「「ハッピーバースディ、セラス♪」」
 「は?」
 それはどんよりとした暗雲が立ち込めた、真夜中のヘルシング邸でのことでした。



令嬢は赤いのがお好き?


 「アタシの誕生日は今日じゃありません、けど?」
 さわやかな笑顔の2人に、アタシはおずおずと告げた。
 局長とマスター。この二人のこんな笑顔なんて初めて見た気がする。
 いかにも『世の中は平和だなぁ、宗教戦争なんて知らないよ?』って感じを演出したかのような気色悪い笑顔。
 この二人の本当の笑顔は、敵を巧い事貶めたり、叩き伏せがいのある敵が現れたときに自然とこぼれる、あの凶悪な顔こそが笑顔だと思っていたんだけど。
 企んでる、絶対何かを企んでるっ!
 「セラス様。今日は貴女様が吸血鬼になられて、ちょうど一年でございます」
 そっとアタシに告げたのは執事のウォルターさん。
 「あ……一年、なんですか」
 チューダース村で吸血鬼に襲われ、そして吸血鬼であるマスターに救われてからもぅ一年も経ったんですね。
 年月は早いもの。でも未だにアタシは血も吸えない半端な吸血鬼。
 「さぁ、セラス。ご馳走を用意したぞ」
 「食え、EAT、EAT、EAT!」
 局長とマスターが指し示したテーブルには、豪華な食事が用意されていました。
 でも……
 「なんか妙に『赤』くありません?」
 「「気のせいだ」」
 笑顔でユニゾンする局長とマスター。後ろにウォルターさんがいなければ、アタシは不気味さに逃げ出していたと思います。
 「さぁ、冷えないうちに食べてくれ」
 「セラス。貴様、主人の言うことがきけないのか?」
 「あ、はい、食べますよ、食べればいいんでしょう」
 しぶしぶとテーブルにつくアタシ。
 テーブルの上には、前菜として真っ赤なプティング(ゼラチンで食材を固めたプリンのようなもの)。
 そしてトマトペーストと思いたいスープ。
 主菜にかなりレア…というか生にしか見えないお肉。
 何故か赤いパンが脇に置かれている。
 「ではワインをどうぞ」
 「あ、どうも」
 後ろからウォルターさんがグラスにワインを注いでくれた。
 それを、まるで自らの子供を見つめるような慈しむ視線で見つめてくる2人。
 何を考えているんだか……。
 アタシはグラスから香ってくる何とも言えない香りに、ウォルターさんの持つビンを覗き見る。
 ワインの銘柄は7月28日採取のB型血液。
 「ってワインじゃないしーーー!!」
 「「チッ」」
 舌打ちする2人。
 「ではセラス様。前菜をどうぞ」
 動じずに後ろから静かに告げるウォルターさん。
 「あ、はい」
 まずはスープへスプーンを近づけ、一口分掬い上げた。
 それを鼻の近くに持ってきて匂いを嗅ぐ。
 独特の香りを嗅ぎわけ、アタシは中身を口に運ぶことなくスプーンを置いた。
 次にプティング。
 スプーンでこちらも一口分すくって鼻元へ。
 共通の香りがする。
 「ウォルターさん」
 「なんでしょう?」
 「血のスープとプティングってのは普通、吸血鬼の好みになるんでしょうか?」
 「アーカード様は決して食されないでしょうな」
 「ですよねー」
 2人を睨む。
 マスターは小声で『作戦Bも失敗か』などと呟いている。作戦もなにも……
 主菜に視線を移した。
 「あの、このお肉って………なんのお肉?」
 「おききしたいですか?」
 ウォルターさんの凄まじく優しい顔と声に、アタシは至上の笑みでこう答えた。
 「遠慮しますね」
 「ではデザートをお持ちします」
 「いえ、勘弁してください」
 下がろうとしたウォルターさんをスーツの裾を掴んで止めた。
 「ですが」
 呟き、ウォルターさんはテーブルの上の料理とは決して言えない血の惨劇を眺めつつ、
 「せっかくワイルドギースの方々が献体してくださったのに…」
 「た、隊長達ぃぃぃ!?!?」
 そしてウォルターさんは、局長とマスターの2人と同じ笑みを浮かべてこう言った。
 「デザートではみなさん、それこそ体を張ってらっしゃいますよ」
 「やーめーてーーー!!!」
 その日からしばらく、ワイルドギースの方々とお会いすることはありませんでした。
 それとますます血が怖くなったのは、局長とマスターのせいだと言っても過言では無いと思います。