お正月で勝負!
2002年1月1日―英国はロンドン郊外。
大きな屋敷のその庭に、艶やかな衣装に身を包んだ2人の女性の姿がある。
衣装――それはここより遥か東方にて年始に着こなされる『振り袖』と呼ばれる民族衣装だ。
一人は赤い布地に白い鶴が多数描かれた振り袖の女性。
合わせられた胸元に僅かに覗くつややかな浅黒い肌には、世の中の男性のおよそ8割は本能的に視線を向けてしまうことだろう。
その姿は華麗にして、そしてどこか荘厳さを備えている。均整の取れた彼女のプロポーションは、異国の衣装であっても良く似合っていた。
対するもう一人は彼女に比べると、どうしても幼さを感じてしまう。
白地の振り袖の柄もまた、可愛らしいコウモリが描かれているということもその一端かもしれない。
前者の彼女が『静』ならばこちらは根っからの『動』と言った感じであろうか。
そんな白い振り袖の彼女――セラス・ヴィクトリアの右手には一枚の卓球のラケットのようなものが握られている。
赤い振り袖の彼女――インテグラの手にもまた同じものが合った。
しかし卓球のラケットにしては角張っているし、やや縦に長い。加えてラケットの表面には鮮やかな絵が描かれている。
「ホントーにやるんですか?」
セラスは困った顔でインテグラに問うた。
「当たり前だ,正月には羽つきと相場は決まっておるだろう?」
「相場なんですか?」
「ごちゃごちゃうるさい、ウォルター!」
インテグラの声に応じて、屋敷の奥からインク壷と筆を両手に持った老紳士がやってきた。
彼もまた東方の衣装,紋つき袴姿だ。
「用意できたか?」
「もちろんでございます」
老紳士は頷き、手にしたインク壷をズズィと差し出した。
インテグラはインク壷を開け、そして問う。
「ほぅ、産地は?」
「中国山東省」
「溶いた水は?」
「一級エビアン」
「墨質は? 水墨か、通常墨汁か?」
「水墨でございます」
「完璧だ、ウォルター」
「感謝の極み」
深々と頭を下げるウォルターに疑念の目を向けるセラス。
お構いなしにインテグラはニヤリと微笑み、懐から羽を取り出した。
「では勝負だ、婦警!」
「え?! は、はぃ!」
カコン!
硬い音を立てて、羽はインテグラの羽子板からセラスに向って繰り出された。
そのスピード、パワーは半端ではないっ!
が、
「ほぃ!」
カコン
「っと!」
カコン
セラスは難なく打ち返し、インテグラは戻ってきた羽をあたふたと打ち返す。
それは凡打。
「えぃ!」
カコン!
セラスは人を越えた反射速度とパワーで羽をインテグラの死角に叩きこんだ。
当然だ、彼女は人ではなく吸血鬼。インテグラにスポーツで負けるはずもない。
「くっ!」
打ち返せなかったインテグラは唇を噛む。その視線の前でウォルターがセラスに墨がたっぷり含まれた筆を手渡した。
「えっと……」
「チッ、遠慮するな、婦警。好きに塗れば良い」
筆を持って困った顔をしていた婦警にインテグラは言い放つ。
「え、でも…」
「勝負は勝負だ、さっさとしろ」
「はーい。それじゃ、失礼して」
セラスはインテグラの額にちょちょいと筆を走らせた。
「はい」
笑うセラスを一瞥、インテグラは手鏡で自らの顔を見る。
「んなっ!」
絶句。
彼女の額には『米』の一文字がっ!
「何故、テリーマンなんだぁぁぁ!!」
「あ、いや、なんとなく」
「………」
「で、でも局長の顔に墨塗っても、地黒だから目立たないですよねー」
笑って言うセラスは数瞬後、凍りついた。
インテグラの真後ろにはいつの間に現れたのか、ウォルターと同じ紋付き袴のアーカードの姿があった。
彼は怒っていた,全身から放たれる殺人のオーラがいきり立っているっ!?
「貴様ぁ、婦警ぃぃ!」
地の底から湧き上がるような地霊の怨嗟のような声でアーカードは婦警に迫る。
「貴様は我が主人を『ジグロ』と言った……」
懐に手を入れて、取り出すのは一枚の羽子板だっ!
「打ち殺すぞ、婦警ッッ!!」
ビッシィ,羽子板を婦警に突きつけるアーカード。
「勝負、ですね」
ゴクリ、婦警は大きく息を呑んだ。
ヘルシング邸に新年の嵐が巻き起ころうとしていた―――
追記・1
その後アーカードは、なんか分裂したり犬を出したり色々したようだが、実はスポーツ音痴ということが発覚,セラスに惨敗した上、全身に墨を塗りたくられたというのは余談である。
追記・2
某南米にて――
「私は正月が好きだ、私は正月が好きだ、私は正月が大好きだぁぁ!!」
「はいはい、そうですね。もぅ正月は終わったんですよ。お仕事しましょうね」
小太りの少佐を諌める白衣の男の姿があったとかなかったとか。
Fin?