格闘の世界エルハザード 〜前編



 ある晴れた日の昼下がり、誠は例の如く古文書解読に没頭していた。いつもと違う点といえば…。
 「ふう」
 古文書から顔を上げ嘆息する。
 「どないしました誠はん?」
 「いえ必死に読んだ古文書やったんですけど外れやったみたいで…」
 「いつもの事やおへんか。焦ったらいけまへんえ」
 「ええ分かってます。それに一冊でも多く古文書を読む事は勉強になりますから全く無駄やった訳ではないですし」
 「そうどすな。所で誠はん、きりがいいようやしこれからお昼はいかがどすか?」
 「えっ、もうそんな時間ですか?」
 「そうどす。と言うても結構遅うおすが。今日はシェーラやイシエルはんがこんかったから集中できて何よりでしたな」
 そう、いつもならこの二人が乱入してきて強制的にランチタイムとなっていたはずだった。
 「ああ、そう言えば今日はまだお顔を見ていませんね。どないしたんやろ」
 「おや誠はん、シェーラ達がおらんと寂しゅうおすか?」
 笑いながら問い掛けるアフラ。
 「え、いえそういう訳では…。そのう、なんか変な感じですけど、まあお陰で集中できましたし…」
 誠は答えた瞬間しまったと思ったが遅かったようだ。
 「そうどすか。今度シェーラにおうたら伝えておきまひょ」
 涼しい顔で言ってくる。
 「すんません。失言でした。ですので…」
 こちらは顔色が青い。
 「ではお昼は誠はんに誠意を見せて頂くという事で」
 楽しそうに話すアフラ。
 「分かりました。何でも好きなものを頼んで下さい…」
 がっくりうな垂れる誠。
 「では菜々美はん所へ行きまひょか」
 

 フリスタリカの街を歩く二人。取り敢えず誠はショックから立ち直ったようだ。
 「今日も良い天気やなー」
 「そうどすな。いよいよもってシェーラが顔を見せんのが不思議どすなあ」
 なんだかんだ言ってもシェーラの事が一番気になるのはアフラのようである。
 「そうですね。イシエルさんは…呑み過ぎて二日酔いというパターンもあるかもしれへんけど」
 本人の耳に届いたらただでは済まないだろう。
 「ほんに言えてますなぁ。もしかしてシェーラと二人して寝込んでいるかもしれまへんな」
 「まさかそれはないでしょ。あの二人が寝込むほど呑む言うたら…」
 「フリスタリカ中のお酒が要りますやろなぁ」
 「藤沢先生も加わったら間違いなくそうでしょうね」
 そんな話をしながらのんびり歩くアフラだったがふと誠と二人きりである事に気がついた。
 ”ふふ、シェーラが見たらなんて言うやろ…” シェーラもだがイシエルも勘違いするかもしれない。
 そんな事を思いながら歩くアフラに誠が問い掛けた。
 「アフラさんどないしました?いきなり笑み浮かべたりして?」
 危ないものを見るような目をしている。
 「え、ああそれはどすなあ」
 アフラは一旦言葉を切り誠の顔を覗き込む。見つめらた誠の頬に少し朱が差した。更にもう一呼吸置いてから続ける。
 「誠はんに何をご馳走してもらおうか思いまして」
 再び肩を落とす誠。まあ相手がアフラでは少々分が悪いというものだ。
 

 東雲食堂へ着いた二人だが暖簾をくぐるより早く菜々美が顔を出した。
 「良かった。まこっちゃん、それにアフラさんも。なかなか来ないからどうしようかと思ってた所なの。ささ、早く入って頂戴」
 「菜々美はん、うちらは食事に来たんどす。面倒事を押し付けられるために来たんやおへんえ」
 アフラが釘を差すが
 「え〜だってこれってアフラさんの管轄よ」
 思いっきり不機嫌そうな顔の菜々美。
 「うちの?」
 「そうよ、だから早く来てよ」
 そう言って菜々美は店の中へ入っていく。
 「どうしたんやろ。『誠はん』やのうてうちにと言うてますな」
 誠という所を強調する。まあ確かにいつもこき使われているのは誠だからなのだが
 「え、いやいつも菜々美ちゃん僕に用がある訳やないし…」
 こちらは妙に勘違いしている。
 「まあ何があるのか分かりまへんが取り敢えず行ってみまひょか」
 仕方ないなあと言う感じでアフラ。
 「そうですね。『アフラさん』に用事やなんて菜々美ちゃんにしては珍しいですしね」
 いざとなったら逃げようと言うのがばればれの誠。
 「誠はん、お昼をいただかんと先の言葉はずっと心に残ると思いますが」
 どうやら無理のようだ。誠は三度肩を落とす。
 「ちょっともう何やってんのよ!早く入ってよ」
 「はいはい分かってます」
 暖簾をくぐるアフラに誠。
 店の中はいつもと変らない様に見える。時間も遅いせいか客は数人しかいない。
 その一角に菜々美が立ってこちらを見ているだけだ。しかしそれを見たアフラは突然踵を返した。
 「どないしましたアフラさん?」
 怪訝そうに問う誠に対し、
 「誠はん、先ほどの事は忘れますよって後は宜しゅうね」
 言葉を残しアフラは外へ出ようとしたがそれを見た菜々美が慌てて叫ぶ。
 「ちょっと待ったあ!」
 ずっしゃあ〜〜
 タックルが見事に決まり二人揃って床に転がった。
 当然の事ながら回りから注目を集めているが二人はそれどころではないようだ。
 「菜々美はんお願いや。今回は見逃して…」
 必死に逃げようとするアフラ。
 「いーえ!逃がすもんですか!」
 腰に組み付いて放そうとしない菜々美。その場にファトラがいないのを幸いと言うべきか…。
 ともあれ誠は菜々美が立っていた辺りを良く見るとそこにはぐったりしているシェーラとイシエルの姿があった。
 「どないしたんですか二人とも…」
 声を掛けながら近付くがその歩みもすぐに止まる。そのままUターンして外へ出ようとするがいきなり足を掴まれ転んでしまった。
 「誠はん。どこへいきますの」
 床に転がったままのアフラが問い掛ける。同じく床に転んだ誠が叫ぶ。
 「いったぁ…アフラさん何するんや!僕は帰って研究の続きを…
 「誠はん!」
 「まこっちゃん!」
 二人に睨まれまたまたうな垂れる誠。彼自身逃げられないのは分かってはいたのだが一縷の望みを託していた。無駄とは重々承知していたのが。
 

 「で、なんで二人があの状態でここに?」
 シェーラ達から離れた席に座りアフラが問い掛ける。近くはアルコールの匂いが立ちこめ長時間いられたものではない。
 他の客も食事が済んで店を出ていったため中には彼女達5名だけだ。菜々美はため息をついてから話だした。
 「昨夜、いや夜中なんだけどね、誰か扉をガンガン叩くのよ。どこのドアホかと思ったんだけど確かめる前に大声上げるし」
 「それがこの二人やったと言うわけですか」
 「いえその時は藤沢先生も一緒だったの。それで何事かと思って扉を開けたんだけど」
 「それはまた無用心な事しましたなあ。時間と面子考えたら分かりそうなもんやないどすか」
 言葉は柔らかいがジト目になっている。
 「それはそうなんだけど先生が『大変だ!』なんて言うし…」
 「教え子騙してどないするんや。だけど先生は?」
 「うん、ミーズさんが午前中やってきたんで引き取って貰ったの。できれば残りの二人も連れてって欲しかったんだけど先生だけで精一杯って言われちゃって」
 「それは姉さん喜んどったでしょうなあ」
 「ええ先生抱えて重いとかぶつぶつ言ってたけど笑顔だったわ」
 「で、あの二人が残ったと」
 「その通り。お陰でランチタイムの混雑はこの店始まって以来。行列も凄かったわよ」
 「それは大変でしたなあ」
 「大変じゃ済まないわよ全く。あの二人って親父達に妙に人気あるじゃない。だから誰も文句言わないし、何勘違いしてんだかお酒をお備えしていくのもいたくらいよ」
 疲れた表情の菜々美。
 「あの二人は呑む方と打つ方で色んなとこ出入りしてますからなあ」
 のんびり答えるアフラ。
 「そやけど一体何時くらいまで呑んでたんやろ」
 「少なくとも明け方までは騒いでいたわね」
 もううんざりと言う表情の菜々美。
 「明け方って菜々美ちゃん、先生達酒呑んで疲れたからここに来たんやなくて」
 「そうよ。ここに来てからも呑み続けていたわよ」
 「じゃあこのお店においてあったお酒はみんな空どすな」
 淡々と話すアフラ。
 「それだけじゃないわ。先生達お酒持参で来てたし。その時点でもかなり凄かったけど朝はもう最悪よ」
 菜々美は思いっきり溜め息をついた。
 「それはまた災難やったなあ」
 さすがに幼馴染だけあって心の底から同情する誠だったが
 「もちろんお代の方は深深夜料金をばっちり上乗せして請求するけどちょっとこの匂いが」
 締める所はきっちり締める菜々美である。
 「そ、そやな。確かにきっつい匂いやな」
 転んでも只では起きない幼馴染みに半ば呆れ半ば感心する。
 「そうなの。と言う訳で、この酔っ払い達を宜しくお願いねまこっちゃん」
 「お願いってそうにっこり笑って言われてもなあ」
 「何よまこっちゃん。私が困っていると言うのに助けてくれないの」
 目を潤ませながら訴える菜々美。誠は先程からのんびりとお茶を飲んでいるアフラに恐る恐る声をかけてみた。
 「あのうアフラさん」
 「なんですやろ誠はん」
 いつも通り澄ました表情で返すアフラ。更に続けて
 「先に言うときますがいい方法なんてありまへんえ。あの二人を抱えて歩く事も却下どすな」
 「そんなアフラさん。あの二人はあなたの同僚でしょ。何とかすべきじゃないの」
 「そないな事言われてもなあ、あの二人が目を覚まさん事には移動する事もできまへんえ。それとも菜々美はん」
 そっと菜々美の耳元へ口を近付けいたずらっぽく囁く。
 「誠はんにシェーラやイシエルはんを抱きかかえろと言うてええんやろうか?」
 「えっ、それは…ちょっとまずいかもしれないわね…」
 珍しく言葉を濁す菜々美。
 「どないしたんですか?」
 怪訝そうに誠。
 「何でもないわよ…。だけど困ったわね。ねえまこっちゃん何とかならない」
 「そうやなあ…確かに二人が目を覚まさんと移動もできへんけど…そうやアフラさん、風を起こして店の中の空気を入れ替えて貰えませんか。そうすれば少しは違うと思いますが」
 「うちの方術はそんな事のために使うもんではありまへんが」
 ちらと菜々美を見て言葉を続ける。
 「まあ他ならぬ誠はんの頼みやしやってみまひょか」
 別にアフラは挑発している訳ではないのだが菜々美はそう感じたようだ。一瞬むっとした表情になる。
 「すんません。お願いしますアフラさん」
 何も考えていない誠。
 「じゃあ誠はん向うの窓を開けて貰えますやろか」
 とシェーラ達のいる方向を指さす。
 「えっ!僕がですか?」
 無駄とは分かってはいるのだがやはり確かめたくなるのが人情だ。
 「他に誰がいるのまこっちゃん?」
 不思議そうに問い掛ける菜々美。誠が行く事以外考えていない様だ。
 誠は ”今日の午後だけで何回溜め息ついたんやろ” と決して口には出せない事を思いながら大きく息を吸い込んだ。
  呑んべぇ2人

 ”く、くっさー” 息を止めていても匂いを感じない訳ではない。酒を呑まない誠にとって異常過ぎると言ってもいい匂いだ。せめてもの救いは彼女らに喫煙の習慣がない事くらいであろう。
 必死の形相でシェーラ達がいる座敷に辿り着く。そしてイシエルの後ろを通りもう少しで窓に手が届くというところで、こけてしまった。
 「何やってんのまこっちゃん。窓に当ると危ないわよ」
 「それにはよもどらんと体悪うしますえ」
 と二人がのんびりと誠に注意した時
 「なんでえてめえら、人が黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって」
 シェーラがテーブルに突っ伏したまま顔だけ向けて口を開く。
 「やー誠も冷たいっしょ。私がこんなに苦しんでいるというのに慰めの言葉一つもないんだから」
 イシエルは恨めしそうに誠を見つめている。
 「あんた達起きてたの?なら話しが早いわ。さあさっさとねぐらに戻るのよ!」
 出口を指差し怒鳴りつける菜々美。
 「わ、馬鹿大声出すんじゃねえ…頭に響く…」
 「自業自得いうもんどすえ」
 冷たく突き放すアフラ。まあ当たり前の対応だ。
 「あ、あのイシエルさん」
 体を起こし苦しそうな表情で誠が口を開いた。
 「なあに誠」
 明らかに無理してにっこり笑うイシエルに対し誠は声を出すのもやっとという感じで続ける。心なしか顔が青い。
 「すんまんせが放してもらえませんでしょうか」
 見るとイシエルは誠の足首を掴んでいた。先程転んだのもこれが原因だ。
 「ねえ誠、この私が苦しんでいるのを見て何とかしてくれようとは思わないの」
 目を潤ませている。
 「そう言われても…」
 何とか答えるが呼吸も荒くなってきた。
 「それは冷たいっしょ」
 「そうだぜ誠。今まで色々と面倒見てやったじゃねえか」
 思いっきり反論したい(特にシェーラの言葉に)誠だったがその前に限界が来たようだ。ゆっくりとテーブルの上に崩れる。顔色が悪く呼吸も不規則だ。
 「おい誠!どうした大丈夫か!」
 慌ててシェーラが声をかけるが今度は自分で出した声に頭を抱える。
 「大変。今から私が人工呼吸を」
 と誠に顔を近付けるイシエル。
 「すなっ!」
 菜々美が掛け声と共に誠の隣へジャンプし誠を抱え上げた。
 「何するべさ菜々美ちゃん。これから私が誠を介抱しようとしていたのに」
 イシエルの抗議にも答えず菜々美は誠を抱えたまま一気にテーブルから離れアフラの傍へ戻る。
 「大丈夫まこっちゃん?」
 誠の頬を叩いてみるが反応が無い。
 「アフラさん!」
 「…大丈夫やと思いますえ。しばらく風通しのいい所で横になっていればすぐに気付くやろ」
 アフラは誠の首筋や頬に手を当てた後、脈を計りながら冷静に答えたのだが
 「アフラ!てめえどこ触ってんだ!」
 起き上がって怒鳴り声を上げるシェーラ。
 「大神官ともあろうものが何してるだべさ!」
 自分の事は棚に上げ抗議するイシエル。
 だが、二人とも次の瞬間自らが上げた大声に頭を抱えた。
 「ほんにしょうもない人たちどすなあ。あんたらそれでも大神官ですか」
 「そおよねえ、こんな傍迷惑な神官っていないんじゃないの」
 容赦なく口撃する二人。それに対しシェーラとイシエルは重度の二日酔いで反撃できない。
 それでも何とか起きて歩ける程度には回復していたようだ。少しして誠が目を覚ました頃には空腹感を覚えるまでに復活していた。
 「ねえ菜々美ちゃん、なんかあっさりしたもの作ってくれないかしら」
 「そうだなーあたいはスープに鳥をつけてくれ」
 思い思いリクエストする二人だったが
 「あんた達ねえ今まで散々迷惑かけておいて更にそんな事を言うの?」
 呆れ顔の菜々美。
 「まあまあ菜々美ちゃん、僕もお腹空いとるし一緒になんか作ってや」
 こちらは相変わらず人がいい誠。
 「まこっちゃんの分なら喜んで作るけどね」
 「菜々美はん、うちの分もなしどすか?」
 アフラがいたずらっぽく問いかけた。
 「え、勿論アフラさんもOKよ」
 即答する菜々美にシェーラとイシエルが文句を言う。
 「菜々美ちゃん、それって差別だべさ」
 「そうだぜ菜々美。なんでアフラがよくってあたいらが駄目なんだ」
 二人とも自ら原因を作ったことは忘れているようだ。まあ酔っぱらいとは得てしてそういうものではあるのだが。
 「あんた達ねえ…」
 菜々美の目が据わっているのに気付いた誠が慌てて間に入った。
 「菜々美ちゃんここは穏便に。な、シェーラさん達かて悪気があった訳やないし勘弁したってや。この通りや」
 二人に代わって頭を下げる誠。
 「誠ぉ私のために謝ってくれているのね。有り難う」
 「いやそれはいいですから手を離してください」
 イシエルは誠の手を思いっきり握りしめていた。
 「何しやがんでぇ!この色呆け呑んべえ女が。さっさと放せよ!」
 そう言って誠の手を奪い取るシェーラ。
 「大体誠はあたいのために頭を下げてくれたんだ。勘違いすんじゃねえ!」
 「何ですって!この色気も胸もないジャリが何言うべさ!」
 二人の間に火花が散った。アフラはやれやれとため息をつき少し離れて座り直しゆっくりと湯飲みを眺めてから口を付ける。
 だが誠と菜々美はそれどころではない。
 「あ、あのお二人とも取り敢えずお昼を食べてですねえ…」
 「ちょっとあんた達!店の中で喧嘩は止めてよね。やるんなら外でやってちょうだい!」
 声の大きさと勢いで菜々美の勝ち。
 シェーラとイシエルは睨み合ったままゆっくりと立ち上がる。そして外へ出るべくシェーラは一歩踏み出し、イシエルはランプを手にした…つもりだった。
 「イシエルはん、ほうき握りしめてこれからお掃除どすか」
 「えっ?」
 イシエルは慌てて握ったものを見た。彼女自身何となく軽いとは思っていたのだが間違いなくほうきだ。
 「あはははは…ばっかじゃねえのか…命の次に、いや同じくらい大事なランプとほうきを間違えるなんてよ。ったくおめえらしいぜ」
 シェーラは腹を抱えて笑っている。それに対しイシエルの顔が見る見る赤くなった。勿論恥ずかしくてではない。怒りでだ。
 「だ、大丈夫ですかイシエルさん。ランプとほうきを間違えるなんてイシエルさんらしゅうないなあ。やっぱり疲れとるんですかねえ」
 慌ててフォローして誠はランプを取りイシエルへ差し出す。だがイシエルはそれを受け取らず誠に抱きついた。
 「誠だけっしょ私の事心配してくれるのは。他の人は皆冷たくって…」
 「てめえ何しやがる誠から離れねえか!」
 「あなた大神官でしょ!そんなことしていいと思ってんの!」
 噛み付かんばかりにイシエルへ迫る二人。もちろんそんな事で怯むイシエルではない。一方それには構わずアフラが新しいお茶を注いでいると戸口に影が見えた。
 ”この状況で入ってこようとは酔狂な方達どすなあ” と思いながら暖簾をくぐってくる人物に目をやり納得した面もちで頷く。
 「なるほどあんたはんでしたか」
 「なんじゃその言い方は?わらわも客のはずだが」
 「これはすいませんでしたなあ。あれを見ても入ってくるんわどんなお方やろ思うたもんですから」
 と誠の方を指さす。
 「なるほどな。所でなぜイシエルがほうきを持って誠がランプを握りしめておるのじゃ?」
 「そうですわ。地のランプはイシエルお姉さまにとって命と同じくらい大事なもののはず。それを誠様が…まさかあのお二人そういう仲に!」
 アレーレらしい勘違いだ。それには構わずアフラは簡潔に経緯を説明した。
 「となると、ここでの食事は諦めた方が良さそうじゃな」
 「残念ですねえ」
 「ま、仕方おへんな」
 席を立つファトラとアレーレ。立ち上がってからアレーレは首を傾げてアフラに質問した。
 「ねえアフラお姉さま、なぜイシエルお姉さまのランプは杖の形なんですか?お姉さまのランプのように身に付けることができれば持ち運びも便利ですしほうきとお間違えになる事も無かったと思うのですが」
 「イシエルはんは地の大神官どすからなあ。うちらと違うて大地にその意志を伝えなあきまへん。そのためにはああいった形やないと」
 「なるほど不便とも思えるが大地に意志をか…最強とも言われる地の大神官の弱点とも言えるのう」
 ファトラが発した言葉に一瞬顔を引きつらせるアフラ。また同時にシェーラとイシエルの動きも止まった。
 「と言うことは地の大神官様は大地から離れるとか、或いは今みたいにランプを手にされてないと…」
 「それは当然ただの人どすな」
 間髪入れずに答える。
 「やーアフラ、それはどういう意味だっしゃ!」
 イシエルは誠から離れアフラのいるテーブルに手をつき顔を覗き込む。
 「どうもこうもほんとの事じゃねえのか」
 シェーラまでやってきた。
 きっ、とシェーラを睨んだ後再びアフラの方を見るイシエル。
 アフラをゆっくりと湯飲みを置きイシエルの顔を見上げる。目が合った。
 「別に…うちはただアレーレの疑問に答えただけどすえ」
 「ふうん、つまりあなたは私が弱いと言いたい訳ね」
 「あんたはんとは言うてません。『地の大神官』と言うたんどす。イシエルはんの先代や先々代の事かもしれんやないですか」
 必要以上に柔らかな口調だ。それに対し今度は口を開かないイシエル。しかしその場の雰囲気は一触即発であることが誰の目からも明らかだ。
 「なるほど、方術が使えない大神官か…面白いのう。一体どの程度強いのであろうのうアレーレ」
 いつもと変わらぬおどけた口調で話すファトラだったがその目は笑っていなかった。
 「どういう事だファトラ。まるであたいらは素手だと弱いと言っているみたいじゃねえか」
 真っ先に反応したシェーラ・シェーラだが他の二人も同意見のようだ。
 「わらわはそなたらが素手で戦うところを見た事がないのでな。素手なら案外そなたの後ろにいる菜々美の方が強いかもしれぬぞ」
 にやりと笑いながら菜々美を指さし答える。いきなり振られて戸惑う菜々美だったが
 「方術が使えない大神官ねえ」
 と呟く。勿論他意はないのだが周りはそう思わなかったようだ。気の毒なのは誠で青を通り越して白い顔している。何か言いたかったのだが雰囲気に圧倒され口を開けない。
 菜々美も言った事を勘違いされたことに気付いたのだが否定するのもなんか悔しく黙っていた。
 そのままお互いを牽制するがごとく誰も口を開かなかったが突然コトリという音がする。小さな音だが場が場なだけによく響いた。
 見るとファトラの前に湯飲みが置いてある。いつの間にやらアレーレが用意したようだ。周りが自分に注目している事を確認してからファトラが口を開く。
 「どうじゃ、ここで話していてもらちがあかん。要は素手で一番強いのは誰かと言うことが争点になっている訳じゃ。それならばさっさと片を付けた方が早くないか?」
 その言葉にゆっくりと頷く面々。それを見てファトラは再びにやりと笑う。
 「だがシェーラとイシエルは本調子でないと聞いておる。どうじゃ後日改めてというのは?わらわが場所を提供しよう」
 その言葉を聞き怪訝そうな目でシェーラが答える。
 「おめえが場所を?へっ、誰がそんな怪しげな場所に行くもんか」
 アフラ達も同様らしい。怪訝そうにファトラを見つめる。
 「取り敢えず場所は城内を考えておる。また立会人として我が姉君、ルーン・ヴェーナス殿下に来ていただこうかとも思っておるのだが」
 「ルーン王女の御前で勝負するって…ファトラさんあなた何考えているの?」
 ますます怪訝そうな顔になる菜々美。ルーンに格闘技を見る趣味があるとは思えないし第一ファトラが何のメリットも無しに提案してきたとは思えない。
 「なに姉上にわらわの修行の成果を見せるよい機会かと思うてな」
 即答するファトラ。どうやらその言葉に嘘はなさそうだったが
 「あんたはんがうちらと戦うというんどすか」
 驚いたような呆れたような顔でアフラが問う。
 「王女さんはおとなしくお城で寝ていたら?怪我するのがおちよ」
 あしらうようにイシエル。
 「わらわがそなたらに後れをとると思うておるようじゃの。だが」
 「思っているんじゃねえ。そうだと言っているんだ」
 ファトラの言葉を遮りシェーラが断言する。また菜々美も同調した。
 「そうよね、いくら方術を使わないからと言ってもファトラさんが勝てるとは思えないわよねえ」
 「ならば今度その体に知らしめてやろう。楽しみしているがよい。では後日場所と時刻を連絡する。体調は万全にな。わらわはこれから姉上にお会いしてこよう」
 ファトラはそう言って席を立ち外へ出ようとした。
 「待てファトラ!てめえ本気なのか」
 慌てて問いただすシェーラ。その言葉に出口へ向かいかけたファトラは立ち止まってシェーラの顔を見る。だが何も発せずただにやりと笑うだけであった。
 顔を見合わせるシェーラ達。ファトラの真意は掴めないのだが取り敢えず騒ぎだけは収まっていた。
 勿論彼女が意図していたなんて事は100%有り得ない。だが誠はファトラの傍へ行き頭を下げた。
 「有り難うファトラさん。一時はどうなることかと思いましたよ。ほんま助かったなあ」
 「ほう。となるとそなたはわらわに借りができたと言う事だな」
 一瞬引きつったが間違いでもないため仕方なく頷く誠。
 「ならば『武闘会』の開催、そなたにも手伝って貰うことにしよう」
 「「「武闘会?」」」
 皆一斉に聞き返す。
 「そう武闘会じゃ。せっかくだから何か賞品か賞金を出していただけないか姉上にお願いしてみよう。ではな」
 一人納得して店を出るファトラ。すぐにアレーレが後を追う。
 それを見送っていた誠達だが
 「一体何考えてんのあのお姫様は?幾ら強いと言っても私ら大神官に勝てる訳ないっしょ」
 「全くだぜ。第一あたいらは出るなんて一言も言ってねえのにな」
 呆れたように言う二人に対しアフラはやや慎重に話す。
 「そうどすなぁ。まあファトラはんの事やから何かたくらんどるかもしれへんけど」
 「それくらいやりそうね。だけど賞金かあ…」
 何やら考え込む菜々美を見て誠が突っ込んだ。
 「あ、菜々美ちゃんもしかして出場せずに賞金だけ貰う方法考えとるんとちゃうか?」
 「あらよく分かったわね。ファトラさんの相手すんのは嫌だけど賞金はねえ…」
 とまた思案顔に戻る菜々美。
 「僕は冗談で言うたんに…」
 ともあれ東雲食堂崩壊の危機は去ったようである。
 

 城に戻ったファトラはすぐルーンの執務室へ向かう。昼食は取らなかったが精神が高揚していて気にならないようだ。ルーンの前へ出たファトラは挨拶もそこそこに話を切り出した。
 「武闘会ですか…」
 「その通りです。この城にはわらわと互角以上に戦えるものは殆どおりませぬのでわらわも困っておりました」
 「ですがファトラ、大神官の方々との真剣勝負というのはいかがなものでしょう」
 そっと眉をひそめルーンは問い掛ける。
 「ご心配には及びません。一応手加減はするつもりです」
 ルーンの言いたい事が分からないらしい。ルーンはため息をつき言葉を続ける。
 「それにファトラ、そのために武闘場を作るという事でしたが場所や予算の確保はどうするつもりですか」
 修行の成果を試す、これには異存はない。ルーンとて常にファトラの事を見ている訳ではないのでそういう意味では確かにいい機会なのだが相手が大神官となると話が違ってくる。
 ルーンにしてみればファトラの実力が分かればいいのであり白黒をつける必要はない。
 また素手での戦いとはいえ大神官にもメンツがある。勝ち負けと大神官としての力量は関係は無いが負けて面白いはずはないし万一ファトラに遅れを取り、更にそれが周りに知れるのはまずいのではないかと思う。
 なんとか思いとどまって欲しかったが無理なようだ。後は予算等の面でロンズが許可せぬ事を期待するしかなかった。
 「それに関してはロンズとストレルバウの両名に相談しようかと思っております」
 「ロンズは分かりますがなぜストレルバウに?」
 「ええ先ほど武闘場と申し上げましたが大会を開くためにのみ作るのは予算の無駄遣いと言うものです。ですのでまずは体育館を作りそのこけら落としとして武闘会を開きます。その後は市民に開放したいと思っています」
 ファトラにしては殊勝な考えだ。珍しくまともな事を言うファトラの願いを無下に却下するのも憚られる。取り敢えず『大神官達と戦う』という項目さえ外せば後は構わないとも思う。
 思案顔のルーンをよそにファトラは言葉を続けた。
 「まずはロンズとストレルバウの両名を探し出しまして、まあまた最初から説明するのは面倒ですが」
 とファトラが更に続けようとした時
 「それには及びません」
 いきなり声がしたかと思うと天井からロンズが飛び降りてきた。
 「その通りにございます」
 同じくなんの前触れもなく今度は壁からストレルバウが現れる。
 「えっ!これは一体…あなた達はどこから現れたのですか?」
 さすがのルーンも驚いたようだ。
 「はっ、以前誠君から、彼の国に沢山いたニンジャとかいうものの話を聞きましてな」
 「その中で実用できるものはないかと博士と試行錯誤を行っておりました」
 「ほう、それが出来上がったと言う訳か」
 「御意にございます」
 「いやあ苦労しましたぞ。ルーン殿下のお部屋の壁と天井の模様を全て」
 「寸分違わぬようこの布に描き写すのです。いや全く時間がかかりました」
 「私の部屋ですか?!」
 驚愕の王女。
 「御意にございます」
 気付かないらしい。
 「えーとですな、これがこの執務室、でこれらが第三執務室にこれは…おお!寝室ですな」
 次々と懐から布の束を出し説明する。
 「大層な量だな」
 ファトラの声と表情が沈んでいく。
 「それだけではございません。私と博士では体型が違いますからな。それも含めて試練の毎日でした」
 「その通りでございます。しかもただ柄を合わせて壁の前で立っておれば良いというものではない。やはり呼吸というものがございましてな」
 ルーンとファトラの顔色が変わったのにも気付かず自慢話を続ける二人。うまくいった事が本当に嬉しいようだ。
 「なるほど、それは難儀じゃったのう。それで実用化できそうなのか?」
 「はっ、今回初めて人前で試しましたがこれほどの成果を上げるとなれば」
 「これでいつでもルーン王女のお側でのぞ、いや警護ができるというものです」
 一瞬汗が流れる。
 「と言うことは私の前で使うのは初めてと言うことですね」
 ルーンはやや安堵したような表情を見せた。
 「御意。しかしご安心下され。これからは我らが常にお側で警護を務めさせて戴きます」
 深々と頭を下げるロンズにストレルバウ。
 ルーンはにっこり笑ってから口を開いた。
 「ファトラ、私は部屋で休んでまいります。後はよろしく頼みましたよ」
 「はい。で体育館の件は?」
 「あなた達にお任せします。ただし無理なことはしないように。良いですね」
 「了解いたしました」
 ファトラは答えてからゆっくりと立ち上がりロンズ達の方を見た。
 「さてと…」
 小さく呟いたファトラを見上げたロンズとストレルバウだが次の瞬間壁に叩きつけられた。
 「そなた達、そんなに壁が好きなら一生そのままにしておるか?」
 壁にめり込んだ二人を睨んで言い放ちそして退出するルーンのため後ろへ下がる。
 「ごゆっくりお休み下さい姉上。わらわはもう少ししてから部屋に戻り先ほどの案件を協議いたします」
 「そうですか。お願いしますねファトラ」
 やさしく微笑んで部屋を出ていくルーンを見送ったファトラは再びロンズらを見る。その目はサディスティックに光っていた。
 

 数分後ロンズとストレルバウは衛兵に担がれファトラの執務室(滅多に使われることはないが)へ運び込まれた。勿論何があったのか尋ねるような命知らずはいない。ロンズ達を部屋へ放り込んだ後彼らは何も言わず一礼して退出していった。
 「さてと…経緯はなんであれわらわの考えは分かったと思うが?」
 ゆっくりと問い掛けるファトラ。
 「御意…」
 ぼろぼろの体を起こし答える両名。
 「ロンズ、そなたは体育館建築ための予算を工面せよ。ストレルバウは場所を選定し設計図を作成せよ。よいな」
 体育館を作り武闘会を開くのは既定事実として指示を出すファトラであったが
 「ファトラ様、大変申し上げにくいのですが体育館を作る予算を捻出するのはちと困難でして…」
 「私は来月開かれる学会の準備がございますので今すぐには図面を引く余裕はないのですが…」
 消極的な両名。ルーンの意図を汲んでいるわけではなく単に面倒なだけだ。
 「ふーん…そうかそれは残念じゃのう…」
 言葉とは裏腹にファトラの表情は軟らかい。
 「申し訳ございません」
 ロンズとストレルバウはほっとした面もちで頭を垂れる。それを眺めながらファトラは小声で、だがはっきりとした口調で呟いた。
 「出場選手は当然レオタードであったであろうにのう…」
 続けて、今度はにやりと笑いながら呟く。
 「忙しいのでは仕方ないのう…」
 「お待ち下さい!」
 慌ててロンズが声を上げる。
 「そうでございます。短気は損気ですぞ。暇とは作るもの。このストレルバウ、ファトラ様のために働かせていただきとうございます」
 「予算の方はこのロンズにお任せ下さい。数日内に工面してご覧に入れましょう!」
 思いっきり力が入っている。
 「そうか。苦労をかけるがよろしく頼むぞ。当日は男子禁制にする予定であったがそなた達は特別審査員とか適当な役職を設けて入れるように手配しよう」
 「有り難き幸せ。このロンズ、命に代えましても予算を捻出いたしまする」
 「私も全身全霊を傾けリングを、いや体育館の建設に当たらせていただきます」
 そう言って深く頭を下げる両名。それを見てファトラは満足そうに頷いた。
 「では早速作業に取りかかるように。一ヶ月以内に作り上げるのじゃ。そうでないとイシエルがまた旅に出るぞ」
 「「かしこまりました!イシエル殿のレオタード姿を見ぬ訳にはまいりません!すぐに!!」」
 勢いよく飛び出していくロンズとストレルバウ。
 去っていく二人を見送りながらアレーレが進言する。
 「よろしいんですかあんな約束をされて。出場されるお姉さま方の事を考えるとやはり男子禁制にすべきかと存じますが」
 「アレーレ、わらわは入れるよう手配しようとは言ったが必ず来いとは申しておらぬ。連中も忙しい身、公務で出席できぬ可能性も大きい」
 にやりと笑う。
 「なるほど!さすがファトラ様、美少女の味方ですわ」
 「ふっふっふ、当然の事じゃ。この世で最も崇高な美をあのような者達に見せても理解できぬからな。大人しく裏方だけやって貰おう」
 「ですがファトラ様、ロンズ様やストレルバウ博士が引き下がるとは思えないのですが…」
 「それも考えておる」
 面白そうに笑う。
 「と、仰いますと?」
 身を乗り出してくるアレーレの耳元にファトラは口を寄せ何事か囁いた。
 「さすがですわ。よもやその様な罠が待ち受けているとは」
 ファトラは感心して話し続けようとするアレーレを制する。
 「しっ!声が高い。いま暫くはこの件は伏せておく必要がある。動くのはまだ先じゃ」
 「そうでした。申し訳ございません。つい興奮してしまいまして…」
 「ふふふ…なるほど、鼓動が早くなっておるのう。どれ、わらわが冷まして進ぜよう…」
 ファトラはゆっくりとアレーレの首筋から胸元へ手を滑らせていく。
 「お願いします…ファトラ様…」
 目を潤ませているアレーレをファトラは強く抱きしめ唇を重ねていった。


【TOP】 【NEXT】