カツカツ…
 静かな城の廊下にウチの足音が木霊する。
 「こんにちわ、アフラ様」
 「ルーン様にお会いにきたのですか?」
 「こんにちわ,ええ、そうよ」擦れ違い様に声を掛けてくる女官二人に、ウチは軽く答え、彼女達の前を通り過ぎる。
 「わ、話しちゃったわ」
 「憧れよねぇ,アフラ様って…」
 そんな囁きが風に乗ってウチの耳に届いてきた。ちょっとした快感の余韻が冷めぬうちに再び、今度は知人の姿が目に入る。
 白い顎髭を延ばした彼,学術顧問のストレルバウ博士だ。
 彼はウチの姿を捕らえると微笑みを浮かべてやってくる。
 「おお、アフラ殿! いつこの城へ?」
 「丁度、今どす」
 「そうか、着いた早々、悪いのだが見て欲しいものがあるのだが」
 「ええ、宜しおすわ」
 博士はウチを数ある研究室の一つに案内する。
 その移動の間にも、時間が惜しいかのように様々な質問をぶつけてくる。
 当然、ウチには悩むこともなく即答できることばかり。
 着いた研究室は薄暗い書斎のような部屋。
 大きなテーブルの上に何かの図面が広げられている。
 「この図面なんじゃが…何の装置のそれか、分かるかのぅ?」ほとほと困った表情で言う博士。
 ウチはそれをざっと見るが…
 ”分からん…”
 「誠はんは何と言ってはりました?」最も出したくない名前を出さざるを得ない。
 それに博士は眉をぴくりと動かす。
 「実は誠殿にも調べてもらっておるのですよ。アフラ殿が少しでも何か分かれば、彼も調べようがあると思いましてな」ホッホッホ,笑うストレルバウ。
 ”こんのクソジジィ…いや、待てよ,ここでウチがこれを解明できれば…”
 ウチは瞬考。詰め将棋のように未来の展開を計算する。


建設的な妄想中…


  「これは古代の宇宙戦艦の設計図どすぇ」
  「な、なんと! そうだったのですか!!」驚愕のストレルバウ。
  その後ろでがっくりと膝を付く誠。
  「ぼ、僕は肩叩き機の設計図やと思ってました…」
  ウチはそんな誠はんの肩を優しく叩く。
  「誰にでも見当違いはあるものおます,さ、立っておくんなまし」
  「アフラさん…貴女には敵いません」

妄想終了



 ”これやこれやこれや!!”
 フッフッフ…心の中で含み笑いのウチ,これでウチの天下が戻ってくるはず!
 「思い当たるところがあるさかい、お借りして宜しいおますか?」当然、心の中の嘲笑など一切出さずに、ウチは淑女な態度で博士に切り出す。
 「もちろん! さすがアフラ殿,見聞がお広い!」
 ”褒めろ讃えろ!!”
 「いえ、そんな…偶然おます」恥じらうかのような態度が自然に出る。
 トントン,ノックされた。
 「こちらからアフラ様のお声が聞こえたのですが…」現れたのはルーン王女,実質この国の指導者である女性だ。
 「研究の邪魔でしょうか?」
 「いえ、ワシの方は今終わりました故」
 ストレルバウ老はそう言って、ルーンを部屋に招き入れた。
 「アフラ様、政策のことで幾つか御相談したい事が御座いまして」申し訳なさそうなルーンの申し入れに、ウチは優しく微笑みかける。
 「ええ、どんなことでしょう? ウチで宜しければ…」
 トントン,そこで再び扉がノックされ、ウチの言葉が中断される。
 ”今度は誰?” 内心、毒づく。まぁ、ウチをあてにする御人が多いということは喜ばしいくないことおへんし。
 が、現れたのはこいつだ。
 「あれ、王女様。それに博士にアフラさん。どないしたんです? こんなところで」
 入ってきたのは水原 誠という青年。先程の会話にも、ちょくちょくでてきた誠というのはこいつのことだ。
 「あら、誠様,こんにちわ。この間はありがとう御座います」
 「研究は進んでおるかね,誠殿」
 ”ちぃ!!” 興味とそれに伴う畏敬の対象がウチからこの青年にあっという間に移行したのが肌に感じるほど分かる。
 そう、この水原 誠,こいつがウチの人生最大の敵,倒すべき宿敵なのだ!!
 こいつはこの間、異世界からやってきた。
 そして鬼神イフリータを手なずけ、侵攻するバグロムを追い返し、幻影族の野望を潰した、事実上英雄である。
 こいつが,そう、こいつが来なければ、それらは全部このウチが解決することだったのだ。
 そしてウチは晴れてエルハザードの英雄に,皆が尊敬と羨望の視線を投げかける女王になるはずだったのにぃぃ!!
 「アフラさん、いつこちらへ?」と、誠の言葉が飛んでくる。
 「ええ、今ですわ」極上の微笑みを一つ。永年培ったポーカーフェイスはすでにウチの体に浸透している。
 そのウチの微笑みに何故か誠は赤面して目を逸らす,良い度胸してるじゃない、顔見てしゃべれや!
 「誠はんもお元気そうで、安心しましたわ」
 ”くっそ〜、いつか追い出したる!”
 「ええ、おかげ様で。アフラさんもお変わりなく」
 ”変わってるおへんか,この間は口紅はルージュ3番だったけど、今日は5番よ!”
 「ええ、ありがとう」
 この男をライバル視するのは他にも理由がある。
 ただのエルハザードを救っただけの英雄ならばウチもこうは嫌いにならへん。
 問題はこいつの素行である。
 人に優しく、自分に厳しい,常に考え方はしっかりしており、配慮がきく。頭脳も明晰であり、人辺りの良さはまさに優等生そのものだ。
 そう、こいつのこの性格のせいで、今までのこの城におけるウチの尊敬の対象が半減してしまったのだ!
 許せん許せん許せん…
 これは全く以てあるまじき事態である。
 何としてもウチがこいつよりも優れているか,それを周りに見せつけなくては!!
 そしてその糸口,今回ゲットした博士の図面である。
 「あ、アフラさん,その図面、調べるのですか?」誠はウチの手にするそれを器用にも見つけて言った。
 「ええ、ウチの書斎の何処かでこれに関する記述を見たことがありますよって。ちょっと調べてみますわ」
 「お願いします」微笑んで誠。
 ”おいおい…他力本願だぞ”
 「まぁ、誠様でも分からないことがおありなので?」驚きのルーン。
 「誠殿も何でも知っている訳では御座いませぬよ、陛下。まだこの世界にきて一年も経っていませぬのに」諫めるように苦笑しながらストレルバウは言った。
 「でもさすが、アフラ様は博識で御座いますのね」
 「いえ、そんな…」顔を赤らめ、俯くウチ。
 ”クックック…見たか、誠! これがウチとアンタの差,せいぜい悔しがるが良いわ!!” チラリ,誠の方を見る。
 「ホンマ、良くご存知ですわ。アフラさんには敵いませんね」言いながら微笑む誠。
 その瞳には偽りの色はなかった。
 ”…あれ?”沸き起こるはずの勝利感がない。
 悔しがると思っていた誠,が、そんな表情はどこにもない,隠している訳でもない。
 ”あれあれ? もしかしてこれって…偽物の優等生が本当の優等生を見せつけられたって…やつ?!”
 屈託のない誠の微笑み…ウチはそれを見ながら、沸き上がるはずのなかった感情に叩きのめされていた。
 それは敗北感



誠/アフラの事情
A-Side




 夕暮れの城の廊下をウチは不本意なことに誠と二人で歩いていた。
 「…ですね」
 「ええ、そうどすな」心とは関係なしに、表面上では楽しげにウチら二人は物議を交わしていた。
 と、昼間に会った二人の女官と擦れ違う。彼女達は声をかけることをしない。
 風が再び、彼女達の言葉を運んでくる。
 「誠様とアフラ様、お似合いよねぇ」
 「誠様のお相手がアフラ様なら…誰も文句は言えないわよね」
 ”…何を恐ろしい話をしている,お前等”
 そして彼女達の会話がすでに誠が中心となっていることに、またも気が悪くなる。
 どうしたらウチはこいつに勝てるのだろう?
 誠を見る。
 ウチとの会話に楽しげに笑う誠の横顔は、夕焼けに映えて赤く染まっていた。
 人当たりのよさそうな誠実そのものを形にしたような彼は、容姿も悪くはない。
 ”多分、前の世界でもモテていたな”ふと、そんな考えが浮かぶ。
 だが、同じ世界の菜々美ちゃんが言うには、どうもそういうことにはニブいらしく、本人は全く気付かずに終わることが多かったそうだ。
 もっとも、菜々美自体、誠に気があるらしいので信憑性は如何程のものか。
 ともあれ、誠を打ち破るには彼の優等生づらを剥ぐしかあるまい。
 いや、しかし、これが地である可能性が高い…ともなればどうしたものか。
 ウチはふと、考えを転換させる為に眩しい夕日を見上げ、足を止める。
 「? どうしました? アフラさん」隣で誠がウチの行動に首を傾げる。
 「ん? 夕日がきれいだな,思いまして」彼に振り返り、答えた。
 決して打倒・誠を模索していたとは察知できはしないだろう。
 しかし誠は先程もあったのだが、慌てて視線を逸らそうとする。その割にはウチの顔をチラチラを伺っていたりするのだが…?
 「さて、今日はもう、マルドゥーン山に帰らせてもらいますわ」ウチは髪をかきあげ、誠に言う。
 「あ…次はいつ来られます?」
 「今月は風の神官としての行事が多いさかい…来月頃どすな。図面の件は近く、シェーラにでも持たせますぇ」
 彼から背を向け言い残し、ウチは風の力を展開する。
 やがてウチの体は重力から解放され…
 と、舞い上がろうとしたその瞬間、ウチの右手が強く掴まれる。
 「?!」
 「アフラ…さん」ウチの視線をしっかりと捕らえる誠の瞳。そこにはウチが今まで見たことのない強い意志があった。
 宙に浮いたウチを、彼は強く抱き寄せる。
 「な?!」訳の分からない展開にウチは体が動かない。
 そして誠はウチの耳元でこう、囁いた。
 「…好きです」
 中庭で鳴く虫の声が、一際大きくウチには聞こえた気がした。


A-Side

天上天下・唯我独尊



 「ハッハッハッ,フフフフフフ…」
 「何だよ、アフラ,気色わりぃな」
 ウチは笑いが止まらない。そんなウチを変なものを見るような目付きで、シェーラは言った。
 「水原 誠,恐るるに足らず!」ガッツポーズのウチ。
 ここはマルドゥーン山の山頂に立つ大神殿。ここにはウチの他、炎の大神官シェーラ,水の大神官クァウールの3人が住んでいる。
 そして…ウチの本性を知るのは2人のみだ。
 「しっかしアフラ,お前、見栄のためによくもまぁ、そこまでやるな」呆れたように何万回聞いたか,そのセリフを口にする。
 「そんなに他人に良く見られたいか?」
 「今でも信じられませんわ」と、こちらはクァウール。
 「学問,運動,礼儀作法,他にはいかに自分を美しく見せるかのポージングまで…実態はこうなのに,これを知ったら皆、驚くでしょうね」
 「クァウール,甘いどすぇ」ウチは付け加える。
 「この京言葉も、お嬢様らしさを演出するための手段おます」
 ””それはちょっと…”” 内心苦笑する二神官の心の内は、ウチには分からない。ちなみに彼女の言う実態とは、ウチの標準的な言葉づかいと、今の姿格好にある。
 今のウチの姿は髪をそのまま後ろに流し、顔も当然、素のまま。そして服装はというと、動きやすい,というかダボダボのつなぎである。
 はっきり言って、自分で言うのも何だが『別人』だ。
 「アンタらにはわからへん? 皆に羨望の視線で見られるあの快感! 囁かれる噂には常にウチがいることの充実感!!」
 「病人…」
 「…ですね」呆れたように二人の神官は不届きなことを言っている。
 ウチはこの二人が言う通り、全ては『見栄』のために、時には猛勉強し、そして時には虎の穴に籠もり、そしてそして姿見の前で色々な格好をしてみたりする。
 見栄,それこそがウチそのものだ。
 だが、普段のウチの生活を知る者はこの二人とミーズねぇさんのみ。
 自分の家でくらい、息抜きしないとね。
 「で、今まで勝てなかったってわめいていた誠に何があったんだ?」シェーラが心配げに尋ねてくる。そう、この娘は誠に気があるんだった。
 「告白されたのよ」しかしウチはあっさりと告げる。
 「「何だってぇぇぇ!!」」二神官がはもった。そういえばクァウールも誠にはなついていたっけ。
 「そ、それで…」
 「…何て答えたんですの?」詰め寄る二人。
 「当然、フりましたわ。惚れられたモンの勝ちどすぇ!」
 「「…そう」」気が抜けたようにシェーラとクァウール。


Play Back


  「好きです」
  「…ありがとう、でもウチは」軽く、アフラは誠の胸を押す。
  彼女は浮いたまま、誠から離れた。
  「その気持ちは、受け取っておきますぇ」微笑み、アフラは赤い空に向かって飛んだ。


Feed Out



 「でも、アフラよぉ,何でフったんだ?」解せない表情でシェーラは尋ねた。
 ウチはそれに手を顎に当てて考える。
 「? 何でって?」
 「アフラ様は誠様に追いつこうとしていたのでしょう? それって、誠様がアフラ様にとっての理想の存在ということになりませんか?」苦手な分野のクァウールの説明をゆっくりと考える。
 本当の優等生だった誠,そして偽物の優等生のウチ。
 一度は勝てないと悟ったウチが目指していたものは…
 「しまったぁぁ! 良く考えたら誠って良い男おへんかぁ!」ウチは頭を抱えて叫ぶ。
 「どうすんだ,アフラ」
 「よりを戻しますの?」
 「良いや,別に」おそらく新たな敵を感じ、警戒したように言う二人にウチはあっさりと諦めを表明。
 「断わったものはしょうがないし、誠が好きになったのは優等生のうわべだけの私よ」言ってお茶を一口,せんべい一枚。
 「本当は言葉遣いも標準的で、めんどくさがりのウチを知ったら、それこそ大変じゃない。ウチも気が休まらないわ」ポリポリ,菓子を齧り、寝そべりながらウチは二人に応えた。
 「言葉遣いは普通で良いと思いますけどね」
 「ま、それも一理あらぁな」
 そしてその日の夜は更けていった



 3日後…
 「さんきゅ〜」
 「行ってきます」
 「行ってらっしゃ〜い」ウチはマルドゥーン山の麓までシェーラとクァウールを降ろし、二人を見送った。
 これからシェーラはロシュタリアへ,クァウールは各地の水の神殿へ回ることとなっている。
 二人には風の力を封じた珠を作って渡してある。これはマルドゥーン山を登るときにいちいち歩くのはさすがに面倒なので、ウチの風の翼を同じ効果があるこれで飛んで戻ってくるという便利なものだ。
 ウチはボサボサの髪を軽く掻くと、再び風のランプを撫で、神殿へと戻った。



 ドンドン,玄関の大扉がノックされる。
 本を読みながら、せんべえを齧っていたウチは立ち上がる。
 来訪者はすでに分かっている。ウチは傍らにあったストレルバウの図面を手にする。
 2日間徹夜で調べ上げたものなのだ,そんな訳で今は眠くて眠くて…
 「シェーラね,ったく。あれ程忘れないでって言ったのに」スリッパを突っ掛け、ウチはパタパタと走る。
 そして両開きの玄関をロックオン,ダッシュの後、飛び蹴り!
 すると突然開いた扉からシェーラは、いつものようにそれを軽く受け流してローキックをかましてくるはずだ!
 が、しかし…
 不意にその扉が開く。
 現れたのは何処かで見たシルエット!
 すでにウチは飛び蹴りの姿勢に入ってしまっているぅ!!
 風の力で逆制動,でも止まることはできない。
 ポスゥ
 来訪者の胸に、ウチの蹴りが力なく入った。
 「ア、アフラ…さん?」引き吊った声。
 来訪者,それは良く知る者,そしてそして、
 今のウチを一番見せてはならない男!!
 言うまでもなく、今のウチはいつものダボダボなつなぎの上に、さらに起きてから髪に櫛も通していない。
 ”し、しもぅたぁぁ…” 蹴りの体勢から、ウチは彼の前に立つ格好となる。
 真っ白になったウチを、彼もまた顔を青くして見つめている。
 水原 誠…
 …ともかく、今日のところはこの男を放心させたことを唯一の成果にしよう,そう自分に言い聞かせるしかあるまい。


To Be Continued...



間奏ならぬモノ


 カレカノを見て、そのままパクっております。
 有馬を誠に,雪野をアフラにしたらど〜なるかな〜と思ってふざけてワ−プロを叩いていたんですぅぅ!!
 許して下さい,全てはカレカノがおもしろいからいけないんですぅぅ(おいおい…)週に一度の脱線タイム(古いぞ)と思って笑って許してね(笑)

1998.10.25 


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