風の王国 −vol.11 七夕のこと(七夕イベントショートストーリー)
一面の星空の中に彼はいた。
ここは空一面の天の川を見上げることの出来る最果ての地。
長く赤い髪を持つ彼は周囲を見渡し、見知った姿どころか人影すらないことを確認すると一人溜め息。
「半日早く来すぎましたかね」
天の川を見上げつつ、呟く。
「さて、どうしましょう」
「そこのおにーさん」
「しばらく寝てますかね」
「ちょいと、聞こえてますか? 赤毛のおにーさん?」
鈴を鳴らすような女性の声に、彼は左右を見渡す。
が、声はすれども姿はない。
「上ですよ」
「うわっ!」
頭上に天女と思えるほどの美しい少女が『浮いて』いた。
いや、『思えるほど』ではない。
「人外の化け物?!」
「て、天女と呼んでくださいよ。人じゃないのは認めますけど」
天女は苦笑い。
そのまま彼の目線にまで降りると、品定めする様に彼を上から下まで眺めた。
「お力、貸してくれませんか?」
「…話は聞きましょう」
そして天女は語り出す。
ここから見上げたところにある天の川には彦星と織姫が住んでいる。
年に一度、七夕の夜にしか会えない2人は今、大変困っているのだという。
そこで彼に、彦星の力になってあげてくれないか、と天女は言うのだ。
「いいですよー」
「軽っ!」
「しかしどうやって夜空を登ればいいんでしょうね?」
天女は優しく微笑んで、首を傾げる戦士にこう言った。
「気合いと努力と根性で」
「さようなら」
「嘘ですよ、私の力で天の川まで送り届けさせていただきます」
天女はそう言うと、手にした杖を振りかざした。
「天の川には獰猛な虎が住んでいます。気をつけてくださいね」
「ええ。任せてください」
戦士の彼が答えると同時、彼は空を駆け抜け天に上った。
「ここが天の川ですか」
赤い髪の青年は辺りを見渡す。
澄んだ空気だ……いや違う。
空気ではなく世界そのものが地上と異なっている。
「魔術が使えないな、そして仙術もか」
軽く舌打ち。
もっとも剣技で道を開く彼にとっては、この状況にそれほど大きな影響力はない。
左手に天の川を眺めつつ、彼は上流へと進んだ。
ほどなくして一軒の小屋に到着する。
「こんにちわ」
扉をくぐる。
「おや、君は?」
そこには若い男がいた。美顔の青年だ。
そしてその身には、天に住まう神である証拠ともいうべき独特の気配を纏っていた。
「私は地上の人間です。貴方の力になるためにここにやってきました」
「それはまことか?!」
がっしりと彦星は戦士の両手を掴んだ。
「一体何があったんです?」
「実は……」
彦星は悲痛な顔で語り出した。
年に一度しか会えない織姫との会合の日を前に、狩っている牛達が突然獰猛になってしまったのだという。
この状態では会いに行くことも出来ない。
「牛達をおとなしくする方法は無いんですか?」
「特別の薬を調合すれば良いんだが……材料の採取が面倒でね。そこでお願いなんだが材料を取ってきてくれないか?」
「……分かりました、で、その材料とは?」
天の川の下流に住む陽虎と陰虎の瞳、そして月見竹とよばれる竹の新芽の3つだった。
赤い髪の戦士は虎にかじられ、竹で頬を切りながらもなんとかそれらを集めて彦星の元へ戻って来ることができた。
「ありがとう! これで牛達もおとなしくなるよ、はぁ」
「……あからさまに溜め息をつきますね。他にも相談事があるならさっさと吐いてくださいね」
にっこり微笑みながらも眼は笑っていない戦士に彦星はちょっと引きつつも、本題を切り出したのだった。
「実は今度織姫にプレゼントしようと思っていた私の宝物が大カササギに奪われてしまったんだ」
「宝物? 大カササギ??」
「ああ。宝物は天の川に降って落ちた星のカケラだ。大切にしまっておいたのだが。それを大カササギが持ち去ってしまったんだ。それを取り戻して欲しい」
「分かりました、なんとかしてみましょう」
腰を上げた戦士を彦星は止める。
「大カササギは恐ろしい力を持っている。まともに相手にしてはいくら君でも勝てる相手ではない」
「ではどうすれば?」
問う戦士に彦星は背後からだんごの入った袋を取り出した。
「これは毒だんごだ。大カササギの力を封じ込めることが出来るだろう。なんとかしてまずはこれを食べさせるのだ」
「難しそうですね」
「大カササギは下流へと飛んで行ったのを見ている。ヤツは何かに化けているはずだ、もしかしたら……ここに来る間に君と出会っているかもしれない」
彦星の言葉に、戦士は虎と戦っていた時に出会った老人をふいに思い出した。
ひたすらに彦星の悪評を並び立てていた老人だったが……。
「ともあれ、探してみましょう」
「大カササギなどいるはずもなかろう!」
何故か激怒する老人。
彦星から聞いた話を戦士は老人に語ったのだった。
「彦星はうそつきなんですね」
「そうじゃ、ヤツはうそつきの大悪人じゃ!」
「そうですか」
戦士の彼はわざとらしいほどに大きい溜め息。
「せっかく大カササギに会えたら、このだんごをあげようと思っていたのに」
「何じゃそれは? 毒だんごか?」
「そんなわけないでしょう。だんごの鉄人の練り上げた究極の月見だんごですよ」
老人はごくり、唾を飲んだ。
「残念ですねぇ」
「本当に毒入りではないのか?」
問う老人に戦士はだんごの袋を突き付けた。
「しつこいですね、では味見してみたら如何です?」
「う……」
老人は言葉に詰り、しかし袋を受け取るとだんごを一つ取り出して口に入れた。
「ほぅ、これはなかなか……うぐっ!」
だんごの毒が効いたのか、硬直する老人。
やがて大きな漆黒の翼が生まれ、顔は鳥のそれとなる。
大カササギだ!
「だ、だましたな」
「では彦星から奪ったものを返していただきましょうか?」
戦士は微笑んでカササギに迫る。
「ふん、だれが……」
そこでカササギの言葉は止まった。何故なら羽毛の生えた細い首に戦士の持つ剣が触れ、うっすらと血が滲んでいたからだ。
「もう一度言いましょうか?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
大カササギはひたすら謝り、星のカケラを返したそうな。
「ありがとう、心の友よ!!」
「そこまで深い仲にいつの間に?!」
カケラを手に小躍りで喜ぶ彦星に思わず突っ込む青年。
「これで織姫に胸を張って会うことが出来るよ、本当にありがとう!」
「どういたしまして」
「これは心ばかりのお礼だ」
言って彦星は重箱を彼に手渡した。
「これは?」
「これは牛黄さ」
牛黄――ウシ科の胆嚢もしくは胆管中に病的に生じた結石を採取し乾燥したもの。
解熱・解毒・鎮痙・鎮静・開竅・強心などの薬効がある。
「……あ、ありがたく受け取っておきます」
お礼は嬉しいのだが、まさかこんなものを貰うとは思っていなかった青年は額に汗する。
天の神の考えることは分からないものである。
「ただいま」
「ありがとうございました。お疲れ様です」
こうして一件を収めた青年は天女に地上へ降ろしてもらった。
「これ、あげます」
青年は牛黄を半ば押しつける様に天女へ。
「……彦星様にも困ったものですね」
苦笑いの天女。
「ではささやかなものですが、私からお礼をさせてください」
天女は言って、青年の手を握った。
その冷たい手が離れると、そこには翡翠で作られた小さな風車が残る。
「え……いいのですか…って?」
戦士が顔を上げた時には天女の姿は出会ったときと同じようになくなっていた。
「ありがとう、人の子よ。貴方に天の幸がありますよう」
天に瞬く天の川を見上げる彼の耳元に、そんな声を残して完全に消えて行く。
「まるで夢、みたいですね」
呟く彼はしかしその手に風車の存在を確認した。
と、
「あ……遅刻、ですね」
こんなことをやっているうちに待ち合わせの時間はとうに過ぎていた。
「まぁ、これで許してもらうことにしますか」
風車を見つめ、彼は小さく微笑むと、待ち合わせ場所へと駆けたのだった。
一面の星空の中に彼女はいた。
ここは空一面の天の川を見上げることの出来る最果ての地。
この地方では稀有な、紫がかった長い髪を持つ彼女は周囲を見渡し、見知った姿どころか人影すらないことを確認すると一人溜め息。
「1日早く来てしまったわね」
天の川を見上げつつ、呟く。
いくら久しぶりに会えるからといって、ここまではしゃぎすぎることないだろ、私!
己自身に叱咤。
と、そんな時だ。
背後に不可思議な霊力を感じて振り返る。
「あら、敏感な方ですね」
そこには羽衣を纏った美しい天女がいた。
「……一応、仙人ですから」
訝しげに仙人の少女は天女を見つめる。
天女は美人……いや、歳の頃は同じくらいだ、可愛いの部類に入るだろう。
しかしその美しさは人間の視点だ。
目の前の天女は人間ではない、人外の化け物である。
「て、敵じゃありませんからそんなに怖い顔をしないで下さいよ」
困った顔で天女は言った。
「何の用ですか?」
仙人の少女の問いに天女は良くぞ聞いてくれたと嬉しそうに頷き、こう語り出した。
天上界、すなわちこの頭上の天の川の世界に住んでいる織姫と彦星が今、非常に困ったことになっている。
そこで織姫の力になってほしいのだが……ということだった。
「どうして私が? ってお顔してらっしゃいますよ」
「………」
「放っておくと2人の涙が雨となって舞い落ち、七夕の夜は曇ってしまいます。そうすると誰かさんと星を見に来た貴女には困ったことになるんじゃないですか?」
挑発するような天女の表情に仙人の少女は一瞬怒りで顔を赤らめ、しかしすぐに長い吐息。
「分かったわ、協力してあげましょう」
「よろしくおねがいします。織姫は天の川の上流にお住まいになられておりますので」
天女が手にした杖を振りがざすと同時、仙人の少女は天の川へと上っていった。
「ここは」
天上界へとやってきた少女は、まるで裸でいるような錯覚に陥っていた。
「魔力が及ばない世界なのね」
ここは全く魔力が存在しない世界だった。
すなわちそれは、頼りになるのは己の肉体的な力だけということになる。
「うー、厳しそうね」
呟きつつ、彼女は上流へと向かう。
やがて一軒の屋敷を見出した。
「こんにちわ」
扉を叩き、中を覗く。
「いらっしゃいませ」
現れたのは神々しいまでの美しさを持った美女だった。
「貴方が織姫さん?」
「はい、貴女は?」
首を傾げる織姫に、少女はこう答える。
「貴女の力になりに来ました。ご相談事、あるのでしょう?」
織姫は沈痛な面持ちで語り出した。
年に一度だけ会うことを許された七夕の日。
彦星に服を作ってあげるつもりだったのだけれど、材料である月兎の毛が手に入らずに困っているという。
「それを取って来れば良いのですね」
「ええ。ですが月兎はとてつもなく素早いのです。マッハ2くらいです」
「……頑張ってみます」
こうして仙人の少女は月兎を狩りに駆け出したのだった。
「これで足りるかしら?」
「?! 早いですね!」
半日ほどして戻ってきた仙人の少女の言葉に織姫は驚き、同時に傷だらけの彼女を見て慌てて救急箱を取り出した。
「どうしたのです、ここまで傷だらけで……」
「兎では怪我しなかったけれど……玄関先であんなに獰猛なパンダを飼うのはどうかと思うわ」
包帯を捲かれながら少女は素直に述べた。
「ごめんなさいね、最近あの子ったらお茶目で」
思わず拳を握り締める少女。しかしここは黙って我慢。
「ねぇ」
「何です?」
織姫の今までにない真剣な声に、少女は襟を正して顔を上げた。
「彦星は黒い口紅が好きだっていうのだけれども……そう思う?」
「はぁ??」
黒い口紅は死装束だ。それを好む男など、よっぽどのマニアだろう。
「いえ、彦星を良く知っているっていう大カササギが言うの。黒い口紅が好きだって言ってたって」
「信じるんですか?」
少女の問いに織姫は俯く。
「年に一度しか会えないのだもの……彼が喜ぶ姿で会いたいの」
織姫の言葉に、少女は感じ入る。
彼女もまた年に数度しか会えない人がいる。そしてここにこうしているのも彼と会うためなのだ。
「分かったわ、確認してきましょう」
「待って!」
織姫は一本のビンを手渡した。
「これは真言酒。これを呑むと嘘が言えなくなるの。大カササギに会ったら訊く前に呑ませてもらえるかしら?」
「ええ、やってみる」
老人の姿をしたカササギは天の川に下流に腰を下ろしていた。
「こんにちわ」
「おや、性悪女の織姫に捕まった下界の子じゃないかい。何か用かい?」
相当織姫を嫌っている様に思える。
「織姫みたいな偏屈とはもう会いませんよ」
笑って少女は老人の隣に腰掛ける。
「実は大カササギを見たくて来たんです」
「ほぅ、カササギに会ってどうするつもりなんだい?」
「織姫のところからお神酒をくすめてきたのでお酌でもしようかなと思いまして」
「……毒ではあるまいな?」
老人の言葉に少女は眉を吊り上げて怒鳴った。
「そんなはずないでしょう! だったら味見してみますか?」
「む、むぅ」
老人はビンを手渡され、一口口に含んだ。
「なるほど、旨い………ぐぐっ!!」
喉を押さえた老人の姿がみるみるうちにカササギに変わっていく。
「き、貴様!!」
「では質問します。彦星は黒い口紅の女が好きなんですか?」
「好きなわけがなかろう……ぬぬ?!」
真実を吐いてしまった口を両の翼で押さえるカササギ。しかしすでに遅い。
「それを聞ければ満足です。ではさようなら」
「ま、待てーーー!!」
「そう、やっぱり彦星様にはそんな趣味は無かったのね!!」
嬉しそうに織姫は言った。
ある意味、冷静に考えれば分かることなのだが、恋は神すらも盲目にするらしい。
「ありがとう、人の子。貴女にお礼としてこれを差し上げます」
「これは……」
織姫が差し出したのは金色の糸だった。
「それは私にしか紡げない糸です。貴方の想い人にそれで何かを編んであげてください」
「あ、ありがとうございます」
手先の不器用さは自他共に認める腕前の彼女に、その言葉は何事にも変えがたい、会心の一撃だったそうな。
「お疲れ様。これで七夕のお天気は一安心ですよ」
下界に戻ると天女が満面の笑みでそう出向かえた。
「そう、良かったわ」
少女は疲れた顔で笑い、手にした織姫の紡いだ糸を天女に押しつけた。
「あら、これは?」
「あげる」
「では私から今回の件のお礼も含めてこれを差し上げます」
天女は丸いものを少女の胸に押しつけた。
「それでは良い夜をお迎えくださいね」
「夜……って!」
天女の言い残した一言でハッと我に返る彼女。
すでに約束の時間は過ぎていた。
「もー、本末転倒じゃない!!」
待ち合わせの場所へを駆け出す少女。
その胸に天女から渡された紫陽花色のぼんぼりと、再会の期待を抱いて。
天に一際明るく瞬く2つの星があった。
やがてその2つは無数の星々が流るる天の川の真中で出会い、仲良く並ぶ。
そんな天の川の遥か真下の地上で。
共に息を切らせた一人の青年と一人の少女が再会を果たす。
そんな2つの世界の真中で2組の男女をだた一人、天女はいつまでもいつまでも幸せそうに眺めていたのだった。
「「うっわー」」
天の川にかかった橋の中心で、彦星と織姫は抱き合って熱いキスを交わしていた。
それを赤い髪の戦士と仙人の少女は顔を赤くして眺めている。
「帰ろうか」
「そう、だね」
戦士の言葉に少女は頷く。
と、その時だ。
ざわ…ざわざわ
「「?!」」
2人に戦慄が走った。
本能的に武器を構える。
「このままで終わるものかー。我が力、思い知るが良い!」
地の底から沸きあがるような声は間違いない。
「「大カササギ!」」
迫り来るカササギは部下を連れて迫り来る。
2人はその軍勢にまっすぐに立ち向かう。
「どうでもいいけど、なーんか頭にくるね」
「そうだなぁ」
案外あっさりと大カササギを撃退した仙人の少女は、この騒ぎに全く気付かずに相変わらず橋の上でいちゃいちゃしている星神2人を見つめて愚痴った。
それに戦士もまた同意する。
「さすがにウザイですね、帰りましょう」
「うん」
お互い肩を貸し合いながらほの天の川を後にする。
何気に大カササギが懲りずにもう一度攻めてきてくれることを切実に願いながら………。
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