かちん
 「?!」
 婦警は引き金を引く右手からの感触に一瞬硬直する。
 それを見逃す相手ではない。
 ガッ!
 「っ!」
 「チェックメイト、ですな」
 婦警は右腕を闇にねじ上げられ、手にした銃を落とす。
 弾切れ、だ。
 闇はやがて一人の壮年の牧師の姿をとった。
 冷たい光が二人を照らし出す。
 壁一面のステンドグラスから漏れるのは月の光。
 場所は教会。敵はこの教会の牧師だった。
 人当たりが良く、面倒見のいい彼はこの村の中心的な人物だった。
 しかしある日を境にこの村から一人、また一人と人が消えていく。
 その数が20を達した時、彼女がここにこうして呼ばれたのだ。
 対化け物殲滅のエキスパート、ヘルシング機関の銀の弾丸――セラス=ヴィクトリアその人である。
 だがそのセラスは今、武器も尽き、吸血鬼と化した牧師に右腕を圧倒的な腕力によってねじ上げられていた。
 「残念でしたな、かわいいお嬢さん。ここで死んでもらいます」
 「もう死んでるんだけどね」
 苦痛にゆがんだ顔でセラスは苦笑い。
 「そして貴方もね」
 「…私は生き続けます、さようなら、レディ」
 牧師は牙の光る口を大きく開ける。
 狙うはセラスの白い首筋だ。
 僅かに残された彼女の血液を吸い尽くすために。
 セラスの空いた左手が、己の懐を探る。
 何かを掴んだ!
 「永遠の闇に還りなさい!」
 セラスは手にしたそれを、半分闇と化した牧師の胸に突き立てた。
 それは小さな銀のロザリオ。
 銀の小さな十字は月の光を受け、闇の中で砕け散る!
 冷たい光は闇を切り裂き、牧師を切り刻んだ。
 「GAAAAAAAA!!!!」
 闇に溶け込む能力を得た牧師は、永遠に闇の中に消え行く。
 「……危なかったぁー」
 一人月明りの下、婦警は大きく息を吐いたのだった。



十字架の意味


 「十字架のアクセサリー?」
 「左様にございます」
 ヘルシング機関本部。
 執務室でインテグラはウォルターを傍らに、先日の報告書に目を通しながら首を傾げた。
 「そもそも吸血鬼にロザリオなんぞ効くのか?」
 「想いのこもったものならば、胸に突きたてるくらいのことができればダメージを与えることはできるだろう」
 応えたのは吸血鬼アーカード。
 今日はAB型の血液パックを吟味中だ。
 「なるほど。しかし婦警はそんなものを持っていたのか?」
 「持っていたんだろう?」
 アーカードは確認するようにして主の言葉に応えた。
 「うむ。しかし……ウォルター、セラスの『想い』のこもったロザリオとは…なんだろうな?」
 問われ、ウォルターは僅かな沈黙の後にこう推論立てる。
 「セラス様のご両親は強盗に殺害されたとのことです。そのご両親の形見…とは考えられないでしょうか?」
 「むぅ」
 「なにか問題でも?」
 執事の問いに、インテグラは眉間にしわを寄せた。
 「やはりまずいだろう」
 「何が、でございますか?」
 「問題は内容に思うが?」
 執事と下僕の同じ内容の言葉に、しかし主は首を横に振る。
 「セラスにとってはそのロザリオは重要なものだったと考えていいだろう。もとより過去を抹消してヘルシング機関に所属された者だ。過去の想いを宿した物を失ったことによる失望感は計り知れないのではないだろうか?」
 「「………」」
 主の言葉に、しばし唖然として二人。
 「さすがお嬢様……その細やかなご配慮、ウォルターは嬉しく思いますぞ!!」
 「成長したものだな、インテグラ」
 「そっ、そんな目で見るな、ばかっ!!!」
 インテグラはそう吐いて、机の引き出しから『買っておいたもの』を掴むと執務室を一人後にした。


 インテグラはセラスを探す。
 食堂を覗く――いない。
 ワイルドギースの詰め所を覗く――いない。
 セラスの私室を覗く――いない。
 「むぅ」
 「どーしたんですか、インテグラ様?」
 「うわぁぁぁ!?」
 背中を突かれて慌てて振り返ると、そこには探していたセラスが首をかしげていた。
 「あ、えーと、そのだな」
 「?」
 インテグラはスーツのポケットに手を突っ込み、『それ』を掴む。
 「目を瞑れ、セラス」
 「へ?」
 「目を瞑れ!」
 「は、はいっ!」
 きゅっと目を閉じる婦警。
 インテグラはポケットから『それ』を取り出し、セラスに向けて腕を伸ばす。
 目を閉じたセラスは、インテグラの両腕が自分の首許にまわされるのに気付いて、何故か心臓の鼓動が早まった。
 「目を開けろ、セラス」
 「はい」
 僅かに頬を赤らめたインテグラがそこにある。
 そしてセラスは自分の首にかかった『それ』に気付いた。
 「これって…」
 どこか重厚な造りのロザリオだった。
 「それは私の母から頂いたものだ」
 「え?!」
 「それには私の想いも宿っている。大切にしてくれ」
 「そ、そんな大事なもの、いただけません!」
 慌ててそれを外そうとするが、インテグラはセラスの腕を取って止める。
 「お前が失ったものに比べれば小さなものだ。代わりにはならないかもしれないが…今のお前はアーカードと同じく私には大切な存在だからな。お前にもそう思ってもらいたい」
 結構大それた告白にもかかわらず、セラスに引っかかったのは前半部分だった。
 「私の…失ったもの?」
 「先日、吸血鬼化した牧師との戦いでロザリオを失っただろう?」
 「あ、はい」
 「あれはお前の家族の思いがこもった大切なものだったのだろう?」
 「いいえ」
 「へ?」
 「……??」
 硬直するインテグラにセラスは「えーと」と前置きして、懐からロザリオを取り出して応える。
 「3日くらい遅れちゃいましたけど。ハッピーバースディ、インテグラ様」
 言ってインテグラの首にロザリオをかけた。
 「結局、買いなおしちゃいました」
 小さく笑うセラスの顔を見つめながら、自然とインテグラにもそれは伝染する。
 「そうか。ありがとう、セラス」
 「あ、このロザリオ…」
 「受け取ってくれ。それは私の気持ちだ」
 朗らかに微笑むインテグラ。
 その横顔を遠目に見つめながら、執事と下僕は同時にこう呟いた。
 「「スールの誓い、か??」」