広がりしは荒涼たる大地。
 肌を突き刺すような冬の空気に木枯らしが踊っていた。
 街道沿いにまばらに立ち並ぶ冬枯れの木々は、裸のままにその身を揺らしている。
 人が踏みしめる事によって存在を許される街道はしかし、確かに其処にあることを許されていた。
 赤い影が一つ。
 右目を覆い隠すほどの赤い長髪を有した男が、寂しい街道で歩を進めていた。
 髪と同色の血のように赤い陰陽服を身に纏い、右手には鈍く青い珠が一つ嵌った杖をついている。
 彼は穏やかそうな黒い左の瞳をふと足下に。
 其処には明らかに、複数の馬の蹄の跡が残っている。
 踏み締められる際に掘り起こされた黒土が乾いていないところを見ると、まだ比較的新しいものと推測された。
 赤い男は視線を前方へ。
 ヒクと、僅かに彼の鼻梁が動いた。
 「臭うな、魔の匂いだ」
 僅かに厳しくなった黒い瞳の遥か先には、遠目からでも分かる寂れた集落が広がる。
 と、
 轟……
 一段と強い風が吹き抜けた。
 乾いた冬の風は男の赤い服を,髪をもてあそぶ。
 風にかき上げられしは彼の右目を覆い隠す髪。
 その下には、爛々と赤く輝く憎悪に満ちた紅い瞳が睨んでいた。



風の王国 −vol.1 刃突き立つ荒涼の地


 中国大陸の東方には半島がある。
 朝鮮半島―――今で言うところのその大地は、過去より様々な民族に侵入を許してきた。
 さて、時は現在より遥か遡る古代。
 まだ全ての理が、律と令,陰と陽とで説明がついていた、呪術が存在した時代である。
 その頃、半島には二つの国家が存在していた。
 北部と中部に強力な支配権を持つ高句麗,南部の辺境を支配する扶余の二つだ。
 しかしこの二つの国家がどうやって生まれ、衝突し、滅びていったかはここで語られるべき問題ではない。
 舞台は辺境国である扶余の、さらに辺境。
 恐るべき海龍・轟天王が住まうという海を渡って、和と呼ばれる異国を遠くに臨む港町。
 銑涼険と呼ばれる小さな公主領でのお話である―――



 潮の香りが彼の鼻を突いた。
 同時に放置され腐った魚と、物の焼け焦げた後の燻った匂いが混じっている。
 「只事ではないですねぇ」
 陰陽服の長い袖で己の口と鼻を覆いながら、男は石畳の通りを進んで行った。
 時は夕暮れ。これから繁華街も活発になろうかという時刻である。
 しかしどうだろう、外に出ている人間の姿が一つもなかった。
 「気配は、ありますが……」
 一人呟く彼は藁を葺いた屋根を持つ家々に視線を泳がす。
 煙突から細々だが、白い煙が上がっていた。夕食の支度に相違ない。
 そして彼の視線に入って来る情報には続きがあった。
 家々の所々に、破壊の跡があるのだ。
 ある家は黒く焼け焦げ、ある家は土壁が打ち砕かれ、そしてある家は戸が開け放たれたまま無人となっている。
 略奪か、戦争にでもあったかのように。
 とん
 彼の杖が石畳を軽く叩いた。同時、歩みが止まる。
 前方から一騎が姿を現したからだ。
 白い駿馬に跨るは、ゆったりとした白い修験者の服に身を包んだ女。
 長い黒髪を後ろに束ねて括り上げ、三叉の槍を模した杖を付帯していた。
 男は知っていた。その杖が三叉弦棒と呼ばれる、力ある仙人のみが持つことを許された神器であることを。
 年の頃は20代前半であろうか,凛とした気配をその身に纏って真っ直ぐに赤い男に向い、そして直前で止まる。
 「戒厳令を敷いてある筈だが…お主、旅人か?」
 良く響く彼女の声に、男は小さく頷く。
 「そうか、では仕方あるまい。早々に宿をとられよ。そして早くこの街を立ち去るが良い」
 「はて、それはどういうことですか?」
 ともすれば正反対の雰囲気を宿した、男の穏やか言葉に女は態度を崩さずに返答。
 「今この街は盗賊の脅威にさらされておるのだ。街の惨状を見てみればある程度予想はつくであろう?」
 挑戦的に微笑む彼女に、男は苦笑。
 「分かりました。では…貴女のお薦めの宿があれば教えていただきたいのですが、ね?」



 寂れた宿だった。
 木造の三階建ての、今にも崩れそうな海沿いに建つ宿。
 すきま風すらも拭き込むその部屋は、お世辞にも快適とは言いがたい。
 だが、
 「確かに彼女がお薦めと言い張るだけのことはあります」
 一階にある食堂で、彼は夕食に舌鼓を打っていた。
 魚の荒煮はしっかりと出汁が取れているし、白米も混ざり物のない真っ白なものだ。
 何より酒が美味い。
 彼は早くも米酒を一瓶空け、二瓶目を店主である老人に注文。
 「良い食べっぷりに呑みっぷりですな,百合香様がお連れするだけある」
 言って微笑む好々爺に、男は首を傾げる。
 「百合香様?」
 「おや、お知り合いではなかったのですか? 先程の女性ですよ」
 「お薦めの宿を紹介してもらっただけです。ところであの人は主人のお知り合いで?」
 男の問いに、店主は慌てて首を横に振る。
 「百合香様は前の公主の慈緒様が亡くなられた後、今の公主である闇星夫人のお手伝いをなさる為に中央から派遣されてきたとても偉い方ですよ」
 ”央国からの調停者か…”
 男は彼女を反芻する。
 扶余はここ、銑涼険のような自治国家の集合体のようなものだ。
 その多数ある公国に何かしら問題が起きた際、扶余の中央から派遣されてくる者。
 それが調停者だ。
 調停者はその責の分、見合った実力を有している。彼女が力のある仙人だということは間違いないだろう。
 そして今、この銑涼険は前公主を亡くしておそらくは何らかの問題を起こしているのだ。
 ”しかし…”
 彼は思う。
 「しかしこの宿を薦めてくれたということは、何かしら主人とは縁があるのでしょう?」
 微笑み尋ねる赤い男に店主は困ったような、しかし諦めた様に笑ってこう答えたのだった。
 「つい2,3年前になりますが、百合香様は新婚旅行で当方にお泊まりになられたのですよ」



 男は店主の話を寝台に横たわって頭の中でまとめていた。
 銑涼険はつい一月前に公主である慈緒を不慮の事故で亡くした。
 齢40半ばの彼は子には恵まれず、後継者の見つかるまで妻である闇星夫人が公主の座につくこととなった。
 それを補佐する為、また後継者の争いを防ぐ為にお目付け役として中央から仙人・百合香が派遣される。
 だがこの不安定な状況を襲う者がいた。
 銑涼険を守っていた軍の一部が盗賊と化し、街を夜な夜な襲い始めたのだ。
 また盗賊達は闇星夫人の命をも狙っている。
 これまで何人もの盗賊が城に忍び込み、そして護衛によってさらし首とされていた。
 盗賊達はまた、幼子を中心に人をもさらう。
 百合香の活躍で被害は最小限に食い留めてはいるが、銑涼険の守衛達も体力的に限界まできているとのことだった。
 「未亡人と元軍人だった盗賊,そして調停者ですか……果たしてどれが黒なのでしょうね?」
 男は蝋燭の炎を吹き消す。
 ひんやりとした月明かりが、部屋の中を仄かに照らすだけとなった。
 窓の外からは、繰り返し寄せては返す波の音。
 そして……
 馬の嘶き,人の悲鳴,破壊音!
 男は起き上がり、窓を開け放つ。
 街の中央に建つ瓦葺きの公主の城が騒がしい。
 そして闇に駆ける黒い人影達。
 ぼぅ…
 男の右目に赤い光が灯った!
 彼は苦痛に歪んだ顔で、右目を手で押さえる。
 「魔、だ……黒は盗賊、か」
 城郭を睨む男。
 盗賊達の夜襲は終わりを告げたのか、街は次第に静かになりつつあった。



 朝。
 赤い男の足は街の中心へと向っていた。
 やがて歩みは止まる。
 目の前には五階建ての灰色の城郭。この街の公主の住まいである。
 そして彼が止まったのは、二人の門兵が槍を突き付けたからだ。
 「何用か?」
 問う衛兵に、彼は静かに答える。
 「今、公主夫人は護衛を募っておられることをお聞きしましてね」
 宿の店主の言葉をそのままに、彼は返答を待つ。
 二人の門兵はお互い顔を見合わせ、
 「良い,通せ。私に任せてもらおう」
 澄んだ声は彼らの背後から。
 「「百合香様!」」
 恐縮する二人をよそに、彼女は赤い男を城門の内に招き入れる。
 男は無言のまま、先を進む彼女の後ろをついて行った。
 やがて小部屋の一つに辿りつく。
 「さぁ、中に」
 百合香の指示に従い、男は部屋へ。
 中には上品な卓に黒檀の椅子。そして湯気の立つ急須が一つと空の碗が二つ。
 男と女は向かい合わせに腰を下ろした。
 百合香は急須に手を伸ばし、碗に少しずつ注いで行く。
 「やはり来ましたね」
 「予測されていましたか?」
 「仮にも仙人ですから」
 凛とした雰囲気は残しつつ、しかし明らかに柔らかな表情で百合香は男の前に茶の入った碗を置いた。
 烏龍茶の芳ばしい香りが部屋を包み込む。
 「どこまでお分かりですか?」
 男の言葉に、百合香は僅かに微笑んでその白い手を彼の顔に伸ばす。
 すらりとした指が、男の赤い前髪を軽く払う。
 髪よりも赤い右の瞳が露になった。
 「貴方が魔に呪われた瞳を持っていること、そして呪った魔を滅ぼすことを己の人生にしていること、かしらね」
 哀しげな表情で百合香は答えた。
 「初めまして。紅の退魔士・刀牙さん」
 「そして、さよならだ」
 「「?!」」
 声は背後から。刀牙が振り返る頃には、もぅすでに遅い!!
 「大・尽・力!」
 「ぐはっ!」
 赤い男――刀牙は、背後に突然現れた青年の繰り出した渾身の一撃によって血の海に倒れたのだった。



 「やはり貴方はっ!!」
 百合香は突然現れた男に対峙する。
 青いマントを身に纏い、業物として名高い丸頭大剣を携えた黒髪の青年。
 彼女の得物である三叉弦棒は男の後ろに立てかけてあった。
 そして卓を挟んで向こう,男の足下には死に瀕した刀牙の姿。
 「おっと、動くな」
 刀の先端が百合香の喉元寸前に伸びて止まる。
 「兎丸! やはり貴方が魔なのですねっ!」
 立ちあがりかけたまま、目の前の男を睨んで百合香。
 「フン、どこぞの馬の骨とも知れない退魔士が魔の側じゃないと誰が言える? この男の存在自体が夫人の皮をかぶった化け物の罠に違いあるまい!」
 青年――兎丸と呼ばれた彼は刀をクルリ、切り返して峰で百合香の首を打った。
 途端、彼女はその場にくずおれる。
 「悪いがアンタとの契約はなしだ。当初の通り、俺達の手でケリをつけさせてもらう!」
 言い残し、兎丸は現れた時と同様、その姿を消したのだった―――



 城には深い地下室があった。
 まっくらなそこには、黒くうごめく人外の者達の存在がある。
 そして略奪されたものと思われる、金品の山。
 同じくらい山と積み上げられた、幼子の干からびた死体。
 ”なるほど、盗賊と思っていたのは操られた亡霊ですか”
 地下室に浮遊する黒い霞みのような存在――それは実害ある幽霊だ。
 幼子の死体は、彼らがこの世に存在する為に摂った活動力のなれの果て。
 黒い幽霊を操って盗賊とさせ得るほどの力を持った魔の術士といえば……
 ”なるほど、アイツがここにいるのですな。右目がいつもよりも疼く訳です”
 白い霞みは微笑む。
 それは目標を間近にした、猟師の笑み。
 唯一色を有した赤い右目が、白い幽体のままの彼の中で怪しく光っていた。
 ふと、白い霞みはその存在を希薄にする。
 ”ふむ、どうやら彼女が気付かれたようですね”
 引っ張られるような感覚を受けながら、彼は自らあるべき場所へと戻って行く。
 遠く、何かが破裂する音を聴きながら………



 「む…」
 血だまりの中、刀牙は僅かな眩暈を伴って身を起こした。
 「間に合ったみたいね」
 「お陰様で」
 一つ荒い息をついた百合香に刀牙は礼を述べると不確かな足取りで立ちあがった。
 窓の外を見れば発煙筒の跡が青空に咲いている。
 同時、城門の外から人馬のざわめきが聞こえてくる。
 おそらくは先程の兎丸の行動に呼応した、彼の仲間達だろう。
 「昼間から襲ってくるなんて…これは予想外だったわ」
 「予想外はさらに続くと思いますよ」
 「え?」
 刀牙の言葉に百合香は部屋を駆け出す。
 見れば盗賊達は門兵達の抵抗を受けることなく、城内に侵入を成功していた。
 それだけではない,衛士達もまた彼らとともに行動しているのだ。
 「どういうこと?」
 「つまり、こう言うことですね」
 彼女の後に追いついた刀牙は、言いながら手にした杖で虚空を切る!
 「ぐぉぉん……」
 唸り声が一つ,黒い霞みが生まれたかと思うと、すぐにその姿を消した。
 「これは……兎丸の言うことが正しかった??」
 キッと楼閣の最上階を睨み付けて百合香。
 怒声と悲鳴が城のあちこちから聞こえ始めている。幽霊達があちこちに出現し始めたのだ。
 幽霊の相手は言うまでもない、侵入者達。
 盗賊と言われながら野山に身を落としていた軍人達と、子を奪われた親達、そして真相を知った若者達から成る反乱軍だ。
 本当の盗賊であり、幼子達をさらって食う闇星夫人に対しての。
 「兎丸殿は亡き公主殿の名誉にかけて、本来は内々に処理したかったのでしょうね。もっともここまで騒ぎが大きくなってしまっては、それどころではなくなってしまったでしょうが」
 百合香とともに楼閣の最上階を目指して歩きながら刀牙。
 城を出て暗殺の機会をこれまで何度も狙ってきたのだろう。
 しかしその行動を逆手にとられて盗賊の濡れ衣を被せられてしまった。
 「夫人は私の目ですら魔物である気配を見せなかったというのに……相当の手錬ね」
 「ええ。私の予想が正しければ、おそらく……」
 二人はそして、駆け出した。



 兎丸は彼女に刀を向けていた。
 その刀身が細かく揺れている。
 そう、躊躇っているのだ。
 彼が刀を向けるのは三十路に入ってしばらくしたと思われる女性。
 整った顔は青ざめ、しかし毅然と目の前の戦士を見つめていた。
 「どうしました、兎丸? 切りたければ切りなさい」
 響く声に、兎丸の顔に苦痛の色が浮かんだ。
 彼の相対している彼女こそ、闇星夫人。
 兎丸を公主とともにかってくれた、聡明で名高い女性である。
 「貴女は…貴女は俺の知っている夫人じゃないっ!」
 自分に言い聞かせる様に叫ぶ兎丸。
 「俺は見たんだ,公主様を呪殺し、夫人,貴女に入れ替わるその瞬間をっ!!」
 「ならば殺しなさいな、兎丸」
 対する夫人はしかし冷静だ。
 「どの道、この公主領は貴方に任せるつもりだったのだから……あとは頼みますよ」
 「くっ!」
 兎丸はまっすぐな夫人の視線から目を背け、そして、
 刀を降ろした。
 ニタリ
 微笑むは夫人。
 「愚か者め」
 「あ…」
 夫人の両手が輝き、閃光を放つ!
 「如怨律令、大気を司る陽よ,我は衝撃を求めん!」
 光の衝撃が兎丸の胸に炸裂,彼は壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた。
 「まったく、人というものは愚かなりけり」
 懐から取り出した扇子で口元を隠して笑う闇星夫人。
 そこに二人の男女が姿を現した。
 夫人は優雅な動作で調停士と退魔士を迎える。
 「やっと来てくれたのですね,賊が侵入し…」
 彼女の言葉はそこで止まる。
 強い視線の為だ。
 刀牙は夫人を凝視,夫人は扇子を懐にしまう。
 「正体見たり、闇星夫人!!」
 荒い風が部屋に吹き込み、刀牙の前髪を巻き上げた。
 髪の下の爛々と赤い右の瞳が、夫人を居抜く。
 「そなたの名は乃濫! 魔を捲く者也!!」
 叫びに、闇星夫人はぎょっとして一歩後ろに下がる。
 刀牙は目にも止まらぬ早さで鈍く青い杖の先端を夫人に向けた。
 「秩!」
 部屋の温度が一気に下降――瞬間的に大気中の水蒸気が凝結し、槍となって闇星夫人に突き刺さった!
 魔宝貝として知られている水流槍に宿る術である。
 「ぐおぉぉ!!」
 顔を押さえる闇星夫人。憎々しげに刀牙を睨む。
 「貴様……我等が魔を植え付けた、あの男かっ!」
 みるみる姿の崩れて行く闇星夫人。
 やがて青い肌を有した小太りの中年男の姿を取る。
 「ぐっ、やはりお前は…」
 苦しそうに体を起こすのは兎丸。憎々しげに魔の道士を睨んでいる。
 「では闇星夫人は…」
 ゴクリ、息を呑んだ百合香に姿を現した乃濫はニタリと醜悪な笑みを浮かべた。
 「そうさ、とっくに食ってやったさ。皮を剥いで頭からぼ〜りぼりと、な」
 「貴様っ!」
 丸頭大剣を振りかぶり、乃濫に駆ける兎丸。
 「必殺尽力、死ね!」
 途端、乃濫の姿が二体に増える。
 兎丸の必殺技はその内の一体を細切れに,しかしそれは霞みの如く消え失せた。
 「我が幻術、破れるかな?」
 笑う乃濫は再び二体に、二体は四体に、四体は八体に……
 兎丸と刀牙は彼らを一体一体見るが、どれが本物かを見極めることは、
 「ここは私に任せて」
 百合香が三叉弦棒を構え、呪を紡ぐ。
 「如怨律令、天空を駆ける雷よ,我との契約を果たせ,秩!!」
 光が走った!
 風よりも速い雷という名の破壊の力は、全ての乃濫を打ち据える!
 「くぅ…」
 「「そこだっ!」」
 揺れ消え行く幻影の中、唯一姿を持った乃濫に二人の戦士が飛びかかる!
 「秩っ」
 刀牙の氷を呼ぶ杖が、乃濫の足を床ごと凝結。
 そして、
 「大・尽・力!!」
 「がぁぁぁぁっーーーーーー」
 兎丸の渾身の一撃が、道士・乃濫を頭から断ち割ったのだった。



 久しぶりに暖かく柔らかな日差しが大地を照らしていた。
 だがやはりまだまだ寒い季節だ。きっとここから北に行けば雪景色が広がっているに違いない。
 そんなしばらく続くであろう、平和となった街の中央に三人はいた。
 「兎丸、貴方にならこの公主領を安心して任せられるのに…」
 心底残念そうに百合香は呟く。
 「何度も言ったでしょう? 公主様と夫人を守りきれなかった俺にその資格はないって」
 「資格はなくとも義務はあると思うが?」
 「……ダメなものはダメなんだ,刀牙」
 苦笑いで兎丸は曳いていた馬に跨る。
 「じゃ、二人とも元気でなっ!」
 そう言い残したかと思うと、彼は東へと続く街道へ消えて行った。
 「それじゃ、私も行くわ。縁があったらまた会いましょう」
 百合香もまた、白い駿馬に跨って騎上の人となる。
 「縁があったら、か。物騒な縁でないことを祈りますよ」
 「それもそうね」
 クスリと微笑み。
 「貴方の旅路に幸運を!」
 「お気をつけて」
 北への街道へと消えて行く百合香。
 刀牙は兎丸の去った西と、そして百合香の向った北、海の広がる南を一瞥。
 「私も行きますかね」
 東へ向って歩き出す。
 その先に彼の求める、仇である魔を求めて。
 後にこの三人が再会するのは、そう遠い未来ではなかった―――


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