継ぐ者と奪う者


終章 継ぐ者と奪う者


 優しい風が頬を撫でる。
 「気持ちいい風だ」
 思わず口にした言葉。
 「それはきっと風の精霊が私達の旅を祝福してくれているのだよ」
 隣のファーナが嬉しそうにそう言った。
 「風の精霊は『貴様ら邪魔だぜ、そこどけや』と言ってたぜ」
 言葉に俺とファーナはそいつに振り返る。
 金色の長い髪に青い瞳。白を基調としたゆったりとしたローブを羽織っている。
 髪から覗くのは一対の長い耳。
 エルフである。
 額にはぽっこりと大きなコブが一つあった。
 コイツの名はヴァーユ。ラクシスタの右腕だったあの魔術師だ。
 「情緒がねーな、エルフってのはよ」
 俺は睨んで言い放つ。奴の顔を見ていると、俺にもできた額のコブが痛みにうずく。
 「フン、人間如きに情緒なぞ分かるとは思えんがな」
 「なんでもかんでも精霊の声が聞こえる電波野郎よりは分かると思うぜ」
 「ほほぅ、やるか?」
 「やってやろうじゃねぇか」
 顔を付き合わせる俺とヴァーユ。
 「いい加減にしろっ!」
 ファーナが一閃。両手で睨みあう俺とヴァーユの頭をぶつけ合った。
 俺とヴァーユのコブがぶつかり合う。
 「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」
 お互いあまりの痛みにその場にしゃがみこんでしまう。
 「なによ、大げさね。そもそもどうして2人ともコブできてるのよ?」
 「「お前が原因だろうがぁぁ!」」
 俺達はハモって彼女に詰め寄った。
 俺達のこのコブはあの時――ファーナが俺を水龍召還の魔法行使中のヴァーユに投げつけた時にできたものだ。
 「そもそもどーしてコイツが一緒について来るんだよ」
 「貴様こそ、さっさと人間の世界に帰りやがれ」
 「ああ、もぅ、うるさいうるさい」
 叫ぶファーナは、
 ごちん
 「「うぐぁ!!」」
 再び俺達の額をぶつけ合わせやがったのだった。


 「魔王領へ行きたいのだ」
 それは戦いから2日が過ぎ、白亜の城の中庭で調節するように体を動かしていた時だった。
 額のコブ以外の傷の癒えた俺に、ファーナは懇願するように言う。
 「……行けば?」
 「冷たいなぁ、お前!」
 「いや、俺にどーしろと??」
 「その、なんだ…あのな」
 途端、俯いてぶつぶつ何やら呟くファーナ。
 しばらく彼女を見つめていたが、ずっとその調子だった。
 「なんだよ、ついて来てほしいのか?」
 「そう、そうだよ。私と一緒に来てくれ」
 勢い良くファーナは顔を上げる。
 その表情は嬉しいような、それでいてちょっと戸惑ったような難しい感情。
 さて。
 「どうして俺を?」
 「よく言うじゃないか。旅は道連れって」
 「もっと言語を勉強したほうがいいと思うぞ。その使い方は違う」
 「そうか?」
 「そうだ」
 ファーナは困った顔で俺を見つめ、うーんと唸る。
 「お前と一緒だと、背中を任せられる。レオンの技を継いでるしな」
 ふむ、少し嬉しい言葉ではあるが。
 「俺よりも腕っ節がいい奴だったら、オルクとルナを連れて行けよ」
 あの2人ならファーナの依頼を受けるだろう。依頼金の要素も大きいとは思うが。
 「うーん、言い方が違ったかな。今まで完璧に覚えたと思っていたが、人間の言葉は難しいものだな」
 ファーナは相変わらず困った顔を俺に向け、
 「リクスだから安心できる。そもそもお前が来てくれないのなら…まぁ私一人で行くつもりだ」
 まったくこのお姫さんは…
 「わーったよ、行ける所まで付き合ってやる。無茶したら見捨てるからな」
 「せいぜい気をつけるとしよう」
 にっこりと微笑んで彼女は右手を俺に差し出した。
 「私はファーナ=ハールーン=ソウル。よろしくな」
 ファーナは改めて名乗った。
 ハールーンであることを彼女の口から初めて告げられる。
 俺は白く細い彼女の手を握り返し、笑う。
 「リクス=フィラットだ。楽しい旅といこうぜ」


 ハールーン――それは様々な種族の混血の末に生じた複合種族。
 力の源は額の角に凝縮され、必要とあらば亜人達各種族の身体的特徴を発現することができる。
 それはラクシスタとの戦いでファーナにファレス族の翼が生まれたことにも見ることができるだろう。
 ともあれこの混血という特徴により、閉鎖的な亜人達全てから同族として扱われる――と推測されるが実は違う。
 身体的にも魔力的にも力の強いハールーンは、亜人達をまとめあげる王族として『作り上げられた』のだ。
 誰が作り上げたのかは分からない。
 発端はおそらく、太古に様々な外敵から身を守るため異なる亜人同士が同盟を結んだことではなかろうか?
 そこから混血が進み、やがてハールーンが生まれた。
 そう、ファーナは結論付けている。
 「亜人の王なんて言われているが、キメラと同じようなものだ」
 俺があてがわれた城の中の客室で。
 背負い袋に携帯食料を詰めながら、ファーナは寂しそうに呟いた。
 ぽん
 「?」
 彼女の頭を撫でる。思ったよりふかふかした黒い髪は、窓から差し込む太陽の光を受けて暖かい。
 「ちゃんと俺はお前の頭に触れるな」
 「? そりゃそうだ」
 頭に置いた手を、彼女の頬に移動。
 思った以上に柔らかな白い肌だ。
 「なんだ?」
 「お前の肌は暖かいし」
 「あ、当たり前だろう?」
 「俺とどこが違う?」
 問われ、ファーナは無言。
 俺は彼女の額の角に触れる。硬いが、肌と同じ不思議なぬくもりがあった。
 ファーナはピクリと一つ震えると、ぎゅっと目を閉じた。
 「こんなもの、違いに入らないよ」
 角に添えた手を放し、俺は小さく笑う。
 目を開くファーナは頬を僅かに赤く染めて、そして苦笑。
 「それもそうか」
 「そんなことよりもだ」
 「そんなことで済ませるか?!」
 「良いんだよ! そんなことより聞きたいことがあるんだが」
 俺は携帯ナイフを確認しながら気になることを問う。
 「なんだ?」
 「どうして魔王領に行きたいんだ?」
 そう、何故彼女は人類未踏となった魔の地に行きたいなどと言うのだろう?
 彼女を追うラクシスタがその力を失った今、旅立つ必要性が分からない。
 俺はてっきり彼女が魔王領を目指すのは、ラクシスタの手が届かない場所だからと思っていたのだが。
 「夢を見たんだよ」
 ファーナは背負い袋に荷物を詰め込む手を止めて、小さく呟く。
 「父が呼んでいるんだ」
 「父?」
 「ああ、顔も覚えていないがな。私が生まれたばかりの時、魔族侵攻で殺されたと兄さんから聞いた」
 「その親父さんがどーしてまた、魔王領に来いと??」
 「分からない。分からないから…」
 ファーナはその端正な顔にニヤリと笑みを浮かべた。
 「面白いと思わないか?」
 俺はこの時、ようやく彼女を理解したと思う。
 彼女にとって、ラクシスタの追っ手などは旅を彩るドレッシング程度のものだったのだ。
 もしかしたら魔王領へ向かう事も『ついで』なのだろう。
 彼女は旅を楽しみたいのだ。その苦楽をも楽しみたいのだ。
 そうか。
 だからだ。
 俺は彼女に旅を誘われて、本心では断る気がなかったんだ。
 彼女にとって、俺が加わることで旅がさらに面白いものになると思った。
 そして俺も。
 彼女との旅がきっととてつもなく面白いものであると、そう感じていたに違いない。
 こうして俺達は旅に出た。
 何が起こるか全く予測できない、ゴールすらも予想のつかない旅に。


 オルクとルナは白亜の城のテラスから外を眺めている。
 日は高い。今日もそして明日も晴れに違いない空は青く高かった。
 オルクは懐から取り出した小さな封筒をビリッと破く。
 「必要なかったわね」
 「ああ。当然といえば当然だろ、なにせリクスだからな」
 「それもそうね」
 ルナは小さく微笑んだ。
 封筒にはエルファー王の印が押されていた。
 勅命である。
 「人間代表として,なーんて建て前あげちまったらアイツは柄にもなく緊張しかねんからな」
 「逆に意地でも引き受けないかもしれないしね」
 苦笑いの2人。
 その後ろから額に角を持つ青年が現れた。
 「こんなところにいましたか」
 「ああ。お前さんはちゃんと妹を見送ったのか?」
 オルクの問いに青年――ターレスは首を小さく横に振った。
 「ファーナは止められると思ったのでしょう。黙って行きましたし…私もそれを止めませんよ」
 「そうか」
 オルクは視線をターレスから眼下の町に戻す。
 「ファーナがハールーンの正当後継者、なんだろう?」
 彼の呟きにルナが、ターレスが驚いた顔でオルクを見る。
 「あの娘が魔王領へ行くってのは興味本位もあるだろうが、もっと本能的なもの。違うか?」
 ターレスはオルクの横に並ぶ。
 同じように眼下の町を見下ろし、そこにあるはずの見えない妹を探すように呟いた。
 「アナタの推論をお聞きしましょうか」
 オルクは小さく微笑む。
 「20年ほど前に起こった魔族と呼ばれる種族の出現。一人の魔道師によって呼び出されたと伝えられているが、それは一体何を意味しているのか? 何のために魔族が呼び出されたのか?」
 後をルナが考えるように続けた。
 「そう…ハールーンは魔族の血を取り入れようとしたのではないの?」
 「いや違うな」
 オルクはルナの言葉を遮る。
 「すでにハールーンは魔族の血を取り入れていた。故に魔族をこちらの世界に呼び込んだ。その魔族の血をも引くのが…」
 オルクは言葉を切り、続きをターレスに求める。
 亜人の王は答えない。
 しかし否定もしない。
 「私はファーナの兄。それ以上でもそれ以下でもないと、今ではそう思っています」
 それ以上の言葉はターレスからはもたらされることはなかった。
 と、ルナは気付いたように問うた。
 「そういや、レイシスタは彼女が旅に出るのを許可したの? 息子みたいなのが彼女を狙っていることくらい予測してるんでしょ?」
 「それは大丈夫です」
 ターレスは空を仰ぎ、笑って答える。
 「エルフ一の魔術師を同行させたそうです。それが新生ハールーン王国からのファーナが旅に出るための条件です」
 「ヴァーユって子ね。きっとリクスと喧嘩するでしょうねぇ」
 「いえ、案外気が合うと私は思ってます。私達と同じように」
 ターレスは言ってルナと、そしてオルクを見つめた。
 そして最後に眼下の街へと消えた3人に。
 彼らは見えるはずのない背中を見送る。
 「継ぐ者に幸あらんことを」
 呟いたターレスにオルクは否定の言葉をかける。
 「オレはそっちにゃあまり興味はないな」
 「そっちって、どういうこと?」
 ルナの問いに、二カッと微笑んでオルクは2人にこう答えた。
 「継ぐ者を奪うのは、さて誰かなと思ってな」


 3人となった彼らの旅はまだまだ始まったばかり。
 彼らがこの先、どこへ進み、誰と出会い、どこへ行き着き、そしてどうなるかは……
 まだ誰も予測できない。


旅は続く...

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