稲荷 Confidences 2
8. 信じる事+契機≧再会


 僕の住むアパートの部屋には、今では珍しい神棚がある。
 朝。
 いつもの通りに身支度をして、会社へ向かう準備を始める。
 ネクタイを締め、鞄を確認し、そして。
 神棚に今日一日が良い日である様にと、小さく一礼。
 同時。
 ぴんぽーん
 インターホンの音と共にがちゃりと玄関が開く。
 「おはよう!」
 隣人であり、僕の一番大切な人である彼女がやってくる。
 「おはよう」
 いつもの彼女の笑顔に、僕もまたいつもの笑顔で応える。
 いつも通りの日常。いつもと変わらぬ、幸せな時間。
 だが、最近思う。
 「どうも、さ」
 がちゃりと玄関のカギを閉め、僕は彼女と猫寝荘を後にする。
 いつもの駅までの道のりだ。
 「どうも?」
 「うん、どうも最近」
 僕は振り返る。背後には猫寝荘。
 2Fの通路には大きくあくびをしながら背伸びする、お姉さんの姿。
 小さく会釈して、僕は視線を元に戻した。
 「あ、いや。何でもないよ」
 「ん? 変なの」
 そう言って彼女はコロコロと笑う。
 つられて僕も思わず口許を緩めたのだった。


 「あー、危ないところでした」
 「感が良いのかしらね?」
 パジャマ姿の彼女は、駅へと向かう一組の男女を見送っていた。
 その背後には、隠れるようにしておっとりとした女性が一人。
 「というかさ、そろそろ姿見せても良いんじゃないかしら?」
 パジャマの女性が彼女に言う。
 「うーん、そうなんですけど」
 「ですけど?」
 「どうも別れ際がアレだったのでこんなにすんなり戻ってきたんじゃ、感動も何もないような気がして」
 心底困った顔で彼女――古い時代の女神は溜息を吐く。
 「じゃ、何か感動的な再会を計画しましょうかね?」
 機神の通り名を持つパジャマの女は思案顔で告げる。
 「ぜひぜひ、ご協力お願いします」
 「こんな楽しそうなこと、見過ごす手はないですし」
 笑う機神はふと思い出したように女神に問うた。
 「でも確かに貴女、消えたんじゃなかったんでしたか?」
 「まぁ、消えましたけどね。でも私は神ですから」
 すでに見えなくなった2人の男女が見えるかの様に、女神は機神の横に並んで朝日を浴びながら目を細め、呟く。
 「信じられていれば、いつでも帰ってきますわ」
 暖かなまなざしで遠く2人を、そして2人が住むこの街を、いつまでもいつまでも見つめ続けていた。


〜 Thank you , See you next chance! 〜

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