには――
 「色と知る歳かっ!」
 どこから涌いたのか、仁王立ちのアーカードだっ!
 「知る歳じゃい!!」
 広島ヤクザもビックリのイントネーションで叫ぶインテグラ,懐から取り出すのは何故かジャッカル?!
 人類では扱う不可能な銃はしかし、あっさりとインテグラの指示に従い火を吹く。
 爆ぜ散じるアーカードを背に、二人は何事もなかったかのようにショッピングを続けたのだった。


 「んー、良い香りですねー」
 「だろう?」
 やや冷たい風を受けつつ、二人は湯気の上がるティーカップを口に運ぶ。
 駅近くのティールーム。
 店の外にあつらえてある席に腰を下ろし、道行く人々を眺めながらインテグラとセラスは一息ついていた。
 夕方が終わり、夜となったこの時間。行き交う人々は前にも増して男女のペアが多くなって行く。
 「平和ですねー」
 恋人達の笑顔を眺めながら、セラスはまさに平和そのものといった風に呟いた。
 彼女のそんなほのぼのした雰囲気に、インテグラもまた思わず微笑む。
 そんな人々の間から、まるで何かから逃げる様に駆けてくる影が一つ。
 「??」
 セラスがそれが何かを認知する、その直前だ。
 疾駆する影は風のようにセラスの背後に回りこみ、羽交い締めにした!
 首筋に押しつけられるのは切れ味鋭い日本刀。
 「んな、お前……」
 かしゃん、ティーカップを落としてインテグラは日本刀の主を凝視。
 シスターの衣装に身を包んでいるのは、大きな眼鏡をかけた少女だ。
 彼女は身動き取れないセラスを捉えたまま、ガクガクと震えている。
 シスターの視線の先には一人の神父!!
 「「んな!?」」
 セラスは、インテグラは驚愕。
 いつの間に現れたのであろう、目の前にはアンデルセンが銃剣を手に佇んでいるではないか!
 しかしアンデルセンの視線はインテグラにも、セラスにもなかった。
 ただシスターのみを捉えている。
 シスターは眼力すら持ち得そうな神父の視線を、セラスを前に押し出す事で避けようとする。
 ずぃ、アンデルセンは一歩、前に踏み出した。
 と、ようやくセラスの存在に気付いたように、彼女に問うた。
 「お嬢ちゃん」
 「は、はぃぃ?!」
 「アンタ、同人かぃ?」
 「ち、ちがいますぅぅぅぅ!!」
 「そうか……」
 ニタリ、微笑むアンデルセンと、
 「ええっ! 間違いなく同人だと思ったのにぃぃ!!」
 そんな悲鳴を上げて、セラスをアンデルセンの方へと突き飛ばして逃げ出すシスター。
 「待て、由美絵! 〆切りまであと3日切ってるんだぞっ!」
 「ヒィ、売り子だけで許してくださぃぃぃ!!」
 「許すか、ボケ!」
 声を残して去って行く神父とシスター。
 呆然としたまま、セラスはティーカップを口に運んだ。
 薫り高いお茶は、もぅすっかりと夜気に冷めてしまっていた。


 インテグラは一軒の店の前で足を止める。
 「あら、まだ何か買われるんですか?」
 「ああ、クリスマスだしな」
 小さく微笑んでインテグラは店内へ。
 花とアンティークをメインとした『フィッツロイズ』。
 おしゃれな店舗だった。
 インテグラは店内に入ると主人を捕まえて2言3言。
 恰幅の良い中年の主人は微笑んで答えた。
 「予約されておいた物ですね、どうぞ」
 インテグラが手渡された物を見て、セラスは「わぁ」と歓声を思わず上げる。
 「さ、帰ろうか、セラス」
 「ええ、帰りましょ♪」
 2人は嬉しそうに微笑み合い、主人見送られて帰路に付く。


 聖夜。
 ヘルシング家の玄関の扉には、クリスマスを祝う大きな花飾りが掲げられていた。
 赤と白の薔薇をちりばめた、松の冠が――
 そして、
 「「メリークリスマス!」」
 屋敷の中からはそんな明るい幾つもの笑い声が響いていた。


Fin