その日の昼休みは意外な二人が口論していた。
中庭で人垣が出来ている。僕はそれの真ん中を人物を見て、慌てて駆けつける!
「科学は万能ではありませんわ」
「そんなことありません。しっかりとしたデータと整然とした理論に基づいているんですから」
「全てが理論で説明が付けられるほど、単純なものではありません」
輪の中心はルーン先輩とイフリーナ。
「何を言い合っているんや?」
「誠さん」消え入りそうな声でルーン先輩。
「明日の天気です」はっきりとした口調でイフリーナ。
性格も考え方も全く対照的な二人だった。こんなツーショットは全く以って珍しい。
「天気か…明日は予報だと晴れやったと思うけど」朝のニュースを思い出しながら僕は言う。
「私のデータ解析でもそうなります」確信を持って、イフリーナは頷いた。
「明日は雨時々魚ですわ」きっぱりと、ルーン先輩は真っ向から反論…え?
「はい?」
「雨時々魚です」
「…ええと、聞き間違えたような気がするんですけど」
「雨時々魚です」
「…カードですか?」
「はい、そう出ました」自信満々だ、もっとも表情はいつもと変らないが。
「誠さん、やっぱり科学ですよね!」
「いいえ、誠さん。魔術の方が正しいことをこの娘に教えてあげて下さい」
「え、ええと…明日の昼休み、ここでその結果を見るということで」
「分かりました」
「はい!」
それとともにギャラリーも散る。
案外、二人とも主義は曲げんな,それに気付かされる一件だった。
From Heart
今ここに…
≪ 第三話 グラップラー シェーラ ≫
「デリャァァ!!」
ビシィ、ドビシィ,ドガガァァ…
木に吊るされたサンドバックがシェーラさんの手足から繰り出される力の篭った息も付かない連続打撃に、その動きが止まっていた。
それは僕から見ても恐るべき光景である。
サンドバックの吊るされた太い木の枝は軋んだ悲鳴を上げている。そこから読み取るとサンドバックに思いもかけない力がかかっていることが読み取れる。
すなわちシェーラさんはサンドバックが打撃の反作用で動く方向に次なる打撃を放ち、サンドバックの動きを止めてみせているのだ。
このサンドバックを人に喩えるなら、倒れる方向に殴られる,要は倒れることすら許されない死の直立を味わうことになるのだ。
「ウリャァァ!!」
止めといわんばかりにシェーラさんはサンドバックの真ん中に掌底を叩き付ける!
ドゥン!
破裂音,サンドバックが大きく振り子のように水平になるまで跳ね飛んだ。
ガシィ,戻るそれを足で受け止めると、彼女は大きく息を付く。
パチパチパチ
「?」
僕の拍手は自然と出ていた。それにシェーラさんは驚いて視線を向ける。
「センパイ,仮入部か?」
「これ返そうと思って。美味しかったで、ありがとう」
「いや…そうか? ハハハ…」頬を仄かに赤らめ、シェーラさんは僕の差し出した弁当の包み布を受け取る。しっかりとアイロンかけてある。
「でもこれってシェーラさんの昼御飯だったんじゃ…」
「いや、おやつだよ。アタイ良く食うんだ」
「これだけの運動量ならなぁ」
小さく揺れるサンドバックを眺めながら、感嘆をつく。
「じゃ、少しやって行くか?」
シェーラさんはとんでもない事を言う。
「え,でも僕にはこんなことできへんよ」
「護身術を教えてやるよ。これは体力なくてもコツだけだから大丈夫」
柔らかい微笑みを浮かべて、彼女は言う。
「ふぅん、ほな、お願いしようかな」
僕は制服の上を脱ぎながら答えた。
「じゃ、まずはナイフを持った相手に教われた時だが…」
「でも来てくれて嬉しいぜ」
一休み,花壇の隅に僕達は座っていた。
シェーラさんの教え方は運動おんちな僕でも付いて行けるものだった。おそらく教え方が尋常でなく上手いのであろう。
「?」シェーラさんの言葉に、僕は首を傾げる。
「やっぱり一人でやるのは、ちょっとな」苦笑。
「何でシェーラさんは同好会作ったんです? 空手部もあるし合気道部もあるで、この高校は」
「一つの流派じゃ駄目なんだ。そんなんじゃアタイはアイツに勝てない」
「アイツ?」
「ああ、そう総合格闘技会の頂点に立つ女,アタイの倒すべき最大の相手」
己の拳を強く握り、シェーラは瞳に強い意志がこもる。
「貴方はまだそんなこと言ってるの?」
「「?!」」
その声は僕達の背後から聞こえてきた。
振り返るとそこには白い胴着に黒い帯をしたショートカットの女性徒が、困った顔で佇んでいる。シェーラさんと同じ褐色の肌に灰色の髪,冷たい印象を与える表情。
彼女を僕は知っている。有名な生徒だからだ。
「カーリア先輩…」隣でシェーラさんの唾を飲む小さな音が聞こえる。
カーリア=クロウ,3年生の空手部部長にして東雲高校影番。
彼女の武勇伝は格闘技に弱い僕ですら、聞き及んでいる。
曰く、西雲高校の武闘派30人を一瞬にして叩きのめした。
曰く、全日本空手連盟にてチャンピオン。
曰く、佐竹雅昭と野茂英雄を5秒でのした。
曰く、かめはめ波すら打てる。
もっとも情報源が菜々美ちゃんなので、後半は全く嘘っぱちだとは思うが、噂が流れるということはそれなりの実績があった上でのことだ。
しかしそんなカーリアとシェーラさんに何か接点が?
「私は貴方がこの高校へ入学してきて喜んでいたのよ。また貴方と毎日のように闘えるってね」
「アタイは、アタイは一つの枠に捕らわれたくないんだよ!」
シェーラさんは立ち上がり、カーリアに向って叫ぶ
「そんなにアイツに,ファトラに追いつきたいって言うの?」
「ああ!」
「ふぅ…」カーリアは大きく溜め息を吐く。
「一つの道を極めてこそ、強くなれるのよ。貴方にはその素質がある。何でも感でも齧っていたらそのどれも中途半端で終わってしまう。それでは強くなれるものも強くなれないわ。私は貴方を空手という道でしっかりと育てたいの」
「空手じゃ、アイツに勝てない!」
「そんなこと!」カチンと来たのであろう、怒気をはらんだ声でカーリアは詰め寄ってくる。
「そんなこと、あるぞ。空手などでは、わらわには勝てん」
「「「!!!」」」
その声に、僕を含む3人は視線を移す。
「だからといって、シェーラのやり方も考え物だ。何でもかんでも齧っていたら、カーリアの言う通り伸びるものも伸びなくなる。要は自分に合った流派,いや、技と言った方が良いか,をどれだけ自分のものに出来るかじゃな」
西雲高校の制服を着込んだ女性徒がそう言いながら僕達に近づいてくる。
水に濡れたような滑らかな長い黒髪に、白い肌,細身の腕とその雰囲気は文学少女といった単語も連想させる。
しかし彼女の黒い瞳は獣を思わせる鋭い光を放っていた。
僕が思うにこの人は…
「「ファトラ」」
シェーラさんとカーリアの声がはもった。
「シェーラが東雲高校に入学したと聞いたのでな、遊びに来たのだが。カーリアも元気そうだな」
ファトラは微笑むが、しかしその目は笑ってはいない。シェーラさんやカーリアもまたその態度事体が警戒している。
「久々だというのに相変わらず堅いのぅ,お主達は。そうそう、シェーラ,カーリアにお主の考え方を認めさせる方法などあるであろうが」
「何?」
ファトラは自らの拳を指差す。
「格闘家なら、拳で…か」苦々しく、シェーラさん。
「勝負は見えてるけどね」こちらは余裕でカーリア。
「あちこち色んなものに手を出してゲテモノ格闘技になったシェーラと、空手一本な私とじゃ、勝負にならないわ」
「何だって?!」
「言い過ぎや! カーリアさん!」
そこで始めて、カーリアとファトラは僕の存在に気付いた様に不思議そうに視線を向けてきた。
「素人の僕が見ただけでも、シェーラさんは強い思います。それにシェーラさんが目的もなく、やたら滅多らに色んな格闘技に手を出してる訳やないと思う。それぞれを良く研究して、ファトラさんが言った通りの自分に合う部分だけを取り出して試行錯誤してるんやと思うわ」
「センパイ…」ぼぅっとした表情でシェーラさん。
「ほぅ」カーリアは不敵な笑みを浮かべて鼻で笑う。
「ところで…お主、誰?」
ファトラさんが困った顔でそう尋ねた。
「僕は水原 誠いいます」
「水原…お主がか、ほうほう」ジロジロと僕を上から下まで眺め回すファトラ。何が珍しいのかさっぱり分からない。
「シェーラの作った同好会の部員なの?」
「え、そう言う訳じゃ…仮入部の身や」カーリアの質問にそう答える。
「まぁ、とにかくじゃ」ファトラが一旦締め括る。
「口でグダグダ言っていてもどうしようもなかろう。来週のこの時間、2人で決闘したら良かろう。お互いの持論を賭けてな」
「望むところ」
「…ああ」しかし歯切れ悪くシェーラさん。
「審判はわらわで良いな。ルールは総合格闘技のそれに乗っ取るものとする,場所は」
「場所はこちらで用意しよう。おって連絡する」
カーリアは言い捨て、その場を去って行く。
「期待しておるぞ、お主の活躍を」
「カーリア先輩とは中学時代まで同じ道場だったんだ」
静まり返った空き地、シェーラさんは沈んだ声で呟いた。
「ファトラもまたカーリア先輩といいライバルだった。でもファトラはアタイ達を置いて総合格闘技会という開かれた舞台に出て行った。そして…そしてさらに強くなった。強くなって、カーリア先輩をものの数秒で沈めたんだ」
グッと拳を強く握り、彼女は唇を強く噛み締める。余程悔しかったのか…
「カーリア先輩の考え方は尊敬している。でもあれではファトラを越えるほど強くなれない。あの時ファトラの足元で倒れるカーリア先輩の姿をアタイは忘れない」
“カーリアを嫌っている訳じゃないんや,いや、逆か…”
「実際、あの2人には一度も勝ったことがない,練習では軽くいなされたもんだ」
「でも、その頃からずっと、シェーラさんは自分なりに練習してきたんやろ」僕は言う。
「ああ、だがそれがあっていたのかどうか…ファトラが伸びたのは空手をしっかりと学んだという土台があってのことだ。2年前に空手から去ったアタイとはまた違う」
「なら、良い機会やないか」僕は努めて明るい声で言った。
「?」怪訝に顔を上げるシェーラさん。
「シェーラさんが勝てば、今のシェーラさんが正しいことになるし、負ければまたやり直せば良い。どの道、試合してみれば勝っても負けてもはっきりするわ」
瞬間の無言。夕日が神妙な顔のシェーラさんの横顔を照らす。
「…そうだな、ありがとよ、センパイ!」
そう答えた時には、彼女の顔には何か吹っ切れたものが見えたような気がした。
すっかり遅くなった帰り道の繁華街、そのバス停の前で僕は見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「イフリーナやないか,ここからバスかいな」
「こんにちわ、誠さん,お昼振りですね」彼女は振り向き、僕の姿を認めると満面の笑みを以って答えた。
「友達か、イフリーナ?」
と、ハスキーな声がイフリーナの隣から聞こえてきた。
そこには東雲高校の隣,西雲高校の制服を着込んだ女性の姿がある。先程会ったファトラさんと同じ恰好だが、こちらは何となく堅い気がする。
ウェーブの掛かった長い髪の間から整った顔が覗いていた。その表情はしかし、人形のように無表情。
「こちらの方は?」僕はおっかなびっくりイフリーナに尋ねた。
「あ、こっちは私の姉妹機,HMJ−12型のイフリータさんです」
「初めまして、イフリータだ」
「宜しゅう」
「イフリータさんはハード面を進歩させた試作機なんです。私なんかよりもずっと高機能なんですよ」まるで自分のことのように、嬉しそうにイフリータを説明するイフリーナ。
対するイフリータはそんなイフリーナを無表情に眺めている。コロコロ表情の変るイフリーナに比べて対照的だった。
「…ハード面を進歩って?」
「ふむ、では軽くアメリカの国防総省に無断アクセスしてICBMを一発飛ばしてみようか?」真顔でそう、僕に迫るイフリータ。
「冗談はうまいんやね」冷汗を流して僕は答えるが…
「…ピ〜ガ〜ピピピ〜」
不意にイフリータから流れる電子音。それはまるで通信している最中のモデムの音に酷似している。
「な、何を?!」後ろへ一歩下がる僕。
「衛星回線を通じてホワイトハウスの回線をハッキングしてるんですよ,多分」嬉しそうにイフリーナは解説。
「や、やめいぃぃぃ!!」僕は慌てて空を見上げるイフリータの肩を掴みガクガク前後に振った。
「? なんだ、中止か? では某国のテポドンが良いか? それとも…」
「アンタの性能はよう分かったから、なんもせんといてやぁぁ!!」
ハードは良くても、それを制御する人格には問題が多い様に思われる…
“大丈夫か? ロシュタリア電工…”二人を乗せて過ぎ去るバスを見送りながら、僕はそう思わざるを得なかった。
約束の次の日の昼休み。
科学vs魔術の結果が見られると、中庭は普段より多くの人で賑わっていた。
…空は晴れ渡っていた。
「私の勝ち、ですね」
「そうやなぁ」自信満々のイフリーナに僕は唸る。
「いいえ、まだ予言は実行されていませんわ」そのルーン先輩の言葉が終わるか終わらないかの時だった。
「…なんや?」僕の頬に、冷たい何かが落ちた。
水である。
「晴れてるのに雨?」こちらも同じように怪訝な声でイフリーナ。
そして…
「「なんだなんだ?!?!」」ギャラリー騒然。
上空から黒い影が幾つも映り始める。
「ななな…何やぁぁ!! これわぁぁ!!」
「あわわわわ…」
ボテボテボテ…
黒い影は次々と地面の上に、辺り構わず落ちてくる。
それはその全てがその場でビチビチと動き始めていた。
そう、魚である。
「そんな…バカな」イフリーナは唖然とした表情で空と、足元で跳ねる魚を見比べる。
「一体何が…」
「衛星にアクセスして調べてみます!」イフリーナは空を見上げる。
数秒後、
「上空を飛行中の輸送飛行機が積み荷である『いけす』を誤って落としてしまったそうです!!」
イフリーナの報告に、辺りは今まで以上のざわめきに包まれる。
「晴れたし、雨も魚も降ったさかい。科学も魔術も当たりいうことや」
僕は二人にそう告げる。
「?」
「でも…」
「科学では魚が降るなんて予測できへんかったやろ?」
「はい…」イフリーナは答える。
「魔術では今日晴れるなんて予測できんかったやろ?」
コクリ、ルーン先輩は素直に頷く。
「それぞれ、得手不得手があるんや。お互い支えあっていけば、より上手く行く,そう思わへん?」
コクリ
「そう、ですね」
二人は向き合い、そして恐る恐る握手を交わした。
“しかし…ルーン先輩もよう当てたなぁ”
僕から見れば科学は絶対や。やはり魔術というものは分からへん。
でも、イフリーナは納得したみたいやから良しとするか、僕は嬉しそうな顔でルーン先輩と言葉を交わす彼女を見て、そう納得させた。
To be contemnued ...
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