EL-HAZARD THE ILLUSIONAL WORLD !!
水は人々に潤いを与え、炎は気力,強さを、風は知識を与える。
そして大地は安定を与え…
かつて鬼神と呼ばれる存在が超古代文明によって生み出された。
古き文明は今、我々にその遺産を与えんとす。鬼神という名の人格を有した兵器を…
我々は,そう、もしも私がその鬼神を手にした時、果たしてどうするだろうか?
世界統一?
破滅?
それは私には分からない,いや、分かり得るのであろうか?
異世界より訪れた幻影族,そして同じく異世界より訪れた者,彼らに何の違いがあろう?
このエルハザードを想う心,我々は彼らの心を知らぬ。だがその想う気持ちに違いはあろうか?
語ろう、鬼神達の物語を
語ろう,優しき少女の物語を
そして語ろう,異世界の少年の物語を…
ストレルバウ著「エル・ハザード (世界見聞録)」序章より抜粋
幻影の世界 エルハザード
第壱夜 夢幻の世界へ
広がる暗闇。
果てしなく続くようなその拡がり…
幼い彼女は振り返る。
背後には光。
浩々と輝く光の世界…
そして彼女は…
足を踏み出した。
およそ10年ほど前の、彼女の選択である。
そして彼女は生きてきた。
生きる為に生きてきた。
生きていけるようになった今、
彼女の心は空虚だった。
その空虚な心が一瞬にして埋まる,それは恐怖。
恐怖を纏った大きな心によって埋め尽くされる。
「…分かりました」 彼女は古文書を小さな手から受け取ると、ゆっくりとその場を後にする。
決して振り返る事なく,ともすれば駆け出しそうになる自分の足を押さえながら。
ロシュタリア…エルハザードと呼ばれるこの世界で唯一、古代兵器である『神の目』を有する、最も有力な王家であり、周辺諸国の盟主である。
つい最近までバグロムと呼ばれる、昆虫型の異なる種族の侵略を受けていたが、現在いる2人の王女と3人の大神官の力によって『神の目』を発動,バグロム王国を一掃した。
こうして訪れた平和は、人々が待ち望んでいたものであった。しかしこの対バグロム戦で、異世界より訪れた4人の者達と、同じく古代にこの世界へと強制的に召喚された『幻影族』という忌み嫌われる闇の一族が大きく関わっていたことは、当然、人々の知る所ではない。
そしてこれからも、歴史の上で活躍する事はあるまい…
一時の平和を取り戻した、その城の中庭に立てられた小さいが頑丈そうな小屋,そこに、一人の青年の姿があった。
必死に古文書の谷の間で調べものをしているその姿から、城の住み込み学者か何かだろうか?
その彼が調べているもの,それはとてつもない事だった。
時空転移,それは彼個人にとっても大きな課題でもある。その秘密を大きく握っているのは『神の目』である。
だがそれはいくら彼であっても、おいそれと近づくことは許されてはいない。
「駄目や駄目や!」 彼,異世界より現れた青年・水原 誠は古文書を投げ捨てた。彼の周りには書物が山のように積まれている。
「…やっぱり直接、神の目にアクセスしてみるしかないんかなぁ,でもそれだけは避けたいし、どうしたらええんや!」 叫び、彼は髪をかきむしる。
そこに一陣の風が彼の頬を撫でた。
「えらい、お困りのようでんなぁ」 凛とした声が誠の耳に届く。
「あ、アフラさん,お久しぶりです」 誠の私室に訪れたのは風の大神官アフラ・マーン。誠にとって専門知識を唯一理解してもらえる者の内の一人である。
「でも、どうしたんです? そのカッコは?」 誠の指摘通り、アフラは妙に着込んでいた。いつもの薄い法衣の上にガウンとコート,マントを身に付けている。この温暖な気候のロシュタリアでは汗だくな格好だ。
「ま、これを見て欲しいどすぇ」 彼女は懐から一冊の古ぼけた書物を取り出し、栞のあらかじめ付けたページを示す。
そこには数ページに渡って、先エルハザード文字と人型のイラストが載せられていた。
「ええ〜と、”我ら帝国は開発した,兵器を。イフリーナ…名づける、我々は。新たなる改良を加え…”、虫食われとる」 誠は本を持ち直す。
「”新たなる鬼神の開発に,我々これを封じる。この鬼神は相手の力を会得する能力を有し…”破れとるなぁ」眉をひそめる誠。しかし楽しそうに続ける。
「”にはない能力を有するもの。いつかこの力を求めるときがあるまで、暴く事なかれ…そして許されるのならば…この娘に幸あらん事を”ってこれは鬼神を封印した場所を示してるものじゃないですか!」 顔を上げてアフラに詰め寄る誠。
「さすが誠はん,その文字をあっけなく理解しよるなんて。そうどす,正確にはあのイフリータ以前の仕様の鬼神の封印場所でおます。それはそうと、この相手の力を瞬時に会得する能力,この秘密が分かれば、神の目の解析もあっという間に進みますぇ」 微笑み、アフラは答えた。
「ありがとう、アフラさん,早速この場所に行ってみますわ」 立ち上がる誠。
「ええ、早速行きましょか,北の地さかい、着るもの着んと…」
「へ…?」 アフラの意図が分からずに誠は首を傾げる。
「何、寝ぼけてまんの? 今から出発をせな,準備しておくんなまし」 今度は不思議そうにアフラ。
「ちょ…それなりに準備ってものが!」
「ウチが誠はんを連れてパッと行ってパッと帰ってくるだけのことあらへんか,さ、さっさとコートでも何でも着ておくんなまし」 アフラに言われ、誠は取りあえずクローゼットからコートを取り出す。
「さ、しっかり捕まっておくんまし!」 アフラはつま先立ちになり、誠の肩に腕を回した。
「? えっと」 アフラの体温と香りが誠に伝わる。
“草原の香りや…”
「何、ぼーっとしてまんの? さっさと行ってさっさと帰ってくるさかい、飛ばし…
突風が2人を包む。無重力感と空気の唸り,瞬時に写り行く景色に、アフラの言葉尻りはかき消された。
「飛ばしすぎやぁぁ! アフラさん〜!!」 誠の叫びも虚しく、2人を乗せた風は音速に近い速さでフリスタリカの北へ向かって飛んで行ったのであった。
昼下がりの王宮の中庭、青々と茂った芝の上で談笑する2人の王族の姿があった。
「あら?」
「どうかしましたか,姉上?」 ファトラはローズマリーの香りを効かせた紅茶のカップを置くと、首を傾げる姉・ルーンに尋ねる。
「ええ、誠様とアフラ様が今、北の方へ飛んで行かれたの。何かあったのかしら?」 のほほんとした調子で語る第一王女。
「? わらわには見えませんでしたが…」 空の彼方を見つめ、答えるファトラ。ルーンは結構、目が良かったそうだ。
ごぉぉぉぉぉ
白い悪魔が全てを覆い尽くしている,そしてそれは彼らをも白く染め上げんと襲い来る。
フリスタリカより北方に飛空挺でも2週間は掛かる所,一年を通して温暖なかの地では想像のつかない程の寒波が吹き荒れる土地に彼ら二人は訪れていた。
その2人の前にはマルドゥーン山を越える高さの山が,いや山脈が広がっている。まるでここが北の最終点のように。
ココリコ山系,大神官の住まうマルドゥーン山と肩を並べる高山である。
そしてこの地は、過去を通してロシュタリア周辺諸国とも国交のない、彼らに言わせれば辺境と呼ばれる極寒の地でもあった。
そのココリコ山中腹の上空にて…
「おまへんなあ…」 吹雪の中を風に包まれながら旋回しつつ、彼女は言った。
「これじゃ、見つかりませんよ」 溜息と同時に誠が答える。
「ほな、引き返す言うんどすか?」
「うーん、取り合えず地元の人から情報を集めるというのが、常套手段ちゃいまっか?」 しかし、彼のその言葉に風の大神官は難しい顔をする。
「…ここが普通の土地なら,そうするべきなんでおますやろなぁ」
「? どういうことです? アフラさん?」
「話すと長くなるかもしれへんけど,確かにウチの体力ももたへん。誠はんの言う通り、何処かで休もか!」
アフラは高度を落とす。八方が白色だった状態から、高度が落ちた為か,次第に吹雪きは弱まってくる。
そして彼らは地に足を付く。膝まで足が埋まる。
山の中腹ほどではないとは言え、まだまだ吹雪いている。2人が降り立ったところは麓の村か何かだった。
そして彼らは一軒の店を見つけ、歩を進めた。
カーリアの神殿改め新生バグロム帝国予定地…
「フヒャ、フヒャ、フヒャヒャヒャヒャ…」 沈黙を守っていた講堂に、馬鹿げた高笑いが突如響いた。
「ドガシマシタ??」 通称カツオと呼ばれるバグロムが、高笑いをあげる制服を着た男に問い掛ける。
「フフフ…新たなる力を見つけたぞ,今度こそ、ビンゴだ! 行くぞ,カツオ、新たなる鬼神を我が手に!!」手に偽物っぽい古文書を握り締め、陣内 克彦は虚空をビシッと指差したのだった…。
「まこっちゃ〜ん!?」 ロシュタリア王宮の端にある小屋に女性の声が響く。
声の主である彼女が辿り着いた部屋には、すでに先客がいた。
「あ、シェーラ,まこっちゃんは?」 その問いかけに、赤い髪の神官は溜め息を伴なって手にした一枚の紙を彼女,陣内 菜々美に見せる。
そこには誠の字で一言、ロシュタリア文字で走り書きがされていた。
「ココリコ山系?? ってなによ、これ?」
「さぁな?」 答えるシェーラ。菜々美は改めて部屋,誠の研究室に使われているこの石造りの小屋を見渡した。所々実験機具が倒れ、荒らされたような跡がある。
「ちょっと、シェーラ,泥棒でも入ったの? それともあんたがこんなに部屋を荒らしたの?!」 しかしそれにシェーラは珍しく反論せずに目を瞑っている。いぶかしむ菜々美に彼女は呟くように言った。
「僅かに風の力を感じる…アフラが誠を連れて行ったみたいだな。何だってアフラの奴、部屋の中で法術使ったりしたんだ?」 眉をひそめて、シェーラが呟く。
「アフラさんが? アフラさんがまこっちゃんをココリコ山なんて遠いところに連れて行ったって訳? どうして?」
「んなこと、あたいが知るかよ! まぁ、アフラの奴がついているんなら、誠も心配要らないと思うけどよ」 ソファにドカっと座り、シェーラ。
「…珍しいわね,シェーラがアフラさんをそんなに信用しているなんて」
「んなわけないねぇだろ! あいつは憎たらしいほどちゃっかりしてるって意味で言ったんだ!」 立ち上がり、菜々美の言葉に顔を赤くして激怒する炎の大神官。
「ちゃっかり…って,しっかりの間違いじゃないの?」 言い残して、菜々美は部屋を出る。それに合わせるかのように、シェーラもあの後を追う。
「おい、菜々美,お前、店はどうしたんだよ」 シェーラは隣を歩く菜々美にぶっきらぼうに尋ねた。
「今日は定休日よ」 と、こちらも適当に答える。
ロシュタリア王宮,中庭から王宮内に入った2人は特に当てもなくさまよっていた。
目当ての人間が出かけてしまっていたのだから仕方がない。
奇麗に清掃された廊下に2人の靴音だけが響く。
不意に2人の前を、何故かインクか何かで真っ黒になったウーラが横切って行った。
「…黒猫,不吉ね」 立ち止まる菜々美。隣ではしゃがみ込むシェーラの姿が。
「いけねぇや、下駄の鼻緒が切れちまった」
「何であんたは下駄なんか履いているのよ!!」
そこにパタパタとストレルバウ博士が走り寄って来る。
「おお、菜々美殿にシェーラ殿,誠殿を見なかったかの?」 息を切らせて言うストレルバウ。
「いいえ,アフラさんと出掛けたみたいですけど…何かあったんですか?」
「うむ、天体を観測しておったら、誠殿を示す星に凶星が近づきつつあるのじゃ!」
「昼間っから星を観測するなぁぁ!!」 菜々美の鉄拳がストレルバウを星にした。
「まこっちゃんが危ないような気がするわ,どうしよう、シェーラ!」 赤毛の少女の襟を掴み、カクンカクンと揺する菜々美。シェーラの目は白黒している。
「!? って苦しいわ! 大体アタイにはアフラみたいな高速移動の術は使えないから、飛空挺で行くしかねぇだろ,ココリコ山なんて飛空挺で行っても二週間はかかるぜ!」 激怒の中にも憂鬱なシェーラのその顔から、菜々美は別のものを読み取っていた。
「?? そう? それでも普段のあんたなら真っ先にまこっちゃんを追いかけてるはずよ,なんか今日、おかしいんじゃない?」 猜疑的な視線をシェーラに向ける菜々美。
「ちっ,いいだろ、別に。アフラに任せとけよ、すぐに帰ってくんだろ。アタイは帰るぜ,じゃな!」 シェーラは廊下から中庭に飛び出し、逃げるように走り去って行った。
「なによ、あいつ…」 小さくなる後ろ姿を見ながら菜々美は腰に手を当てる。
「さすが菜々美お姉様、感がよろしいですわ!」 その腰に腕を巻きつける少女が一人。
「うわぁぁ,どっから湧いて出てきたのよ,あんたは!」 背中から抱きついてきた彼女をを菜々美は払い除ける。
ポニーテールの美少女、アレーレは菜々美から離れ、人差し指を唇に付けて微笑んでいる。
「で、どういうこと? 私の感が良いって?」 彼女から距離を置き、菜々美は尋ねた。警戒色露である。
「そのままですわ。シェーラお姉様達、神官はマルドゥーン山からそれぞれの要素で、ある力を受けて法術を振るえると聞き及んでます。ですからココリコ山なんて遠い所に行くと、力はほとんど届かなくて大神官といえども普通の女の人になってしまうのではないでしょうか?」 アレーレの説明に菜々美は目を丸くする。
「アレーレ,どうしてそんなことを知ってるの? まるで学者みたいねぇ」
「官女ですから…そんなことより、そういった水・風・炎の神官の力の届かない土地でも唯一力が使える神官達がいるんです、というよりそういった土地がその方々のテリトリーらしいですけど」 官女だからって??
「? 他にも神官の系統があるって言うの?」 菜々美の質問にアレーレは頷く。
「地の神官達ですわ。彼らは神殿を持たない単身放浪の神官で、年に一回、何処かで集会を開く以外は己の法力を延ばすことを第一に、全国各地に散らばっているそうですよ。神殿を持たないし、マルドゥーン山にも頼ってないんで、他の大神官のような大きな力は使えないようですけど、逆に力を行使できる範囲っていうものがないみたいです」 さすがはファトラの侍女を務めるだけはある?
「ふぅ〜ん、そんなウンチクはどうでもいいけど、それだけかしら,シェーラがノリ気じゃないのは?」
「いいえ,噂では昔、シェーラお姉様が力があまり使えない土地で地の神官と喧嘩して、コテンパンにのされたそうなんです」 何でそんな噂までキャッチしているのか…後に菜々美の情報網を以ってしてもその理由は掴めなかったという。
「…そのトラウマでそういう土地に行きづらいってコト? シェーラらしくないわね,そんなに酷い目にあったのかしら?」
「さぁ? ですから北へ行く時は私とファトラ様が菜々美お姉様をお守りしますので」
「…遠慮しとくわ,余計危険よ、じゃね」 額に汗浮かべ、後ろに向かってダッシュをかける菜々美。
「ああん、待って下さいぃぃ〜」 菜々美はアレーレを廊下100mダッシュにて、何とか振り切って逃げだしたという。
ガラン!
扉に付いたカウ・ベルの音とともに暖かな部屋の中に冷気が流れ込む。
村に一件しかない食堂兼酒場に何日ぶりかの客が訪れた。
「いらっしゃいませ!」 ショートカットの蒼い髪をした20代前半の女性が出迎える。
「ふぅ、一段落ついたって感じですね」
「暖かいものでも飲んで暖まりまひょ」 わずかな時間で雪に白くなった2人は、それを振り落としながらすぐ手前の席に就く。
「あっ!」 客である2人の男女を見てウエイトレスは小さいながらも驚きの声をあげる。
「? どうかしました?」 男性,誠の問いかけに、彼女は小さく微笑むと答えた。
「いえ、新婚旅行にこんな北国に来るなんて、珍しいなと思いまして。今日で2組目ですよ」
「新婚? ち、違いますさかい!」 何故か顔を赤らめる誠を尻目に、アフラはさっさと席につき、ホットチョコレ−トを2つ頼んだ。
「はい、少々お待ちください」ウエイトレスは注文を取って奥へと消える。客は誠達以外いないことからすぐにでも戻ってきそうだ。
アフラはテーブルの上にこの周辺の地図を広げている。
「やっぱり遺跡は雪の下に埋もれているんやろうか?」
「…そうかもしれんどすなぁ。ここが風の神殿からそれなりに近ければ、うちの法術でどうともなるんどすが」
「? ここじゃどうにもならないんですか?」アフラの言葉に疑問を感じ、誠は尋ねる。
「ええ、うちら神官は神殿から発せられる力を利用してそれぞれの法術を駆使するんどす。ここはマルドゥーンにある大神殿からは遠いし、近くに神殿もありゃしません。うちら神官の力は圏外なんどす」 言って彼女は風のランプを誠に見せる。
その宝珠には黒い線が一本写っている。
「? これは?」 首傾げ、誠。
「アンテナが一本しか立ってっておらへんやろ? バグロムの本拠地でさえ、三本立ってたのに…」
「携帯電話ですか…」
「だから最低限の力しか使えまへんのや。大掛かりな法術は使えんよって…」 溜め息一つ。
「あら、イフリーナの遺跡をお探しなんですか?」 突然の声に二人は振り返る。
そこには湯気の立つカップを2つ持ったウエイトレスが微笑んで立っていた。
「イフリーナの遺跡…?」 彼女の言葉を誠は反芻した。
「そ。イフリーナの遺跡。この村の北の森に入ってからしばらく行った所にあるわ」
「あ、案外早く手掛かりが見つかるもんですな」 アフラがそう言って、引きつり笑いを浮かべる。
「条件付きで案内してあげるわよ」 急にウエイトレスは2人にそう持ちかけた。アフラは誠に視線を移す,誠はそれに小さく首を縦に振った。
「条件って何や?」
誠のその言葉にウエイトレスは小さく微笑みを浮かべる。そのセリフを待っていたと言わんばかりだ。
「もしも遺跡への扉が開かれた場合、私も連れて行って欲しいの」
「…遺跡への扉って…封印か何かされとるんか?」
「ええ、岩肌に3mくらいの大きな両開きの扉があるのよ。扉の表面に何か細工がしてあるみたいなレリーフのようなものがあるんだけど、開けられた人は今までいないわ」 溜め息とともに肩を落とすウエイトレス。
「そう、でもウチらには遺跡に入れたとしても貴方を守り切れるだけの余裕はないどす」 サラリと冷たくアフラは告げた。
「心配要らないわよ,私、これでも腕には自信があるの。そもそも遺跡の噂を聞きつけてここまで来たんだから」 威張るウエイトレス。
「この村の人やないんですか? どうしてウエイトレスなんかを…」
「遺跡を開く方法を考える間、食い扶ちをつながなきゃならないから…」 現実的な問題だったようだ。
「…ウチはかまわんどすが,誠はんはどう思いやす?」 怪訝な表情で尋ねるアフラ。
「ま、ええんとちゃいまっか,宜しくお願いします、ええと…」 右手をウエイトレスに差し伸べる誠は、そこで言葉に詰まる。
「イシエル,イシエル=ソエルっていうの。よろしくね,誠!」ウエイトレス,イシエルはそう微笑んで、彼の手を握り返した。
外の吹雪は、一段落したのか,穏やかさを見せ始めていた。
古代遺跡…それは先エルハザード文明の遺物。
数あるその遺跡の一つに小さな人影が、まるで我が家のように軽い足取りで動いていた。
その影は埃一つない廊下を進み、一つの扉の前に立ち止まる。
そして…ゆっくりとその扉は開かれて行く…。
「おまたせ!」 そう言って現れたイシエルのいでたちは紺色のボディースーツにマント,右手には何やら機械でできた1.5mくらいの不格好な杖が握られている。
「何です? その杖?」 目ざとく、誠はイシエルの持つ杖に視線が移る。
「あ,触っちゃ駄目! 私以外が触ると電撃が走って黒焦げになっちゃうわよ」 イシエルは慌てて杖を誠から遠ざけた。
「く、黒焦げって…」
「これは先エルハザード文明の武器なの。私以外は使えない様に設定してあるから…」 取り繕うイシエル。
「そうなんですか、なるほど…」 あっさり納得する誠。
「ふぅん,確かに先エルハザードの武器かもしれへんな」 それに怪訝な表情でアフラは言い、イシエルを見つめている。
2人の間に流れる友好的ではない雰囲気…
「ま、まぁ,そろそろ行きましょう! イシエルさん、案内して下さい」 張り詰めようとするその空気を打ち壊すかのように誠はイシエルを促した。
外はほとんど吹雪きは収まってはいるが、やはり寒い。アフラはマントを胸の前で閉じて先を行くイシエルの背中を見つめる。
「…確かめる必要があるかもしれへんな」 彼女は自分の風のランプにそっと触れた。
やがて半刻ばかり経ったであろうか。
3人は吹雪きが再発する事なく、順調な足取りで森の中を進んでいった。
「ところでアフラさん?」
「何どすか?」 イシエルの背中を眺めながら歩く誠は、ふと隣を行くアフラに尋ねた。
「どうして今日、急にこの遺跡を調べようと僕を誘ったんです? 準備もほとんどなしに」
「…うちの神殿の書庫からこの古文書が出てきおってな,うちは気になる事は調べんと眠れないタイプおますから、詳しそうな誠はんを連れてここまできたいう訳どす」 ちょっと早口に、アフラは即答。
「そう言うの良く分かりますよ,僕もついつい徹夜して研究続けたりしてしまいますしね。でも、だったらストレルバウ博士の方が詳しいと思いまへん?」
「誠はんは『神の目』の解析が急務でおましょう? 『神の目』と『鬼神』は繋がりが深そうやから、誠はんにとっても得られるものがあるんじゃないかと思ったんどすわ」 まるで答えを用意していたかのように、アフラ。しかし誠はそんな事には気が付かない。
「確かにイフリータの『他の力を真似る』能力で時空を操ることもできましたしね。おおきに、アフラさん」 誠の言葉に、アフラは少し顔を赤くして視線を落とした。
「な、何言うてまんのや,うちが頼んどる方…
「着いたわよ!」 前を行くイシエルの言葉に2人の会話は途切れる。
「これですか…」 誠はそれを見上げる。
今まで周りを囲んでいた木々が多少開け、目の前に20m程の切り立った岩壁が立ちはだかっていた。
「藤沢センセが見たら登りたくなりそうな崖やなぁ」 誠は呟く。崖の上には同じように森が広がっている。太古に断層が起きたような場所だ。
その崖に、高さ3mくらいの両開きの岩扉がしっかりと閉じている。扉の表面には色褪せた人の頭大の蒼い珠を抱くように、2人の人と思われるレリーフが風化によって薄れて読み取れた。
「何やろ、このレリーフ?」
「炎の精霊イーフリートと氷の精霊フェンリルね,誠。これが何を示しているかまでは私には分からないけど…」
「炎と氷の精霊…それに似た力を持った鬼神がいるということでっしゃろか?」 イシエルの言葉に誠は呟く。
精霊とは神官達の力の源とされているが、その本質が何たるかは学者肌のアフラを以ってしても抽象的な表現でしか証明されていない。
「とにかく、開いてみれば分かる事どす。誠はん、頼みまっせ」
「はい、この形ならシンクロできる思いますよ」
「??」
イシエルが首を傾げる中、誠は右手で蒼い珠に触れる。そして数瞬後…。
ゴゴゴゴゴ…
重い音を立てて扉が内側へと開いて行った。と、同時に遺跡内部は壁自体から淡い明かりを発し始める。
「ほな、行きましょうか?」 誠の微笑みにアフラと、呆然とするイシエルの2人は頷いた。
山頂から沈み行く夕陽を見つめる2人の登山家の姿があった。
「きれいですわね,来て良かったわ」
「ようやく、笑ってくれましたね」
「…ええ」無精ひげの中年男の言葉に、水色の髪の女性は微笑み、頷いた。
「私はこんな男だから、貴方に苦労をかけると思う。…しかし最後にはこの山頂から眺める夕陽のように素晴らしいものが見つかる,そう信じて貴方とともに歩いていきたい」赤い夕陽で男の顔色は伺いとることはできない。
「藤沢さま,いいえ、ア・ナ・タ」
「ミーズさん」
「ミーズでいいわ」
「ミ、ミーズ…」
ゴゴゴゴゴゴ…
不意に晴れ渡っていた空に灰色の雲が重たい音を立てて出現した。
「ぬ、いかん,ミーズ…さん、急いで中腹の山小屋まで降ります!」
「あ、ちょ、ちょっと〜、藤沢さまぁ〜。あぁ、やっぱりこんな新婚旅行なんて…」
そして、山は白い幕が下ろされる。
バタン!
「なっ,閉まってもうたわ」
「自動ドアでっしゃろ?」
「行くよ,誠」 誠の驚きを軽く流し、女性2人は先を進む。
石で四方を隙間なく整頓された通路は曲がりくねってはいるものの、枝道の全くない一本道だった。
イシエル,誠,アフラの順で黙々と進む一同の沈黙はしばらく続いたが、それを破ったのはイシエルである。
「誠,あなた、異世界から来たっていうロシュタリアの人でしょ?」
「な、何でそのことを知ってるんや?」 驚く誠,アフラは沈黙を保っている。
「だって、水原誠なんて珍しい名前、他にないもの。それに私達、遺跡探検家の間では、あなた結構有名なのよ。未踏の遺跡をどんどん開拓していっちゃうって」 後ろ向きに歩きながらイシエルは微笑む。
「そ、そうやろか…確かにあちこち遺跡はまわってるけど」
「そうよ。でも誠,バグロム進攻の時、先陣を切って指揮してたって聞いてるけど…本当なの?」
「ほんまどす,バグロムを退けたのは誠はんのお陰と言っても過言はないどすぇ」
「ちょ、ちょっと,アフラさん」 いきなりな質問といきなりな答えに、誠は慌てる。
「ふぅん,でも誠、どうしてあなたはこの世界の人間でもないのにこの世界を守ったの?」
「世界を守るだなんて…そんなことしたつもりはあらへん」
「結果はそうだったのでしょう? 結果にはそれなりの行動や心も付きまとうわ。理由もなくてそんな事はできないわよ」 追求するようにイシエルは問い続ける。
「…好きな人がいたからや」 しばらくの考察の後、誠は答えた。
「好きな…」
「…人?」 アフラとイシエルは同じに呟く。
「ええ、藤沢センセや菜々美ちゃん,シェーラさんにアフラさんにミーズさん,ルーン王女様やファトラさん、アレーレにウーラに…イフリータの生まれたこのエルハザードが好きやから、自分なりにできることをしたんや。イシエルさんもアフラさんも…そうやろ?」
「…そうやね、誠はん」 優しく微笑むアフラ。
「エルハザードが好きだから…ねぇ?」 イシエルは頬を人差し指で一掻きした。
ガコン,と、何か音がした。
ゴォォォ,ガン,ガン,ガン!
「しもうた、アフラさん,イシエルさん!」 誠の目の前に分厚い石の壁が塞がっている。
「うちはここにおます」 振り返るとアフラの姿があった。同じく彼女の後ろは石の壁で後退できない。
「閉じ込められてしもうた、イシエルさん,イシエルさん」 誠は壁を叩くが壁が厚いのか、反応はない。
ゴゴゴ…
「ま、誠はん,何か部屋が動いてるような…」 アフラは誠の袖を掴む。
「え?」 その瞬間、2人は凄まじい横のGに壁まで吹き飛ばされた…。
瞬間、誠の視界が衝撃に暗転する,何かが体の上に乗っかってくる!
ゴゴゴゴ…
「…よ、ようやく止まった様や」 ゆっくりと2人を壁に押しつめる力が弱まっていく。
「えらい目に合いましたなぁ」 アフラはほっと溜め息を吐いた。
ゴゥ! 音とともに誠達の前後を挟んでいた壁が上に上がり、再び通路が広がる。前後、ともに真っ直ぐな通路,まるで先程と違いはない様に見えたが、しかし明らかに違う所がある。
「イシエルさんがいない…」
「やはり移動させられたみたいどすな,うちらがか、もしくはイシエルはんが」
「ええ…、そ、それはそうと、ア,アフラさん…そろそろどいてもらえません?」
「へ? あ…」アフラは慌てて立ち上がる。先程の強烈な横Gで壁まで押し付けられた際に、アフラを誠が座り込んで抱きかかえるような形になっていたのだ。
2人の間に言いようのない沈黙が流れる…。
「と、取りあえず、前進か後退か,決めておくんなまし、誠はん」 視線を誠から外したまま、アフラは尋ねた。
「そうやなぁ…、前進しましょう,と言っても今何処に居るのかはっきりしない以上、前も後ろも関係あらへんけど」 そう言って、誠は軽く微笑んだ。
彼ら2人の前には延々と続く長い長い通路が1本、音もなく不気味に伸びているだけだった。
少女以上、女性未満の彼女は愛する侍女を探していた。
「む!?」 ターゲットロック! 彼女,ファトラはこのロシュタリア城で一番高い,城下を見渡せるテラスに目標を見つけ出した。
ぼぅっと夕日の沈む空を見つめるポニーテールの少女。
ファトラは気付かれぬよう、忍び足で背後に近づき…
「何をやっておるのじゃ?」 しゃがみ気味に、背中から抱きつく。
「あ、ファトラ様! お久しぶりです!!」 反転,抱き着いてくる彼女。
「??? あ、お前はパルナス! は、離れんか!!」 げしぃ,頭に肘鉄!
パルナスはたまらず頭を抱えてしゃがみ込む。
「痛いですぅ」
「男がわらわにくっつくでないわ! 全く…」
”ファトラ様が抱き着いてきたのでは??”パルナスは思うが、それはそれで彼にとっては満足だったりするから危ない限りである。
「お主がいると言う事は、クァウールも来ていると言う事か?」 距離を置いて、ファトラは尋ねる。
「はい,でも今夜中に旅立ちます。近くに寄ったのもですから、ルーン陛下にご挨拶をと言う事で」
「ほぅ,そうか。で、お主はアレーレには会ったのか?」
「はい。あ、そう言えば姉さん,ファトラ様を探してましたよ。中庭の方で」 思い出したようにパルナスは言った。
「中庭か,わらわも探しておってな。ま、大した用事ではないのだが。ではパルナス,道中気をつけてな」
「ありがとうございます,やっぱりファトラ様は僕の事を…」
「ええい,抱き着くでないと言っておろうがぁ!!」 ファトラのローリングソバットがパルナスを襲う。倒れた彼が赤く見えるのは、夕日のせいだけではないようだった…
To Be Contiuned !!
まえがき
幻影の世界エルハザード 第壱夜をお贈りします。
さて、この話は「OVAの設定でTV版イフリータや、GAMEの地の神官イシエルが出てきたら、どうなるかなぁ」 という好奇心の下に築いてみました。
どうせならラジオに出てきたサーリアや、コミック版の方のアブザハールなんてのもどうか?
…ということで、こんなお話になってます。それぞれのキャラの色が濃い為に、そのキャラの話に滞まってしまうところがちょっと残念です。
むぅ、もっと功夫を積まねば!!
キャラを壊さない様に気を付けた為に、「ゲームのパクリ」部分や「こんなキャラじゃない!」なんて見解もありそうですが、その時は目を瞑って下さい(笑)。
とまぁ、そんなこんなで第弐夜へ、れっつ・ら・ご〜!!
次回予告
ココリコ山の麓にあるイフリーナの遺跡にやってきた僕達。
でもいきなりイシエルさんとはぐれてもうた,どないしよう…
そして遺跡の奥で待っていたものは…
え,この娘が鬼神なんか??
それに…お前は!!
「おや、君達は…」
「イシエルはん,誠はんを頼みますぇ!」
「…仲間,か」
「アイシェル…さん?」
***な美女,アイシェルさん。そして僕は…
次回、幻影の世界エルハザード 第弐夜 『幻想の世界へ』!
偽りの影の扉に誘われし時、幻が真実に変わる…・・
[トップ]
[第弐夜]