継ぐ者と奪う者


第5章 ラクシスタとレイシスタ


 ここはエルフ達の森の中でも中心地。彼らの街エルゼイルの中心に建っている大きな城だ。
 外見は白一色のこの城はその美しさにおいても他の亜人達にも有名である。最近では人族達の出入りもあり、彼らの間にも美しさのうわさは広がりつつある。
 私はそんな城の中程の位置、五階ほどのとある部屋にいるのだが、当然その美しさを見ることはできない。
 私のいる客室は豪華ではあるが、窓には鉄格子、廊下には衛兵付きだ。
 武器は取り上げられた上に魔力を封じる指輪まではめられてしまっている。
 それでも脱出計画自体はすぐにたった。だが今行うには早計だ。
 「リクスは生きているだろうか?」
 窓の外の、遥か下方に見える点々とした生活の灯りを見つめつつ、私は呟いた。
 私をここまで連れたテジャスという手練れも引き返したのだろう。生きている確率は非常に低い。
 あの人間には迷惑をかけてしまった。私には何の関係もなかったのに完全に巻き込んだ上に殺してしまった。
 レオンと名乗る本ラーバ帝国の近衛騎士に出会った時点でリクスには私の正体を告げておくべきだったのだ。
 私の正体に気付いたレオンは、私を守る力として彼に即興で操気を教えた。
 思った以上の技術向上を得た彼を見て、私は甘えてしまったのだ。
 「背負ってもらったのは兄さん依頼だったからかな」
 毒が体に回っていたときのことを思い出す。薄い意識の中だが、しっかりと覚えている。
 頼りないながらも私を見捨てることなく、守り続けてくれた背中を。
 「もぅ、誰も巻き込まないようにしないとな」
 ごごん!
 足元からの轟音に城全体が響く。
 轟音は下の方、地下の辺りからのような気がする。
 「そういえば、私がここに連れてこられた時って地下だったが…よもやリクスか?」
 一人ぶつぶつ呟いていると廊下の方で慌ただしく駆け抜けて行く衛兵の足音が聞こえた。
 『地下室が崩された!』
 『いや、敵は一階だ!』
 『ヴァーユ殿はどうした?!』
 『お前達も来い、人手が足りん』
 『どうせ魔力も封じ込められた小娘だ、抜けだせんだろう』
 そんな声とともに足音が過ぎ去っていく。
 ごごん
 また足元が震えた。騒ぎは大きくなりつつある。
 チャンスだ。私は扉の鍵穴をチェックする。
 窓から抜けられるのだがいかんせん、外は魔法によって風の精霊達が乱気流を起こしている。
 ヘアピンを髪の奥から抜き放ち、かちかちっと数秒。
 何の苦もなく扉は開く。
 「学習能力ないな」
 先日抜け出したときもこの手だ。ラクシスタは私の魔力か何かで逃げ出したとでも思っていたのだろうが、実際はこういった小技を駆使して城を逃げ出したのである。
 私は次に服の襟元をチェックする。
 そこから抜き出したのは薄い金属片。ぴらぴらと揺れるそれは長さ実に30cmほど。
 見た目は頼りないが、実は立派なナイフである。少なくとも料理包丁よりも良く切れる。
 私はそれをを手に、下への階段を捜した。小指にはめられた呪文封じの指輪は私を完全に封じ込めないまでもかなりの魔力を封じている。
 頼りはこの短剣のみといって良い。
 「おい、そんな所でなにしてる!」
 背中からの声に、私はナイフを後ろ手に隠して振り返った。
 長い廊下で早くも見つかる私。
 私を見つけた五人の衛兵はこちらに近づいてくる。
 問われる前に答える。
 「私はラクシスタ様に雇われた魔導師なのだが、下で起こってる騒ぎを手伝いに行こうと思ったら道に迷ってしまって」
 思わず引き吊った笑いを浮かべてしまう。ばれるかな?
 そんな心配はしかし、杞憂だった。
 「ああ、広いからなぁ、ここ。傭兵なら無理もないだろ。俺も始めて来たときは迷ったしな」
 「あ、俺もー」
 バカでよかった。
 「ついてきな」
 一人がそう言って先導する。私は内心胸を撫で下ろしつつ、隣を行く衛兵に問うた。
 「一体どうしたというのだ?」
 「俺もよく分からないんだが、地下で魔法をぶっぱなし、破竹の勢いで王室を目指してる輩がいるんだと」
 「ぷぴ」
 「うぁ、きたねぇなぁ」
 「すまん」
 思わず吹いてしまった。
 「ったく、どこの誰だか。後片付けさせられるんだろうなぁ」
 「ふむ、大変だな」
 今の話から察するに、この騒ぎは私を追ってきたリクスがテレポートした先で早々に見つかり、操気術であたりかまわずぶっぱなしていると読んでいいだろう。
 この騒ぎに乗じて逃げろということではないと…思う。
 階下に行くにしたがい、騒ぎは大きくなっていた。文官達がおろおろし、衛兵が騒ぎ、貴婦人達が怖がる。
 私の足は取り巻く衛兵達につられ早くなっていた。もう道案内してくれなくても良いのだが役柄上、逃げ出せない。
 「中庭に逃げたぞ〜!」
 誰かの叫びに周囲は中庭へと向かう。
 やがて剣檄が聞こえ、爆発音が聞こえてきた。
 私達は中庭に出る。
 「うわ」
 思わず声に出る。
 そこには累々と兵士達が瓦礫に混じって倒れていた。上を見上げると城の一部が崩れている。
 きっと「必殺、瓦礫落とし」なんて言いながら上を吹き飛ばしたんだろうなぁ。
 中庭に視線を移す。
 2人の剣士を取り巻くようにしてエルフ達が円陣を敷いていた。
 2人のうち1人は間違いない、リクスだ。
 そしてもう1人は水色の魔法服をまとったエルフの青年。
 エルフの方は余裕しゃくしゃくな表情だが、リクスは顔色が青い。
 発気の無駄遣いで体力が落ちているのだ。
 と、
 「何をしている、そこの娘も奴の仲間だ、捕らえよ!」
 突然のラクシスタの声が響いた。
 しまった、ばれた!?
 ざわめく中で一瞬、リクスと対峙したエルフの魔道師の気が取られる。
 リクスが剣を逆手に構えて動いた。
 慌ててエルフの魔道師が印を組む。
 ざわめく群衆の中、私も抑えられた魔力の中でなんとか完成した魔法をリクスたちのいる辺りに向けて放り込む。
 リクスの剣がエルフの魔道師の頬を軽くかすり、魔道師の右手から伸びた炎の糸がリクスの肩口を貫いた!
 そして少し遅れて私の放った火炎球が、魔道師の背後で爆発した。
 「んな?!」
 爆風をくらい、魔道師は煙幕の中に消える。
 ラクシスタの指摘が伝わり始めた衛兵達の中を私は駆け抜ける。
 「こいつか?!」
 「捕まえるんだ!」
 捕縛の手を逃れ、私はリクスの元へ。
 「バカ! 何で今のうちに逃げなかったんだ!?」
 非難を上げる彼に私は体当たり。
 同時に能力の一部を解放する。
 額にわずかな熱がこもり、数瞬後には背中に力が生まれた。
 バサリ
 私の背を破って生まれたのは一対の白い翼。ファレス族の翼だ。
 私はリクスを抱いて飛んだ。
 「うっ」
 「のわっ!」
 さすがに重い!
 「逃がすな!」
 ラクシスタの声に衛兵達は慌てて反応し、弓を取り出し矢を番える。
 が。
 「バカものども! 娘を傷つけるな!!」
 彼の叱咤に動きが止まった。
 それだけの時間があれば充分だ。
 私は背中の翼を懸命に羽ばたかせ中庭を後にし、城壁を飛び越えた。
 「ヴァーユ、2人を止めろ!」
 ラクシスタの声が響く。その時だった!
 「ほ、堀の水が!」
 リクスが叫ぶ。
 城壁に伝って流れていた堀の水が巨大な龍となって滞空中の私達に襲いかかってくる!
 「くぅぅぅ!!」
 上昇。
 「どわわわ〜」
 リクスの足の先を水流の牙が掠めた。
 「私一人なら簡単に逃げ切れるのだが…ち、ちょっと! どこさわっているんだ!?」
 「お前今、俺を落とそうと思っただろ!」
 必死なリクスは私を睨む。
 「うっ」
 言葉に詰まった。何故ばれた?
 「また来たぞ!」
 リクスは叫ぶ。水龍の顎が目前に迫っていた。
 「どこかに術者がいるはずだ」
 リクスの言葉と同時、私は『それ』を発見した。
 先程のエルフの魔道師だ。彼は背中を焦がしながらも何やら目を閉じて呪文を唱えている。
 「見つけた! いくぞ、リクスあたーっく!!」
 「んな?!?!?!」
 私はリクスを眼下の魔道師に投げつけた。
 ごす
 「げはっ」
 「ぐはっ」
 なすすべもないリクスは魔道師にぶち当たり、ダブルノックダウン。
 唖然とする一同。ラクシスタは信じられないものを見る目で私を見ている。
 「よし!」
 中空でガッツポーズを決めた私は、頭上で魔力が消えて水の塊と化した龍だったものに飲み込まれ、地面に叩きつけられたのだった。


 「起きなさい、ファーナ」
 懐かしい声と匂いに、私はうっすらと目を開ける。
 そこには見知った笑顔があった。見慣れた、世界で一番安心できる人の笑顔が。
 「兄さん?」
 「ただいま、ファーナ」
 間違いなく、兄の声だ。
 「って、兄さん?!」
 一気に目が覚める。
 私を抱きかかえた兄さんの周りは一面、水浸しだった。
 そして遠巻きに私たちを囲むのは、エルフの衛兵達。その表情には恐れ、不安、そのどれもが入り混じった複雑なものだった。一言で言うと、畏敬。
 「え?!」
 見渡すと、ここは城の中庭だった。
 「よー、お嬢ちゃん。元気だったかぃ?」
 「無茶苦茶するわねぇ」
 私を覗き込むのはこれまた見知った顔。
 リクスと出会った街で知り合った、確かオルクとルナ。
 「な、なんで貴方達がここに?!」
 「だって」
 「ねぇ」
 オルクとルナは互いに顔を合わせて、
 「「アンタの兄さんのターレスとはもともと知り合いだし」」
 「ええ?!」
 兄さんはにっこりと微笑み、
 「立てるかい?」
 「うん」
 私を起こしてくれる。
 あたりを見渡す。城の壁には大きな穴が開いていた。あそこを通ってきたんだろう。
 そして私が地面に叩きつけられる前に兄さんが受け止めてくれた、そういうことだろう。
 「ラクシスタ、私の妹が世話になったようだな」
 兄さんが衛兵達に守られたエルフの王に叫ぶ。
 「ようこそおいでくださいました、ハールーンの王よ」
 衛兵達を退けながら、ラクシスタは満面の笑みで兄さんに右手を差し出した。
 「私は西の森のエルフの王、ラクシスタ。貴方をお待ちしておりまし…」
 ぱん
 ラクシスタの手がはたかれた。兄さんによって。
 笑みが消え、唖然とするラクシスタ。
 「無礼であろう、ラクシスタ」
 兄さんの隣に立って、代わって言葉を放つのはオルク。
 「平伏を以って意見を述べよ、ラクシスタ」
 兄さんを挟んで、今度はルナが告げる。
 その言葉が終わらないうちに、エルフ達は全員がその場にひれ伏した。
 「あ」
 兄さんの額の角が、七色の光を放っていたからだ。それは亜人達を統べるハールーンの証。
 「やはり本物は思っていた以上に迫力がありますね」
 引きつった笑みで、ラクシスタはしかし右手を振り上げる。
 「分かってますよ、ラクシスタ様!」
 背後で凄まじい魔力が生じる思わず私達は振り返った。
 それは先程リクスが自らの身を呈して倒してくれた魔道師ヴァーユだ。
 額に大きなコブを作って、とにかく巨大な魔力を湧き上がらせている。
 オルクとルナが走る。
 「!?」
 私は気付いた、しかし遅かった。
 ヴァーユのそれは、罠だったのだ。
 本命はラクシスタ本人。彼は呪文を小声で唱え終え、魔法を完成させていた。
 「ぬ?!」
 兄さんを中心に光の五芒星が描かれた。
 直後、ヴァーユはオルクのパンチとルナの蹴りで地に伏す。
 「私の実験台になってもらいますよ、あなたの力を貰い受ける、ね!」
 一段と兄さんの額の輝きが強くなった。
 小さく溜息一つ。
 「エルフの秘術か。そんなに欲しいのならくれてやろうか、この力を」
 額の角の輝きが眩しいくらいとなり、やがてそれは光の塊となってラクシスタの方へ吸い込まれていった。
 同じ輝きがラクシスタのサークレットから漏れる。
 どうやら兄さんの力を吸収し、我が物にするエルフ族の秘術らしい。
 「すばらしい、力が満ちていくのが分かるぞ! ハハハ、ワハハハ!」
 驚喜の顔を見せて美しいラクシスタの顔が変貌する。
 「この力さえあれば森はおろかこの大陸を、いや世界を……げふっ!」
 ラクシスタの顔に苦痛の色が走った。
 兄さんは苦笑いを浮かべて冷たく告げた。
 「いくら魔法に長けたエルフとはいえ、貴様如きが私の力を受け入れられる容量をもっている訳がなかろうに」
 兄さんが角の輝きを消すと同時、ラクシスタのサークレットの輝きも呼応する様に消え、彼は糸の切れた人形のようにその場にくず折れたのだった。


 「息子がご迷惑をおかけしまして」
 深々と頭を下げるエルフの老人に、ハールーンの血族ことターレスは首を横に振る。
 「この事態をしっかり認識していなかった私にも非があります。亜人達にとっては我々ハールーンは希望の星。それをこうして旅することで私は改めて知ることができました」
 エルフの老人――ラクシスタの父であるレイシスタの手をとって、ターレスは告げた。
 「私とともに、みなの力を合わせましょう。力を貸してください」
 レイシスタは信じられないものを見る目で問う。
 「お許しくださるのですか?」
 「許すも何も。私はそのつもりでここに来たんです」
 「……喜んで。我々西の森のエルフはハールーンの使いとなり、この身を貴方に捧げましょう」
 レイシスタはターレスに平伏し、忠誠を誓う。
 この時をして。
 かつてラーバ帝国とともに栄華を誇ったハールーン王国がここに再興したのだった。


 目が覚めると俺はフカフカのベッドに寝かされていた。
 肩に僅かな痛みが走る。魔道師ヴァーユの魔法によって貫かれ、焼かれた傷だ。
 「って、あれから一体?!」
 俺はファーナの無茶な行動によってヴァーユに向かって玉砕を敢行して……
 「決着がついたのか?」
 呟き、起き上がろうとするが胸に妙な圧迫感がある。
 視線を天井から布団の上へと移す。
 「あ」
 ファーナの寝顔がそこにはあった。倒れ込むようにして眠っている。
 「看病してくれたのか」
 よく見ると俺はきれいな白い服に着替えさせられていた。肩の傷も包帯の上からだが、大したこともないようだ。
 ファーナの寝顔には疲れ切った表情が浮かんでいた。
 起こさないように俺は彼女に毛布を掛けてやりながら、部屋を見渡した。
 客室と一言で言い表せる部屋だ。派手すぎず、それでいて豪華な部屋。
 「ともあれ、うまく行ったのかな?」
 そう呟いたところに部屋の扉が開いた。
 「動けるのか? 聞いたとこだと死にかけてるって言ってたんだが」
 「元気そうじゃない」
 訪問者は2名。それは見知った顔だった。
 そしてこの場で見るとは思わなかった顔でもある。
 「オルクにルナ?! どうしてここに、どうなってるんだ?!」
 なんで2人がこんなところに…いや、というかここはどこだ?
 「ここは西のエルフの王『だった』ラクシスタの居城だ。オレ達はハールーンの血族であり、ファーナの兄でもあるターレスの護衛としてここまできた」
 オルクが簡潔に教えてくれる。
 「ターレス??」
 「ぶっちゃけ、冒険者仲間よ。妹がいるって聞いてなかったから、ファーナとまさか兄妹だったとはあの時は思わなかったけどね」
 ルナが苦笑い。
 「で、どうなったんだよ」
 「ラクシスタはターレスのハールーンとしての力を奪おうとしたんだが、キャパオーバーで自滅。今は真っ白になって療養中さ。ここのエルフ族は親父さんのレイシスタが復権した。で、ターレスはエルフの力と、この近くの亜人達を集めてハールーン王国を再興中」
 俺が意識を失っている間に、話がかなり展開してしまっていたようだ。
 「えーっと、肝心なことを訊きたいんだけど」
 「何だ?」
 「ファーナをおっかけてる連中は結局いなくなったのか?」
 「本締めのラクシスタが真っ白になったから、当分は平気だろ」
 オルクが笑って言う。しかし俺は聞き逃さない。
 「当分?」
 「そりゃ、ハールーンを使って悪いこと企むのはラクシスタだけじゃないでしょう?」
 ルナがそれに答えた。
 「そのへんはファーナちゃんから直接聞くんだな」
 「ああ、そうする」
 なんだかどっと疲れが出てきた。
 「今日のところはまだ寝ておきなさいな。アンタ、発気使えるようになったのはいいけど、乱発したから体力なくなってるのよ」
 「何で知ってるんだよ……」
 ベットに横になって、ルナの言葉に質問。
 「レオンさんも顔見知りだし」
 「ってか、オレもあの人に剣術習ったことあるんだよ。発気は教えてもらえなかったけどな」
 2人の言葉に大きく息を吐く。
 今回の一件は広いようで実際のところは非常に近い奴らが実態を全て把握していた、そんな感じだ。
 言いようのない脱力感を全身どころか精神にまで感じ、俺は2人におやすみと一方的に告げて眠りに落ちた。

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