赤く長い髪の戦士は久々に剣を握る。
もぅ、長いこと戦いらしい戦いをしていなかった。
もともと争いは好む性質ではないと思っていたのだが、血に流れる戦士としての本能は彼を戦いへと知らずの内に駆り立てていた。
高句麗の北方、万里の長城を越えた遊牧の地。
鮮卑と呼ばれる地がそこには広がっていた。
先日の超大国・中国と結ばれた条約により、高句麗・扶余ともども争いで抵抗することなくこの大国の庇護の元に入り州の一部と化した。
それを期にこの半島から中原の地へ人材が溢れ出す。
現在、中国は北東の鮮卑、北西の匈奴に脅かされており、常に国境では争いが絶えない。
故にそこでは果敢な腕に自身のある者を常に募っている。
赤い髪の戦士が、知り合いの仙人に声をかけられたのはその地であった。
「大尽力!」
全身全霊を込めた戦士の一撃を食らっても、鮮卑の剣士は倒れることはない。
切り合いを6合ほど合わせてようやく勝利する。
「はぁはぁ……」
肩で息をする戦士。
「何? もぅ息が上がってるの?」
軽い足取りで戦士の前に立つのは、どこかしら猫に良く似た女性だ。
高位の仙人の証である三叉弦棒を手にしている。
「い、いえ、全然。むしろ膳・膳です」
「いつのCM?」
猫仙人はサン○リーはお好きでないようだ。
「しかし……世界は広いですね」
広大に広がる鮮卑の地。
2人の肌にそよぐ風は、扶余で受けるそれとは異なり、冷たく荒い。
「あまり肥沃でないこの地を支配して、意味などあるのでしょうかね?」
「さぁ、私達一般民がそんなこと考えても、意味はないと思うけど」
「それもそうです…ね!」
ガキィ!
いつの間に囲まれていたのか、猫仙人への鮮卑の剣士の一撃を戦士は手にした剣で受け止める。
しかしそれは重く、かつ軌道を変えて戦士の肩を貫いた!
「む……」
慌てて治癒魔術の呪文を口ずさむ仙人。が、彼女は中断して後ろに飛びのく。
坤の一撃が彼女のいた地面を深くえぐった。
鮮卑の一般兵士の一撃である。
「厄介な相手です」
「まったくだわ」
周囲を十数人の剣士と戦士に囲まれた2人は背を合わせながら意識を研ぎ澄ます。
その時だ!
ゴゥ!
「「!?!?」」
2人を台風の目のような中心に中心に紅蓮の炎の嵐が吹き荒れた。
この世のものとは思えない叫び声を上げながら灼熱の炎の海の中へ1人、また1人と鮮卑族は倒れ、そしてついには2人以外に動く者はいなくなる。
「もしかして、お邪魔だったかしら?」
涼しげな声を供に炎の海が2つに分かれ、そこから帝服を着た妙齢の女性魔術師が姿を現した。
「君も来ていたのか」
2人の知りあいらしい、戦士は呟き、仙人はホッと胸を撫で下ろす。
「来ていたと言うか……散歩よ。どうせなら一緒に散歩しない?」
余裕で微笑む彼女の足元に、戦士と仙人の2人は視線を動かしていた。
裾の長い帝服の裾へ。
「何かしら? そんなに見つめて」
魔術師帝は己の右足の裾に視線を動かし……
燃えていた。
「あちーーーーー!!!!」
良くあることだった。
これは今とは異なる遠い場所。
刀と妖術が世の中の道理である世界でのお話である。
風の王国 −vol.2 挑む者達
赤い髪の戦士が猫目の仙人と初めて出会ったのは、今思えばまるでギャグであるとしか思えないような出来事だった。
「本当にこんなところにいるのですか??」
「いるのよ、確かに」
赤い陰陽服を着た赤く長い髪の男の問いに、豹柄のケープを纏う女魔術師は自信を持って断言。
「間違いなく、この山猫王の住む洞窟にいるはずなのよ」
2人が臨むのは、中国にある大都市――長安の郊外。
ひどく和やかな山間に位置する大きな洞窟だ。
この洞窟には野山を駆ける山猫達が生息するともっぱらの噂であり、その一番奥に『山猫王』と呼ばれる猫の中の猫、キングオブ猫が居を構えているらしい。
が、二人の探しているのはそんな山猫王ではない。
「野生化していたりして、ね」
「多分、してると思うわ」
男の戯言をはっきりと断定する魔術師。
洞窟の奥に進む戦士の足取りが急に重くなった。
「えと……野生化って、貴女のお姉さんでしょう? 人間が野生化って??」
「姉さんならやりかねないわ。昔から猫っぽかったし、ネコミミのアクセサリーが昔から好きで肌身離さず持ち歩いてたし」
二人の探しているのは女魔術師の姉のようだ。
しかし、どういう姉なのだろう??
「ネコミミは別に置いておいて……どうやって我に返すんです?」
「そのための秘密兵器よ」
女魔術師は誇らしげに背中のリュックを見せびらかす。
どうやらその中に、野生化した姉を人間らしくして呼び戻す道具が入っているらしい。
「さぁ、どんとこい!」
胸を張る女魔術師。対して戦士は暗い顔だ。
「……うー、怖いなぁ」
『猫が』と限定しない辺りが、これから起こり得る出来事そのものを恐れている表われと言えるのではなかろうか?
進む2人の足取りは唐突に止まる事になる。
「ひゃーっはっははーーーー」
奇声を上げながら大笑いで茂みから飛び出してきたのは辮髪の魔術師だ。
瞳の色は茶色であることから西洋の者と思われる。
彼はあっけに取られる2人の前で大の字になって通せんぼ。
すると懐から相変わらず唐突に金の斧を取り出したではないか。
「お前らの落としたのはこの金の斧か?」
戦士は惰性でふるふると首を横に振る。
「ではこの銀の斧か?」
辮髪の魔術師は銀製の斧を取り出した。女魔術師が否定の意を表す。
辮髪の魔術師は2人の反応に満足そうに頷くと、一本の斧を戦士におしつける様に手渡した。
「正直者達よ、お前らにこの暗黒水晶斧をやろう、さらばだ!」
彼は呆然とする2人を尻目に相変わらずの笑い声を上げながら洞窟の向こうへと消えていった。
「ってか、私達はいつ斧を落としたのでしょう?」
「知らないわよ」
全く以って、この世界は不思議な人物が多い。
「斧なんか持っていましても…ねぇ?」
赤い陰陽服の戦士は苦笑いを浮かべ、謎の魔術師から受け取った暗黒水晶斧を洞窟の隅の方へと放り投げた。
「フギャ!」
「「ん?」」
猫のような鳴き声は斧を投げた方向から。
2人は警戒しながら岩場の方へと近づいた。
そこには……
「ふーーー!」
地面に突き刺さった斧に向かって全身の毛を逆立てた猫のように警戒する一人の女性の姿。
長い腰までの髪を後ろで簡単に1つにまとめ、ややくたびれた修行者の服を纏っている。
髪の間には何故か猫耳の髪飾りがぴょっこりと生えていた。
丸みを帯びた顔には切れ長の瞳が今はパッチリと開かれ、その様子は昼寝を邪魔された猫そのもののようにも見える。
「お姉ちゃん」
「ええ?!」
女魔術師の呟きに戦士は思わず声を疑う。
「にゃ!」
ザザッ!
斧から2人へと警戒態勢に入る女性。
「私よ、分からないの?」
「ふーーーー!」
シュッシュと猫パンチで空を切って近寄らせまいとする修行者の服の女。
「見事に野性に返っちゃってるわね」
「いや、野性って……」
「そこでこの秘密兵器の登場よ!」
女魔術師が取り出したのは英霊魔法棒。
先端になんだが丸っぽいような楕円形のようなよく分からないものがついていて評判の謎の棒だ。
それを姉の前でふるふると振った。
「ふーーーーーー! ふーーー、うみゃ!」
かちん
英霊魔法棒の先端に猫パンチをかます女性。
「にゃ! にゃ!」
かちかち
「じゃれてる…のか??」
敵意が消え去ったのを見計らって、女魔術師は秘密兵器の入っている袋の中身を彼女の前に蒔いた。
それは、
「またたび、だと」
驚愕の戦士。そんなものは人間には効くはずがない!
「うにゃーん」
ころりとその場に寝転がる猫仙人。
目が眠たげだ。
「って効いてるしーーー?!」
「今よ、がつんと一撃かましてやって」
女魔術師が戦士に手渡すのは陽気木棒。
別名、殺人バットと呼ばれる凶器である。
「……死にますよ?」
「大丈夫だって。だってギャグキャラは絶対死なないってセオリーがあるじゃない」
「ギャグキャラなのですか」
戦士は大きく溜息。
無防備…というか、またたびに酔っている猫仙人に向かって陽気木棒を大きく振りかぶって―――
「大尽力!」
振った。
がつん!
「ふぎゃーーーー!」
当たった。そして洞窟の遥か彼方へと飛んで行ってしまう。
「二塁打ってところかしら?」
「大丈夫ですかねぇ?」
どどどどど……
一拍の間の後、土埃を上げて猫仙人が駆け戻ってくる。
「な、なにするのよーーーー!」
目に涙をためて女魔術師に食って掛かった。
「いつもいつも『人』に戻すのに手間かけさせないでよ、ほら」
「にゃ!?」
女魔術師は慣れた扱いでまたたびの塊を仙人の姉に押し付けた。
途端、腰が砕けたようにその場で陶酔状態になる仙人。
「さ、かえろかえろ。面倒だけど、お姉ちゃん背負ってきてね」
「は、はぁ」
心配そうに仙人を見つめる戦士。
「えと、大丈夫ですか?」
「うにゃー?」
またたびにじゃれながら猫の仙人。視点は一定ではない。
全然駄目そうだ。
「果たしてこのメンバーで勝てるのでしょうか、奴に」
洞窟の入り口で2人を待つ女魔術師の、そのさらに向こうに待つ倒すべき者を見つめながら、戦士はこれから長い付き合いとなる仙人を背中に一歩を踏み出した。
「勝てる、じゃないわ。勝つの」
女魔術師の言葉に戦士は小さく「そうですね」と呟く。
ただ今は、背中の仙人が妙に重く感じていた。
Chapter.1
そこは人語を解する虎頭の怪物達が済む洞窟。
洞窟とは言っても、床はきれいに磨き上げられているだけではなく奇妙不可思議な文様が描かれ、宮殿のような雰囲気がある。
またここに住む虎達もその階級によって異なるが、服を着て独自の社会を築いていた。
そんな虎達の住まう洞窟に、赤い髪の戦士と猫目の仙人が侵入している。
現在、高句麗と扶余、および央国と遊牧民族間では緊張が高まっていた。
それを裏で糸を引いて引き起こしている者がいるらしい。
2人はそれが何者であるのかを調べるために、怪しいと思われる各所を回っているというわけだ。
「公爵様、侵入者が現れたようです」
洞窟の一角で、赤い虎が白い虎に進言した。
白い虎はわずかに額にシワ(?)を寄せると、赤い虎に言い放つ。
「またか。全く、人間どもは飽きないな。また我らが王に返り討ちに
遭うだけだろうに」
「しかし放っておけますまい」
「そうだな。では伯爵、騎士を連れて愚か者どもを迎撃せよ」
「はっ!」
そのやり取りを柱の影で聞いていた2人の侵入者は顔を合わせる。
「私達は愚か者らしいですね」
「……馬鹿って言う方が馬鹿なのよ」
しばらくして黒い虎が現れる。
「お呼びでございますか、公爵様、伯爵様」
彼(?)に赤い虎は答えた。
「うむ、実は侵入者がまた現れてな」
「左様でございますか、ではすぐに排除を」
柱の影の赤い髪の戦士はふと呟いた。
「赤いと動きが30%ほど良くなるんですよ」
「シャア?」
「……まぁ、冗談ですよ。ところで彼らは貴女の親戚みたいなものではないんですか? できれば話し合いで通してもらいたいのですが」
戦士の言葉に、猫目の仙人は不満げに頬を膨らませて言う。
「私は「山猫」、あいつらは「虎」。全然違うじゃないの」
”違うんですか??”
戦士は思わず出かかった言葉を飲み込む。
一方、白い虎は猛る騎士をなだめるようにして言った。
「まぁ、所詮人間だ。落ち着いてから行くが良い。茶を持ってこさせよう」
公爵が軽く手を叩くと湯のみを3つ持った虎が現れ、机に置くと消えるように去っていった。
「「では頂きます」」
伯爵と騎士が湯のみを手にし、公爵もまた傾けた。
「「「熱っ!!」」」
3人は涙目で叫んで湯のみを机に戻したのだった。
その様子を柱の影から伺っていた戦士は嘆息。
「やっぱり猫じゃないですか」
「何か言った?」
「いえ、何も」
猫目の仙人に睨まれ、ぶんぶんと首を横に振るのだった。
Chapter.2
虎頭の怪物達が済む洞窟の先には、龍の住まう地があるという。
その地への筋道を発見した彼らは、戦力を整えなおしてから改めて
向かったのだった。
「はぁはぁはぁ」
赤い髪の戦士は目の前に横たわる水龍の冷たい体を見下ろして粗い息を吐く。
「つ、強い」
「ふぃ〜〜」
ゆったりとした修行者の服を羽織った猫のような仙人がその後ろで安堵の溜め息。
「まぁ、こんな感じよ」
そんな2人を見下ろし、涼しげな顔をして言い放つのは亜麻色の髪の女性だ。
その身の纏うのはシワ一つない礼服。
帝服と呼ばれるそれは、一流の武人にのみ贈られるモノだ。
魔術師帝である彼女は小さな物音に気付き、鋭い視線を背後に走らせる。
3人に近づきつつあるのは……
「来たわよ」
「なぁに、こんな龍の1匹や2匹くらい」
息を整えた戦士は自信を持って立ちあがる。
洞窟の奥から姿を現したのは、龍である。
今倒したばかりの火龍と水龍だ。
「1匹や2匹?」
戦士の背に隠れて仙人の女性は問う。
「ああ、でも……」
現れた龍は少なくとも五匹。
洞窟の奥に光っている瞳はさらにその数を上回る。
「こんなにいるとは、ねぇ?」
戦士は引きつった顔で呟いた。
「で、どうする、戦士殿? 無様に尻尾を巻いて逃げる?」
薄ら笑いを浮かべて魔術師帝の女性は挑戦的に問うた。
その言葉に戦士の表情が鋭いものに変わる。
「まさか」
彼の握る白炎剣から吹き上がる青白い炎がいっそう猛る。
「行きますよ、良いですね?」
ちらりと後ろを振り返る。
猫のような仙人は瞳に戦意を湛えて小さく頷き、そして。
魔術師帝は笑って答えとばかりに魔術を解き放つ!
紅蓮の炎の嵐が龍の一団を包み込んだ。
「いくぞ!」
戦いは再開される。
倒さなくては、この先に進むことができないのだ。
「何としても」
倒す、戦士は心の中でそう叫んだのだった。
Chapter.3
鮮卑族の住まうさらに奥深く。
赤い髪の戦士と猫目の仙人はその一個師団と向き合っていた。
「龍を倒し、我が精鋭達をも倒し、良くぞここまで来たものだな、異邦人どもよ」
手下を従え、朗々たる声でその一団の中心で二人を見下ろすのは身の丈が3mはあろうかという巨漢だ。
屈強なその肢体には頑丈な鎧を着込んでおり、その両手には巨大な牛ですら真っ二つに切り裂いてしまいそうな巨刀を構えていた。
鮮卑族の将軍である。
「素直に貴方の裏に潜む黒幕を教えてくれる……訳はありませんね?」
赤い髪の戦士は彼を見上げながら、陰陽服の懐から剣の塚を取り出し、
ゴゥ
炎の刀身が吹き上がる。
「素直にさせれば良いだけ、違う?」
不敵にそう応えるのは猫目の仙人。
すでに彼女は印を切り終えていた。
「力ずくでも語ってもらうわ、羅漢の術!」
仙術の発動、それはありとあらゆる打撃の力を倍増させる諸刃の術だ。
彼女のその動きに連動し、赤い髪の戦士は鮮卑族の将軍に向かって疾駆!
「大尽力!!」
炎の剣の一振りが、襲い来る鮮卑族達に向かって振り下ろされた。
戦いの始まりである。
死屍が累々と転がる。
その中で鮮卑族の将軍の胸板に戦士の炎の刀身が突き刺さっていた。
「こんなもの、私に効くかぁぁ!」
将軍は素手でそれを抜き取り、背後へ放り投げた。
「そ、そんな……」
「バカなっ!」
満身創痍の戦士と仙人は唖然と将軍を見上げる。
「まだ、まだよっ!」
猫目の仙人は仙術を発動,その高度な癒しの術は、隣の戦士の傷を瞬時に癒す。
「ならば効くまで立ち向かうまで!!」
戦士の腰から引き抜かれた真光剣が再び鮮卑の将軍に向かって牙を剥いた!
「まだまだぁ!!」
「効かないのか、本当に効かないのか?!」
「そんな訳ないわっ!」
首を必死に横に振る仙人は戦術で戦士の傷を癒す。
しかし傷は癒せても疲労を癒すことは出来ない。
戦士は荒い息で、未だにしっかりと二本の足で立っている将軍を睨む。
「自らの無力を知るが良いっ!」
将軍は巨刀を振りかぶる。
「「っ!」」
振り下ろされたその刃からは不可視の衝撃波が走り、二人を襲った。
土煙がもうもうと立ちこめる。
さらに将軍は追撃をかけようと刀を振り上げ……
土煙から赤い影が飛び出した!
「必殺尽力!」
赤い影の技と共に光の刃が将軍を駆け抜ける!
「ぐはっ!」
肩から脇腹にかけて深い切り傷を負った将軍はとうとうその場に倒れこんだ。
「はぁはぁはぁ」
その後ろでは全ての体力を使い果たした戦士が膝を地に付いて肩で息をしている。
「やったわね、なんとか」
「ああ、なんとかいけましたね」
仙人が駆け寄り、安堵の溜め息。
が、しかし!
「そんな攻撃が効くかぁ!」
むくりと何事もなかったように起きあがる将軍。
「「いーかげんにしなさい!」」
ごす!
二人の強烈なツッコミが、とうとう将軍を地に沈めたのだった。
Chapter.4
高句麗の東海岸を抜けると竜宮の地へ到達する。
そこに陰陽服の戦士と修行者の服の仙人、豹柄のケープをまとった魔術師の姿があった。
鮮卑族を裏で操り、人々を戦乱の不安に陥れていたのは竜宮の者だったのである。
3人が臨むのはサメ将軍が住むと言われる洞窟だ。
「??」
戦士は隣を歩く仙人の足取りがやけに軽いのに気付く。
ややスキップ気味だった。何か良いことがあったのだろうか?
疑問は解けぬまま、やがて2人は洞窟の主であるサメ将軍に出会った。
「何者だ、お主ら!」
威圧のこもった声で身長5mは超えるサメの化け物が問う。
戦士は手にした白炎剣を握り直した。
「サメ将軍、貴方の悪事はバレていますよ!」
「何の証拠がある?」
「証拠は今からはっきりさせます」
魔術師の断言。
一触即発、その時だ。
じゅるり
「「??」」
戦士と魔術師、サメ将軍は聞き覚えのない音に彼女を見た。
仙人だ。
まるでご馳走を目の前にした子供のようによだれを流している。
髪の間に生えたネコ耳の飾りがまるで本物のようにぴくぴくと動く。
その姿はまさに…ネコ!
「おいしそう」
「ひぃ!」
剛勇で知られるサメ将軍が震える。
仙人はニタリと笑みを浮かべ、小声で歌い始めたではないか。
「さかなさかなさかな〜♪ さかな〜を〜たべ〜ると〜♪」
「食べるのかーーーー?!?!」
「にゃーーーー」
仙人はサメ将軍に飛び掛った。
がぶり
「ぬぉーーーー」
「フカヒレー、ウマー♪」
「やーめーてー!」
仙人に頭をかじられながら逃げ回るサメ将軍を、戦士と魔術師はただ見つめていることしか出来なかったと言う。
「ワシは指示されただけだ、知将であるクラゲ将軍にっ!」
「うまうまー」
「たーすーけーてー!!」
なおサメ将軍は家宝の宝物を仙人に差し出して許してもらったとか。
Chapter.5
「ただでは……帰さぬ!!」
苦悶の表情でその巨体を地に伏すクラゲ将軍。
彼のその声に応じて、そこかしこからクラゲの精鋭達が3人を取り囲む。
その数、およそ25!
「チッ! どこにこんな数を隠していたんだか……」
赤い髪の戦士は舌打ちしつつ、白い炎を噴き上げる剣で絡み付いてくるクラゲの触手を断ち切った。
「羅漢の術、行きます!」
彼の背の向こうで上がる女性の声。
彼が頷くと同時、声のしたところを中心に半径3mが仄かに白く輝く光に満たされた。
「大尽力!」
戦士の放つ気力を込めた一撃は、クラゲの兵士を寸断。
普段は見られない威力である。
「地獄の炎!」
豹柄のケープを纏った魔術師の炎がクラゲの一人を包み込む。
こちらも普段以上の威力を持った豪火だった。
同時、彼を後ろから他のクラゲの触手の一撃が痛打する!
「クッ!」
先程までにはない、痛恨の打撃である。
羅漢の術―――それは全ての殺傷能力を高める空間の術である。
戦士の額に冷たい汗が流れた。
「大丈夫、私がついているから」
先程と同じ声,途端、戦士の傷が瞬時に癒される。
「それもそうですね」
不敵に微笑み、戦士は声のする方向へ向かって行く手を阻むクラゲ達に切りかかって行ったのだった。
しかし多勢に無勢。
彼ら三人を包囲する輪は、確実に縮まりつつあった―――
Capter.6
「っ」
赤い陰陽服の男は肩口を押さえながら、一歩一歩を踏み出していた。
彼の歩く後には服と同じ色の斑点が地面に咲いてゆく。
長安の郊外、彼は一本の木に背中を預けて、青々とした空を見上げた。
「しくじりました、ね」
瞳の焦点が失血のためにぼやけがちだ。
「彼女達は生きて帰れたでしょうか?」
彼の知人なのか、非常に困った表情で呟いた。
「神を信じぬ私なれど、願わくば生きて帰還していることを……祈るとします」
彼は小さな笑みを浮かべたまま、ずるずるとその場にくず折れた。
中国服を着込んだ仙人の女性は木の根元で寝こける知人の姿を見つけて微笑んだ。
「いくら陽気が良いからといって、そんなところで寝ていると風邪をひきま…」
歩み寄る足取りはしかし、近づくにつれて駆け足に変わる。
「ちょっと、しっかり!」
彼の腕を取る、と彼女の白い手にべっとりとした赤い液体が張り付いた。
それは傷を癒すことのできる彼女にとっては見慣れたものだ。
「いけない、これは致命傷……」
仙人の顔つきが変わる。
途端、周囲の空気がピンと張り詰めたものに変じ、鳥や虫の鳴き声がピタリと止んだ。
「汝、己の罪を知るか? 己の罪を認めるか? 己の罪を償うか?」
朗々とした力ある言葉が空間を満たす。
「償うのならば我が力を汝に貸し与えよう。我が汝の罪を許そう!」
仙人の中でもその道を極めた者が行使することができる最上位の癒しの術「人生の罪」。
その発動により、戦士の傷は映像を逆回しにするように瞬く間に消えていった。
「ふぅ、一安心、ね」
一息ついた仙人はすぐ傍らに出現した女魔術師の気配に気付く。
鮮やかな豹柄のケープは赤黒い血に汚れ、纏う法衣にも破れと傷が見て取れる。
こちらも戦士ほどではないがいくつもの傷を負っていた。
「貴女は?」
女魔術師は仙人に構うことなく戦士を一瞥。
その呼気が規則正しいことを知るとほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとう、私では彼の傷は治せなかったわ」
魔術師は仙人に小さく頭を下げる。
「貴女の傷も…」
「いえ、私は結構よ。自分で治せるから」
未だ意識は戻らない重たそうな戦士の肩を担いで、女魔術師は苦笑い。
「ど、どこへ? 彼はすぐに動かして良い状態じゃないわ」
女魔術師は首を横に振る。
「もしも貴女がこの戦士と知人であるのなら、今すぐこの場を離れた方が良い。巻き込まれるわよ」
「一体何に?」
厳しい目で仙人。危険をも辞さない覚悟が魔術師にはその瞳に見た。
「良い友達が多いみたいね、この人は。だからこそ巻き込めない」
戦士を見つめる女魔術師は、移送の魔法により戦士ともども姿を消してゆく。
「だからこそって……それじゃ、友達じゃないでしょ!」
「友達だから、さ」
消え入りそうな言葉は戦士から。
その言葉を残して2人は消える。
「バカ……」
一人残された仙人の呟きは、再び戻った鳥の鳴き声の中に消えた。
Chapter.7
2人の戦士の男女,高位の女性仙人が3人、最高位の女魔術師がそこにいた。
6人が見つめるのは『ここ』の主だ。
清皇太子……この竜宮の主である竜王の息子である。
彼の持つ凛々しい顔立ちは竜宮内に留まらず、外の世界でも憧れの的であり、有する魔力は絶大。
だが今の彼は、地上界および父である竜王に反旗を振りかざした逆賊だ。
竜宮の知将・クラゲ将軍の告白によりこの度の地上界の乱れはこの清皇太子が裏で糸を引いていたことが告白されている。
そこで討伐を言い渡されたのがこの6人。
皇太子は今、奇声を発しながら神獣である青龍を召喚。
行き場のない青龍の破壊の力は、彼自身を傷つけていた。
「混乱してますね」
「してるね」
「ああ、してる」
6人は頷き合いながら、皇太子の行く末をただ見つめていた。
彼が我に返るのは、しばらくしてからのことだろう。
傷ついた6人は皇太子を睨みながら距離をとり、しばしの撤退を開始した。
岩陰に隠れて一息ついた頃。
ピクリ
長い髪の狭間から見える猫のような耳(飾り?)が動いた。
「きた」
その猫のような女性仙人は洞窟の奥を睨む。
「きたね」
隣で帝服を羽織った女魔術師が手にした杖を軽く振って戦闘態勢に。
「今回は相手も必死です。生きて……帰りましょう」
刀身の燃える剣を手にした赤く長い髪を持つ戦士は言い、そして。
6人は今回の全ての黒幕である清皇太子に向かって駆けたっ!
その戦いの勝敗の行方は定かではない。
そもそも清皇太子という天神に属する貴人が、下々の者と戦いを交えるなどあってはならぬことなのである。
だがこれ以降、歴史から清皇太子の名は聞かれなくなったのは確かだ。
では彼ら6人がどうなったのか?
それは知る人ぞ知る、語られることのない物語である。
To be continued ...
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