2年生になって一週間が過ぎようとしていた。
まぁ、2年になっても何か変るという訳でもなく、いつもと生活は変らないが。
「?」
そんな昼休み、菓子パンを部室である化学実験室で取っていると外から声が聞こえてきた。
声事体珍しくはないのだが、この実験室から見下ろせる外は、焼却炉や自転車置き場などが見て取れる。
何気なしに僕はそちらへパンを頬張りながら向けると、そこには見覚えのある顔が
3つ。
クラスメートの女子,アフラを何故か目の敵にしている 3人だった。
嫌な予感がして僕はそれを観察する,良い趣味ではない。
彼女達は笑いながら、何か包みを焼却炉に放り込む。
そして談笑しながらその場を去って行った。
「…何やろ?」
僕はパンを飲み込むと、実験室を出る。
出たところで陣内と鉢合わせた。体育着姿だった。
「何やってる? 誠。次の授業の準備をせんか」
「あ、陣内。そういや、場所は何処だっけ?」
「男子は校庭,女子は体育館だ」
「OK!」
僕は駆け足で、取り敢えず焼却炉に向った。
From Heart
贈りましょう…
≪ 第四話 方言委員長 アフラ ≫
焼却炉を開く。
まだ火は点いていない、すぐ手の届くところに先の3人組の捨てたと思われる包みが見つかった。
それを取り出し、中身を見る。
「これって…あいつら!!」
さすがに僕は怒り心頭,それはアフラさんの体育着だったのだ。
やることがあまりにもえげつなさ過ぎる。そもそも何の恨みが合ってアフラさんにこんなことをするのだろう?
「誠さん」
「誠さん」
「誠さん!」
「あ、ルーン先輩」
僕は掛けられた声に気付き、顔を上げる。
「どうしました?」
神出鬼没なルーン先輩は優しい雰囲気を伴なって僕に尋ねる。
「あ、いえ、ちょっと込み入った事情がありまして」
「…」
ルーン先輩は少し戸惑った(様に見える)後、一枚のカードを僕に手渡した。
「これは?」
「鍵を開けてあげて下さい」
「鍵?」
「はい、心の扉を開けてあげて下さいね」
「??」
意味不明な言葉を残して、彼女は立ち去って行った。
時間が押し迫っていた,ルーン先輩と話し込んでしまっていた為、
5時限目まであと3分しかない。
僕は教室に飛び込む。
しんと静まり返ったそこには、一人の女子がポツンと席に付いていた。
「アフラさん…」
「? 早く行かんと遅れるんでおへん?」無表情にそう呟く彼女に、僕は手にした包みを投げ渡す。
「これ…」
「あの3人組が隠しとったんや,あいつらと何が合ったんかわからへんけど、もう我慢できへんわ。僕からキツく言わせてもらうで」
「いらんことせんといてや!」
「どこがいらんことなんや!」
「アンタには関係おへん!」
「大ありや!」
「何処にある言うの…」怒鳴り返す僕に怯み、アフラさんは言葉小さく言い返す。
「クラスメートや」
「はん!」呆れたように笑うアフラさん。
「ウチはアンタの様に仲良しこよしの良い子ちゃんにはなれんわ」
「なる必要はないし、僕もそんなつもりはないわ」
「?」
「アフラさんは勘違いしてるみたいやけど、僕は身勝手やからな。勝手に自分のしたい様にさせてもらうで」
僕は自分の体育着の入った袋を手に取り、アフラさんに背を向ける。
「ちょ、ちょっと!」
「アフラさんも早くせんと、授業に遅れるで」
その僕の肩を、彼女は強く掴む。
「ウチはあんな馬鹿どものやることなんて、全然気にしとらんわ,気にするだけ時間の無駄おます。これ以上ややこしいことしてウチの邪魔せんといてや!」
「…僕がこの教室に入るまでの間、アフラさん、十分気にし取ったんちがう?」
「…」
「涙の跡、付いてるわ」
「!?」
慌ててアフラさんは目を擦る。無論、そんなものは付いてはいない。カマを掛けて言ったまでのことだ。
「ほな、な」
「あ…」
僕は早足で教室を後にした。
「何の用? 水原君?」
「わかっとるやろ,アンタら3人が揃えば」
その日の放課後、僕は件の3人を化学実験室に招いていた。
「何でアフラさんを目の敵にするんや? さっきも体育着を焼却炉に放り込むなんて、尋常じゃないで」
ビクリ、3人は大きく震える。まさかそれまでばれているとは思っていなかったようだ。
もっとも先程の体育の授業ではアフラさんはしっかり出席したので見つけ出したことは分かってはいるはずだが。
「水原君が首を突っ込むことじゃないと思うけど?」開き直るように、3人の内の1人が言い返す。それに僕は眉を上げる。
「たしかに普通の無視程度だったら僕も何も言わん。でもな、お前等最近やりすぎやで。そんな性根くさっとるから、アフラさんの足元にも及ばないんや!」怒鳴りつける。
「うるさいわね! アンタに何が分かるって言うのよ! アイツはね,私の憧れだった人に告白された上にあっさりとフッたのよ!」
「前の学校ではトップだった私の成績をいとも簡単に抜いてるの!」
「態度も雰囲気も、あの言葉使いも気に食わないの!」
三者三様,同時には愚痴を吐き出す。
共通して言えることは、そのどれも逆恨み以外の何でもないということだ。
「…いい加減にせいよ、お前等」
「私達は止めないからね! そもそもあの態度が嫌いって言う奴は結構いるんだから!」
「ほぅ」それは菜々美ちゃんネットワークから確かなことだった。
もっとも彼女の言う「結構」は元を正せばこの3人であって、3人をどうにかすればその傾向はなくなると考えている。
僕はルーン先輩から手渡されたカード,カードの裏に添えられた3枚の紙片をそれぞれに手渡した。
紙片の表紙にはこの3人の名前が書いてあり、中身は僕は読んでいない。
「「「??」」」
3人はそれぞれ怪訝な顔をしながらそれを開き…
顔色が青く変って行く,何が書いてあったのか、見ておけば良かったと少し後悔。
「…分かったわ,私達が悪かった」
「もう。しないから」
「…くっ…」
「ちゃんと謝るんやで、それが条件や」
「「「分かったわよ!」」」
3人は青い顔で愚痴を漏らしながら実験室を後にした。
「ふぅ」僕は背凭れに体を預ける。3人を改心させるなんていう崇高なことは出来なかったが、これでしばらくはアフラさんが嫌がらせを受けることはないだろう。
視界の隅に見覚えのある顔が映った。
天井の穴、そこからルーン先輩の顔が覗いている。
「聞いてました?」
コクリ、頷く。そりゃ、上にいるのなら聞こえるか。
先輩は穴から下に飛び降りてくる。しっかりと着地するあたり、見かけに依らず案外運動神経が良いことが分かる。
「先輩、部活の最中でした?」
コクリ
ルーン先輩は黒くて長い三角帽に黒マント、ドクロの付いた杖を携えている。
不器用な魔女と言った感じだ。
「ところであの紙には一体なにが?」
ルーン先輩は首を傾げる。
「先輩が書いたんじゃないんですか?」
「交霊したとある探偵の霊に3人の秘密を探ってもらって書いてもらいました」
「ハ、ハハハ…」乾いた笑いを浮かべるしかない。
「そう言えば…」思い出したようにルーン先輩は言う。
「?」
「今日は確か決闘どうこうとか、おっしゃってませんでした?」
「…ああ! そうやった!! 今は…」
僕は慌てて腕時計を見る。
あと30分後にシェーラさんとカーリアの戦いがあるのだ。
この日の為に、シェーラさんは万全の体調を調えてきたはず。僕も練習を時々手伝ったりもしたんや。
足手纏いになっただけみたいやったが…
「ほな、行ってきますわ」
コクリ、ルーン先輩は満面の笑みで僕を見送った。
体育館を借り切って行われる空手部部長vs新生同好会会長の戦いは、カーリアの強さ見たさという好奇心が手伝って、放課後からすぐに満場御礼となっていた。
「あ、あれ?」弱々しい声が、隣から起こる。
「どうしたんや? シェーラさん?」
付き合いでセコンドに入った僕は、パイプ椅子に座るシェーラさんを見遣る。
体育館の中央には10m四方で正方形に畳が敷かれ、その四隅の対角線上に向かい合うようにカーリアが椅子に座っていた。手にテーピングをしている。
対するシェーラさんは…僕はそれに気付いた。
“震えてる?”
小さく膝と、そして強く握る拳が震えていた。
僕はテープを手に取り、シェーラさんの震える手を取った。
「?」
我に返ったように、シェーラさんは僕を見つめる。
「大丈夫や、ありったけのシェーラさんをぶつけてきたらええ」
彼女の手にテープを巻きながら、僕は微笑みながら言った。
「負けたら、どうなるかな」
「え?」
今までの元気なシェーラさんしか僕は知らなかったことを思い知らされる。それほどまでに暗く、今にも消えてしまいそうな弱々しい声だった。
「負けたら、今までのアタイは意味がなかったことになる。それが、恐い。一からやり直すことになるってことが」
「良いやないか」
「?!」驚いて、シェーラさんは顔を上げる。
「前にも言うたけど、そうなったらなったで納得できるやろ,自分のあり方が。一人で一からやり直すんが恐いんなら、僕も付き合ったるわ」
「…そんなら、負けても良いかな?」
「へ?」
「両者、前へ!」
ファトラの声が響く。シェーラさんは僕に軽くウィンクすると、グローブをはめた。
「っしゃ!」パン、頬を両手で叩き、彼女は勢い良く立ち上がる。
そこには既に先程の脅えたシェーラさんの姿は、ない。
「チェェェイィィ!」
ハイ・ロー・ハイ・ロー,カーリアの蹴りが空気を切り、シェーラを打つ。
しかしそのこと如くをガード、もしくは躱したシェーラはカウンターの突きをカーリアの胸に向って右腕を突き出す!
「!」
慌てて後ろに飛びずさり、間合いを取るカーリア,しかしシェーラはさせない。
段、下段,腕が唸り、カーリアの受けごと揺さぶる。
「ャリャァァ!!」
「チィ!」
よろめいたところをシェーラのカカト落としが迫る,それにカーリアは己の拳を突き出した!
ガシィィ!!
ズサァァ!!
2つの力がぶつかり合い、お互い大きく後ろに飛んで間合いを取った。
試合開始から僅か20秒。
荒い息で肩を上下する2人,会場はシンと静まり返っていた。
と、
「「うぉぉぉぉぉ!!」」
まるで金縛りが溶けたかのように、驚きとざわめき,喚声があがる。
見物人のほとんどが、カーリアの相手を一撃でのす姿を見に来たのだ。それが思いもかけない好ファイトに、格闘技に疎い僕でも熱くなる。
ファトラがざわめく見物人達に、無言で静視を呼びかける。会場は驚くほど素直にそれに従った。
「やるわね、シェーラ」
「カーリア先輩も予想以上に強くなってる。びっくりだ」
「私も驚いているよ。貴方が私とほとんど互角に闘えるってことに」
「認めてもらえました?」
しかしカーリアは首を横に振る。
「一人でここまで伸びた貴方,ちゃんとしたやり方ならもっともっと伸びるわ。だから…」
斜に構え直すカーリア。
「なおさら私の元に欲しい」
「その答えを出す為にも、私は全てを先輩にぶつける!」
シェーラもまた、構えを変える。カーリアと対称的な構え,左半身を前に出し、右腕を力を溜める様にして後ろ手に構える。
「…その変った構えが貴方の2年間という訳?」
「…」
ゴクリ、誰かが唾を飲む音が、大きく聞こえてきたような気がする。
2人が滑る様にして動いた!
カーリアの手刀がシェーラの突き出した左腕を打つ!
バランスを崩すシェーラ。彼女はカーリアの懐に入る!
そこにカーリアの右膝が、彼女の腹を大きく抉った!!
同時にシェーラの右腕が動く。
「「ぐはっ!!」」
うめきとも叫びとも言えない声を上げ、2人の体が宙を舞う!
刹那の永遠とも思われる瞬間、2人の格闘家の体は畳の上に同時に沈んだ。
動かない2人。
ファトラはそれを確認し、両手を挙げる。
「ダブルノックアウト! 引き分け!!」
「「おおおおおおお!!!」」
会場は、二人の戦いに対する祝福の喚声に包まれた。
僕はシェーラさんに駆け寄る。
「シェーラさん!」頬を軽く叩く。
「?」ゆっくりと瞳を開ける彼女。
その瞳に僕の姿が大きく映る。
「試合は…どうなった?」身を起こし、シェーラさんは左右を見渡す。
その視線が一点で止まる。先にはファトラに支えられるようにして立ち上がるカーリアの姿がある。
カーリアは無言で親指を立てて快笑,それにシェーラさんもまた疲れ切った表情で笑みを浮かべた。
「心の決着は、つきました?」
「…ああ、付いたよ、センパイ。センパイと一緒に一から出来なかったのは残念だけどね」
「あの〜」僕達の会話に入ってくる人物がいた。
そっれは一人や二人ではない。
「「?」」10数人に登る男女を問わない生徒達を見て、僕とシェーラさんは目を合わせる。
「一体何が合ったんです?」その内の一人が尋ねた。何というのは最後の決め技のことだろう。
「そうや、僕もよう分からんかったわ」
シェーラさんはギャラリーを見渡すと、苦笑と伴に言葉を紡いだ。
「掌底のカウンターさ。カーリア先輩の鳩尾にありったけの力で叩き込んでやった。一撃食らうのを覚悟でね」
「捨て身やないか!」
「カーリア先輩には、今のアタイじゃ捨て身でないと勝てないってことさ」
しかし彼女の顔には捨て身で行ったことへの後悔の念はない。むしろそれが失敗したとしてもおそらく同じ顔をしていることだろう。
僕は満足げに彼女に微笑んだ。
「あのぅ、同好会の説明を聞きたいんですが」
「私も…」
「入部手続きしたいんですけど」
ギャラリーの中からそんな声が飛んでくる。
驚きに僕を見るシェーラさん。僕は無言で彼女を促した。
「あ…ああ。ありがとう、みんな。総合格闘技というのは…」
生き生きと説明を始める彼女を眺めて、僕は体育館を後にした。
きっと同好会から部へと昇格する日も近いだろう。
「よっ!」
体育館を出たところで彼女は待っていた。
「ファトラさん? カーリアさんは?」
「結構ダメージを受けておってな。まったくあやつも素直でないわ」苦笑するファトラさん。
「後輩想いの良い先輩ですね,本当に」
「全くじゃ。まぁ、格闘家というものは言葉で語る事が出来るほど達者な奴はあまりおらんよ」
「ファトラさんもしかり、ですか」
「ふん!」
そう、シェーラさんがそうであったように彼女もカーリアも、シェーラさんを想っていたのだ。まぁ、多少考え方は押し付けがましいところはあったが。全く以って体育会系は不器用ではある。
「あら、ファトラ…」
そんな僕達二人の背から消え入りそうな声が聞こえてきた。
「あ、ルーン先輩。見てたんですか、試合」
「姉上,御機嫌麗しゅう」と、こちらはファトラ。
「姉上?!」
「そうじゃよ。水原誠,お主のことは姉上から良く聞いておる」不敵に微笑むファトラ。
そうか、だから僕の名前を聞いた時にジロジロ眺めていたのか…
「ファ、ファトラ!」慌てたようにルーン先輩。先輩にしては珍しく慌てているように見える。
「ルーン先輩からって…何を聞いてるんですか?!」僕はファトラに尋ねた。
「それはだな…」そこまで口を開きかけ、ファトラはルーンの殺意を込めた視線に刺されて口を閉ざす。
「でも、似てませんね」妙な雰囲気に、僕は話を振った。
「そうじゃのう。しかしながら嗜好はすこぶる似ておるのじゃぞ」
「嗜好…ですか?」
「ふむ、わらわの気に入るものは姉上も気に入るしの。逆もしかりじゃ。じゃから水原,お主のこともわらわは…」やはりルーンの呪いすら感じ得る視線にファトラは口をつぐむ。
「??」
「それでは私達はこの辺で…さ、ファトラ」
「い、痛い! 抓らないで下さいよ! 姉上!」
“面白い姉妹やなぁ”
僕は二人の背を眺めてしみじみとそう思う。
力関係はルーン先輩の方が上らしいわ,気丈そうなファトラさんが姉には頭が上がらない、その何とも変った光景を思い浮かべて、僕は一人微笑みを漏らしていた。
To be contemnued ...
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