風の王国 −vol.12 これまでと、これから


 
 月のない、暗い夜だった。
 「うぃっく!」
 部屋の明かりだけが仄かに灯る大通り。
 日中は賑やかなこの通りも、真夜中になれば歩く者はほとんどいない。
 そんな大通りを我が物顔で右へ左へと千鳥足で歩くのは、腰に剣を一振りさした、がたいの良い男だ。
 着込んだなめし皮の鎧とその胸に入った家紋から、ここ扶余国の武官であることが分かる。
 おぼつかない足どりと酒臭い吐息から、相当量の酒を呑んだのだろう。
 田舎でありながらもかつては治安の悪かったこの扶余国において、今現在はこうして真夜中の一人歩きをしても身の安全を疑う者がいないまでになっている。
 もっとも娯楽が少ないことから、夜半を過ぎるとこうして通りは静かになってしまうわけだが。
 「あの、もし?」
 小さな声が、上機嫌の彼を呼びとめた。
 「ん? 何かな?」
 声は家と家の間の、路地裏へと続く仔道から。
 暗いために見えづらいが、そこに小さな影があった。
 声と大きさからして、まだ少女の域を出ていないくらいに思える。
 「お願いがあるのですが」
 「ふむ、言ってみたまえ」
 暗がりに一歩足を踏み出した武官に、影はおずおずとこう告げた。
 「お命、いただけますか?」
 「?」
 言葉の意味がわからず、首を傾げた彼。
 小さな人影もまた、一歩彼に近づいた。
 薄い星明かりの下に、その姿がおぼろに明らかになる。
 「?!」
 武官が驚きにその身を硬直させた。
 うっすらと光の下にあきらかになったのは、半透明なゼリー状の物体。
 そこから二条の同質なものが飛び出し、武官の喉と胸を貫いた。
 声をあげることなく地に伏せる武官。
 血の赤をとりいれた半透明な殺人者は、大通りにその姿をあらわした。
 無数の足をもって立つ、人の大きさもありそうなクラゲである。
 『それ』はまるで合図のように、幾本もの触手を複雑に動かす。
 するとそれと同じく、町の闇の中から解け出したかのように次々と同質の者質が大通りに現れるではないか。
 「いくぞ、諸君」
 一番初めに出現した、できたばかりの赤を持つそれは告げた。
 「この地に新たな王を迎える準備を!!」


 その地はかつて戦乱に覆われていた。
 常に暗雲が立ち込め、人々は嘆き悲しみ、生きる希望を失って久しい。
 だがそんな中である者は戦いを始めた――現状を打破する、小さな戦いを。
 様々な外敵、内乱によって乱れていたこの地。
 やがてそれをを収めんと、戦いを始めた人々の中から幾多の英雄・賢者が生まれた。
 彼らは、ある者はその命を投げうち、またあるものは一生を捧げて各地の問題を解決していく。
 こうしてこの地には彼らの血と汗によって平和が訪れたのだった。
 これを見届けた、生き残りの英雄や賢人達はやがてこの地を離れていく。
 自分達の力を求める、更に昏迷に満ちた地に呼ばれて―――


 英雄や賢人達の努力によって得られた平和に満ちたこの地に異変が起きたのは、すっかり彼らがこの地を離れてしまい、それにすら人々が気付かなくなったころのこと。
 まず、海が一週間荒れつづけた。
 漁に出ることもできず、遠くの和国への定期便も帰ってこなかった。
 それが異変ではなく、確実な次なる戦乱の証であることが判明したのは、荒れた海の向こうから一隻の小船が戻ってきたことだ。
 乗っていたのは和国への定期船の乗組員が4人。
 彼らは震える声で全員が全員こう述べた。
 「海の中から、雷や巨大なタコの足が伸びて、船を沈めた」と。
 その証言を取れたときにはしかし、遅かったのだ。
 すでにこの時、扶余国は突如侵攻してきた一軍によってあえなく陥落していたからである。
 その一軍とは、扶余と和国の間に横たわる広大な海原を支配する、海の者達の大国。
 すなわち竜宮である。
 同時。
 北からは鮮卑族の蜂起と、それに連動した匈奴軍の侵攻。
 南の中華は万里の頂上を閉ざし、不干渉を表明した。
 僅か一夜にして滅ぼされた扶余国。
 その隣国であり、かつライバル国でもあった高句麗国は今や、抵抗する間もなく風前の灯火となってしまったのだった。


 隻眼の戦士が久しぶりに故郷を訪れたのは、ちょうどそんな束の間の平和があっさりと破られたころだった。
 穏やかな夏の昼。
 田舎ながらも、それなりに発展しているはずの扶余国の首都に足を踏み入れていた。
 「なんだか、魚臭いですね」
 人の少ない大通りを1人行きつつ、そう呟いて顔をしかめる。
 彼の記憶にある扶余国の大通りは、田舎故にここ以外に楽しみは無く、老若男女で無意味に賑やかなはずだった。
 が、今では。
 「どうして竜宮国の者達が??」
 海にしかいなかったはずの魚頭の海底人が大きな顔をして歩いている。
 そのうちの1人が隻眼の戦士の肩にぶつかった。
 「いてぇじゃねえか! 人間ごときが天下の大通りを歩いてんじゃ……」
 「大尽力!」
 ざしゅ!
 隻眼の戦士は食ってかかってきた半魚人に、問答無用で腰の剣を抜き、袈裟懸けに切って捨てた。
 「ん?!」
 「な?!」
 通りを歩いていた他の半魚人達が驚きの顔で動きを止める。
 白昼堂々とした、唐突の殺しだ。
 「三枚に卸せば良かったですかね?」
 早速魚臭い匂いを漂わせ始めた死体を見下ろし、淡々と彼は言う。
 「う、うわっ!」
 「ひぃぃぃ!!」
 突然の出来事に硬直していた魚人たちは、一斉にクモの子を散らしたように彼を中心として走り去って行く。
 それをのんびりと見つめつつ、彼は。
 「さて、どうしたものか」
 無人になった大通りを、彼はゆっくりと進んでいく。
 程なくするとクラゲの姿をした兵士一部隊を従えた大ダコが通りの向こうから駆けてくる。
 やがて隻眼の戦士の前に立ちふさがるようにして停止した。
 「貴様か、我が領民を手にかけたのは?」
 大きな槍を戦士に向け、大ダコが問う。
 隻眼の戦士はその槍に見覚えがあった。
 故に。
 「おや、これは今は亡き竜宮のタコ将軍のものでは?」
 「オヤジを知っているのか?」
 目の前の大ダコは、その胸にあたる部分に竜宮の階級章を身につけている。
 それは竜宮での将軍の位を意味していた。
 ”なるほど、タコ将軍の息子か孫、といったところでしょうか”
 隻眼の戦士は思い起こす。
 かつて仲間と共に壮絶な戦いを繰り広げた、その相手を。
 そして当時腐っていた竜宮の幹部たちの中で、唯一の武人であった彼を。
 「知っているも何も」
 彼は唇の端を吊り上げて答える。
 「私が彼を、殺したのですから」
 その言葉に、大ダコの将軍は構えた大槍を慌てて引き、
 「やはり、やはり貴様か!! かかれ、皆の者! ヤツの首を挙げた者に望むだけの褒美をやろう!!」
 号令に、クラゲの兵士たちが彼に殺到した!!
 対する大ダコの将軍は慌てるようにして部隊の後ろへと下がる。
 「やれやれ、親と違ってなんともふ抜けた将軍だ」
 剣を構え、戦士は髪をかきあげた。
 それを合図にするように、見えないはずの右目に炎のような光が宿り、彼の持つ剣から炎が吹きあがる。
 白炎剣―――全てを焼き尽くす最終炎を宿す、深き森に伝わる逸品だ。
 「さぁ、かかってきなさい!」
 一斉に襲い来るクラゲの兵士にそう言い放つ!
 と。
 ごごぅ!!
 焔の嵐が彼の目前を吹きぬけた。
 クラゲの兵士達の前線は燃え盛る炎に包まれ、タコ将軍の部隊は一瞬で混乱に陥った。
 「これは一体…?」
 と、戦士の手が何者かに掴まれ、引っ張られる。
 「こっち!」
 「おや、貴女は?」
 「面倒かけさせないでよね」
 彼は引きずられるようにして、炎に包まれる竜宮の部隊を後ろに路地裏へと駆けこんだ。
 彼の腕を掴む、豹柄のケープをまとった女魔術師の後を追って。


 そこはかつて、監獄として使われていた場所だった。
 しかし今は盛大に荒れ果て、あと数年もすれば自然に呑みこまれて森の一部になっていたかもしれない。
 そこには数名の男女がいた。
 その誰もが一般人には思えない、旅人の服装である。
 一つの焚き火を囲み、その中の新参者である隻眼の戦士は早速問うた。
 「いつの間に扶余はこんなに魚臭くなったんですか?」
 その問いを聞きつつ、隣に座る豹柄のケープを纏う魔術師は、
 「あー、えっと、怒ってるね?」
 「いいえ、そんなことありませんよ」
 「それにさっきもかなりヤケ起こしてたんじゃ?」
 「いいえ、そんなことありませんよ」
 同じ答えを続ける彼の赤く長い髪の隙間に、額に怒りの四つ角が見え隠れしている。
 「あー、まぁ、私も久々にゆっくりしようと思って帰ってきたらこの有様だったからね」
 彼女の答えに、白い長衣を纏った壮年の男が続ける。
 「まったくだ。久しぶりの帰郷というのにな。何がどうなっているんだか」
 槍を片手にした彼は、腕の立つ義賊であることで有名であった。
 隻眼の戦士とも面識はあるが、彼が駆け出しの頃にこの地を去ったはずである。
 「北は鮮卑と匈奴の侵攻、中華は長城を閉ざしてしまうし。一体誰の差しがねかしらね?」
 「それはある程度予測はつくでしょう?」
 総甲冑に身を包んだ女戦士の含みのある言葉に、軽装の仙人が苦笑いしながら続けた。
 「竜宮の竜王は先日崩御されたそうです」
 「なるほどなるほどヤツが出てきたということだねボクらに一度完膚なきまでに叩き潰されたヤツが」
 嬉しそうに、言葉をとぎらせずに叫ぶのは、辮髪の魔術師だった。
 「そうか、ヤツなのね」
 魔力の宿る杖を硬く握り締め、豹柄のケープを風に流しながら女魔術師。
 その隣で、燃え盛る炎をじっと見つめながら隻眼の戦士は呟いた。
 悔しそうな、しかし嬉しそうな、そんな不思議な表情で。
 「なるほど、アイツか―――清皇太子か」


 とても静かな空間だった。
 ここは大陸から半島へ抜け、和国へ至る途中に横たわる、深い深い海溝の底。
 海の民の住む、竜宮の地だ。
 そのさらに深い場所に、竜宮の王たる宮殿が存在する。
 かつてこの場所は、温厚であり、仁者として知られた老いた竜王と、彼を補佐する全能の智者である亀仙人が居を構えていた。
 その頃は海のみならず、地上からも学を修めんとする者達でにぎやかな場所であったが。
 長い寿命に終止符を打った竜王を追うように、亀仙人もまたその長い歴史に幕を下ろしたのがおよそ半年前。
 現在、この宮殿には新たな主が腰を下ろしていた。
 玉座に一人、足を組んでいるのは若い男。
 海の色そのものの青い瞳でまっすぐの虚空を見つめ、端正な口元を僅かにゆがめた。
 清皇太子――亡き竜王の一人息子であり、数年前に海の各部族を抱き込んで謀反を起こし、地上へ攻め入らんとしたことのある反逆者だ。
 彼の先だっての謀反は、竜王の支持の下で動いた地上の者達により阻止され、彼自身は海溝の奥深くに父である竜王によって封印されたのだった。
 しかし竜王亡き後、封印者である彼の力が弱まり、こうして再び蘇った!
 竜王と同じく、いやそれ以上にカリスマのある彼は瞬く間に海の各部族を手中に収め、一気呵成に地上に攻め込んだのである。
 無論、単軍ではない。
 同じく虎視眈々と侵略を窺う地上の鮮卑、匈奴の部族と呼応して、だ。
 「もっとも次に叩くのは貴様らだがな」
 虚空を見据えたまま、彼は一人呟く。
 彼の目は千里眼の特性をも備えており、水を通してあらゆる場所を見ることができるのだ。
 そんな彼の見ている先は、高句麗の国だった。
 周囲を高い城壁で覆われている高句麗は、その東西南北に大きな門を有しており、その4箇所からしか中に侵入することができない。
 今現在は北門から鮮卑族、西門から匈奴族、南門からは扶余国を早々に侵略を終えた竜宮のカニ将軍率いるカニ族軍とサメ将軍のサメ兵旅団。
 そして東門は彼の直下であるクラゲ兵師団が果敢に攻撃を加えている。
 高句麗が落ちるのは時間の問題だけだ、が。
 その後に鮮卑と匈奴との戦いとなるだろう。さらには現在沈黙を保っている狡猾な中華は、三つ巴の決着がついたところを一気に襲い掛かってくるに相違ない。
 ならば。
 「高句麗の兵力が限界を迎えている今、邪魔者には消えてもらうか」
 清皇太子は立ち上がる、そして。
 「出るぞ、クラゲ将軍」
 「ハッ!」
 いつから隣に控えていたのか、巨大なクラゲの化け物が、彼の言葉に応じたのだった。


 どーんどーんと地響きが断続的に聞こえてくる。
 それは閉ざされた四大門を破城槌が打つ音。
 彼女はそれを聞きながら、事務処理に追われていた。
 高句麗王宮は剣や術は舞わないが、戦場さながらに多忙に満ちている。
 兵の派兵、糧秣の配布、資材の投入、負傷者の救済、反撃の準備等等。
 「忙しいようだね」
 「見れば分かるでしょう?」
 長い金色の髪を持つ異人の青年魔術師が、紫色の陰陽服をまとう女性仙人にそう問うた。
 2人とも、今やこの城に仕える文官だ。だが、
 「…貴方も出るのですね」
 「ええ、久々に腕がなります」
 白く細い腕を見せながら、魔術師は嬉しそうに呟く。
 「もともと外での仕事が、私の本職ですよ」
 「そう…そうね、無理をしないで」
 「それは無理な話ですよ」
 笑って彼は仙人に答える。
 「全力の相手には、全力で答えねば、ね」
 「そうですか」
 肩の力を落として、仙人は小さく祈りの言葉を彼に呟き、
 「貴方に常に勝利がまとう様、幸あらんことを」
 「ありがとう」
 そして彼は彼女に背を向ける。
 その背に、彼女はこう付け加えた。
 「近いうちに、私もまたそちらへ向かうでしょう」
 「その時には支援、よろしくお願いします」
 言葉を残すと同時、魔術師は光となって消えうせた。
 仙人は黒煙たなびく青い空を見上げながら一人、
 「兄様、こんな時に貴方の助けを望んでは、いけませんか?」
 言葉をさらった一陣の風は、想う先に届け得るのか?


 「なぬ?」
 8本の腕の一本で大きな槍を手にしたタコの怪物は、カニ族兵士の報告にその太い眉を吊り上げた。
 「清皇太子様が来てらっしゃると?」
 彼の率いる一軍は一路、高句麗を目指していた。
 そしてそれは道中、彼の進軍を聞きつけた先発隊であるカニ将軍からの一報である。
 扶余の守備を命じられていたタコ将軍だが、功績が上げられぬとの不安から扶余は連れてきていたクラゲ兵に任せ、配下のタコ兵を率いて高句麗の南門を目指していたのだ。
 言うまでも無く上層部からの命令無視だ、が。
 「ならば、ますますこのワシの力を振るわねばな」
 先発であるカニ将軍の報告によれば高句麗の守備も扶余同様に脆く、陥落は時間の問題である旨を聞いていた。
 かつてこの地に数多くいた戦士や義賊・魔術師や仙人達は、そのほとんどが姿を消している。
 死んだのか、他の地に移ったのか、それは分からない。
 ともあれ彼らさえいなければ、タコ将軍には恐怖の対象は無かった。
 「あのオヤジを倒したあいつらさえいなければ、人間なぞ恐れるものではないわ」
 そう、呟いたときだ。
 「報告致します」
 続いては扶余を守備するクラゲ兵からの定時報告である。
 「昨夜、人間どもの反逆が扶余の各地で発生致しました」
 「フン、雑魚どもが未だに抵抗するか。で、反逆者どもはいつもの通り、捕らえた上でその首を城下に晒したのだろうな?」
 タコ将軍の問いに、伝令のクラゲ兵は表情のないその頭部に、明らかに笑みをそれを浮かべたように見えた。
 「もちろん」
 「ふむ?」
 「全ての竜宮の部隊は壊滅させましてございます」
 言葉と同時、伝令兵の姿が歪み、瞬時に白い長衣の義賊の男へを姿を変えた!
 「仮初の薬か?!」
 タコ将軍の叫びはすなわち、一定時間対象の姿に変身できる珍薬である。
 義賊の男は手にした槍を軽く振り下ろす。
 すると彼の周囲に8名の人間が姿を表したではないか!
 「風垢の術だとっ! すると貴様は義賊帝…」
 義賊帝とは義賊の術を極めた者に与えられる称号であり、かつ――
 「ものども! であえ!!」
 周囲のタコ兵を前に、タコ将軍は後ろへ慌てて下がる。
 しかし彼の回りに現れた戦士や魔術師、仙人によって配下の兵はあっさりと切り倒されて行った。
 「ひ、ひぃぃ!」
 タコ将軍の顔が恐怖に歪み、味方を巻き込むのも構わずに大きな槍をそこかしこに振りまわし始めた。
 彼の目前に現れた人間達――それこそまさしく、竜宮で1,2を争う無双であった父を倒した、あの力ある人間達そのものに相違ない。
 「やれやれ、息子はこんなにも腰抜けとは。雪豹さん、困ったものですネ」
 「違うわよ、刀牙。タコだから腰ないし、骨もないじゃない」
 「……それもそうですね」
 赤い陰陽服の戦士と、表柄のケープを纏った魔術師が呑気にしゃべりながら、しかし神速の勢いを以って彼に迫る。
 「ワシは、ワシは腰抜けではないわっ!」
 「大尽力!」
 「地獄の炎!」
 タコ将軍の脇を戦士と魔術師が駆け抜けた。
 「ぐぉぉぉぉ!!」
 地の底から沸き起こるような咆哮はタコ将軍のものだ。
 将軍の槍が彼の足を巻きつけたまま吹き飛び、同時に彼の全身が決して消えない地獄の炎に包まれた。
 「ワシを……オヤジと同じく殺すか、人間…」
 炎の中、身体を炭化させながら吼えるタコ将軍に陰陽服の戦士は僅かに振りかえり、
 「勇敢で偉大だった貴方の父上と比べたくはないんですけどね」
 応える戦士の腕を魔術師が引っ張りながら、
 「さぁ、雑魚は殺ったし、早く高句麗に向かうわよ。妹さんがいるんでしょ」
 「ざ、ざこ……」
 最期の言葉を発しながら、タコ将軍は炎の中に消えた。


 「紅蓮地獄」
 彼の発した魔術によって、周囲が炎の海となる。
 が、それが収まるのはすぐだ。炎の海を越えて、凶悪な牙の並んだサメ兵が彼の喉元を目掛けて飛び掛って行く!
 と、彼とサメ兵の間に一人の少女が飛び込んだ!
 「防壁!」
 ごん!
 仙人である少女の魔術は成功、彼我の間に不可視の壁が生じてサメ兵の侵入を防いだ。
 「なっ、なんで貴女が? 一般市民は自宅にて待機命令が出ているでしょう!」
 救われた魔術師は、ところどころ黒くなった金色の長い髪を振り乱しながら浅葱色の着物を纏った少女に叫ぶ。
 「残念だけど、私にも少しは『戦う力』ってのがあるんだから」
 防壁の術を制御しながら、彼女は苦しそうに告げる。
 「待っているだけで全てを受け入れる程、人間できてないの、ゴメンネ」
 「まったく…」
 溜息一つ、魔術師はその時点で次の魔術の詠唱を終えている。
 「では出来るだけの抵抗を共に続けましょう」
 冷たい表情に笑みを浮かべ、彼は手にした勺杖を天に掲げて、
 「残酷地獄」
 魔術が具現化。
 壁の向こうのサメ兵を中心に、凍りつくような青白い炎の嵐が舞い踊った。
 「それでは戦い、戦い、心の底から諦めるまで戦うことにしましょう、椿水さん」
 「ええ、ヴァレリウスさん。最期までお付き合いくださいね」
 そして魔術師と仙人見習いは、炎を越えて再びやってくるサメとカニの兵達を、心からの抵抗でもてなしていく―――


 北門の鮮卑族と西門の匈奴族の動きに変化が現れた。
 それは前線での一進一退ではなく、もっと奥の――各軍の指揮系統のある部分での所だ。
 前線の者ならば、指揮の僅かな乱れを感じただろう。
 「あれは……??」
 紫色の陰陽服を纏う仙人の女性は、高句麗城の城郭上からそれを見出した。
 鮮卑族と匈奴族が小競り合いをしているのだ。
 やがてその僅かな戦火は次第に大きくなって行き……鮮卑族が押されている?!
 「今です!」
 彼女は今にも転びそうな勢いで城郭を下りて行く。
 行き先は西門。
 戦火渦巻く激戦の地、勢いづく匈奴族との決戦の地へである。


 業火渦巻く戦場に、その男がどこからとも無く姿を現した。
 高句麗東門付近、竜宮直下部隊と高句麗軍との前線である。
 傍らには巨大なクラゲの姿をした怪物、そして巨大なホホシロザメのこれまた怪物としか言いようの無い戦士が控えている。
 「匈奴族と鮮卑族の争いが始まったか。せいぜい力をすり減らしておいてもらわねばな」
 「北門を攻める鮮卑の追撃として、北方大草原のギリム将軍らに呼応させております」
 「また暗黒の森の死霊兵団を操る暗黒龍には、西門から匈奴族を攻めるように指示しております」
 クラゲとサメの怪物の言葉に、青年は満足げに頷いた。
 「では行くとしようか、この地に住まう人間達の最後の砦へ。この私を奇跡的にも封じた者達の国に引導を渡しに……」
 「地獄の炎!」
 その言葉が終わる前に、三人が高温で青白い炎に包まれた。
 「ん、今の私にはこの程度は効かぬよ」
 男――清皇太子が軽く右腕を振るうと、炎は風にかき消すように消え去る。
 「ばかなっ!」
 「うわっ、ヤバくない?!」
 術をぶつけたのは、この三人が現れたのを目の前にしていた金色の髪の魔術師と仙人見習の少女。
 「ん?」
 清皇太子はふと少女に視線をやり、
 「はて、どこかであったことのあるような……気のせいか、それであっても無駄な記憶だな」
 彼は一人呟き、軽く手を振り上げる。
 それを合図に、クラゲとサメの怪物が2人に一斉に襲いかかった!
 「逃げるわよ、ヴァレリウス!」
 「無理だ,ここは押さえる。君は逃げて城へ戻れ」
 「ちょ、そんな!」
 勺杖を振りかざしながら、ヴァレリウスは後ろを振りかえることなく叫ぶ。
 「そして呼べ、力在る者をっ! ここに全ての元凶の清皇太子がいる、とな!!」
 彼は一気果敢の瞳を以って彼我に相対する。
 「見せてやろう、ここまで練り上げた人の操る魔術の力を!」
 「ほぅ、それは楽しみだ。手を抜くな、クラゲ将軍、サメ将軍」
 「「御意」」
 そして。
 竜宮の力と人間の力が激突した。


 高句麗西門―――
 匈奴族の圧倒的な戦力を前に、分厚い城壁はそこかしこが砕け、崩落はまさに後一歩。
 「西門はもうダメです! 避難を!!」
 「ここを落とされたらどこへ避難しろと言うのですか!」
 叱咤と共に紫の陰陽服を着た仙人の女性は天に祈り、避難を叫んだ戦士に生命の回復を与える。
 「私達にはすでに後はありません。今はただ、前に進むのみ!」
 彼女自身、戦場に躍りだし、天への祈りを叫んで前線兵士の傷を癒していく。
 「これまで平和に安穏と暮らしてきたツケです、そのツケを今こそここに返しましょう」
 と。
 叱咤激励する彼女のその右肩に矢が飛来した!
 破壊力増加の加護を受けたその矢は、彼女の細い右肩をやすやすと貫き、骨を一部削り取って肉ごと奪って地面に突き当たる。
 「ぐっ!」
 思わず、手にした龍の加護を受けた杖を落とし、左手で右肩を押さえる。
 溢れる鮮血がみるみる彼女の手を濡らしていく。
 唇をかみ締め、彼女はしかし力ある目で前を睨んだ。
 明らかに、匈奴族の戦力は衰退している。
 「あと少し、あと一歩で…」
 言葉は途中で切れる。
 彼女の目の前、兵士達が一斉に倒れたのだ。
 その原因とは―――
 「まさか匈奴族首領…」
 巨大な剣を肩にかけ、呟き唖然とする彼女に凶悪な笑みが投げかけられる。
 「兄様……」
 杖を拾い、彼女は誰ともなく呟く。
 「こんな時に貴方に助けを求めるのは、とてもとてもわがままな事ですね」
 苦笑い一つ、彼女――夜想は襲い来る敵首魁に逃げることなく対峙する。


 彼らは戦場を駆け抜ける。
 個々が3,4人の少数の部隊を組み、敵部隊にぶつかって行く。
 彼らは敵の背後を突く形で攻めいっているため、必ず先攻を取ることが出来た。
 また相手は大部隊であり、臨機応変に動くことのできる彼らにとっては相性が悪かったとも言える。
 ともあれ、扶余を占拠していた竜宮部隊を排除した古き戦士たちである彼らはそのまま北上。
 サメ師団とカニ部隊が攻め入る高句麗南門に到達。
 背後から襲われた竜宮軍はサメ将軍という指揮官が何故か不在だったこともあり戦列に乱れを生じ、現在は崩壊直前にあった。
 その混乱を寸での所で御するのは、もう1人の指揮官である―――
 「カニ将軍かっ!」
 「応っ!」
 赤い髪の戦士の問いかけに、全身天然鎧のカニの怪物が応じた。
 駆ける戦士の隣には豹柄のケープの魔術師と、辮髪の魔術師が付き添う。
 「悪いが倒れてもらう、必殺尽力!」
 「先を急いでいるの、紅蓮地獄!」
 「美味しく食べようか、地獄の炎♪」
 戦士の持つ炎の剣は、分厚い甲殻を無視して直接内部を焼き尽くす。
 「ぐぉ!」
 追撃として2人の魔術師の炎による攻撃で、カニ将軍は全身を黒く染め上げて立ち尽くしたまま動かなくなった。
 すでに物言わぬ彼を背後に、三人はもはや統制のなくなった竜宮軍を蹴散らしながら高句麗南門に飛び込んだのだった。


 時同じくして高句麗北門―――
 「やれやれ、なんだかにゃー」
 「とんだお祭り騒ぎだな」
 修験者の服を纏った猫らしいしぐさの女性仙人を初め、帝服を纏った義賊帝や重たそうな鎧を身につけた戦士帝が久々の再会に沸いていた。
 彼らはかつてこの地で活躍した勇者や賢者達だ。
 ある者は久しぶりの帰省にと、またある者は嫌な予感がすると、またまたある者はなんとなく。
 そんな彼らが旅立って行った草原の向こうから帰ってくると、なにやら故郷は戦場と化しているではないか。
 理由を聞く暇も無く、彼らはかつての力を解放した。
 そして今。
 彼らの足下には北方草原を支配するギリム将軍配下の兵士や妖怪が、またそれに入り混じるようにして鮮卑族兵士と彼らを率いていた将軍の亡骸が転がっている。
 「ま、ともあれ」
 猫っぽい仙人はニッコリ笑って言った。
 「みんな元気そうで、何より♪」


 その女仙人に巨大な太刀を振り上げた形で、匈奴族首領はその動きを止めた。
 「??」
 彼女――夜想は訝しげにその様子を見守る。
 すると匈奴族首領は彼女から視線を逸らし、忌々しげに背後を振り返った。
 「なっ!」
 振り返る際に見せた彼の背中は灼熱の魔法により焼け爛れ、かつ無数の斬撃と思われる切り傷が刻まれていた。
 それはしかも、今出来たばかりのもの。
 「やぁやぁ、美味しい場面をいただくよっ」
 いつの間にだろう?
 彼の背後には、不思議な格好をした男女がそれぞれの見た事も無い武器を手に立ち並んでいる。
 「グォォォォォ!」
 「え?!」
 「なんとっ!?」
 そのさらに背後では、人のものではない断末魔が響いた。
 遠く、巨大な龍の姿が一瞬見え、それは僅かに響く地響きとともに姿を大地に横たえたようだ。
 「暗黒の森の巨龍…?」
 僅かの間にだけ見えたそのシルエットは、暗黒の森の深層に眠る暗黒龍と思えた。
 「何故ここに暗黒龍が…」
 匈奴族首領が唖然と呟く。
 竜宮が暗黒の森のこの邪龍となんらかの接触を取っていたのは知っていたが、まさかこの戦いに加わろうとは。
 そして何よりも驚きは、
 「それを、倒したですって?」
 暗黒の森の巨龍は、人の身で倒し得る存在ではなかったはずだ。かつてこの地にいた勇者や賢者達でもそれは無理だったはず。
 「いえ、もしや彼らなら……」
 仙人の呟きに、次第にその数を増やして行く見知らぬ戦闘民の一人が笑って答えた。
 「そう、そして俺達は暗黒の森に籠もりし、逸脱の民」
 応えた彼が手を振り上げると、一斉に彼らは匈奴族とその首領に襲いかかる!
 「戦士の強靭な肉体を持ち、魔術師の英知を心に秘め、義賊の秘技を習得し、仙人の癒しをこの手に抱く、究極の民だっ!」
 圧倒的な強さだ。
 次々と強靭なはずの匈奴族の戦士たちは打ち倒され、やがてその勢いのままに匈奴族首領もまた有無を言わさぬ力の前に大地に沈む。
 力ずくで静かとなる戦場。
 匈奴族と、彼らを後ろから襲いかかっていた暗黒の森の暗黒竜の眷属たちの躯を足下に、仙人に応えた彼は告げる。
 「覚えておいてくれ、古き仙人よ。全ての法則を逸脱した我らもまた、この世界を愛しているということを」
 一歩、また一歩と彼らは高句麗城へと足を進める。
 やがて戦士とも魔術師とも区別のつかない彼は、仙人の彼女の手を取った。
 「だから今はただ、敵を打ち倒すためだけに進もうじゃないか」


 一瞬、白光が全てを照らし出した。
 少し遅れて、耳を破壊し得る轟音!
 さらに少し遅れて突風が吹きつけ、そしてまるで寄せて返すかのような吹き戻しの突風が背中を打つ。
 次なる刺激は天にまで届きそうな燃え盛る火柱。
 それは高句麗東門。
 竜宮軍の清皇太子直属部隊が攻め入る、もっとも戦火の激しい地区だ。
 まずそこに駆けつけたのは、夜想と逸脱の民達。
 まっさきに西門の戦禍を収め、一直線にもっとも損傷の激しいはずであろう東門へまさに至ろうとしていた、ちょうどその時のことである。
 「「っ?!」」
 一同、息を呑む。
 城壁は完全に瓦解し、高句麗軍はその全てが地に伏せていた。
 対する竜宮軍はもっとも攻撃が効きづらく屈強なクラゲ兵を始めとして、撃破されて合流したタコ族兵、カニ族兵士、サメ旅団の戦士たちの姿も見て取れる。
 その軍勢を背後に、三人の人影と一人の地に伏した魔術師の姿が戦場の中心にあった。
 そして巨大な火柱は4人の中心にそびえ立っており、次第にその勢いは大気に拡散して収まりつつある。
 倒れている魔術師は、長い金色の髪を有していた。
 「ヴァレリウス?!」
 駆け寄ろうとする夜想を、逸脱の民の一人が一歩前へ出ることで止める。
 「俺達も反則な存在だが、ヤツラはその上を行ってるな」
 額に汗しながら、彼は呟く。その汗は決して火柱の熱さのためではない。
 「まったく叩きがいのある相手じゃないか、いくぞっ!」
 「「おぅ!!」」
 「あっ……」
 彼らは夜想を置いて一斉に駆け出した。
 狙うは超然とこちらを待ち構える三人の竜宮指揮官。
 すなわちクラゲ将軍とサメ将軍、そして――清皇太子である。
 かくして。
 ここにこの戦いの行く先を決定付ける最後の大激闘が展開された。


 「はぁはぁ」
 息は切れるが、駆ける足は止まらない。
 椿水は息も絶え絶えに、破壊された街の中を駆け抜けていく。
 やがて朦朧とした視界に見えるのは、高句麗城。
 「あと、あと少し…」
 気が逸る、足がもつれる。身体が休息を求めていた。
 だが止まる訳には行かない。
 先程、背後でとてつもない爆発が聞こえた。ヴァレリウスの仕業に相違無いだろう。
 そして、その魔法は彼の最後の力を振り絞ったものに違いないと、彼女は確信している。
 だから。
 「絶対にみんなに伝えなきゃ……っ!」
 ようやく椿水は高句麗城の城門へ辿りつく。
 再び足がもつれ、よろめき、前へと倒れ、
 「おっと、大丈夫ですか?」
 ぶつかるのは硬い石畳ではなく、柔らかな感触と懐かしい匂い。
 「東門で……清皇太子が、来るのっ! ヴァレリウスが止めてるけど、でももうきっと限界っ」
 「なるほど、彼が。そうですか、ご苦労様です。よく伝えてくれましたね」
 椿水は抱きとめてくれた人物の胸で咳を数回。
 そしてようやく顔を上げると、
 「あ…え?!」
 驚きに思わず周囲に目をやって、さらに驚きは増す。
 次に安堵が来て、知らずのうちに視界が曇った。
 安堵の涙、だ。
 歪んだ視界の中、椿水は彼の腕の中で言葉を聞く。
 「参りましょう皆さん、守るために。力を振りかざし、敵に反撃すらも考え付かせないほどに叩き潰すために」
 彼の言葉に、周囲の無言の頷きを椿水は確かに感じた。


 激しい攻防により高句麗東門守備隊のほとんどは倒れ、今や一部の力在る者と、増援に駆け付けた逸脱の民が竜宮軍の足を止めていた。
 当初は竜宮軍を押しているかのように見えたが。
 「くっ!」
 軍という組織だった行動を取る竜宮の前に、スタンドプレーならば引けを取らない逸脱の民たちは1人、また1人と倒れて行く。
 やがて無数とも思われるクラゲ兵の中で、清皇太子が静かにその右腕を上げた。
 その合図に、一斉に竜宮軍が堰を切った様に雪崩れ込んできた!!
 絶妙なタイミングだった。
 逸脱の民を加えた高句麗軍の前衛、後衛が自然と交代するその瞬間の出来事だ。
 竜宮の前衛隊は戦線を突き破り、一気に城壁の向こう側へ!
 「させないっ!」
 それを前に、紫の陰陽服を纏う女性仙人は不可視の城壁を張ろうとして、
 「っ」
 頭を殴りつけられるような頭痛に思わず膝をつく。
 術の行使のしすぎで、精神力が底をついたのだ。
 そんな彼女に向かって、クラゲ兵達の文字通りの毒手が襲いかかる。
 ふらつく足で立てず、悔しげに振り下ろされる毒手を見つめながら、彼女は静かに呟いた。
 「兄様…」
 ドッ!
 鈍い音に彼女は思わず目を瞑る。
 が。
 痛くない。
 目を開くと前にはクラゲ兵達はおらず、火に巻かれて数m先でのたうつ彼らの姿があった。
 「よく頑張ったね」
 かけられる声は頭上から。
 懐かしい、そして求めていた人からの声だ。
 「あ…」
 膝を突いたまま上を見上げる。
 まず見えたのは赤く長い髪。
 そして閉じた左目と開いた右目。
 「もぅ」
 彼女――夜想は少し怒った顔で言う。
 「遅いですよ」
 そして笑いながら泣いた。


 侵略する者と守る者との最終決戦がここに始まった。
 椿水の情報によって駆け付けたかつての勇者や賢者達は、往年のチームプレイによって次第に竜宮軍を圧倒していく。
 が、しかし。
 「本気で来てもらおうか、かつて我を封じたもの達よ!」
 清皇太子自らが前線に現れる。
 「再び貴様らの本気を見せてみろ、それを我が打ち砕いてやるっ」
 傍らにサメ将軍とクラゲ将軍を連れ、彼はまず全身甲冑に身を固めた戦士帝を勺杖の一撃の元に粉砕した。
 「お望みならばっ!」
 辮髪の魔術師・ポルコが豪火を手に前に出る。
 続けて、
 「見せてあげましょう」
 氷の色をした灼熱の炎を杖に、豹柄のケープを纏った魔術師・雪豹が隣に並ぶ。
 「私達の――」
 「――全力を」
 仙人見習いの椿水と、その肩を借りた宮廷魔術師・ヴァレリウスもまた前へと進み、
 「「此度は後悔はせぬようにな」」
 月夜剣を携えた義賊帝・智風と優雅な中華服を纏う仙人帝・雪星が声を揃えて彼らに並ぶ。
 「再びこの地に安寧をもたらす為に」
 「この剣を振るわん!」
 背を合わせ、刀牙と夜想が続いた。
 「さぁ、心残りのないように、いざ……吶喊!!」
 最後に彼らの背を押すように、猫っぽい仙人帝が叫びの号令。
 そして―――双方、剣と魔術と入り乱れる全力の戦いが始まった。


 戦いにおいて彼らと清皇太子の決着がどうなったのかは、定かではない。
 史実においては、戦力を大きく削られた竜宮軍は東海岸まで戦線を後退させた。
 やがて彼らの領域である海へと撤退していったのだと記されている。


 地平線ぎりぎりに顔を出した朝日が眩しい。
 手綱を引き、赤い陰陽服を纏う長く赤い髪の戦士は一人、高句麗東門に向かって進んでいた。
 早朝である。
 昨晩から降り続く雪は、雲が薄いにもかかわらず朝日に負けることなく辺りに舞っている。
 そんな極寒の大通りはさすがに人の通りはほとんどなく、かすかに鳥のさえずりが聞こえてくる程度。
 と、
 「ん?」
 黒い人影が一つ、彼の前に立っていた。
 朝日の逆光でそれは長い髪を持った誰かであることしか分からないが。
 「こんな朝早く、どこに行くのです、兄様?」
 透き通る声と共に、朝日が地平線から完全に顔を出した。
 光の方向が僅かに変わり、怒った顔の女性がそこにいることが分かる。
 「うん、ちょっと海の向こうまで」
 「和国ですか?」
 「んー、そのさらに向こうあたり、かな?」
 赤い髪の戦士の言う場所は、まだ地図にすら記されていない未知の領域だ。
 「……帰ってくるんですか?」
 「今回は帰ってきたでしょう?」
 怒った問いに笑みで答える。
 「帰って来られる可能性は100%なんでしょうね?」
 更なる問いに戦士は、
 「……ではいってきます、じゃダメですね」

さよなら、です

 困った顔で、
 「さよなら、です」
 彼は思いきり手綱を引く!
 そして一気に彼女の脇を駆け抜けて行った。
 あっという間に朝日の中に小さくなってしまった彼の影を見つめながら、彼女は小さく白い吐息を一つ。
 「ばか」
 やがて日の光は厚くなりつつある雪雲の向こうへ隠され、薄暗い冬の一日が幕を開けた。
 何も変わることのない、皆が望む平凡な一日の始まりである。


This story is ended ... See you ,next Chance !!


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あとがき

 ネクソンのオンラインゲーム「風の王国」がサービスを終了しました。
 サービス終盤の1、2年はろくにアップデートがなかったにも関わらず、固定客および他のオンラインゲームからちょっとだけ戻ってきたりする人の多い不思議な魅力を秘めたゲームでもあります。
 形式としてはファミコン版2Dのドラゴンクエストのような画面。
 ちゃちだけれども、それゆえに安心できたような気もします。
 主にコミュニケーションに長け、1対1会話がギルド会話、叫びなどが可能で、キャラの表情も多彩かつ手軽。さらに装備品による飾りつけもそこそこできたのが「ゲーム性」という部分以外でも特出すべき点かもしれません。
 肝心のゲームはというと、1人で狩れる職もあれば、他職との協力なしにはろくに活躍できない職もありで、巧くできていたのではないかと。
 シンプルな操作性ゆえに、プレイヤーの技量が大きく左右しうるし、かつ組むパートナーとの相性がこれまた大きく左右しました。
 ゆえに、露骨に人が嫌いになることもあればその逆にとことん好きになれるってパターンも多々ありまして。
 この時に築いた他PCとの関係が忘れられなくて、戻ってくる人も多いみたいです。
 さて、ゲームの方では各職業ごとに決してゲーム性はよくはないし、アップデートもろくになかったです。しかしそれゆえにPCごとに相違工夫を凝らして自分なりにやりやすく、また楽しくすごしておりました。これはある意味、与えられるだけに慣れたPCに自分からアクションを起こさせるだけの気概を与えうるという部分にある意味感心しました(いいほうに取りすぎか)。
 そんな風の王国もサービス終了。
 終了にあたってはチートが横行し、それをネクソンは黙認するという杜撰な状況。
 それまで貨幣価値、アイテム価値、スキルの有用性といった点である意味、完成された社会が根本から崩れていく様を見ることができるという貴重な体験をさせていただきました。
 こうして様々な価値も薄れて終わる世界。
 終わった世界から旅立つことは、案外足が軽いものです。
 この世界ではいろいろなものを得ることができました。
 それを胸に、私自身はまた別の世界に足を踏み込んでいきたいと思います。
 遠いこの世界で出会った人々とはきっと、また別の世界で出会えることを祈りつつ。


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