白銀の剣
Last Expression 集い、のち別れ,ときどき涙
『私を殺せ、人の子よ』
竜はそう、俺に言う。
「…ころ、せ?」
『そうだ』
「何故!」
『私の中にはかつて封じた魔王が眠っている。奴が長き眠りより目覚め、復活しようとしているのだ。それを阻止せねば、この大地は焦土と化すであろう』
「だからお前を殺せ、と?」
『そうだ、私ともども魔王の命を絶ってくれ』
騎士達もまた、その言葉に耳を立て、静寂が辺りを支配する。
誰かが息を呑んだ。誰もが俺の言葉を待っている。
返事は、簡単だった。
「嫌だね」
べぇ,俺は竜に、あかんべーをかました。
『…貴様』
「死ぬんだったら勝手に一人で死ね! 何より俺は自己犠牲によっている奴は一番嫌いなんだよ!!」
ビシィ! 指さして俺は言い放つ。
『貴様…記憶が戻ったのではないのか? 貴様の血に流れる破壊の衝動は?! 殺しに酔う甘美は? 征服欲は何処へ行った!!』
「…?」そう吼える竜に、俺は何か違うものを感じる。
それは俺だけが感じたのではない様だ。
「アニキ,こいつ…何か企んでやがる!」
「人の子よ! この場から離れるのだ!!」その言葉は竜の『口』から放たれた!
『気を戻しおったか,しかしもう遅いわ!』先程までの竜の声。
「二重人格…いや」
「違います! 竜の腹の中に何か、います! 巨大な魔力を蓄えた,何かが!!」グラハの叫び声。魔導師である彼には魔力が『見える』のだそうだ。
「人の子よ! わしの腹の中に眠る魔王がお主の体を奪おうとしておる! 魔王は器さえなければ、我と伴にこの地に朽ち果てるのみ! 早くの場から去るのだ!!」
『私を殺さずにいられないように、してやろうではないか!』
2つの言葉が同時に放たれる。
竜の頭が高く持ちあがる!!
カッ!!
黒い炎が悲鳴を聞くこともなく、慌てふためく騎士達の一角を大地とともに炭に変えた。
これまでにない沈黙。
「!!! 引け、引けぃ!!」カルバーナの怒声!
引き金に騎士達がゆっくりと後退する,パニックにならず背を向けずに、警戒しながら行動するところに、普段の訓練は役に立っているようだ。
「あんなん見せられちゃ、妙に現実味がないな」俺は苦笑。
『お主の元の感情を思い出すのだ,そして我と同化せん…』魔王の声。
何もできない俺の目の前で、竜が2回目の吐息を…
ギィン!!
炎が騎士達の頭の上で散った。
巨大な不可視の盾が、生れている。
「『グァァァ!!』」
2つの悲鳴。
一人の騎士が、槍を竜の腹に突き立てている!
尾の攻撃、騎士は颯爽と身をかわし、俺に叫ぶ!
「アリアス! 何ぼさっとしている!! どの道、放っておいて良いものじゃないでしょう!!」良く通る声,皇女ラシーヌだ。
トン,背中を突つかれる。
「レティア!」
「かつて魔王に、人間と妖精、竜が力を合わせて立ち向かった結果が、これ。決着は付けないと…ね?」試すように、彼女は俺に尋ねる。
「決着…か?」
「ええ」もう一人の女性,ファランツが言葉を引き継ぐ。
「魔王は殿下の心と同調しようとしているそうよ,以前の殿下の心と、ね。かつて魔王はそうして器を探してこの地に混沌をもたらしてきた」効果の遮られた炎を再び吐く竜を見上げ、彼女は言った。
「嫌なものに目を付けられたものだな」
「そうね」とレティア。
「でも、殿下は自分自身に決着を付けることができるのではなくて?」挑戦的に、彼女は俺を見て言う。
「もしも、俺が魔王に乗っ取られたら…」
「責任を持って、殺してあげる」
「それを聞いて、安心したよ」
微笑み合う俺達。そして、俺は竜に向き直る。
竜はラシーヌ,カルバーナ等の攻撃を受けてもがいている。その動きは鈍重なことから、おそらく竜の意識が魔王のそれを邪魔しているのであろう。
「決着を付ける! リア!!!」
俺は強く、強くその名を叫んだ。
「貴方のリーガル来訪の目的は古の盟約に基づいていたものだったのね」
「非凡なる悪しき心の持ち主の矯正,もしくは削除。それが人に与えられた使命。竜の命も短く、後100年もすれば魔王ともども浄化されるはずだった」
「嫌な戦い…」吐き捨てるように、彼女。
「戦いに嫌も何もない。生きとし生けるものには使命がある。竜も人も、妖精も、それを全うするだけのことだ」
「それは、アリアスの最も嫌う考え方ね。そして私にとっても」
「何事も、犠牲の上に成り立っているのは世の常だ。ただ人はそれを直視しようとしないだけのことだろう?」
「直視した時、私は決して貴方のようにはならない」
「それこそ理想論だ」
と、光芒が、足下に輝いた!
「「?!」」
2人の男女はいぶかしげに見下ろす。
そこにあるは白銀に輝く大剣を構えたアリアスが、竜に向き合っていた。
恐れのない、笑みさえ浮かべた余裕。
彼女,アイシャは懐から小瓶を取り出し、背後に放り投げる。
「?」手に取る聖騎士・ファウス。
「貴方の力が必要になるかも、ね」厳しい視線で下を見下ろしてアイシャ。
ファウスは小瓶の中身,ナイフに塗られた毒の解毒剤を飲み干すと、何かを呟く。
彼の手に灯るは仄かな光。
「?」アイシャの右腕に、それをかざした。流れる命が止まる。
「貴方のお気に入りの、お手並み拝見と行きましょう」
「へぇ、酔狂ね」
「彼の後ろには私の大事な人がいるのでね,負けてもらっては困ります」苦笑の聖騎士。
「公私混同」憮然と、盗賊は呟いた。
俺の手には白銀に輝く剣。
重さを全く感じさせないそれは、妙に手に馴染む。
『嬉しいな』
声、それは剣から放たれるもの。そしてリアの声。
「嬉しい?」竜を見上げ、俺は尋ね返す。
『お前の強い心を感じるよ。お前の心が強ければ強いほど、私は私の力を引き出せる』
「頼むよ」輝く刀身に軽く口付け。
『お前の心次第だな,さぁ、お前の白銀の心で道を切り拓け!』
「応!」俺は目線に大剣を構え、リアの魔族の力を借りて超跳躍!
一気に竜の頭上へ!
『皇位魔族だと!!! いつだ,いつこの男に憑いた?!』
「やめろ,わしを殺すなぁぁ!!」
光に目を取られる竜/魔王の頭に大きく振りかぶり、一刀両断!
ギィィィィィン!!!!!!!
針金を切り裂くような音が響く!
竜の体が俺の切り裂いたところから闇が漏れた。
ドゥ!
流れ出す闇の奔流。
「殺すなんて、中途半端なことはしないさ」倒れ伏す竜に俺は目をやり、言葉を吐く。
腰辺りまで闇が流れる。やがてそれは俺を包み込む。
「アリアス!!」
「アニキ!」
「「殿下!」」ラシーヌ,トリアレット,カルバーナ,バランナ始めとする騎士達の声が聞こえた。
『あの娘の声は聞こえないね』
「信じてくれているからな」
闇の中、俺はリアにそう答える。
やがて、リアの存在も闇の中へと消えていく。
『真っ向勝負とはな』
目の前に立つは俺自身。
記憶を取り戻した夜に見た、あの俺だった。
邪悪に満ちた、悪しき者。魔王と波長の合う男だ。
『俺を心に持つのは、ツライだろう? 代わってやるよ』
「変るの間違いだろう?」
『そうだ、変れよ。元に戻るんだ』
「元にか?」
『そうさ、仮面を外した、本当の姿に戻るんだ』
俺はそう言う。それに俺は笑うしかなかった。
『…何がおかしい?!』
「仮面を被っている俺も、本当の俺の一人さ。そして何よりお前も、俺の一人だ。どうあがこうと、人はそうは変らない。でもさ、成長することはできると思うんだ」
俺は俺自身に向って一歩、踏み出す。
俺はまた、一歩後ろへ退く。
「昔の俺を知ってなお、俺を認めてくれる人がいる。そんな人達に対して、俺が俺を認めないでどうするって言うんだ?」問い詰めるように俺は歩を進める。
『俺を…俺を今のお前が認めるというのか!?』絶望の表情を以ってして、『彼』は逃げようとする。
「お前は俺だ」がっしりと、その腕を掴まえた!
そして、俺は塵となって俺の胸の中へと消え失せる。
さっと明ける闇!
『グォォオォォオォォォォッォ!!』
中空に浮かぶは白い仮面を被った黒い影。
無表情,そうとしか言いようのない仮面の魔王は俺を見下ろす。
「…しかたあるまい、時間は掛かるが新しい器を探すだけだ」くぐもった声を仮面の向こうから絞り出し、彼はそう言葉を吐く。
「そんな時間はあげないよ」
俺は大剣の切っ先を上空に向け、言い放つ。
「所詮人の子,私を倒すというのか?」
仮面の向こうでは卑らしい笑みを浮かべているのだろう、そんな雰囲気を感じる。
「お前と戦うのは殿下だけじゃない」声が響く。
3つ目の瞳を見開いて、カルバーナが言い放った。
「太古より、人は魔術を磨いてきました,昔のままではありません」
「そう簡単に、逃げられると思わないで頂きたいものですわ」バランナ夫妻の言葉に、魔王の動きが止まる。
「逃げる…だと? ゴミども相手に、もとよりそんなつもりはない!」初めて見せる感情。
「そりゃ、好都合ってもんだ,私の槍を堪能してもらおうとしよう」
「魔は神の力に弱いと聞きます,我が神の力を思い知りなさい」ラシーヌとバランナ,そして…
俺の背に一対の白い翼が虚空から生れた。
「そのゴミに寄生する貴方はさながらクズというところだな」
魔導師の杖を振って、グラハは俺にウィンク。
トン,俺の背に暖かな、細い手が触れた。
「貴方の背は私が守りましょう」よく澄んだ、一番力強い言葉だった。俺は振り返ることなく、小さく頷く。
「おいおい」
「脇役だからって」
「忘れてもらっちゃ困るぜ,俺達をよ!」
背後に膨れ上がる大きな士気。普段は文句たらたらの騎士達だが、何とも言えない頼り甲斐を感じた。
「面白い,面白い奴等だ」覇音,それは心を鼓舞しうる力。
その声は先程までの竜から聞こえていた。
白竜。
瘴気を一掃したその身には神獣と言っても過言はない、威厳と漲る力を感じる。
「アリアスと言ったな,お前は決着を付けた。ならば私も私に決着を付けるとしよう」大きくその身を起こし、白竜は立ち上がる。
そんな竜を視界の隅に、俺は魔王を目標に捕らえたままこう言い放った!
「アンタの決着じゃない,これから生きる者達の決着だ!!!」
翼を大きくはばたかせ、俺は跳躍。
それが俺達の戦いの始まりだった…・・
聖騎士は足下で繰り広げられる激闘から背を向ける。
「?」盗賊はそんな彼の背を見た。
そして気付く。5人の男女が同じように戦いを眺めているのを。
“私が気付かなかったなんて…?!”
5人の真ん中にいる男、その男を見て彼女は絶句。
「…アリアス…?!」
呟く彼女に、軽身の鎧を着込んだ青年は激闘から視線を盗賊に移す。
穏やかな視線だった。
アリアスとは異なる、物腰の優しいそうな瞳。
その視線は小さな会釈となり、彼女から離れた。
「勝ち戦には興味はない。帰ろう、イリアス」聖騎士の言葉に、青年は静かに頷く。
「ちょっと…!」アイシャの言葉に、しかし立ち止まるのはイリアスと呼ばれた青年のみ。
「アンタ達…もしかして、もしもアリアスが魔王になった時の為の討伐隊…」馬鹿げている,僅か5人で,いやファウスを入れて6人であの魔王に勝てるはずもない。そうは思うが、つい口に付いて出てしまった。
「…お気を付けて」
イリアスはそれだけを言い残し、去って行く。
その言葉は否定ではない,アイシャは彼等の背を見て、そう感じ取っていた。
勝鬨が太古の遺跡を包んでいた。
「ミシニア石は魔王の魔力だったとは…しかし凄い埋蔵量だ」
「魔王が本調子ならば、そう,かつて妖精が魔力を石に変換してくれなかったら負けは必至でしたね」ガイナとバランナのこれからを目指した会話が耳に入る。
その横では人の姿を取った老人姿の白竜と、グラハが何やら小難しい談義を交わしていた。
少し歩くと、負傷した騎士達に混じって聞き覚えのある声が届いてくる。
「その槍、業物ですな」
「国宝だぞ」
「ちょっと、2人とも! 動かないで下さいよ!!」ブラッテンに治療を受けるラシーヌとカルバーナ。
視線を逸らすと薬を持って右往左往するトリアレットとファランツの姿も見て取れた。
俺は人気の少ないところまで歩き、瓦礫の一つに腰を下ろした。
「強かったな」
「そうだな」待っていたように虚空から現われたリアは俺の隣に座り、微笑む。
俺は懐から半分に断ち割られた白い仮面を取り出す。
白い骨のようなその仮面。それは俺の一撃によって断ち割られたのだ。
瞬間、魔王は嘘のように消え去った。
「魔王なんてのは人が呼ぶものなんだな」
「恐怖が力に変換するってこともあるということだ」
「仮面に宿りし恐怖,かぁ。結局は人は自分を見るのが恐くて仮面を被っているのかもしれない」背後に仮面を投げ捨てる。
「いいんじゃないか? それもまた」
パリン!
澄んだ音が背中で響いた。
「少なくとも、お前がお前に勝った時点で勝負は付いていたのさ」
「…どうかな」
見渡す。
騎士達に死傷者は多い。
だが、生きている者達に後悔の色はない。
「…望んだ戦いだ」
「ありがと」リアは俺の言葉に小さな苦笑とも見えるものを浮かべ、虚空へと消えた。
夕日が岩山の背から漏れる。
「さて!」
立ち上がる。
「さて,どうしますか? 殿下」涼しい声が背中から。
「そうだな…」俺は上を眺めたまま、考える。
「取り敢えず、ちょっと旅に出よう!」
パチン!
指を鳴らし、瓦礫から飛び降りて、俺は彼女を抱き上げる。
「?!」突然のことに、驚きに目を白黒させるレティア。
カカッツ!
俺の馬が目の前まで走って、止まる。
「ど・ど・ど…何処に行くんですかぁ!!」
「さ、何処にしようか?」飛び乗り、俺は逆に問い掛け。
たずなを手繰る。
馬はレティアと俺を乗せ、遺跡の駐屯地の真ん中を駆け抜ける。
「カルバーナ,あと頼むね〜♪」
「へ? ちょ、ちょっと,殿下ぁぁ〜〜〜〜」
カルバーナの,ラシーヌやバランナ達の声を遠く背にしながら、馬は風を伴なって疾走する。
「取り敢えず、温泉か何かでゆっくりしたいね」
「もぅ,困った人。…付き合いますわ,私も実は司祭試験が通って、しばらくゆっくりしたいんです」困ったような、しかし楽しげな笑みを浮かべてレティア。
彼女のその胸には、司祭を明かす五芒星のペンダントが揺れていた。
「でも、殿下,ちょっと強引…」
「昔の俺から学んだんだ,気持ちは多少、強引に伝えた方が良いって…ね」
「…バカ」
俺達は森の中を疾走する。
道の先は見えないが、きっとこれからも拓いて行くことが出来る,そう信じている。
……・おわり!」
「え〜,その後どうなったの? お母さん?」
「王様になったの?」
長椅子に座る黒髪の女性に、幼い少年と少女が尋ねる。
「それはまたのお楽しみに,ね」女性の微笑みに、子供達はしぶしぶと頷いた。
ガチャリ
「ただいま〜」男が扉を開けて入って来る。
「お帰りなさい、あなた。さ,皆、晩御飯にしましょう」
女性は言って、元気良く立ち上がる。
その胸に、五芒星のペンダントが揺れた。
「「は〜い」」
部屋に暖かい灯が燈る。
そこには偽りのない、暖かい生命の息吹があった。
何物にも代え難い、それは行きついた先の幸せかもしれない…
Fin