菜々美ちゃんが、がっくりと肩を落とし廊下に跪く。
  対する僕は勝鬨のガッツポーズ!
  3学期期末試験の全テストが帰ってきた本日、僕の合計点は菜々美ちゃんのそれを上回っていたのであった。
  たった5点だけど。
  壁には2年生の10位までの成績優秀者が廊下に張り出されていた。
  一位は…アフラ=マーン。
  アフラさんか,僕はあまり良い印象のない彼女を思い出す。
  いつも澄ました表情を浮かべている人だ。そう、こんな風に…
  目の前にアフラさんがいた。
  彼女は張り紙を一瞥すると、しかし何事もなかった様に通り過ぎて行った。
  「当然って感じ、かしらね?」復活した菜々美ちゃんが小声でアフラさんの背中に向って言った。
  「でもクァウールさんが5位で、陣内が8位かぁ。どっちもすごいわ」
  「まぁな」
  「物理は誠さんに教えていただかなかったらここまで行けませんでしたわ」
  態度も正反対な2人。なお、僕と菜々美ちゃんの成績は中の上,いつもは赤点の教科もある僕達にしてみれば上出来だった。
 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
  「あ、卒業式が始まるな」
  「ほな、行きますか」
  あとはひたすら眠い卒業式を控えるだけだった。
  そして明日は終業式,そのまま春休みに突入し、4/7までゆっくりと羽を伸ばせる。
  「誠さんは春休みは如何なさいます?」
  「そうやなぁ…適当に生きてるわ」
  「じゃさ、皆でお花見しない?」
  「ほぅ、花見か,梅酒は用意するのだぞ」
  菜々美ちゃんの提案に、陣内はいきなり具体的な要求を提示。
  「お弁当は私と菜々美ちゃんで用意致しますわ」
  「場所取りはお兄ちゃんとまこっちゃんに任せるからね」
  「私は持病のリウマチが」
  「こらこら…」
  「サクラの開花時期はいつ頃かしらね?」
  そんなことを話しながら、卒業式の会場である体育館へと向った。


From Heart
  遥かなる想いを…


≪ 第二話 汎用人型決戦兵器 イフリー● ≫


  4/2、その夜、僕は近所の公園で夜桜を見上げていた。
  辺りには同じようにレジャーシートを広げて花見の場所取りをしているサラリーマンやら学生やら色んな人種がまばらに見て取れた。
  「ふぅ」僕は薄手の毛布を肩から被る。
  この時期、まだ夜ともなると風が冷たい。
  同じ場所取りのはずの陣内は本当にリウマチらしく、夕方までは付き合っていたのだが夜半になってから余りの痛さに帰ってしまった。
  今の時間は11:30。腕のデジタル時計が淡い光を放つ。
  と、僕の目の前を見たことのある人影が通り過ぎた。
  彼女はそのままこちらに視線を向けることなく通り過ぎて行く。
  「アフラさん?」
  その後ろ姿は制服姿のアフラさんに間違いなかった。
  彼女の背中はそのまま夜の闇の先へと去って行く。
  「こんな時間に一体?」
  考え込む僕を照らしていた公園の照明が、不意に陰になった。
  僕は顔を上げる。
  「あ…」
  そこには再び見知った顔が合った。
  「ルーン先輩! こんな時間にどうしたんですか?!」
  そこには眠たげな瞳で僕を見つめるルーン先輩の姿があった。
  アイボリー色のゆったりとしたガウンを羽織った先輩は、制服を着ていた時とまた違った印象を受ける。まるでそのまま消えてなくなってしまいそうな、幽玄さが漂っている。
  彼女は僕の問いに人差し指を頭上に向けた。
  そちらを見ると、月と満開のサクラの花があるだけ。
  「夜桜見てたんですか?」
  コクリ
  「そか、昼とはまた違ったありますからね。あ、そうだ、コーヒーでも飲んで行きません?」
  僕は暖かいコーヒーの入ったポットを見せる。
  ルーン先輩は小さく頷くと靴を脱いでレジャーシートの上に座る。
  僕はコップにコーヒーを注いで先輩に手渡した。
  「熱いさかい、気を付けてな」
  湯気の立つそれを受け取り、ルーン先輩は空を見上げる。
  つられて僕も見上げた。
  風が桜色の枝を揺らし、積もった花びらを僕達の上に振り撒いて行く。桜色の紙片は月明かりに白く映えていた。
  僕達は特に言葉を交わすでもなく、なだらかなゆったりとした時間を過ごす。
 
 
桜の雨が、降る…

 
  “不思議な雰囲気の人やなぁ”僕はルーン先輩に視線を移す。
  白い面が月明かりに映え、まるで絵画のような美がそこにあった。
  ルーン先輩との時間は菜々美ちゃんや陣内、クァウールさんとは違った流れだ。
  なんかとても不思議でいて、落ち着いていられる,おそらくこの人の持っている雰囲気につられてしまうんだろう。
  「?」
  ルーン先輩がこちらに振り向き、首を傾げる。
  「あ、いや。月がきれいですね」
  コクリ
  「お〜い、ちゃんと場所とりしてる〜?」遠くから聞き覚えのある声が届いてくる。
  それは次第に近づき、2つの足音を伴なっていた。
  「おっつかれ、まこっちゃん!」
  「ご苦労様です、誠さん。あら…」
  菜々美ちゃんとクァウールさんだ。二人は僕の顔を見た後、その隣に座る人物を見て少し驚く。
  「こんばんわ、ルーン先輩」
  「こんばんわ!」
  「こんばんわ」
  二人に挨拶,騒がしい菜々美ちゃんと静かなルーン先輩,この二人が並ぶほどアンバランスなものはないな、そう思ったりする。
  「ルーン先輩はこんな夜中にどうしたんですか?」
  「お嬢様ぁぁ!!」 しわがれた男の声が夜の公園に響く。
  「「うわぁぁ!!」」
  空中きりもみ5回転半をして見事、ルーン先輩の前に着地したのはタキシードを着込んだ白髪・白髭の老紳士。
  たしか執事のストレルバウさんだ。
  「こんな夜に一人お出かけとは! 奥方様が心配しておりますぞ,ささ、帰りましょう」
  「…」
  ルーン先輩は残念そうな雰囲気で立ち上がる。
  「ほな、先輩。おやすみなさい」
  「おやすみなさい」
  「明日、ここで花見やってるから、良かったら遊びに来てや」
  「はい…」
  「いけませんぞ、お嬢様! 明日はパイプオルガンの発表会です」
  「「パ、パイプオルガン?!」」
  さすがロシュタリア財閥のお嬢様となると奏でる楽器のスケールすらも違う。
  「おやすみなさい」
  「またね〜」
  クァウールさんと菜々美ちゃんもまた、押されるようにして去って行くルーン先輩の背中にそう声を掛けた。
  「で?」
  クルリ、菜々美ちゃんは興味津々な表情で僕に視点を変える。
  「は?」
  「いつの間にルーンお嬢様に手を出したのよ,まこっちゃん?」ニタニタ笑いながら肘で僕を小突く。
  「菜々美ちゃん、誠さんは誰にでも優しいだけですよ」
  「クァウールも騙されちゃ駄目よ,このまこっちゃんの甘いマスクの下にどんな邪念が隠れていることやら」
  「僕の顔はそんなに出来が良いんか? ありがとな、菜々美ちゃん」
  「む、むか〜,全然甘くなんかないわよぉ!」
  反撃は成功したようだった。
  夜にもかかわらず騒がしい時間が始まろうとしている。
  おそらく明日の花見、僕は半分寝ていることやろうな。


  新学期、僕はいつものようにクァウールさんに起こしてもらい、眠気まなこを擦りながら登校の道についていた。
  今日から僕達は二年生。クラス替えも行われて、編成は昇降口に張り出されているはずだ。
  校門に差し掛かったところで菜々美ちゃんと陣内に出会った。
  「おはよ、二人とも」
  「おはよう、菜々美ちゃん」
  「おはよ、で、見たんか? 陣内?」
  「ああ、誠は…」
  「私が言うわ!」陣内の口に右パンチを繰り出して、菜々美ちゃんは黙られると、コホン、一つ咳をする。
  「クァウール,2−A、まこっちゃん,2−A,お兄ちゃん,2−A」
  「って皆同じクラスなんか?」
  「私…2−B…」
  「あ…」残念そうにクァウールさん。
  「例え離れても私のことは忘れないでね、みんな,およよよよ…」泣き真似する菜々美ちゃん。
  「クラス隣やろ、どうせ休み時間になったらすぐに遊びに来るくせに」
  「ま、そうなんだけどね」苦笑する菜々美ちゃん。
  「始業式、始まる前に教室に行きましょう」
  「そうだな、早早に遅刻なんてシャレにならん」
  クァウールさんと陣内の言葉に、僕達は校門をくぐる。
  新しい学期の始まりである。


  始業式も無事(?)に終わり、HRが始まる。
  今日はこれが終われば終了だ。
  担任の藤沢センセが連絡事項を通達し、まず初めに。
  「学級委員は…そうだな、やりたい奴はいるか?」
  これから始まる。無論みんな無言だ。なお陣内は生徒会長に立候補する予定なのでクラスの支配者は今回は諦めるそうだ。
  「では推薦はあるか?」
  「は〜い、アフラさんが良いと思います」
  僕は声の主に視線を向ける。それは間違いない、前にアフラさんに詰め寄っていた女子だ。
  よくよく見るとあの時の他の2人もいる,同じクラスとは嫌な感じや。
  対するアフラさんは面倒くさそうに机に肘を突いてぼぅっとしている。
  この人とも同じクラスやったのか、それも席は隣の隣やった。
  「推薦が出たが、どうする? アフラ?」試すように藤沢。
  「別に…やれいうんならやりますが」面倒くさそうに、アフラさん。
  「じゃ、アフラを支持するものは拍手を」
  言うまでもなく満場一致で拍手。
  なお、学級委員は要はクラスの雑用係である,やりたがるのは何か勘違いした陣内くらいのものだ。
  「じゃ、後は頼むぞ、アフラ」
  「はい」
  担任の代わりに教壇に立つアフラさん。
  「ほな、まず初めに各係の選出を…」
  アフラさんの学級委員としての進め方は淡々としていて全く無駄のないものだった。
  それ以上に有無を言わせない雰囲気があり、それも進める上でスムーズに行った点の一つであろう。
  無駄口一つもなく、実にスムーズに,言い替えれば息の詰まる思いでHRは終わりを告げた。
 

  「ねぇ、聞いた聞いた?」
  その日の帰り道、いつもの4人での下校の道すがら菜々美ちゃんはいつもの切り口で始める。
  「今年の新入生さ、何でも人間じゃないのがいるんだって?」
  「人間じゃないものって?」
  「怪獣か?」
  クァウールさんと陣内の問いに、菜々美ちゃんはチッチッと人差し指を横に振る。
  「まこっちゃんはどう思う?」
  「ロボットかなんかか?」適当に答えた。しかしそれに菜々美ちゃんは驚きに口を塞いだ。
  「菜々美ちゃんネットワークを越えるネットを持ってるの、まこっちゃん?!」
  「なんや、当たりなんか?!」さすがにこれには僕も驚く。
  でも…
  「なんか、またデマみたいやなぁ」それに菜々美ちゃんはむっとした表情で応酬。
  「確かな情報よ! ロシュタリア電工が新しく開発したアンドロイドの性能を確かめる為に、試験的に一週間だけ、東雲高校に入学させてデータ取るって」
  「ふぅん…ロシュタリア電工ね」
  その大元、財閥の娘は魔術かぶれ。その対称性が妙に可笑しく思う。
  結局、そのアンドロイドがどんなものなのかは菜々美ちゃんは分からなかった。
  しかし僕には興味ある話題ではある。


  「おっはよ!」
  「うわっと!」
  僕は挨拶と伴にやってきたアレーレのタックルを受け流す。
  「む、腕を上げたアルね!」
  「アレーレ、もうどこの人かさっぱり分からなくなってるよ」
  「うりゃ!」
  「おわ!」掛け声と伴に背後からタックルを受け、僕はアレーレに向って倒れる。
  ドゲシャ!
  僕はアレーレに覆い被さる様にして廊下に倒れ込んだ。彼女の胸に僕の顔が埋まる。
  「誠、やらしいアルよ」僕の頭を抱えて、アレーレ。
  「は、放してくれ〜」
  「アレーレ、まこっちゃんにタックルして良いことあるっていうけど、ホントなの?」
  背中からの声は菜々美ちゃんだ。今タックルしたのは菜々美ちゃんか…
  しかしタックルすると良いこと? なんだそれは…
  「うん! 前にルーン先輩に占ってもらったらそう出たアルよ」
  「なぁんだ、それはアレーレにで、私には良いこと起んないよ」
  「What?」
  「占いっていうのはその人にとってのことなのよ」
  何を占なっとるんや,ルーン先輩は!
  「とにかく放して」
  今の僕にはそれ以外に言うことはなかった。
 

  『新入会員募集! 集え、若人よ。我が影技に敵うものなし!』
  昼休み、校舎と食堂を繋ぐ廊下の脇でそう書かれた立て看板を背に何やら力説する女生徒の姿を僕と陣内は視界の隅に入れていた。
  「誠、早くしないと幻のシメサバパンが売り切れてしまうぞ! もう少し速く走れんのか?!」
  「こ、これが精一杯や…」
  廊下を疾走する僕達二人,いや、あらゆる生徒達が一定方向に向って駆け出している。
  昼の食堂で発売されるパンの奪取,それは毎日行われる戦争だ。
  そんな僕達が少女の前を駆け出した時であった。
  全力で走る僕の首に何かがぶつかる。
  「?!」
  それも一瞬,息苦しさと伴に妙な浮遊感、のちに背中に廊下の堅さと冷たさの感触が伝わる。
  「ぐぇ!」カエルの潰れたような声は僕自身、他人の声に聞こえた。余りの衝撃に視界が一瞬ホワイトアウトし、息が詰まる。
  「先に行ってるぞ! 誠!」
  「うう…」振り向きすらせずに走り去る陣内の背を、僕は廊下に倒れながら見送るしかない、無力だ。
  「と、まぁ、こうして相手の力を利用することで非力であっても倒すことが出来るんだ」
  僕の首に廻った細身の腕,彼の頭のすぐ上からそんな少女の声が聞こえてくる。
  「総合格闘技は一定のルールの他は何でもありだ。空手、空手,ボクシング、あらゆる世界中の格闘技会の猛者達と相対することが出来る。本当の意味で、自分自身の強さをそこに見出せるはずだ。どうだい、一緒にやらねぇか!?」
  少女の説明を聞き、囲む生徒達はしかし一人、また一人と去っていき、誰もいなくなった。
  「…はぁ」重い溜め息をつく彼女。
  「あの〜」
  「何だ?」初めて気付いたように、少女は瞳を僕に移す。
  「何やらわからへんけど、放してくれません?」
  「アタイの同好会に入るか? 入るんなら放してやっても良い」意地悪く笑いながら、彼女は言い返す。
  「入らへんけど放して下さいよ」
  「我が侭な奴だな」
  “む、無茶苦茶な人や…”
  僕は少女に起こしてもらい、ふらつく足を押さえる。未だに背中の衝撃が足に来ているのだ。
  「君は?」僕は改めて彼女を見詰める。
  制服から覗く肌は褐色で、髪を上に結い上げている。全身から活気そのものを放出し、スポコン少女(死語)と印象を受けた。
  胸に光る校章は新入生,一年の物だ。
  「アタイはシェーラ=シェーラってんだ。よろしくな、センパイ!」ポン、と馴れ馴れしく僕の肩を叩く。
  「僕は水原 誠や。しっかし、いきなり何するんや」対して僕は自分の首を押さえながら愚痴る。
  「すまんすまん、同好会を旗揚げしてな。その説明してるとこにセンパイが走ってくるもんだからよ,合気道の説明してたとこだからその見本ってことでな,アッハッハ!」
  「笑い事やあらへん!」
  「でもセンパイ,もうちっと体鍛えた方が良いぜ。ちょっと力入れただけで折れちまいそうだ」
  「運動はあまり得意やないから」
  「ふぅん、でも少しはした方が良い。中学から高校時にある程度の体力を付けておかないとそれ以降では付きづらいからな」シェーラは真面目な表情で僕に告げる。そこに先程までのふざけたものがなく真剣に言っていることが僕にも伝わった。
  「そうやな。考えとくわ」言って苦笑。
  「そうだ、アタイの同好会に仮入部しないか? 2週間くらいである程度の体力は付けてやるぜ」
  「そう言えば、同好会って何の?」
  「総合格闘技同好会さ,生憎部員はアタイ一人だけどな」
  入学早々、同好会を一人で旗揚げとは、なかなか根性の入った娘である。
  「気に入ったら、入部してくれると嬉しいな。ま、スポーツジムに通う感覚で遊びに来てくれよ,弓道場の裏の空き地でやってるからさ。宣伝に協力してくれたお礼にたっぷりサービスするからよ」
  「恐いな」
  と、僕は思い出したように腕時計を見る。
  時刻は昼休み開始から10分が経過していた。
  「ああ、もうパンは売り切れや」僕はがっくり肩を落とす。
  「あ、ゴメンな,センパイ。…そうだ、これやるよ」
  「?」
  シェーラは足元に置いたスポーツバックの中身を漁ると、中から小さな包みを取り出し僕に手渡した。
  「じゃな、センパイ! ホント、さっきはゴメンな!」
  「あ、ちょっと!」
  シェーラは後ろ手に右手を振ると、僕の前から去って行く。
  手渡された包みを見る。
  唐獅子模様のナプキンで包まれたそれを開くと…
  「おにぎりや」
  いびつな形のおにぎりが3つ、入っていた。
  「これって、シェーラさんのお弁当じゃ…」
  僕は慌てて彼女の去って行った廊下を見るが、既に彼女の姿は影一つも残っていなかった。
 

  「ん?」
  5時限目の休み時間、僕はクァウールさんに付き合ってジュースを買って教室に戻ろうとしていた。
  これから登ろうとする階段の上で両手一杯にプリントの束を抱えて上がっていく一人の女子の姿が視界に入った。
  黒く長い髪を後ろに流した少女,パリっとした制服は新調したばかりと見える。おそらく新入生だ。アクセサリーなのか、彼女の耳には妙な形の飾りが付いている。
  荷物は相当重い上に視界を邪魔するほど詰まれているのであろう、彼女の足元はフラつき見るも危なかしい。
  「誠さん!」クァウールさんが不意に叫ぶ!
  「くっ!」
  何となく予測した通り、階段の上の少女はとうとう足を踏み外して後ろ向きに倒れてくる!
  だが僕の動きはそれなりに予測していた甲斐もあって、今まさに落ちんとする新入生を後ろから支えることができ…
  でき…
  できない!!
  “な、何や! この重さわぁぁ!!”
  ズシリと、新入生を受け止める僕の腕は予想を遥かに越えた力が掛かる。
  「う、うわぁぁ!!」
  「ひぃぃ〜」
  ドガガシャァァァ!!
  「ま、誠さん!!」
  僕と新入生の少女はもつれ合う様にしてプリントを辺り一面に撒き散らしながら階段の踊り場まで転げ落ちていく。
  なんか今日は厄日や…いや、ホンマに。
  「大変!! 二人とも,大丈夫?!」慌てて駆け寄るクァウールさん。
  踊り場では舞い落ちるプリントの中、誠に乗っかる様に少女が頭を打ったのか,苦痛の表情でさすっていた。
  「誠さん!」
  「え? あ、ああ!!」叫ぶクァウールさんの声に、少女は自分の状況を把握,自分の下で苦悶の表情を浮かべる僕を見て、驚きに両手で口を隠した。
  「ど…」
  「「ど?」」
  小さな僕の声を聞き漏らさんと、二人の少女は耳を傾ける。
  「どいて…下さい…死ぬ」信じられない重さだった。
  「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!!」
  少女は慌てて誠の上から飛び退いた。しかし僕は立てない。
  「何処かぶつけたんですか、誠さん?」クァウールさんは僕に肩を貸しながらゆっくりと立たせてくれた,僕は咳き込む。
  そのまま新入生の少女に疲れた視線を向けた。
  「君がロシュタリア電工のアンドロイドやね?」確信を持って、僕は尋ねる。
  「は、はい! HMX−12型・イフリーナと申します」新入生の少女・イフリーナは背筋を伸ばして自己紹介。
  「へぇ、普通の女の子と変らない…」驚きにクァウールさん。そんなことないんやで。
  「はい、HMX型は人間の感情を重視したソフトウェアを載せていますから!」嬉しそうに、イフリーナはクァウールさんに答えた。
  「でも誠さんはすぐに気付いたんですね」さすが、そんな賞賛を込めたような視線で僕を見る。
  「…イフリーナ?」
  「はい?」神妙な顔で尋ねる僕に、アンドロイドの少女は屈託のない笑みで応答。
  「君、体重いくつあるんや?」
  「なっ,誠さん! 女の子に体重聞くのは失礼ですよ」
  「…良いから答えてみぃ」クァウールさんの制止の声も聞かず、僕は強い調子で迫る。
  「…はい、およそ1000kgです」
  「「…」」
  次の授業に、僕は骨が痛くて出られそうもない。
 

  「あ、イフリーナ。掃除か?」
  僕は先程の一件で多少ビビリが入りながら見知った彼女の背に声を掛ける。
  「あ、こんにちわ、誠さん!」彼女は満面の笑みで頷く。
  「お怪我は?」
  「もう大丈夫や。ちょっと打ち身しただけやから、少し横になったら治ったわ」
  「良かったぁ」彼女はほっと胸をなで下ろす。
  僕はある事に気づき、辺りを見渡した。
  彼女の他に掃除当番はいない。
  「他の連中はどうしたんや?」
  「はぁ、何分皆さんお忙しい様で。私に全部任されてお帰りになりました」
  「…一人でやらされとるんか?」人の良さそうなイフリーナのことである、さらにアンドロイドという点が加わって軽視されているのかもしれない。
  「私、お掃除とか人の役に立つことをする為に生れてきたんです。だから」
  「だからやないで。こういうんは皆でやるもんや。イフリーナ一人に押し付けたらあかん」
  「でも…」
  僕は掃除用具入れに向かい、中から箒を一本取り出す。
  「さ、イフリーナはあっちを,僕はこっちをやるさかい」
  「誠さん?」
  「2人でやれば速さも2倍や、さっさと終わらせるで!」腕まくりをして、僕は彼女に言った。
  「は、はい!」駆け出すイフリーナ、と、その足元に…
  ガッシャ〜ン!!
  「ああ、バケツの水がぁ!」
  廊下・水浸し。慌てたのか、箒をわたわたと振り回す。
  バリィィン!!
  「ああ、ガラスがぁぁ!!」
  どがしゃぁぁ!!
  「あ〜ん、ごみ箱が倒れてぇぇ!!」
  「…逆に散らかしてどうするんや」
  どうやら掃除はなかなか終わりそうもない…
 

  その日の放課後、NACにて僕はいつものメンバーで軽食を取っていた。
  偶然にも帰り道でそれぞれ出会ったのだ。中学時代は良く示し合わせなしに一緒に帰ったものだが、高校になって偶然にも全員が道すがら出会うというのは非常に希だった。
  「へぇ、アフラと同じクラスなの」
  菜々美ちゃんは困ったような表情で、シェイクを啜りながら言った。
  「あんまり良い噂ないのよね、あの人」
  「良い噂ね」その言葉に陣内は苦笑。彼にとって噂ほど扱いやすく、心強いものはないのだ。ここらへんに長じているのが、兄妹共通するところに思える。
  「アフラさんって、援助交際してるって噂あるわよ」
  「…またそういうデマを」
  「私が言った訳じゃないわよ、あくまで噂よ」
  「根拠は?」
  「だっていつも帰りが遅いし」
  菜々美ちゃんのその言葉は、僕は二度目撃している。しかし、アフラさんに限って援助交際などという言葉の似合わない人はいない。
  「あ、それ、は私と同じです」
  意外なところからそこの声は出てきた。
  「クァウールさんと?」僕はその言葉の意味に首を傾げる。
  「はい、アフラさん、私と同じ塾に通ってますから。終わるのがいつも11時なんですよ」
  「あっさりと噂の真相は解けたな、誠」
  「そうやね,分かった? 菜々美ちゃん?」
  「…う〜ん、そっかなぁ〜」
  奇抜な噂の欲しい菜々美ちゃんは、どうやらかなり無念そうだ。
  と、彼女は何かを思い出したようにポンと手を叩く。
  「まこっちゃん? なんでアレーレがまこっちゃんにタックルしかけるんだと思う?」
  ニヤニヤ微笑みながら菜々美ちゃんは尋ねる。
  「? ルーン先輩の占いなんやら言っとったなぁ…なんやろ?」
  「フッフッフ…実はね」
  「実は…」
  「タックルを30回成功させると…」
  「30回もされるんかい!!」ツッコミ。関西人やからね。
  「なんと、良いことが起るらしいのよ!」
  「…さっぱり分からんやないか」
  「ま、ね」意味ありげに菜々美ちゃんは微笑んでポテトを一口。
  「修学旅行、もうそろそろですね」スプライトを口に含んでから、クァウールさんはぼんやりと呟いた。
  「そうね、北海道だっけ」
  「何処が有名なんやろ?」
  「時計台とか、見たいですね」うっとりと、クァウールさんは呟く。
  「『少年よ、大志を抱け』,もあるな」クラーク像の真似だろう、左手を上に掲げて陣内は言う。
  「んじゃ、何処まわるか決めましょか!」
  「そやね」
  来るべき修学旅行に備えて、僕達の会話は夜半まで弾んだ…
 

 

To be contemnued ...



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