Last Order


* 発見
 アーカードはとうとうそれを発見した。
 「んなっ?」
 吸血鬼の王ともあろう、彼が思わず驚きと、そして嬉しさとで声が出てしまったほどだ。
 ヘルシング邸は中庭の見えるテラス。
 沈んだ夕日を背後に、インテグラとセラスが歓談している。
 インテグラの手には紅茶のカップ。
 そしてセラスの手には、なんと!
 赤い液体の入ったグラスだった。
 「あ、マスター」
 セラスは彼の姿を見つけて声をかける。
 インテグラも始めて気が付いたように彼を見た。
 「セラス、ようやく決心がついたのだな」
 満足げにアーカード。
 「は?」
 婦警と呼ばない辺りと、何が決心なのか?という部分に首を傾げてセラスはごくごく自然の振舞いでグラスに口をつけ、一口。
 ”なっ、あれほどまでに血を拒絶していたお前が、いつの間にやらこんなにも抵抗もなく…”
 アーカードは内心、唖然とぼやく。
 どこか、いつの間にやら少女から女性になった娘を見つめる父親のような心境が去来していた。
 外見はいつもと変わらぬ、何を考えているのか良く分からない吸血鬼の王に、セラスは笑ってグラスを差し出した。
 「マスターもお飲みになりますか? アセロラドリンク
 「ぶち殺すぞ、半人前っ!!!」
 案外美味だったそうな―――



* 従属
 セラスはたくさんの疑問を抱えている。
 そのほとんどが自分自身のことなのだけれど、ほっと一息つく場面では他への疑問も沸くことがある。
 その1つ。
 「どうしてマスターはインテグラ様に仕えているんですかぁ?」
 某所の待機任務。
 ハルコンネンを肩に、セラスは傍らに立つ主人に無造作に尋ねた。
 アーカードの動きがピクリ、止まる。
 それは過去の傷に触れたからなのか、それとも……もっともそんなアーカードの変化なぞ、ニブめのセラスが気付くはずもない。
 「……ほぅ、婦警よ。お前は何故私がインテグラに仕えているのか聞きたいと、そう言うのだな?」
 どことなく圧迫感を放ちながら問うアーカードに、しかしセラスは何気なく続けた。
 「もしかして、マスターが局長に血を吸われたとか?」
 一人、妄想モードに突入するセラス。

 昔――
 「……む」
 「どうしたの? アーカード??」
 幼いインテグラの傍らで(何故か)マントのボタン付けをしていたアーカード。
 その人差し指にうっすらと血の珠が生まれ始めていた。
 「あ、痛そう……」
 自分のことでもないのに涙目になるインテグラ。
 「大丈夫だ。痛くも無い」
 アーカードらしくもなく、困った顔で手を隠そうとする。
 それを幼いインテグラは両手で掴んだ。
 「ダメよ、ちゃんと消毒しないと」
 言って、ぺろり,彼の血の出た指を舐める。
 「小さな傷からでも病気になったりするんだから」
 上目がちにアーカードに説教するインテグラ。
 「えっと、バンソーコーはと…」
 背を向けた幼い彼女を、アーカードは思わず後ろから抱きしめる。
 「ああん、もぅ、げっちゃ可愛いわぁ!! 一生仕えまっス!!

 「もぅ、萌え萌えっスね!! マスターってば、ロリコンなんだからぁ」
 ”死にたいとみえるな”
 懐のジャッカルに手を添えたアーカードを、セラスは知らない。



* 踏破  
 軍用機に揺られながら、セラスは耐えていた。
 押し寄せる衝動への限界はすぐそこだ。しかしその『一線』を超えてしまっては…
 超えてしまっては!!
 「何をためらっている、婦警」
 「マ、マスター?」
 青い顔で唐突に傍らに現れた己が主人に視線を向けるセラス。
 「そうですぞ、超えるのです」
 「?! ウォルターさん??」
 こちらも唐突な老人だ。期待するような瞳で婦警を見つめている。
 「何を躊躇っている,婦警」
 「何をって……」
 顔を赤くして婦警。
 「人は己の恥じらいを踏破した時、全てにおける人生の踏破者となることができる!」
 「これこそが試練、試練なのですぞ」
 左右からアーカードとウォルターに攻めたれられ、目を白黒させる婦警。
 「己を恥らうことは無い」
 「そうですぞ! ささ、ここで豪快に。こんなこともあろうかと替えの下着も用意してあります」
 ふるふる震える手でセラスは……
 婦警はハルコンネンを掴んだ!
 「こぉの、変態どもがぁぁ!!!!」
 その後、ヘルシング家所属の機には、トイレが常設されたと言う―――



* 悪食
 アーカードはまたそれを発見した。
 ”……いや、前回は騙されたから、な”
 誰も騙したわけではないが、吸血鬼というものは自己完結する人格が多いようだ。
 アーカードは見ている。
 食堂で食事を摂るセラス。彼女の傍らにあるグラスの中の赤い液体と、透明なポットに注がれた同色の液体を。
 「あ、おはようございます、マスター!」
 日は沈んだばかり。この時間こそが彼・彼女にとって『朝』なのだ。
 「……」
 アーカードは無言でセラスに近づき、そしてテーブルの上に空のグラスを見つけると手に取った。
 「??」
 唐突な主人の行動に首を傾げるセラス。
 アーカードはそして、ポットに手をかけると己のグラスに中身の赤い液体を注いだ。
 「あ、マスターも飲まれるんですねぇ」
 微笑む婦警を見つめながら、アーカードはグラスの中身を一息。
 即時、リターン
 「うぁ、汚っ! 何するんですか?!」
 「な、な、な、何だ、コレはぁぁ!!!!!!」
 しょっぱいような、トマト臭いような、不気味な液体だった。体温ほどにぬるい。
 血液に似ているようで、全然まがい物だ。
 「ケチャップをお湯に溶かしたものですよ。美味しいでしょう?」
 「舌を抜いてやるわぁ、婦警ぃぃぃ!!!!」
 セラス=ヴィクトリア。彼女に好き嫌いはない。



* 最強
 夜半――
 セラスはインテグラの書斎に訪れた。
 そこには二つの影が。
 「あ、こんばんわー」
 「ん? セラスか」
 一つはインテグラ。セラスの姿を確認して、手にしていた書物に再び目を戻した。
 もう一つはアーカード。
 彼はセラスに目を向けることなく、同じく手にした書物に集中している。
 ”へぇ、戦い…ってか強くなることにしか興味が無いマスターでも本は読むんだ”
 かなり失礼なことを思いながら、セラスはアーカードの後ろに回りこみ、本の中身を覗いた。
 ”ヒィィィィ!!”
 思わず出かけた悲鳴を押し殺す。
 彼が読んでいたのはバリバリな少女漫画。それも王道とも言える恋愛モノだ。
 そしてアーカードが穴の開くほど注視しているそのコマは……
 『人は恋愛するごとに強くなっていくものなの!
 と主人公の少女が目を輝かせて叫んでいる場面である。
 「婦警」
 「は、はいぃぃ」
 唐突にアーカードに声をかけられ、セラスは思わずおかしな返答になる。
 「お前、恋はしたことあるか?
 「ギャーーー」
 「ぶぶーーー」
 セラスの叫びと、紅茶を吐き出すインテグラ。
 その後、特にフラグは立たなかったそうである。



* Last Order
 そこかしこに倒れているのは人間『だったもの』。
 その中には人間のままで生きる事を止めることができたヘルシング隊員の姿もある。
 横たわる死体の中で婦警は一人、目を閉じて立っていた。
 と、彼女の隣に気配が生まれる。
 闇から生じたのは吸血鬼の王・アーカード。
 「どうした、婦警?」
 「マスター」
 目を開き、セラスは主人に目を向ける。
 彼女の瞳には悲しみの色が宿っていた。
 「人間の時間は、限りあるんですね」
 「我々は無限の時を有しているとでも言うのか、婦警よ?」
 小さく笑うアーカードに、セラスは驚いたように彼を見た。
 「我々、夜族は人に滅ぼされるモノ。無限の時間などは有していない」
 「でも! でも…滅ぼされるときが来るまで、私達には終わりはないじゃないですか」
 アーカードは無言。セラスは小声で続けた。
 「分かっているんです、いつまでも続く時間なんてないって。でも」
 死したヘルシング隊員の一人を見て、セラスは溜息一つ。
 「望んでしまうんです。皆で笑って過ごせた時間、それがいつまでも続いていて欲しいって」
 「ならば戦え」
 「え?」
 婦警は思いもしなかった主人の言葉に耳を疑う。
 「その時間を守りたいと思うのなら、戦って守れ。人間の時間は短けれど、多少は伸ばすことができるだろう」
 「……そうですね」
 彼の言葉に小さく微笑むセラス。
 「我々、夜族は」
 声に、アーカードを再び見つめる婦警。
 「長い時間を持っている。だからこそ、人の短い時間の重要性を知っている。短い時間を永遠にすることはできない、何故か分かるか?」
 セラスは首をふるふる横に振る。
 アーカードは彼女のその反応に、珍しく優しげに微笑んだ。
 「その短さこそ、大切に思える要因だからだ」
 「……マスター」
 セラスは再び目を閉じ、数秒。
 元気に目を開いて主の腕を取った。
 「帰還しましょう、マスター!」
 「ああ」
 唯一動く二つの影は、戦場を後にする。
 この場に戻ることは、おそらくはないだろう。
 限りある無限の中に生きる彼らもまた、人以上に忙しいのだから―――