紅い声の子守唄



 其の世界は、音で構成されている
 其の世界は、心で語り合う世界である
 其の世界は、声に力の宿る世界である
 其の世界は、故にみだりに声を発することが出来ない世界である
 そして.....
 その世界に住む生物は、一つだけの声を持っている




 遡ること20の楽章
 空という青いはずのキャンバスには黒という暗雲が立ち込め、白となる稲妻が地を照らす明かりとなる。
 明かりはおそらくこの瞬間、世界に於いて全ての生きとし生けるもの達が心を寄せているであろう、世界の中心に広がる森へと落ちて行く。
 世界の中心にある森。
 その森の中心,すなわち世界の中心では二つの意志が攻めぎあっていた。
 青々としているはずの森の木々は、しかしその中心部20km四方は、黒くまるで壊死しているかのよう。
 数百年にも及んで培った巨体を、火に非ざるものによって無残に炭化させて同心円状に倒れ伏す木々。
 中心には二つの『生物』が対峙していた。
 一つは壮年に差し掛かった男。右手には刃のない剣を提げている。
 一つは異形。全長10mにも及ぶその身体は、蜥蜴の頭を持ち、ワニの皮膚を有し、額には人の瞳大の紅い宝玉が埋め込まれている。
 人は畏敬を込めてこの異形をこう呼んだ。『紅の終幕師』と。
 稲妻が一際大きく、光る。
 七日七晩続いたこの争いは、すでに決着は着いていた。
 「全ての音を支配せし指揮者よ…」
 異形の王からしわがれた声が放たれる。声に含まれるは死の香り。
 「何故,なにゆえに命を賭してまで『人』なぞを護らんとする?」
 対峙する男は、己の額から落ち来る赤い命の雫の流れが緩やかになりつつあるのを左手で拭き取りながら、右手の剣を大地に突き立て…笑う。
 「俺は『人』を護ろうなどと、思ったこともないぞ」
 剣を杖代わりに,男もまた死の香りを撒き散らしながら声を放った。
 応えに、異形の王は再び問う。
 「では何故、終末の音を持つ我と対峙した?」
 「………ど〜しても、訊きたいのか?」
 男のそんな問いに、異形の王は訝しげにも首を縦に振る。
 男は恥ずかしそうに左手で長めの髪を掻きつつ、
 「死なせたくない奴がいるからさ。それと俺もそいつと一緒に生きていきたい、いや、少なくとも俺の知り合い達には死んで欲しくない。他の奴らぁなんてのはど〜でもいいんだがな」
 「無責任な救世主だ」
 「ほっとけよ」
 年甲斐もなくふてくされる男を、明らかに笑みの瞳で見つめ下ろしながら、異形の王は続けた。
 「お前はその『死なせたくない奴』が好きなのか?」
 「なんかお前に言われると、からかわれてるよ〜で嫌だな。まぁ、好きだから死なせたくないんだが」
 「羨ましいな」
 「何がだ?」
 「全てが、だ」
 異形の王−龍は天を見上げる。
 相変わらず天は稲妻が尽きることなく走っていた。
 「もしも今度生まれ変わったら」
 龍は再び男に視線を向ける。
 「『好きになる』ということを覚えてみたいものだ」
 龍の言葉に、男は不意を突かれたような顔になりそして…微笑む。
 「そん時には俺がお前を『好き』になってやるよ」
 男は剣を抜く。
 「ほぉ、そいつは楽しみだ。約束だぞ」
 「アンタが人で、美女だったらという条件付だがな」
 人と異形はお互い笑い合い、そして…
 終幕師は戦いの終わりを告げる音を。
 指揮者は世界を継続させる音をこの世に放つ。



 世界の全て終わらせる音をを持つ龍がいた。
 かの者を終幕師と呼ぶ。
 世界の全ての音を作ることの出来る勇者がいた。
 かの者を指揮者と呼ぶ。
 勇者は己が命を引き換えに、龍を倒して世界を継続させる音を放つ。
 世界の中心で放たれた『音』は全ての、あらゆるモノに染み込み、行き渡り、そして…
 今に引き継がれている。




 と、この創世記22節のお話は有名ですね」
 縁なし眼鏡を掛け、スーツを見事に着こなした博物館長の職である女史の説明を彼はうわの空で聞き流す。
 「およそ20楽章(1楽章は100年・100楽譜で1楽章となる,1楽譜は1年)前の伝説のようなお話ですが、これが事実であったことを裏付ける遺物が『世界の中心』から12年前に発見されました」
 彼の知りうる美人の部類でも上位にランクイン間違いなしの美女の解説だが、今日ばかりは目を奪われる訳にはいかない。
 今日は二楽譜に一回のシューベルト博物館の一般公開日。
 数千を越える応募者の中から200名の抽選に(ズルをして)選ばれた利権を最大限に発揮せねば意味がない。
 シューベルト博物館はこのことからも普通の博物館とは機能自体が異なる。
 この世界を統べる評議会直下のこの博物館には、雑音領域(ノイズエリア)である始源の森で発掘された前時代の遺物(ロストアイテム)が大量に保管されているのである。
 いや、保管ではなく封印と言った方が適切かもしれない。
 遺物とは、今説明のあった20楽章前の指揮者と10楽章前の指揮者によって世界が僅かながらに改革された際に、人々の記憶から零れ落ちてしまった、『すでにあった技術ながらも完全に抜け落ちてしまった』技術形態で製作されたモノである。
 その遺物の中にもピンからキリまであるが、もしも有用なものを理解できたなら、この世の中に音を使わずとも指揮者となりうるくらいの改革を起こせるかもしれない。
 「なぁ、蒼。アレって音階位相機じゃないのか?」
 「さすがは良いところに目をつけていますね、明良」
 ひそひそ声で彼は隣の男に話し掛ける。
 隣の男・雪割 蒼は彼よりも10年歳上の27歳。
 パリッとスーツを着こんだ紳士だが、どことなくひょろりとした感を受ける。
 男ながらも金色のさらさらとした髪と、優しそうな(実際は優しすぎるが)顔立ちは世間ではなかなか人気があったりするが、本人にまったくその気がないので、少なくとも彼と組んでいる5楽譜前から浮いた噂の一つすら聞かない。
 何でも彼は見たことはないが、蒼の妹がぴったりとマークしていて浮いた噂の出ようものなら完膚なきまで叩き潰してくれるのだそうだ。…まぁ、それは彼にとってどうでもいいことなのだが。
 「これが20楽章前の勇者が用いたとされる指揮棒『レストランチェ』です」
 「「おおおお!!」」
 ガイドたる館長の解説と、一つのケースを中心にどよめきが上がる。
 思わず二人も教科書などの写真では良く見る、伝説の勇者の用いた指揮棒を人の壁の間から覗いてみた。
 「実物もやっぱり錆びた剣だよな」
 「しかし20楽章前の物質が今もなお形を成しているというのはやっぱりすごいですよ」
 「ん〜、まぁねぇ」
 指揮棒『レストランチェ』は20楽章前に現れた指揮者の声をサポートする道具・音叉である。
 10楽章ごとに一人現れるという世界の改革者『指揮者』。
 指揮者はこの世にある全ての声を持っているとされる。
 指揮者の説明の前にこの世界の構造について説明しておこう。
 この世界は音で構成されている。
 音は人間の声で言うところの『70声』。
 あ・い・う・え・おの5音から始まる声を原音。
 あ・か・さ・た・な〜といった原音からの派生音を横列とした時にこれを音階(コード)と呼び、あ・い・う・え・おの縦列を音律(トーン)と呼ぶ。
 70声は全て、この音階と音律によって表わす事が出来るのである。
 この世界に住まう生物は一つの声を持つ。それが個性であり、自己なのだ。
 この原音から音階を横に、『あ』列は覇音,『い』列は烈音,『う』列を求音,『え』列を錯音,『お』列が轟音と分類され、音律ごとにその効果は異なっている。
 すなわち70の声はそれぞれぞ異なる力を有しており、その声の組み合わせによってこの世界のあらゆる物体が構成されているのである。音の繋がり・旋律(メロディ)こそが物体の存在を意味するものだ。
 そして10楽章に一度だけこの世界に生まれ出るという指揮者は、この全ての声を放つことが出来、それ故にこの世界を改革し得る。故に指揮者と呼ばれる。
 だが、今の世界では二人の指揮者の伝説しか残っていない。
 それも『伝説』に過ぎない。10楽章が20楽章も昔のことなど、今において真実かどうかの確認など難しい。このことから指揮者の存在自体を否定する者もいる。
 これを裏付けるかのように現在、新たな楽章を次楽譜に迎えているが、今楽章において未だ指揮者は出現していない。
 伝説の真偽はともかく、その指揮者の用いていた『音叉』はやはり二人の興味対象ではある。
 音叉は放つ『声』を二倍,三倍と強化する道具であり、現在は主に二又の形状のものが多い。剣の形という音叉は音楽上、音叉として機能するかどうかも怪しいものだ。
 「どうかな、蒼?」
 「いや、錆びてるし……20楽章も前はもしかしたら、今とは異なる声を発していたのかもしれませんね。終幕師なんてのもいたそうですし」
 蒼の呟きに彼はふむ、と唸る。
 終幕師。
 それは声の連なり,すなわち旋律(メロディ)に終わりを告げる者。
 全てを始めることの出来る指揮者と対称的に、全てを終わらせる者=破滅者として過去に一度だけ、その存在は伝説として出演している。
 全てを終わらせる音、それは70声の中にはない、未知の音だ。
 「今とは異なる音…か」
 彼は眼帯で覆った右目に上から触れる。
 ぱっちりと開く左目はマリンブルーの澄んだ瞳。しかし蒼は知っている。
 隠した右目には真紅の瞳があることを。
 70声には含まれない、雑音(ノイズ)によって構成された、『何事にも影響を受けない』真実を見る瞳があることを。
 鈴樹 明良、17歳。
 学生であり『雑音を見るもの(ノイズチェッカー)』。
 独眼の追跡者(モノ・アタッカー)の名を持つ、雑音領域発掘人が真の顔である。
 二人はこの博物館に下調べに来ていた。
 下調べ,すなわちこれまで明良が雑音領域である森の中で発見したにもかかわらず、中央委員会によって遺物を取り戻す為の調査である。
 どうでも良い遺物が多いが、明良としても,そして遺物研究者を自称する蒼としても是非とも取り戻したい遺物があった。
 特に明良には明確な目的がある。
 それは………
 「では次の区画に参りましょう。こちらでは10楽章前の指揮者に関する資料・遺物が展示されております」
 ぞろぞろ移動する一行,その一行を護衛するかのように遠巻きに囲む警備員の姿を横目に入れながら、二人もまた博物館長の後に従った。



 刻はそれから半日ほど進む。
 赤い警備灯だけが光るこの同じ場所の薄闇の中、3つの影が動いていた。
 「うざいなぁ…ハッ!」
 黒覆面の男は掛け声一撃,立ち塞がる警棒を持った警備員の脛を蹴り上げる。
 警備員はまるで足をすくわれたように転倒,だが残るもう1人の警備員が振り上げた警棒を黒覆面に振り下ろし…
 しかし覆面の男はまるで舞踏のステップを踏むかのように警備員の渾身の一撃を交わし、彼の背に掌打を加える。
 白目を剥いて倒れる警備員は、立ちあがろうとしていた同僚を押しつぶす。
 「ま、まてぇ!」
 「待てと言われて待つバカいるかよ」
 覆面の男はそう呟きながら暗闇の通路を駆けた。


 シューベルト博物館
 レの刻(午前2時)
 雑音領域たる森に囲まれたその建物を、一人の覆面男が飛び出した。
 男は迷うことなく森の中に身を投げる。
 森――すなわち雑音領域。
 この世界はその中心に巨大な森を有し、取り巻く様に東西南北四つのブロックに区切られた人の住まう地区によって成り立っている。
 森は様々な音の入り組んだ土地。
 固有の音(声)を持つ人間が飛び込むには危険な場所だ。
 何故なら森の雑音によって、固有の音の中に雑音が入りこんでしまうから。
 最悪、人は人ではない何かに,もしくは森の養分となって消える。
 だが現代においてはその森も、必ずしも脅威ではないものとなっている。
 人は己の周囲に防音壁を作ることにより森の中への進出を果たしているからだ。
 また記録のあるこの20楽譜の間に『森』は人によって『単一の音』により開拓されて来た。
 事実、古代の記録では世界の中心に広がっていたこの『森』は半径2000kmと言われていた。が、今やこの世界の中心にある森は半径50km程のものとなっている。
 森――雑音領域は必ずしも人の脅威ではなくなったのだ。
 しかしやはり、生身のまま飛び込める領域ではないのは今も昔も変わらない。
 森の恐怖はその身に持つ雑音だけではない。近寄らなければ害はないのだから。
 恐ろしいのは雑音により生み出される魔獣の存在である。
 神出鬼没な、攻撃性の高い怪物達を人は『音獣』と呼んだ。
 音獣は雑音を操り、雑音と伴にある。人が音を研ぎ澄ますモノならば、彼らは音を乱すモノだ。
 唯一の違いは、音獣には獣と呼ばれるくらいの知性しか有していないことである。
 ウ〜ウ〜ウ〜
 非常警報が鳴り響くシューベルト博物館。
 この世を統べる評議会直下のこの施設は、遺物を専門的に扱うという役職上、森のかなり内部に設けられている。
 それ故に侵入者は一本しかない『整地』された道路を使うしかない。
 警報は博物館外,すなわち道路の入り口に、賊を捕らえんとする警備員のバリケードを作成するに至る。
 しかしその鉄壁なまでのバリケードがこの賊にとって全く無意味なのは翌朝判明する事であった。



 黒覆面の男は森の中を駆ける。
 背負ったバックパックには昼間に物色した遺物が詰め込まれていた。
 また背負うものはもぅ一つ。
 錆びた、2mほどの剣だ。
 古の指揮者が用いたとされる音叉『レストランチェ』。
 もっともこの男、「ついで」に盗んできただけなのだが。
 男は駆けながらも、覆面の下に真紅の右目で異様な光を放っている。
 彼は『雑音を見る者』。
 真紅は雑音を支配する証,雑音を従える音獣の王・20楽譜前の終幕師『紅の終幕師』の色。
 雑音を『見る』事の出来る彼は雑音が己の身を汚す前に回避することが出来るのだ。
 彼の名は鈴樹 明良。
 そして通り名は………
 ざん!
 森を抜けた!
 彼の足が、止まる。
 目の前に広がるは高速道路とビル群,文明の明かりだ。
 狭いこの世界、森との境界線はほとんどなく、ぎりぎりのところまで人による建造物が作られている。
 明良が足を止めたのは、そんな人と森との攻めぎあいに一抹の感慨を覚えた…ワケではない。
 目の前で展開・待機している一団と、彼を一斉に照らし出したライトの明かりに、である。
 「やはりお前か、モノ・アタッカー」
 逆光に目を細める明良の前に、アルトな声を放つ一つの人影が立ちはだかった。
 ライトと同じ色をした、腰まである金色の長い髪,その前髪は無表情な彼女の右目を隠し、左目には飾り気のないパンスネイ(鼻眼鏡)が光る。
 女性にしては長身なその身を包むのは、国立・桐鷹高校の紺色のブレザーだった。
 明良は顔のはっきり見えない彼女を嫌と言うほど知っていた。
 例え表情が見えたとしても、そこに映るのは美人であっても全くの無表情で味気ないことを知っている。
 「しがない雑音領域発掘人に何の用かな、氷樹の沙夜?」
 森を中心に、東西南北に分けられたこの世界はそれぞれ守護頭によって森からの脅威に護られている。
 彼女は史上最年少の西の守護頭にして、イ列の舞声者(コードマスター)。
 舞声者とは1千人に一人現れる稀有な才能の持ち主であり、その能力は音階の異なる全ての列の声を持つのだ。彼女はイ列全ての声を発することが出来る。
 「最近の発掘人は泥棒もするのだな」
 逆光の中、沙夜なる人物は手にした長さ2m程の2又の矛,いや、音叉を振りかぶる。
 「一つ聞きたいんだが」
 ピクリ、律儀にも明良の言葉に沙夜の腕が止まる。
 「こんな真夜中に制服着て、お前は何やってるんだ? 補導されるぞ?」
 「……今日は夕方からずっと音獣が発生し続けていてな。やっと全て退治できたかと思えば、最後に貴様だ」
 「ご苦労なこって」
 「そう思うのなら…凍りつけ,!」
 音叉を明良に向って振り下ろし、力ある言葉。
 音叉が言葉に共鳴し、氷結の烈音『リ』がフォルティッシモの勢いで明良に襲いかかる!
 氷結の烈音は沙夜の得意とする声の一つ。氷樹の沙夜と呼ばれる一因である。
 この技を食らったものは冬山に立つ氷樹のように氷の中に閉じ込められることとなるのだ。
 明良は右の真紅の瞳で、至近距離から放たれたレの音を観察。
 「甘いぜ、沙夜」
 投網の様に彼に迫る音の網。真紅の瞳はしかし、広がりきれていない一部分を見出した。
 明良は身を捻りながらリの烈音をすり抜ける。
 「んな?!」
 「破壊力があっても長距離技をこんな距離で使えば、穴はあるもんさ」
 見事、レの音のほつれをすり抜けた明良は沙夜の懐に飛び込み、
 右手をみぞおちに当てる。
 「しまっ…」
 「ハッ!」
 明良の気合一閃,沙夜は掌底による『徹し(気功の一種)』を食らい、数m後ろへと吹き飛んだ。
 明良の扱う声は、ない。
 彼は『声を失った者』である。それを補うかのような能力『真紅の瞳』。
 そして彼自身培った格闘術『骨法』。派手ではないが、威力の高い格闘術だ。
 その骨法の奥義である『徹し』を食らった沙夜は、アスファルトに倒れ伏したまま動きはない。
 同時に、
 「隊長!」
 「覆面野郎をひっとらえろ!」
 「包囲網を縮めろ!!」
 彼女の部下が慌しく動き、そして各々の音叉を手に明良に飛びかかった。
 「だから、甘いってばさ」
 「打ち砕け、!」
 パァン、パァン、パァン!
 「何だ?」
 「新手か?!」
 何処からかの力ある言葉に、ライト全ての電球が割れる。
 破裂の覇音『ハ』を放ったのは…
 「彼の者の姿を見えにくく、見えにくく……
 目くらましの求音『ユ』の効果は明良の姿を闇に中に埋めた。酷く弱い、何処から聞こえてきたのか分からないピアニッシモのユである。
 明良は襲い来る音叉を持つ戦士達の足を払い、声の元であるビルとビルの狭間の一つに向って駆け出す。
 再び生まれた暗闇と、それに紛れた明良を包囲網は捕らえることが出来ずに彼は脱出してしまう。
 「助かったよ、蒼」
 「すぐに統率力は回復してしまうでしょう。逃げますよ、明良」
 ビルの狭間で小型車のエンジンを温めていたのは雪割 蒼。
 二つの全く異なる声を持つ、複音者(ダブルキャスター)である。
 三つの音を操る三重師(ハーモニスト)ほどの稀有な能力ではないが、使い様によっては母音が同じ音しか操れない舞声者に勝るとも劣らない能力だ。
 「って、明良。何か関係のないものまで盗ってきていませんか?」
 運転席から後部座席に放り込まれた荷物をバックミラーで見つめ、蒼は助手席の明良に問う。
 その視線は古の音叉『レストランチェ』に向いていた。
 「私達は盗人ではないのですよ」
 「利子だよ、利子」
 「…おおごとになるような気がしますけど」
 溜息一つ、蒼は助手席で早々と鼾をかきはじめる明良を一瞥。
 苦笑いを浮かべて高速道路を飛ばした。



 俺は夢を見ている。
 何度も、何度も見たことのある夢だ。
 幼い頃の記憶。これは俺が5歳くらいの出来事。
 悲しくて、痛くて、辛くて、そしてほんの少し甘酸っぱい過去の記憶。



 僕は震えていた。
 世界の中心たる森の上を飛ぶこの航空機。
 隣を、大きな翼を持った龍が並んで飛んでいる。
 音獣・翼竜ゲッソ,その名を知ったのは全てが終わったからの事だった。
 飛行機の中はパニックとなっている。
 僕を強く抱きしめるのは、遠き日の思い出にある母。
 その母を抱きしめるのは父。
 パニックの飛行機をあざ笑うかのように、翼竜はこちらに向って首を回し…
 「吼!」
 吼えた。
 それだけで、
 ただそれだけで、
 飛行機の前半分が粒子と化し、
 消えた。
 同時に襲い来る突風,気圧の変化、落ちる事による重力の変化。
 僕は襲い来る重力の変化と、耳からは恐ろしいほど大きな風の雑音に目を開く。
 その中で、僕は見た。
 父と母が己の声に命を乗せ、僕を手放すのを。
 二人の放つ声は求音のウ列。
 二つの声は複音者の効果を以って、僕の命を助けんと効果を発動!
 飛行機から放り出された僕は、落下速度が緩やかになるのを知る。
 眼下に見えるは落ちゆく機体,そこには父と母が乗っている。
 この時、僕は何かを叫んだ。
 力の限り。
 だが僕の声は発動することなく、落ちゆく機体は紅蓮の炎となって森の中に散る。
 そしてこの時、僕は声を失った。
 「吼!」
 その雑音に我に返る。
 目の前に、翼竜がいた。奴は笑っているかのように見えた。
 僕は恐怖のまま、動けない。
 奴は僕に向って小さく吼えた。だが小さい僕にはそれで充分だった。
 雑音が僕に襲い掛かり、右目に焼きごてが差しこまれたような激痛を感じる。
 「あああああ!!」
 力のない悲鳴という声が、ゆっくりと落ちゆく僕から放たれる。
 翼竜の笑み。だが次の瞬間、それは…
 見えなくなった右目を押さえた僕の目の前で起こった。
 「消えや,!」
 そんな幼い少女の声を、薄れゆく意識の中で聞いた気がした。
 翼竜はまるで、砂の城のように風に吹かれて散ったのである。



 夢の映像は、そこで一旦途切れる。
 そしてこわばった心を解きほぐすかのように、再生された。



 僕が目を覚ますと、心配そうに顔を覗きこむ女の子の姿があった。
 「良かったわ、目ぇ覚まして」
 屈託なく微笑むその子は僕と同じ位の年頃だろうか,少し変わったイントネーションの声色と、褐色の肌に大きな赤い瞳、そして額に瞳と同じ位に紅い宝石の嵌った質素な額冠をしている。
 僕は彼女をしげしげと見つめた後、辺りを見まわす。
 森の中でちょっと拓けたここには泉があった。僕の額には塗れたタオルが載っている。
 僕は上空での傷を思い出し、思わず右目を押さえる…が、何ともない。
 「他の…人達は?」
 この子も飛行機に乗ってた子だろう,そう思って尋ねるが、彼女は小さく首を横に振る。
 「君しか助からんかった」
 「そぅ…」
 悲しみが心に広がる…前に言葉の意味におかしなところがあるのに気付いた。
 「僕、しか?」
 「うん、君しか」
 「君も、だろ?」
 「ウチは違うん」
 「違うって…?」
 「ここに住んでるんよ」
 あっけらかんと言う彼女に僕はこの時、すごい間抜けな顔をしていたと思う。
 「ここに…って?」
 「ここ」
 言って彼女は地面を指差す。
 「この森に?」
 「そうや」
 「一人で?」
 そう問う僕に、彼女は顔を赤らめてこう言ったのを覚えている。
 「初めて人と話すのって、楽しいもんやね」
 幼い彼女の笑みは、今でも鮮明にこうして心に焼き付いている。
 きっと僕は、この時に彼女を好きになってしまったのだろう。



 「う…」
 俺は目を覚ます。
 ソファの上で俺は毛布を一枚かけて眠っていた。
 ここは雪割法律事務所,蒼の仕事場兼生活の場だ。忙しい彼は自宅に戻らずにここで泊まる事もしばしばらしい。
 俺はしばらく、久しぶりに見た夢の余韻に耽る。
 前半部の余韻はきれいさっぱり忘れ、目を覚ます直前に見た彼女の夢の余韻である。
 飛行機が落ちたこの日から俺はおよそ一ヶ月、この不思議な少女との共同生活をすることとなった。
 己の右目が今までの青ではなく、彼女と同じ真紅に染まっているのを知ったのは翌日泉で顔を洗った時だ。
 当時は特に疑問を持たなかったが……彼女が俺のこの目を治したのだろうと思う。
 何よりも彼女は一体何者なのか?
 俺を保護した医者は、幼い子供は時として、寂しさのあまりに想像で友人を作る,その現象だろうと診断したが今でもそうは思わない。
 彼女が俺の頬に触れた手の感触と、俺が彼女の頬に触れた柔らかな感触は今でも思い出される。
 俺は己の掌を見つめ、強く握る。
 彼女の名は遥香,紅 遥香と名乗っていた。
 良く動く紅の大きな瞳にはいつも俺が映っていたと思う。
 そんな遥香との別れは唐突なものだった。



 「じゃあ、夕方に泉で待ち合わせやで♪」
 「うん、分かった」
 「おいしいパイ、焼いてくるわ」
 笑ってその場を去って行く彼女の後ろ姿を見送った直後、僕は肩を叩かれた。
 驚きに振り返るとそこには、
 「生き残りがいたぞ!!」
 興奮を顔一杯に表わした大人がいた。
 その叫びを合図に、わらわらと大人達が現れて僕を囲む。
 それからの記憶はあまり覚えていない。
 気が付くと僕は親戚の家に引き取られていた。
 当時の新聞には『原始の森・飛行機事故 生き残った少年一ヶ月のサバイバル!』などなど取り上げられたが、最後まで遥香の名が出ることはなかった。



 「だけど、やっと迎えに行ける」
 俺は昨日、シューベルト博物館から取り戻した物品を思い出してようやく身を起こした。
 俺の目的,それは原始の森の中心まで入りこみ、再び遥香と会う事。
 たった一ヶ月だったが、彼女は約束をこよなく大事にする子だった。
 「今でもパイを焼いて、あの泉で待ってる気がする」
 呟き、その事自体に苦笑。
 もしも遥香と再会できたとしたら……いやそれ以前に彼女は人ではないと思う。
 人が雑音領域で生きていけるだろうか?
 答えはNOだ。
 そんな彼女と会えたら、俺はどうするだろう?
 どうする?
 「会えたら考えれば良いことだな」
 案外あっさりと結論づけた俺は、懐から眼帯を取り出して右目を覆う。
 立ち上がり、首をコキコキ鳴らしながら隣の部屋へ。
 「おはようございます、明良」
 「おはよう、蒼」
 コーヒーの香りをたゆらせ、蒼はスーツ姿で応接用のソファに身を沈めていた。
 朝日に、金色の髪が眩しい。
 「早くしないと学校に遅れますよ」
 「ん、ああ。ええと、ここに俺の制服って置いてあったっけ?」
 「ええ、私の書斎の方に用意しておきました。昨夜の遺物が散らばっているので気をつけてくださいね」
 「ああ、分かった」
 彼の書斎への扉を開けると、昨夜の遺物が無造作に床に置かれていた。
 俺は気を付けながら足を運び、用意された制服に袖を通す。
 桐鷹高校,その2年C組が俺のクラスだ。
 「それじゃ、放課後にまた来るよ」
 「ああ、夕方は私、妹の買い物に付き合わされることになってしまったので、お会い出来るのは夜だと思います」
 申し訳なさそうに言う蒼に俺は苦笑。
 蒼はなんだかんだ言って妹をかなり可愛がっている。
 もっとも、妹の方が一見すると頼りなさそうな兄にあれこれちょっかいを出している様だが。
 「そういや、蒼の妹って未だに見たことないんだよなぁ」
 「器量の良い子ですよ、それに…」
 「あ〜、はいはい。行ってきま〜す」
 話し出すと長くなる妹自慢から逃げ出す様に、俺は事務所を後にした。



 「ね、ねみぃ…」
 三時限目の数学。俺は閉じかかる瞳を無理矢理こじ開けるが、念仏と化した教師の講義には敵わない。
 撃沈間近な俺の脇腹を、いきなり激痛が襲った!
 「?!」
 痛くて声にもならない。爪を用いて抓られ、俺は一気に眠気をフッ飛ばしてくれた元凶を睨みつける。
 隣の席に座るそいつは雪割 沙夜。
 そう、昨夜戦った西の守護頭・氷樹の沙夜である。
 パンスネイの向こうに光る冷徹な瞳には『寝てんじゃねぇよ,っつうか寄りかかってくんじゃねぇ』といった敵意がいつもの彼女の無表情の内に静かに伝わってくる。
 ………そういや、コイツなんかまともに寝ていないんじゃないか?
 思うがこちらの正体をばらす訳にはいかない。
 内心、舌を巻きながらも俺は授業に専念することにした。



 その日の正午、雑音領域から唐突に発生した音獣は翼竜だった。
 それも破壊の雑音を吐くことの出来る凶悪種ゲッソである。
 発生現場は南部と西部の狭間、小規模な雑音領域である森。
 真っ先に出動したのは、南の守護頭・ガ行の調律師(トーンマスター)で名高い『モザイクの猛』であった。



 ごごん!
 翼竜の雑音の一息によって、6階建てビルの上三階が粉となって散る。
 「キシャァァ!!」
 歓喜の声を上げるは翼竜。
 その音獣をやはりとあるビルの屋上から見下ろすは、黒い革のツナギに身を包んだ巨漢だ。
 身の丈は2mに近い,右手に持った2mほどの音叉で己の肩をとんとんと叩いている。
 無機質な灰色の瞳がつぃと細められる。
 「奴は、『食えん』な」
 彼の呟きに、背後に控えた同じ姿の男達がコクリと頷く。
 「だが、俺の力を試す良い相手ではある」
 彼は革のツナギを脱ぎ捨てる。
 傷だらけの、しかし均整のとれた筋肉質な体が風に晒された。
 「空中戦と行くか。援護しろ」
 「「はっ!」」
 複数の配下の男の返事を聞き、僅かに失笑。
 メキメキ…ゴリッ!
 肉を引き千切るような音が、響く。
 彼の背から目の前を舞う翼竜と同じような、一対の翼が生まれる。
 モザイクの猛,三島 猛 22歳。
 様々な音獣を『食らい』、その獣の持つ『声』を自らの内に取り込んだ、複合人間(モザイク)である彼は、後天的な調律師である。
 そして何より彼の目的は守護はついでであり、あくまで己の強さを極めること。
 「いつもより幾分かは、楽しめそうだな」
 翼を広げ、彼は翼竜に向かって飛んだ。
 彼はまだ、雑音の直撃という恐ろしさを知らない。



 「ん〜、終わった終わった〜〜」
 俺は机の横にかけてある鞄を手に取る。机の中に教科書を置きっぱなしにしているので、中身は軽い。
 薄っぺらなそれを肩に回し、今日の予定を立てる。
 ”取り敢えず蒼の事務所に寄って、Getした遺物を調べるかな。んで…今日くらいは家に帰るか”
 自由放任な叔父叔母を脳裏に描き、俺は教室を出…
 「待ちなさい」
 鋭い、ソプラノの波動。
 目を前に向けると教室の扉のところにはまるで通せんぼするように彼女が立っていた。
 雪割 沙夜は同じくちゃんと教科書の入った重そうな鞄を右手に,守護頭の証である音叉を左手に、俺に明らかな敵意を持っていた。
 キラリ、左目のレンズが光る。
 ”もしや…俺の正体がバレ…”
 「鈴樹君は本日掃除当番です」
 「なんだ」
 相変わらず淡々とした言葉に拍子抜けして、俺は右目を眼帯の上から掻いた。
 「なんだ,ではないでしょう? 毎回毎回サボリにサボって…」
 そんなお小言を始めようとする彼女の脇を、俺は一瞬の隙をついてスリ抜ける。
 「悪い、今日もサボるわ、委員長!」
 廊下に飛び出て、俺は走りざまに一礼。ちなみに彼女、守護頭であるばかりか、このクラスの委員長でもある。俺にはとても真似できない。
 「…待ちなさい」
 「ごめんな、音の調子が悪いもんで」
 「どう見ても元気ですね」
 レンズの奥を冷たく光らせ、彼女はポーカーフェイスのままに背を向けた俺に音叉の先端をかざし…
 「床は磨かれ滑る、
 彼女の声が発動,途端にリノリウムの床に油がぶちまかれたかの様に俺の足がもつれる!
 天地が逆転したような感触,気づいた時にはもう遅い。
 横方向の移動エネルギーを有した俺の体は廊下を滑りに滑り、階段の踊り場へ,そのまま階下へと吹き飛んで行った。
 「あ…やりすぎた?」
 相変わらず抑揚のない声を後ろに聞いた気がするが、確認しようもない。
 俺はごろごろと階段を転げ落ちて行ったのだった。



 「痛てぇなぁ…」
 掃除からは逃げることは出来たが、代償として戴いた額のコブは頂けない。
 俺は乱立するビル群を抜け、人の賑わう繁華街にやってきた。
 学校から歩いて10分ほどのこの街は南地区に近いこともあって、西地区でも五指に入る賑わいを見せる街だ。
 俺は繁華街の立ち食いうどん屋で小腹を満たした後、蒼の事務所へと足を伸ばしていた。
 雪割法律事務所。
 蒼一人できりもりするこの事務所は、料金が良心的ということもあって流行っているらしいが儲けは少ないようだ。その為だろう、人を雇っていない。
 この間もあまりに忙しかったのを見兼ねた彼の妹が無理矢理手伝いに来たらしい。
 そこで秘書紛いなことをやらせてしまったと蒼は嘆いていた。
 仕事と家庭は別物と考えている奴なのだ。
 ”そういや、今日は夕方から出るとか言ってたっけ? 妹に会うだとか…”
 お人よしな彼のことだ,大方先日仕事を手伝ってもらったお礼に荷物持ちとして買い物に付き会う事にでもなったのだろう。
 と、繁華街の中心地である噴水広場に差し掛かった時である。
 ここを抜けて10分ほど南へと行った所、西区と南区の境に目指す事務所はあるのだが…
 「あれ?」
 俺は彼を見つけてしまった。
 噴水の前で一人の少女と楽しそうに会話する蒼を。
 蒼は良い,買い物なら家の近いこの街だろうから。
 問題は相手、である。
 長い金色の髪を上げてポニーテールにした、笑顔の素敵な女の子。
 女性にしては割と長身なその身には紺色のブレザー,俺と同じ桐鷹高校のものだ。
 年の頃は俺と同い年。それは確定、何故かって?
 彼女は右手に鞄を,左手には…二又の音叉を持っているのだ。
 「氷樹の沙夜…」
 呟く俺の声は掠れていた。
 何故?
 何故、蒼が西の守護頭とあんなに親しげに話しているんだ??
 蒼にしても妹と会うんじゃ…
 俺は雑踏の中、耳を澄ませる。僅かに、沙夜の弾んだ声が知覚できた。
 「それでそのお客さんに何て言ったの、兄様?」
 ”?!?!”
 そこで俺の思考が全てを結びつけた,今まで何故気がつかなかったのか??
 俺の相棒の名は雪割 蒼。
 西の守護頭でありクラスの委員長である彼女は雪割 沙夜。
 『雪割』
 「…兄妹だったのか」
 そういや、今はパンスネイや前髪で隠していない目許なんかはそっくりだ。
 ”というか沙夜の奴、普段と全然違うじゃないか”
 いつもの無表情で冷たい、氷のイメージが全くない。
 右目を隠すような前髪も上へ上げられているし、インテリを見せつけんばかりのトレードマークである左目のパンスネイも付けていない。
 何より、彼女に浮かぶ表情は多彩だ。蒼の言葉に一喜一憂している。
 ”アイツ…”
 俺は気付く。沙夜の、兄である蒼を見つめる視線に含まれた感情を。
 それは明らかに『兄』へ向ける視線ではなく、意中の異性に向けるものだ。
 「ブラコンだったのか…あの氷樹の沙夜がねぇ」
 雑踏の中へ消えて行く二人を見送りながら、俺は頭を軽く横に振って再び事務所を目指して足を踏み出した。



 翼竜ゲッソ。体長は5m強。
 破壊の雑音領域を有した声帯を持つこの種は、東西南北から成るこの世界を統べる『評議会』から凶悪種として認定された、札付きの危険音獣である。
 その音獣に対し、満身創痍で立ち向かう男が一人。
 身につけた黒い皮製のツナギは所々、爪による裂け目やそぎ取ったような跡に、男の鮮血で赤黒く変色している。
 重傷だ。
 だが男に疲れの色は見えない。それどころか歓喜の表情が映っている。
 「強いな、強いな、お前!」
 男の背にはコウモリのような、ツナギと同色の黒い翼。
 彼は『自力』で飛んでいた。
 名は三島 猛,南の守護頭である。その証は右手の音叉。
 滞空状態にある三島は、音叉を龍に向って大きく振りかぶる。
 対して竜は、注意の半分を三島に,残る半分は眼下で逃げ惑う人間達に向けていた。
 その余裕が、三島の感に触る。
 「こっち向けや! 破砕しろ,!!」
 彼の口から放たれた瓦解の覇音「ガ」は、二又の音叉の先に収縮,オレンジ色の光となって竜の右面に向って発射。
 その光は10m四方の万物を粉砕するエネルギーの声。
 しかし竜は凶悪な顎を光に向って向け、叫ぶ!
 「$#%%OP#%$Q%$@B$#!!」
 放たれるは不可視の波動。
 雑音が瓦解の覇音を呑み込むだけには飽き足らずに三島を呑み込んだ!
 「ぐ…」
 三島の右の翼が変質する。
 コブが生まれ、そこから触手が生え彼を束縛しようとする!!
 飛行はその時点で困難となり、彼は音叉で己の右の翼を切断した。
 重力に身を任せて落下する三島。
 地表すれすれのところでズルリ,新たに彼の背に生まれた翼は飛翔する!!
 「たまらなく強いな、お前」
 舌なめずりした三島は本日何度目かの特攻。
 この時、彼は気が付いていなかった,いや、気が付くほどデリケートな男ではない。
 まず1つ。竜が街を破砕しながら彼の管轄である南地区から西地区へと踏み込んでしまったこと。
 そしてもう1つ。
 このゲッソの視線の向こうに、もう一つの視線があることに。


[TOP] [中篇]