Pipipipipipipipipipi
  鳴り響く電子音。
  「うぅん…」
  Pipipi,カチリ,Pi!
  布団の中から伸びた手が、耳ざわりに鳴り響くそれ,目覚し時計を掴み、黙らせた。
  再びその空間に沈黙が訪れ…
  「誠さ〜ん」
  遠くからの女性の声。
  「そろそろ起きないと遅刻しちゃいますよぉ〜」
  しかし
  声が届いているのか届かないのか?
  布団の中の人物は、起きない。
  「誠さんってば〜!」
  その家の玄関先,一戸建てのやや広めな門の前で、彼女は声を張り上げる。
  反応は、ない。
  彼女は大きく溜め息を就くと門を開け、玄関先まで足を踏み入れた。
  玄関の扉を押すが無論、開くはずもない。
  困った表情で、取り合えず門の横に半ば埋まっている庭石に腰を下ろした。
  朝の風に、彼女のスカートが揺れる。
  高校生であろう,ゆったりとした感のあるブレザ−の制服に身を包み、長い髪を後ろへと流していた。
  と、庭石に添えたその白い手の甲に何かを感じ彼女は視線を移す。
  しゃくとり虫が、手の上を横断していた。
  「…きゃぁぁぁ!! む、虫ぃぃぃ!!」
  表情一変!
  絹を裂くような叫び声と供に彼女は庭石に手を掛け、
  ズゥゥ…
  直径1mはあろうかという庭石を、土の中から持ち上げた!
  「いやぁぁぁ!!」
  投げた。
  庭石は、まるでボールのように弧を描いて、家の2Fに覗く窓に達し…
  ガッシャン!!
  「うぎゃぁぁぁぁ!!」
  破砕音と悲鳴が、静かな朝の住宅地に木霊した。


From Heart
過ぎし日の…


≪ 第一話 カードキャプター ルーン ≫


  春−−−−
  高校という新たな場で、僕達は再び集うことができた。
  高校受験という一種の戦争を終えた安堵と、新しい環境でのこれからの生活に向けての不安と未知への喜び。


  夏−−−−
  体育祭,初めての期末試験,夏休み。
  バカ騒ぎをした体育祭もさることながら、夏休みに気心の知り合った仲間達と行った海も、忘れがたい思い出でやった。
  あのバカ騒ぎは、試験勉強で溜まっていた鬱憤が爆発したんやろな、きっと。


  秋−−−−
  三年生の進路のことでピリピリしてくるこの季節。
  でも文化祭っちゅうお祭りで、やっぱり僕らは必要以上に騒いだもんやった。
  そして様々な学校行事をこなしてきたこの季節になると、僕のクラスにもちらほらと、カップルが現れ始める。
  菜々美ちゃんがこういうことにはえらく騒いだもんや。


  冬−−−−
  新年を祈り、新たな年が始まる時。
  この季節、3年生はこれからの道を決め、旅立つ。
  残された僕達はその背中を見て、いつか来るべき自分達のその時機を予感する。
  とは言っても、2年先のことや,まだ実感は湧かへんな。


  そして今−−−−
  3月ともなると、都心に近いここは元より少ない雪の姿は当然なく、陽気も時々ではあるが、春めいたものを感じ取ることができる。
  今朝もそんな、晴れ渡った青空を見上げることの出来る暖かな日だった。
  「死ぬかと思ったで…ホンマに」
  溜め息交じりに、僕は隣を歩く幼馴染みにそう非難。
  「ごめんなさい…」語尾は消え入りそうな声で、彼女は答えた。
  吹き抜ける春を含んだ風が、彼女の髪とマフラーを一つ、なびかせる。
  クァウ−ル=タウラス,それが彼女の名である。
  「でもそのお蔭で、ちゃんと起きれたんでしょ!」
  突然の声は背後から,同時に僕の背中が軽くはたかれた。
  「んな,菜々美ちゃん?!」
  僕は振り返るが、声の主は僕達二人の前に回り込んでいた。
  「おっはよ,クァウ−ル! まこっちゃん!」快活に彼女は挨拶。
  前屈みで後ろ歩きする彼女。その髪のカチューシャが朝日に反射して、僕の目を狙うように照りつけた。器用ではあるが、わざとやっているとしか思えない。
  「おはよう、菜々美ちゃん」ペコリ,隣のクァウールさんは笑顔で応える。
  「なによ、まこっちゃん,不機嫌そうな顔して」
  「…別に」
  僕は視線を背け、歩む速度を上げて菜々美ちゃんを追い越した。
  「ちょっと、待ちなさいよ」
  「待ってくださ〜い」二人の声を背に、僕はさらに歩速を上げる。
  この元気な娘は陣内 菜々美,中学からの付き合いだ。
  そして僕は水原 誠。東雲高校1−Bの健全(?)な高校生や。
  「朝から競歩大会かね? 諸君!」
  「あ、陣内」僕は立ち止まる。
  僕の前に突如立ちはだかったのは、ひょろりとした同級生。
  ぴっしり7:3に分けた髪型が妙に特徴的な色白の目付きの悪い男。
  菜々美ちゃんの双子の兄,とは言ってもからっきし似ていないが。
  彼の名は陣内 克彦。腐れ縁の親友(?)だ。
  「もぅ! 急に早く歩かないでよ!」背後から菜々美ちゃんが声を僕の背にぶつける。
  「ふぅ」その隣でクァウールさんは大きく息を吐く。
  「ゆっくりしてたら遅刻してまうやろ」僕は後ろの2人に言い放った。
  「だからって急に早歩きすることないじゃない! クァウールが追いつけないでしょ!」
  「菜々美ちゃん、私は平気だから…」食ってかかった菜々美ちゃんを、クァウ−ルさんは押し留めた。それを陣内は馬鹿馬鹿しいものを見るように眺める。
  これがいつもの図式だ。
  この僕,陣内,クァウールさん,菜々美ちゃんの4人は中学時代からつるんでいる。
  そしてこうして4人が同じ高校に入れたのは、偶然が生んだ奇跡に近い。
  中学時代は学年トップに近かったクァウールさんが付きっきりで、もともと成績にバラつきのある僕と菜々美ちゃんを残り一週間で特訓に次ぐ特訓,その甲斐あって無事こうして四人同時に受かったのだ。
  無関心ぶっていた陣内も、この時は何気に僕の苦手な国語を教えてくれたのを覚えている。
  そぅ、丁度一年前の今頃だ。
  「おい、本気で遅刻するぞ」腕時計を一瞥した陣内が、そう叫ぶように言うと駆け出した。
  「え? マジ? もぅ! まこっちゃんのせいだからね」僕の方をキッと睨み、菜々美ちゃんもまた駆け出す。
  その二人の後を僕とクァウールさんが追う。
  「何で僕のせいなんや!」
  「家を破壊してしまった私のせいです…」
  駆けながら僕達二人は前の背中に言った。
  「菜々美ちゃんは関係ないやんか!」
  割れたガラスなどを片付けている間に、余裕のあった登校時間は無用に過ぎ去ってしまったのだ。その片付けは僕とクァウ−ルさんの2人でやったのは言うまでもない。
  「影から観察してたのよっ!」振り向く事なく叫ぶ菜々美ちゃん。
  「見てたんなら、片付けを手伝えぇぇ!!」
  虚しい僕の叫びが、高い青空に木霊した。
 

  「3分前!」菜々美ちゃんの叫びにも似た声が聞こえる。
  陣内,菜々美ちゃん,クァウールさんの順で校門を潜って行く。
  そして一番スタミナのない僕がかなり遅れてラストスパート…
  ドン!
  「わっ!」
  校門の影から現れた人影にぶつかる!
  僕はたたらを踏むだけで済んだが、相手は弾き飛ばされたように地面に尻もちを付いていた。
  「ご、ごめんなさい!」僕は慌てて駆け寄る。
  亜麻色の髪の女性だった。胸の学証から二年生と分かる。
  「………」
  無言のまま、表情もなく僕を見上げていた。ぼんやりとしたその瞳には、僕の慌てた姿が奇麗に映っている。
  「だ、大丈夫…?」
  反応がまるでない、上級生に僕は恐る恐る尋ねた。頭を打ったのだろうか?
  だが、
  コクリ
 
小さく頷いた。
  「立てます?」差し出す僕の手に、彼女はゆっくりと掴んでから立ち上がる。
  「怪我はないですか?」
  コクリ
 
「良かった,えらいすみません! 今度は気を付けますよって。先輩も急がないと遅刻しますよ」
  コクリ
 
「じゃ!」
  終始無言だったその上級生に頭を下げ、僕は昇降口に向かって駆け出した。
 

  「まこっちゃんも思いきったことすんのねぇ」
  上履きに履き変えた途端、待っていたのは菜々美ちゃんのその一言だった。
  「思いきったこと?」僕は首を傾げる。
  「ルーン先輩のことですよ」クァウ−ルさんが言う。
  「? 誰や? それ?」
  「何だ、誠,知らんのか? ロシュタリア財閥の箱入り娘のことだぞ」こちらは陣内。 はて、何のことだろう?」
  「ルーン=ロシュタリア=ヴェーナス! 『ゆりかごから棺桶まで、暮らしを見つめるロシュタリアグループ』って宣伝歌っている財閥じゃない」力説する菜々美ちゃん。
  それなら聞いたことはある。銀行,車や戦闘機,果ては歯ブラシまで、ほとんどの産業に手の伸びている企業グループだ。
  「その財閥の社長の娘が、さっきお前がぶつかった奴だ」
  「本来なら銃殺よ、銃殺!!」陣内兄妹の注釈。
  「銃殺はともかく…ふぅん、そうなんや。そんな人がこんな庶民の学校にねぇ」
  僕はゆっくりと昇降口に向って一人、歩いてくる先輩を眺めて呟く。
  彼女の回りだけ時間がゆっくりと流れている,そんな幻覚が軽く襲った。
  「そんな風に、見えません?」尋ねるクァウ−ルさんに僕は視線を戻す。
  「う〜ん、なんとなくテンポが一般人とは違うとは思うけど…」
  キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン…
 
「あ、鳴ってるで!」
  「行くぞ,誠」促す陣内。
  「それでは」クァウールさんは小さく頭を下げると、菜々美ちゃんとともに駆けて行った。
  僕と陣内は同じB組,クァウールさんと菜々美ちゃんはA組なのだ。
  僕らは二手に分かれ、それぞれ教室に向う。 教室のある3Fまで、僕と陣内は軽く会話を交わしながら階段を上って行った。
  朝のHRまで、チャイムが鳴ってから2分ほど余裕があるのだ。
  3Fまで上り、右折して廊下に差しかかった時…
  「死ねぃ!」
  そんな声とともに、飛び出してきた本日二度目の人影!
  ドカッ!!
 
「うわっ!」
  僕は跳ね飛ばされ、その場に倒れる。運良く、階段の下まで転げ落ちる手前だった。 「チッ,惜しい!」
  「何や何や? 一体?!」
  僕は目を白黒させ、ぶつかってきたそいつを見上げた。
  それは僕の良く知る人物。
  「ハァイ! 誠,Good Mornemng!!」快活な英語訛の挨拶。
  「何するんや! アレーレ!!」当然僕は非難の声を上げた。
  クラスメイトのアレーレ=レレライル,帰国子女の彼女はサンフランシスコから来た(?)、自称ハ−フである。
  なお、外人と言うと同世代の日本人よりも体格的に発達していると思われがちだが、彼女に関してはまるで逆であることを付け加えておこう。
  「Sorry,つい、ぶつかっちゃったのよ」ペロリ、舌を出して微笑む。
  「でも『死ね』とか『チッ』とか言うてへんかった?」僕はジト目で睨つけた。
  「What?」とぼけて視線を泳がせるアレーレ。
  と、僕が身を起こそうとした時である。
  「!」
  この体勢,アレーレを見上げるこの体勢から、彼女のスカートの中身が見えた!
  ”く、黒のレース?! なんちゅう似合わんもんを…”
  僕は悪いものを見たようにブンブンと頭を振り、立ち上がる。
  「誠、誠?」
  すでに陣内は僕を見捨て教室に入ってしまっている。
  それを追い駆け教室に向かう僕に、アレーレは腕を絡ませて僕の耳元にこう囁いた。
  「誠,案外、どスケベね」
  「…日本は司法国家や」怒りに震える拳を握りしめ、僕はアレーレを振り払った。
 

  「そろそろ期末試験だ,今のうちにしっかり勉強しておくように。いいな!」
  担任の藤沢センセの本日最後のHR,そのセリフとともに本日の日課は終了した。
  「ふぅ,終わった終わった」僕は鞄を取る。
  「水原,今日は部活か?」
  「ああ、陣内は生徒会?」僕の前になにやら偉そうに立つ彼に、僕は言葉を返す。
  「そんなところだ。お前、部活だったら菜々美の教室の前を通るだろう? これを渡しておいてくれんか?」陣内は一冊の参考書を僕に手渡した。
  「ええよ、ほな!」
  「じゃあな」
  僕は陣内と別れ、教室を後にした。
  僕の所属する部は科学部。菜々美ちゃんとクァウールさんの教室は、僕達のいる教室からは棟自体が離れている。狭い学校やさかい。
  僕は渡り廊下を歩き、菜々美ちゃんのクラスへ。
  この時間、掃除当番と部活関連者以外はさっさと帰って自分の時間を楽しむのがウチの学校の特色だ。だから教室には掃除当番以外、誰もいない可能性が高い。
  その時は菜々美ちゃんの机の上にでも置いておいてもらえば良いか。
  そんなことを考えながら、僕は彼女の教室の扉に手をかけ…
  「一回くらい代わってくれても良いじゃないの!」
  その手が止まる。
  中から女性徒の怒鳴り声が聞こえた。
  「同じクラスメイトでしょう?」と、こちらも怒気をはらんだ別の声。
  「自分の仕事くらい自分でせいや,ウチが変わってやる義理もクソもあるかいな」
  「なんですってぇ!!」またまた別の声と対抗する声一つ。
  僕はそっと、扉を開けて中を覗く。
  クラスの中は無人…ではない、一人の女性徒に三人の女子が絡んでいる。
  囲まれた方はしかし,三人とは対照的にその表情に冷静さを浮かばせていた。
  メガネの奥の細い瞳には冷たい光が宿っている。
  三人のうちの一人,妙に気の強そうな女子が彼女に詰め寄る。
  「だいたいアンタ、何様よ! いつもいつも偉そうにしちゃってさ!」
  「フッ…」囲まれている方の女子が鼻で笑い、呆れた表情を浮かべた。
  「その態度がむかつくのよ!!」余計に怒らせたようである。
  だが、何が原因か分からないが憤る三人を女生徒はキッと睨みつけ言い放つ。
  「勝手にウチに嫉妬するのはかまへん,でもアンタら目触りおす。言ってる事もやってることも身勝手やあらへん?」
  「貴方には『和』ってものがないの?」
  「アンタらのいう『和』って言うのは、アンタら中心の『和』なんやろ。そんなもの、ウチには無用以外のなにものでもないわ,ウチは用事があるさかい、いい加減帰らせてもらうわ」
  「ちょっと!」一人が彼女の肩を掴もうとする。
  「邪魔や!」一喝!
  「ヒッ!」慌てて手を引っ込める。
  「待ちなさいよ!」もう一人が包囲をすり抜けた彼女を追う。殺気立ったものを感じた。
  ガララ…
 
僕は扉を開ける。
  それに追う三人の動きが止まった。
  「陣内さん、いません?」こちらに向かってくるメガネの女生徒に尋ねる。
  「昇降口の掃除当番や,いらんことしいや」
 
 
いらんことしいや

 
  「そうですか」
  僕の横を通りすぎざまに、彼女は言った。
  「ほな、失礼しました」
  「…」
  ばつの悪そうな表情の三人の顔を眺めながら、僕は扉を閉める。
  「あれ?」
  先程の女子はすでに下り階段へと足を掛けていた。
  と、その足が止まる。
  小さくだが、話し声が聞こえる
  「陣内さん? 貴方宛に」
  「そぅ、ありがとね」
  その後姿と入れ替わるように、菜々美ちゃんが駆けてくる。
  「どしたの? まこっちゃん??」
  「これ、陣内から渡してくれって」僕は陣内からの参考書を手渡す。
  「あ、サンキュ!」
  「ところで菜々美ちゃん,さっきの子…」すでに見えなくなった階段を眺め、僕は尋ねた。
  「ん? アフラさんのこと?」
  「アフラさん言うんか? 彼女…」すごい冷たい瞳、それだけが印象的な娘だった。
  「? どうしたの? まこっちゃん? なんかキツイこと言われたの?」
  「キツイこと?」僕は首を傾げる,確かにいらんことするなって注意を受けたが。
  「うん、アフラさんって言い方とか素振りがキツイって評判なの。でも頭良くて間違ったこと言わないから、皆から敬遠されてるんだ」
  「敬遠? 菜々美ちゃんも?」
  「ううん,私はもともとしゃべらないし」
  「それってあんまり変わらへんやないか」呆れて一言。
  「う…だって、話しかけても全然応えてくれないしさ…」
  バツの悪そうに、菜々美ちゃんは俯いた。
  「じゃ、私これから部活だから!」
  「ああ、ほなね」
  菜々美ちゃんは三人のいる教室へ駆けて行く。僕はその足で部活動の場へと向かった。
 

  「さて、この配線をこっちにつないでと…スイッチ・オン!」
  どむ!
 
「キャァ!」
  景気の良い爆発音と伴に研究対象物は爆発した。
  化学実験室,ここが僕の所属する科学部の活動拠点だ。
  部員は全部で20名,しかし大半が幽霊部員で、僕一人でやっている感がある。
  今の実験は自称・時限転移装置。成功するとは思わへんけど、爆発するとは思ってもみなかったわ。
  僕は顔を煤だらけにしながら、穴の開いた天井を見上げた。
  上は確か美術準備室だったはずや。この時間に人はいるとは思えんし、大丈夫やろ。
  僕は大きく溜息,その場にへたり込む。
  うに
  タイル床に付いた手が、予想外の感触を返した。
  「何や? なんか柔らかいものが…はぅ!!」
  僕の右手は機械の残骸の間で倒れている一人の女生徒の胸の上にあった。
  僕は彼女と、そして大きく開いた天井の穴を見比べ…
  「ああ、だ、大丈夫ですかぁぁ!!!」
  慌てて彼女を揺する。
  その時気付いた,この人、朝ぶつかった…そう、ルーン先輩や。
  「ん…」
  小さな呻き声と伴に、彼女の睫毛が揺れる。
  「ルーン先輩!」
  「…?」
  不思議そうに僕の顔を見る先輩。
  その表情は朝のボケッとしたものとほとんど変わらない。
  だが、”ここは一体…”と言いたげな雰囲気だ。
  「すんません,実験に失敗して爆発してもうたんや」
  僕はひたすら謝りながら、天井を指差した。
  ルーン先輩はゆっくりと身を起こし、僕の指先から天井を見上げた。
  あ、少し驚いた…ように見えるんやけど…表情が出にくい人やな。
  「先輩は上の美術準備室にいたんやろ?」
  コクリ
 
「怪我はあらへんか?」
  先輩は自分の体を見渡し…
  コクリ
 
「他には人はおらんかった?」
  コクリ
 
「そっか…」僕は安堵の溜息。顧問の先生には怒られるやろが、怪我人がおらんでホンマ良かったわ。
  「ところで先輩は美術準備室で一体何を?」
  その質問に、先輩は懐から手の中に入るくらいのカードの束を出した。
  不思議な絵の描かれた高価そうなカード,これは…そう、タロットカードとかいう奴やな。
  「私、オカルト研究会なんです」
  「え…」消え入るような小さな声で、ルーン先輩は囁くようにして言った。
  「オカルト研究会…ですか」
  コクリ
 
「占って差し上げましょうか?」
  「でも、当たらへんやろうし…」
  ふるふる
 
首を小さく横に振る先輩。
  「今日,私は爆発に巻き込まれるって…出ましたの」
  「…当っても嬉しくないんやないか?」苦笑。
  ふるふる
 
何故か首を横に振る。心なしか、頬が少し赤いように見える。
  「?? おもしろそうやな、ほな占ってもらおか」
  コクリ
 
先輩は嬉しそうに(多分)頷いた。
 

  「………」
  「? どうしたんや?」
  ルーン先輩の雰囲気がおかしい。表情は一緒だけど。
  「………」
  「あの〜」
  「………」
  「何て出たんですか?」
  「きっといつか…いいことがありますわ」
  やはり消え入りそうな声で残念そうにいうルーン先輩。
  「先輩ぃぃ!!」
  「というのは冗談で」
  「おいおい」ツッコミ。
  「努力した分だけ、報われます」
  「そっか」ルーン先輩にそう、言われると不思議と嬉しくなる。
  「ただ…」少し困ったような雰囲気が伝わる。
  「ただ?」
  「女難の相が出ていますわ」
  「女性起因で不幸が訪れるちゅうこと?」
  コクリ
 
「この爆発も…私にこうして会ったから」
  申し訳なさそうに、先輩は告げる。僕はそれに二度目の苦笑。
  「ほな、別にかまへんわ」
 
 
首を傾げ、ルーン先輩。
  「先輩とこうして友達になれたんや,これが不幸言うんなら、大歓迎や」
  「…」
  先輩の頬が赤く見えるのは、窓から差し込む夕日のせいだと思う。
 

  帰路、ルーン先輩は校門の前で立ち止まる。
  「どうしたんや?」振りかえり、僕は尋ねた。
  「…!」避けろという無言の雰囲気。
  キキィ!!
  「とぅあ!!」
  甲高いブレーキ音とともに校門に猛スピードで横付けされたリムジンを、僕は間一髪で避ける。危うく跳ねられる所だった。
  ガチャリ
 
「お嬢様,お迎えに上がりました」
  助手席から出てくるのは白髪白髭の老紳士。
  彼は僕のことなど眼中にないようにルーン先輩を後部座席に導く。
  「あ、危ないやないか!!」
  「何じゃ、このこわっぱは?」
  「こわっぱ…って爺さん,何世紀の人ですか??」
  バタン
  キキィ!!
 
呆然とする僕の前で、リムジンは動き出す。
  後部座席からルーン先輩が変わらないその表情に、暗いものを浮かべてこちらを見ていた。
  ご・め・ん・な・さ・い
 
小さい口の動きは、そう発していたと思う。
  ルーン先輩を乗せたリムジンは現れた時と同様、猛烈なスピードで僕の視界から遠ざかっていった。
  「高き身分の壁,ああ、一体僕はどうしたら良いのだろう♪」
 
「?!」真後ろで宝塚チックなセリフが聞こえてきたので仕方なく振りかえる。
  「しかし僕は、何としてでも貴女を手に入れる!! 例えそれが命をかける戦いであっても!!」
 
「菜々美ちゃん…」唖然と、僕は彼女を見つめる。
  「だから待っていてくれ,ルーン! 僕が辿りつくのその日まで♪」
 
暫しの沈黙。
  「…終わった?」頃合を見計らって僕は尋ねる。
  「…止めてよ」虚しさを分からせるのは最後までやらせることだ。
  「でも意外ね,まこっちゃん、ルーン先輩と仲良くなったんだ」
  「仲良く…かどうかは分からへんよ。ただ科学と呪術の歩み寄りを、ね」
  「はぁ? ま、いいや。ところで来週から期末試験ね」サラリという菜々美ちゃんのセリフに、僕は暗い気分にさせられる。
  「…嫌なこと思い出させんといてな」
  「まこっちゃんは自信、ある?」
  「なんや、菜々美ちゃん、自信あるんかいな?」
  僕と菜々美ちゃんは特定の科目以外は平均の半分,いや,それ以下だ。
  夏休み前など、揃って補習を受けさせられたくらいや。
  しかし僕と菜々美ちゃんの間には『成績』に関しては共同戦線はない。
  どちらかというとお互い、あいつの下にだけはなるものか,という気配が強い。
  底辺で足の引っ張り合いしとるだけやけどね…
  「フッフッフ…」
  「なんや? その不気味な微笑みはぁぁ!!」
  「私をこれまでの菜々美ちゃんと思ってもらっちゃ困るわよ」不敵な『陣内笑い』を彷彿とさせながら彼女は僕の目の前で人差し指を振って見せる。
  「なんやて?」
  「私はあの、『ヘルマシ〜ン』と恐れられたお兄ちゃんに、頭脳改造を施されたスーパー菜々美なのよ!!」
  「なんとぉぉ!!」驚愕の雷が落ちる!!
  ちなみにクァウールさんと陣内は学校内ではトップクラスだったりする。
  「…やっぱり僕、普通で良いや。そこまで堕ちとうないし」これは本当の気持ちや。
  「なぬぅ! ま、良いや。ともあれ、今回は私の勝ちね!」
  そういや、さっきの参考書,陣内の適切なアドバイスの書き入れてあるもんやったのかもしれんな,見とけば良かったわ。
  と、僕の脳裏にひらめくものがあった。
  「フッフッフ…」
  「な、何よ、無気味な笑いね」一歩後ろに下がって、菜々美ちゃんは眉を寄せる。
  「菜々美ちゃんに陣内が付くというのなら、僕にも対抗手段は、ある」
  「対抗手段ですって?」
  「そや」ニヤリ、微笑む。
  「一体どんな汚い手を!!」ズギャァァン!! 青白い雷を背景に菜々美ちゃんはビッシィと僕を指差した。
  「え…いや、汚い手って…それじゃ不正行為やんか」
  「場の雰囲気よ,場の! で、一体どんな手を…」
  「クァウールさんに教えてもらえば良いやん」
  「あ、そんな手もあるわね」ポン、手を打って菜々美ちゃん。
  「あっさり納得されても…」
  「でもクァウールが試験前にまこっちゃんの勉強をみたりするかなぁ? あの子だって自分の勉強で手一杯のはずだし」
  「え、そうなん?」
  「うん。大学受験の為に塾に行ってるじゃないの。知らなかった?」
  初耳だった,というか、まだ二年あるのにというのが僕の率直な意見だ。
  「まぁ、せいぜい頑張ってねぇ、スタートダッシュは私の方が早いから」
  「ううっ…」
  帰りの家路で、菜々美ちゃんから今回の試験範囲の問題を何個か問われ、余計自信をなくしたのは余談ではある。
 

  翌朝。
  「え? 一緒に勉強会ですか?」
  「駄目?」
  朝の学校への道すがら、クァウールさんにそう話を持ち出した。
  しかし彼女は困ったように表情を曇らせる。
  「期末試験前日の日曜日に全国統一模試があるんです…今はそれが手一杯で…」
  ”期末試験は目にないってコトか…”僕は苦笑。
  「あ、でも模試が終わったら,試験日当日なら一緒に出来ます!」気を取り直し、彼女は元気良く言った。
  「一夜漬けかぁ」
  期末試験は5日間,月曜から始まり金曜日まで。
  しかし試験期間は長くてもお昼までしか試験はしないのだ。すなわちどの日も午後からは時間が空いている。
  「ほな、ゴメン,それで頼むわ」僕は拝む。
  「はい!」
  笑顔で彼女はそう答えてくれた。
 

  「はぁ」ホウキとチリトリを手に、僕は科学実験室の片づけをしていた。
  昨日の残骸である。なお、顧問の先生にはこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
  溜息は片付けに対してでは当然ない。今日は火曜日,菜々美ちゃんに言われるまで気付かなかったが、来週からは期末試験なのだ。
  「今日は早く切り上げて勉強するかぁ」
  と、背中に視線を感じる。振りかえる。
  ?
  誰もいない。
  首を傾げて視線を戻し…あれ?
  僕は天井を見上げた。
  昨日開いた穴から、一対の瞳がこちらを眺めている。
  「あ、ルーン先輩,こんにちわ」
  ペコリ
 
「あの…いつからそこに…」
  思案顔。
  と、彼女の顔が見えなくなった。
  ”変わった人や”そう思う。
  数分後。
  ガラリ
 
実験室の扉が開く。
  ルーン先輩だ。彼女は数冊のノートを手にしている。
  それを僕に差し出した。
  「何です? これ??」
  開いて見てみる。
  数学のノートだった,他には古文、漢文、世界史から化学まで。
  どの科目も見た感じではあるが非常に詳しく,かつ適切にノートされている。それも内容は…
  『1−F ルーン=ヴェーナス』
  ノートの名前記入蘭にはそうあった。
  「これは…」
  視線を先輩に移す。先輩はタロットを僕に見せた。
  「占って、これが僕に必要だと思ったんか?」
  コクリ
 
「ありがとう、貸してもらうわ」
  ルーンは嬉しそうに微笑む,ような雰囲気を浮かべた。
  「でも何で僕にこれを貸してくれるんや?」僕は思ったことをそのまま口にする。
  「友達だから…」
  いつもの消え入りそうな声で、先輩はそう呟いたのだった。
 

 
以下、試験終了までゲーム感覚でお楽しみ下さい。


  3/11 水曜日
  苦手な古文・漢文に着手。ルーン先輩のノートが早速役に立った。珍しく勉強で深夜まで起きてしまった。
  古文・漢文知識 +10% 体力 −5P
 


 
 3/12 木曜日
  菜々美ちゃんに宣戦布告。どうやら向こうの陣営はかなり余裕があるらしい。
  本日は世界史と現代国語を重点的に行う。僕のノートをみるとミミズが這っていたので、これもルーン先輩のノートに頼る。先輩のノートは参考書並に良く出来ているので助かる。
  世界史知識 +20% 現代国語知識 +30% 反省 +6P
 


 
 3/13 金曜日
  得意な物理・数学で分からないところがあったので、図書室で勉強することにする。この時期はいつも閑静な図書室が繁盛していた。
  僕はドジを踏んで小さな棚を一つ倒してしまう。危うく人一人を本の下敷きにするところやった。被害者である女子・アフラさんにめっちゃ怒られた…
  計算法則 +40% 印象 −20P 体力 −3P
 


 
 3/14 土曜日
  半ドンの今日は部室に用があったので寄ると、ルーン先輩にばったり会った。
  ついでにと勉強にて分からないところを数点尋ねる。
  お礼にと、僕も理系関係の教科を教えた,先輩は二年だが得意な科目に関しての僕は大学レベルの知識を持っていると自負する。
  結局、夕方まで先輩とちょっとした勉強会を開くことになった。
  全ての科目 +20% 印象 +5P 体力 −5P
 


 
 3/15 日曜日
  明日の試験科目である古文,リーダー,音楽を重点的に行う。音楽はどうとでもなりそうだが…当って砕けてしまいそうだ。
  気分転換にと商店街を散歩すると菜々美ちゃんと遭遇。何故かDDRで勝負し、敗北。不吉な予感が漂う。次回再戦までに特訓しておかねば。
  古文知識 +15% リーダー知識 +20% 音楽知識 +30%
 


 
 3/16 月曜日
  出来はまぁまぁ、思った以上だ。
  今日からクァウールさんに僕の部屋で勉強を見てもらう。ヤマをたててもらったので、そこを重点的に行った。クァウールさんは菜々美ちゃんとは違って部屋を漁らないので助かる。
  漢文知識 +20% 現代国語知識 +20% 美術知識 +40% 体力 −5P
 


 
 3/17 火曜日
  ヤマは大部分当たっていた。明日は化学・数学・物理と得意科目ばかりの日。
  今日は僕がヤマを立てる立場だ。
  化学知識 +2% 物理知識 +2% 数学知識 +4% 体力 −2P
 


 
 3/18 水曜日
  昨日立てたヤマは半分はずれたが、僕もクァウールさんも大きな影響はなかった。
  優秀という言葉は案外近くにあるものだと感心する。明日は数学Uと英文法,保健体育。
  僕の要望で、英文法を重点的に行った。
  英文法知識 +50% 数学U知識 +1% 保健体育知識 +30% 精神力 −7P
 


 
 3/19 木曜日
  明日は試験最終日。世界史と生物,トリは地理。
  暗記物ばかりなので僕とクァウールさんで問題を出し合う。
  一抹の不安を残しながらも夕方、解散した。
  今日は徹夜である…
  世界史知識 +20% 生物知識 +30% 地理知識 +20% 体力 −15P
 


 
 3/20 金曜日………
 

  「戦いは終わった…」
  僕は真っ白に燃え尽きていた。
  「燃え尽きたぜ、真っ白によォ,おやっさん…」
  そう言いながら僕の隣にやってきたのは菜々美ちゃん。両手をブラリとさせ、あしたのジョーを演出する辺り、試験に余裕を垣間見たような気がして悔しい。
  「よぅ、どうだった? 水原,菜々美?」机にうつ伏せる僕の頭上からのその声は陣内だ。僕は顔を上げる。
  「バッチシ!」親指をグッと立て、菜々美ちゃん。
  「ほどほどや」対して疲労困憊の僕。
  「ね、これからカラオケでも行かない? 打ち上げでさ!」菜々美ちゃんは嬉しそうに提案した。よっぽど試験期間中はストレスが溜まっていたのだろう。
  「僕はかまへんよ」
  「私も特に予定はないな」
  「じゃ、あとはクァウールを誘ってと,じゃ、HR終わり次第校門に集合ね!」
  「「OK」」
  菜々美ちゃんはスキップしながら教室を出ていった。
 

  僕&クァウールさんvs陣内兄妹のカラオケ合戦は白熱の末に敗北し、明日からのテスト返却に暗いものを見たような気がした。なんか最近負けてばっかりやな。
  夜10時まで及ぶ死闘を終えた僕達は、帰り道の商店街でふと見知った人を見かけた。
  「あれ…あの子」
  僕は通りの向かい側を歩く、僕達と同じ制服姿の一人の女子の姿を見つけた。
  その彼女の隣にはヘラヘラとした笑いを浮かべた他校の男子生徒が何かを話しかけている。
  「あら、アフラさんですね」
  「隣の男の子は…西雲高校の制服ね,付き合ってるのかしら?」
  クァウールさんと菜々美ちゃんは僕の視線の先に気付き、そう呟いた。
  と、その時。
  バコ!!
 
アフラさんはいきなりその男子生徒の顔面に持っていた学生鞄の角を叩きつけたのである。
  「!!」鼻を押さえて路地にうずくまる男子生徒。遠目からでも鼻血が出ているのが分かった。思わず僕と陣内も自分の鼻を押さえてしまう。
  アフラさんはまるでハエを追い払うかのように、その男子生徒には目も向けずにそのままの歩速で去ってしまった。
  「菜々美ちゃん?」僕は見えなくなった商店街の果てを眺めながら背中の彼女に声をかける。
  「何?」
  「いらん噂、振り撒いちゃあかんで」
  「うっ…わかってるわよ!」
  ”その『うっ』っていうのは何や?”
  しかし分からない。そもそもこんな時間に制服のままで何をやっていたのか?
  菜々美ちゃんでなくてもいらない想像が膨らむ。
  って僕達も制服やったな…
  こうして試験が終わり開放感に満ちた日は過ぎ去って行った。
  幾つかの心残りと、明日への不安を抱いて。
 

 

To be contemnued ...



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