「泣き声が聞こえる,子供の泣き声が…」
 足を止め、男は視線をずらす。
 ずらした先には人だかりと、緊迫した表情の警察がいた。
 そして彼の足は、自然とその方向へと向いていた。



血と硝煙の奥に、主のお導きあらん事を…



 「ワアァァァァン…」子供の泣き声が重たい沈黙を保った空間に響き渡る。
 「チィ,厄介な事になったぜ!」
 ブラインドを指で折って外の様子を伺っている、歳の頃は20代後半の男が左腕に三歳程の子供を,右手にはコルトを握って呟いた。
 「ワアァァァ…」 
 「アニキィ,完全に囲まれちまったぜ、どうしたら」
 大広間。カウンターの前に並ばせられた老若男女およそ二十人に機関銃を向けて牽制しているもう一人の男は、明らかに機関銃を抱えた手を震わせながら尋ねる。
 「ったく! オロオロしてんじゃねぇよ!!」男の叱咤。
 「ワアァァァ〜ン」 
 「だってよぉ」機関銃の男は弱気に呟く。
 「うるせぇ!」叫び、子供の頭に銃身を当てた。
 泣き止む子供,息を飲む大人達。
 「まずは…あれだ!!」コルトを持った男はその引き金を引いた!!


 ここは、とある田舎街の銀行。
 平凡なこの街にニュ−スが走る。
 武装した強盗が銀行を襲ったと。
 それも普通の強盗ではない。軍人クズレの血気盛ん,装備充実な2人組だ。その知らせに、警察本局も動き出していた。
 ガゥン!
 バリン!!
 コルトの男の銃が火を吹く,次の瞬間には唯一の監視カメラが砕かれていた。
 「それと、だ」男の銃口が並ぶ人質達に向けられる。
 「「!!」」 
 「お前だよ」 
 ガウン!
 「ぐぁ!」
 行員の男の左肩が打ち抜かれた。もんどり打って倒れる男の左手から何かが飛び、それは機関銃の男の足下に転がる。
 ”どうした? 今の音は何だ?!”それから声が漏れてくる。
 「? 携帯電話,テメェ!」 
 グシィ
 機関銃の男のブーツに携帯電話は、くの字に折れ曲がり、沈黙。
 「人質は一人で充分,あとは邪魔だ」コルトの男の声がやけに大きくロビーに響き渡った様な気がした。
 「へい」 頷く機関銃の男。
 居並ぶ人質達がそれが何を表すのかを確認するのに、時間は掛からなかった。
 ガララララララララララ
 機関銃の爆音が人々の悲鳴さえも消し去る。
 その数瞬の鉛の雨の後……そこに人という存在はいなくなっていた。
 「よし、裏から突破する,今ならまだ、包囲も薄い」目の前で繰り広げられた光景に、身じろぎ一つできない子供を小脇に抱え、コルトの男は言い放つ。
 「分かりやした!!」機関銃の男は中身の詰まったズタ袋を肩に背負い、コルトの男に振り返った。
 同時に銀行正面玄関の自動ドアが開く。
 「!!」しかし機関銃の男は引き金を引けなかった。
 「さまよえる仔羊達よ,汝の罪を悔い改めん――」
 そう、呟いて一人入ってきたのは黒い法衣を纏った、丸眼鏡を掛けた冴えない中年神父。
 「?! 何だ,てめえは!」同じくコルトを構える男。
 その男に神父はゆっくりと視線を向ける。
 「貴殿はカトリックではないな」 
 「? ああ、俺はプロテスタントだ。向こうの奴はカトリックだがな。それが何だ? そもそもお前は何もんだ? 説得のつも」コルトの男の言葉がそこで途切れる。
 「プロテスタントの犬どもには、死を」神父の左手がコルトの男に向かって延びていた。
 その手の指す先の男の額には小剣が、その刀身の半分程まで突き刺さっている。
 ズル……コルトの男は子供を抱いたまま、ゆっくりと倒れて行く。
 「え? アニキ?」突然の出来事に機関銃の男は、仲間と神父を交互に見る。そして。
 「う、うわぁぁぁ!!」彼は神父に向かって銃を乱射!
 パラララララララララ
 「そ、そんな,そんな!! 馬鹿なぁぁ!!」機関銃の男には見えていた。それがコマ送りをしたビデオの様に。
 神父はまるで弾道が見えているかのように、無数の凶器を交い潜って男に近づいてくる。そして自然な動きで懐から小剣を取り出した。
 ガゥ!!
 小剣を銃口に突き刺す神父。暴発する銃,男はカウンターまで吹き飛ばされた。
 カッカッ…響く靴音。
 「う」男は頭を振って上を見上げる。
 視界に入る無表情な神父の顔。
 「俺は…アニキのようにプロテスタントじゃない,カトリックだっ」まるでそこに救いを求めるかのように男は言った。
 「分かっていますよ、貴方の魂が主の名の下に救われん事を」慈愛に満ちた神父のその表情に、男は微笑み返し……
 そしてその言葉の意味を理解することができた時には、彼の顔は恐怖に染まっていた。
 神父が唯一の生き残りである一人の子供を抱いて戻ってきたのは、それからすぐ後であったという。


 「アンデルセン神父、か」彼は呟き、報告された資料を机に置く。
 資料――それには先日の、一人の神父による人質救出劇が綴られていた。
 「彼こそ…相応しい人物ではある」彼の目は窓の外,眼下に広がる古き良き街に向けられる。彼のその言葉は力となり、彼の神父を召還することとなる。
 これはそう,少し前の話―――




これはレイニーさんへお贈りしたものです。