狭山湖上に出現した黒い朧に包まれた城。
揺れて見えるその黒き城は、人々の欲望を集めて取り込んだ欲望の塊の具現物だ。
「さようなら、クドさん」
告げる俺の視線の先、近所のコンビニ店員のお兄さんこと、魔王と化した吸血鬼クドラクは寂しそうな、諦めたような笑顔を見せた。
「それがユウくんの答えね」
俺の背後で巨大な破壊の力を内包した、亜麻色の光の塊を天に掲げるコハルさん。
「頼むぞ、コハルさん」
クルーニさんが振るう聖剣から輝やく白色の光がコハルさんの亜麻色の光に放たれ、マーブル模様のように溶け込んでいく。
途端、サッカーボール大だった力の光は、アドバルーンほどの大きさとなる。
「良い所持って行くわね」
「元気玉かよ」
それぞれ魔狼と妖虎を打ちのめした三上さんと錦織さんの持つ刀から、翠と蒼の光が放たれ、コハルさんの光に取り込まれた。
「ユウ先輩!」
「怪我はないか?」
コハルさんの後ろからの声に振り返る。
「サトミにクロコちゃん、無事だったんだね!」
クロコちゃんに肩を借りたサトミはげっそりとした表情で小さく笑った。
「私も良い所見せなきゃですね」
クロコちゃんが放つ黒い光もコハルさんのそれに取り込まれた。
「物語はいよいよフィナーレね」
「満を持して登場、だよ!」
キツ姉さんと浩二郎くんも登場。それぞれ赤い光と黄色い光と化した妖力を放ち、コハルさんをサポートした。
結果。
コハルさんの頭上にある力の奔流と化したそれは、様々な色の混じったマーブル模様の超巨大球体。
まるで亜麻色のパレットのようだ。
「さぁ、ユウくん」
「ああ、やっちゃえ、コハルさん!」
俺の声に応じ、コハルさんは黒き城に力の奔流を投げつけた。
様々な色と想いが混じったそれは巨大な城を包み込み、そして。
クドさんともどもこの町の悪意よ欲望をすっかりまとめて、狭山湖上から霞のように消え去ったのだった。
亜麻色のパレット
最終回は唐突に
「いきなり最終回ですか?!」
大野邸にて、額に大きな絆創膏を貼った浩二郎は叫ぶようにして言った。
「初めての僕の活躍は?!」
そんな彼を尻目に、狐の女性と大野、宮藤は煎れたばかりのお茶をすする。
「せっかく大野さんから貰ったこのウォーハンマーの新たな力を解放してみんなの窮地を救ったエピソードとか、書かれないんですか?!」
「杵な」
ツッこむ英一。
「これ、貴方の物語じゃないしねぇ」
狐の彼女は冷たく言い放ち、
「お茶冷えますよ」
宮藤にお茶を勧められて仕方無しに口をつぐんだ。
「クドラクの魔鎌のリミッターを『解除』したのは計算外だったわよ」
狐の女性は言って大野を睨む。
「さて僕はあくまでリミッターを『制限』した処置を施したのですが」
「解除されたからこそ、封印者も納得したの言えるのではないですか?」
宮藤の言葉に女性は小さく溜息。
「結果良ければ全て良しとは言いたくないわ。あくまで危険物なのですから、しっかり予想の範囲内でことを進めないと」
「この地の鎮守社を予め潰しておいたのも、全て貴女の準備の上ということですか。物理最強の彼女が戻ると同時に彼らの来襲ですから」
「どういうことですか?」
浩二郎は2人の顔を交互に見ながら首を傾げる。
「今回はテストケースの1つ」
狐の彼女は言って立ち上がる。
「予定調和ありきのイベントよ」
「これがグローバル化というものでしょうか?」
宮藤の言葉に彼女は小さく驚いた顔を見せるとそして微笑み、大野は小さく吐息をついた。
「さ、浩二郎行くわよ。お客さんが来たみたいだし」
「はーい」
お茶を一気に飲み干し、彼もまた立ち上がる。
「お茶ご馳走様でした」
「またね」
狐の彼女はウインク。その隣で浩二郎が虚鉄の杵を出現させて軽く一回転させると。
2人の姿は忽然と消え去った。
代わって2人の来客が部屋に押し寄せた。
「大野、こいつらメンテしてくれ。なんか狼に噛まれてヒビっぽいのが見えてる」
「虎とやりあって、髭切のツヤが悪いです」
「はいはい。宮藤、お茶のお替り頼む」
「かしこまりました」
蛇のような目をさらに細めて、宮藤は二人の姿を確認することなく部屋の奥に消えた。
「さようなら、ユウ。クロコとついでにサトミも。ありがとう!」
こうしてクルーニさんは母国のクロアチアに帰っていった。
彼女を空港まで見送った俺とサトミ、クロコちゃんは、所沢まで戻ってきた。
目的を果たして嬉しくもあり、短い間だったがともに過ごせて楽しかったこともあり、彼女はどう言ったら分からない涙を流していた。
そんな彼女とはまたいつか絶対に会うことを約束。クロアチアへの旅行っていうのも良いかもしれないなぁ。
「結局なんだったんですかね」
帰路、クロコちゃんの言葉に俺は正確には答えられない。
クドさんはこの半年、SNSを介して夢を叶えようプロジェクトなるものを進めていた。
小さなものから大きなものまで、どれもそれらは社会的にはささやかなものでしかし組織は次第に大きくなっていったようだ。
そして人数と活動がある一定のレベルを超えたとき、彼らは一気に暴走した。
なにかリミッターが切れたというか、介抱されたというか、そんな感じで一部暴徒化しただった。
危うく襲われる(?)ところだった俺とクロコちゃんを救ったのは、サトミの意識同調解放の能力。
これにより鎮圧されたのだが、サトミ自身の精神的ダメージは大きく未だに顔色は青い。
「何だったんだろうね」
結果、俺はそう答える。
「でもあれですよね。あれだけ活躍したサトミ先輩のシーンが全く描かれていないことがウケるというか」
サトミとクロコちゃんは何故か仲が悪い。
シーンとは何かよく分からないが、今の発言でサトミの顔色がさらに悪くなったような気がした。
「でも俺は分かってるよ。サトミがそれこそ全力で俺を助けてくれたってこと」
「ユウ…」
あ、少し顔色が良くなったような気がする。
そんなこんなでアパートの前まで到着した。
「まぁ、いろいろあったけど忙しい土日だったね。また明日学校で」
「ああ」
「先輩、また明日」
サトミは道の先へ、クロコちゃんはアパートの奥の部屋へ向かう。
俺もまた自身の部屋の扉のノブに手をかけた時だ。
「こんにちわ」
背後から声をかけられる。
「クドさん。こんにちわ」
そこにはいつもと変わらないうっすらとした笑顔のコンビニ店員のお兄ちゃんことクドさんが立っていた。
手にはデパートの紙袋が提げられており、彼はそれを私に差し出した。
「おすそわけ。実家から食べきれないほど送ってきたもんだから」
実家と言うとクロアチアだろうか? なんの食材だろう??
「あと今回は色々迷惑かけたね、ごめんな」
「いえいえ、実際のところは誰も怪我していないし、不利益出ていないし」
そうなのだ。
少なくとも私の知る範囲内では、やや疲れた人がいる程度だった。
不利益があるとすれば、彼の主催していたサークルが解散となったことで暇をもてあます人が増えたくらいかも。
「そっか。じゃ、俺コンビニバイトいってくるわ」
「いってらしゃい」
見送る俺の先、入れ替わるように猫と犬っぽい男女がクドさんと1,2言交わす。
2人は俺に軽く挨拶すると、クドさんと住むアパートの一室へと入っていった。
ここまで観ておいてなんだが、クドさんは全く無事だ。
クルーニさんを完全に騙したようになってしまったが、コハルさんはタヌキなのでまぁそういうことだ。
俺は改めて扉のノブを回す。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
それが当たり前となった返答が来る。
きっとそれは、彼女が認められて神社をもらえるようになるまで続くのだろう。
そしてそれはそんなすぐにではないと。
俺は知っている。
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