Elhazard The Confusly World !! 



 幾霜もの夜を越え 蓄えられし位相の力
 想いは時に引き金となり 壊れた歯車を再び廻す
 過ぎ去りし時と 訪れる時 信じ得る時は今この時
 想い出により開かれし時の扉 今、訪れし約束された出会いが始まる
 神秘と混沌の世界エルハザード ここにその扉が開かれん



混迷の世界 エルハザード

第壱夜 混乱の世界へ



 ”どこだ?!”
 褐色の肌の、中年に差しかからんとした男は森の中を駆ける。
 ”あの時の再現は…させるわけにはいかんのだ”
 彼は思い出す。
 過去の、身を引き千切られる想いを。
 ”守りたかった…しかし守れなかった”
 チリン
 疾走する彼の頬を、木の枝が触れる。
 それは彼の右の耳だけの耳飾りを地に落とした。白い球体の、素材の美しさだけの飾り。
 彼はしかし、拾うことなく構わずに走り続ける。それがかつて守れなかった者の遺品であっても。
 ”今度こそは、守らなくてはいかん!”
 想いだけを残し、森を駆け抜ける。
 残された白い珠は落ち葉の上で、冷たい月明かりを受けつつ、漂う彼の想いを拾い上げる。
 トクン…
 小さく動いたような、そんな気がした。
 白き珠は、月の光を受け続ける…まるで力を溜め込むコンデンサのように。



 小さな白い手が、棚に置かれた黒い髪飾りに触れる。
 白と黒のコントラスト,その白は亜麻色の髪に黒を添える。
 やがて彼女はその足を踏み出した。先には未だ見えぬ、未来への道がある。
 夜風が心地良い。
 窮屈な城とは違い、森の中では風すらも自由を感じられた。
 やがて開ける視界に彼女は上を見上げる。
 視界には満天の夜空,その中で一際強い光を放つ星に、彼女の国の行く末を祈った。
 ”守りたかった”
 「誰?」
 声が届く,彼女の心に直接届く声。後悔と懺悔のこもる男の声が。
 祈りを捧げた星の輝きが、一際大きくなったように思えた。
 いや、違う。
 足元に、光る球体が一つ。蛍かと思えたそれが眩い光を放ち!
 「え?」
 そして幼き彼女は、光に包まれる…





 ここは砂漠と荒野の中に立つ遺跡。
 ロシュタリア城のあるフリスタリカから、西へ徒歩で5日ばかり行くと広大な砂漠が広がる。
 もっとも徒歩で砂漠に踏み込む者など、地元の遊牧民くらいであろうが。
 その未踏に近い地区に、カーリアの遺跡と言われる鬼神の眠っていた遺跡があった。
 「イフリーナ!」 遺跡の中、乾いた冷たい空気に彼の声が木霊する。
 空が群青色に近くなる頃には砂漠の熱気は嘘のように消え失せ、対極にある冷気がこの地を支配するのだ。
 「イフリータですってばぁ」 男のその言葉に色白の少女が反論。
 「合っているではないか!」 
 「…? そうですね」 納得するイフリーナ。
 「んなことはどうでもよい、イフリーナ。この人物をさらってこい!」 と言って陣内がイフリーナに一枚の羊皮紙を手渡す。
 それを彼女は一瞥し…
 「ウーラちゃんですかぁ?」
 「違うわ! ルーンとファトラだ!」 男・陣内 克彦は叫ぶ様にして言いつけた。
 「人…だったんですかぁ?」 イフリーナの見る羊皮紙にはどう見ても人間とは思えない落書きが2つ。
 「お前が文字読めないと思ったから、丁寧にも似顔絵を描いてやったというに…ともかくだ、お前の力を以ってしてどちらかをかっさらってこい!」
 「?? お食事にでも御招待するのかなぁ」
 「ふふふ…まぁそんなところだ。首尾よくやるのだぞ!」
 「はぁーい!」 鬼神は嬉しそうに返事をし、遺跡を飛び去って行った。



 イフリーナが眼下に見下ろすのは、フリスタリカはロシュタリア城。
 見張りたる物見に気付かれぬよう、ゆっくりと降下する。
 「ええと、ルーン王女にファトラ王女っと…どこかなぁ」 窓から城内に侵入、廊下をうろうろと歩く。
 「お食事会かぁ、楽しみだなぁ」 一人微笑み、イフリーナはふと前方の扉の一つが半開きになっているのを発見する。
 そこからは聞き覚えのある人の声が…
 忍び足で近づき、そっと中を覗いた。
 そこにはいろいろな種類の服を持つルーンと、げっそりとしたファトラの姿があった。
 ”洋服のお買い物かなぁ” 城の中で買い物する訳なかろう、イフリーナ。
 「ええと、御主人様はどちらか一人だけって言ってたなぁ」 迷うのは数瞬,彼女は狙いを付ける。
 イフリ−ナは風の如く疾走,驚きに目を丸めるファトラのみぞおちに軽く一撃!
 「!?!」 ファトラは鬼神の一撃に呆気なく気を失った。
 「あら、貴女はイフリ−ナ?」 やはり突然の出来事にポカンとするルーン。
 「御無沙汰してます! 先日はどうもぉ」 ファトラを抱き、おじぎするイフリーナ。
 「いえいえこちらこそ」 微笑み返し、ルーンは頭を下げる。
 「じゃぁ、また来ますね」 
 「ええ」 ルーンの見守る中、イフリーナはファトラを抱いて窓の外に飛び立っていった。
 「…あら?」 数分後、ルーンはちょっと慌てたりしたという。



 「お連れしましたぁ!」 イフリーナは陣内とディ−バの前にファトラを横たえる。
 「よくぞやった,イフリータ! やればできるではないか!」 満足げに陣内はイフリーナの頭を撫でた。
 「イフリーナなんですけど…」
 「陣内殿,これで同盟が我らの手に落ちたのも同然よのぅ」
 「フッ,まぁな。でだ、イフリーナ,何をポケっとしておる」 陣内は指をくわえるイフリーナに目を移した。
 「あのぉ、お食事会開くって…」
 「? 腹が減ったのならタラにでも何か分けてもらえ」 シッシッと手を振りながら陣内。
 「うっ,なんや、ここは」 そうこうしている内にファトラが目を覚ました。
 「ようこそ、ファトラ王女」 余裕の敬礼をしながら陣内。それを直視してファトラは凍りつく。
 「じ、陣内! なんや、一体どうなっとんのや?!」 キョロキョロを回りを見渡すファトラ。
 彼女の目には陣内と、その後ろの少し高くなっているところにディーバは寝そべっている。
 かなり広いホール状の部屋,ロシュタリア城の王の間に雰囲気は似ていた。
 「ここはバグロム第二帝国,ゆっくりして行かれるが良い。ファトラ王女よ」 ディーバが尊厳に彼女に告げる。
 しかしファトラはイフリーナに視線を向け、ポンと手を叩いた。何かに気付いた様子だ。
 「そうや、確かイフリーナに気絶させられて…ファトラ王女?」 怪訝に彼女は呟く。
 「はい、お食事会を開くので御主人様が是非とも王族の方をお呼びしたいとおっしゃいましたんで」 イフリーナが嬉しそうにその呟きに答えた。
 ファトラは陣内に振り返る。
 「陣内…僕やけど」
 「? は?」
 「…・・」
 「…・・」
 見つめ合う2人。
 「も、もしや、貴様,水原 誠!!」 ずささっと後ずさる陣内。
 「貴様、とうとうその道に走ったか!!」
 「ちゃうわ! 色々あったんや!」 明らかに慌てるファトラ,ではなく誠。
 「ふん、貴様の趣味など私が理解しうるものではない」
 「だからぁ!」
 「ううむ、何故あやつは女子の格好をしているのか?」 首を傾げるディーバ。それにイフリーナは余り聞いていないようだった。
 「さぁ…誠様、かわい〜い」
 「「あのね」」 ハモる誠&陣内。
 「イフリーナ,こやつをどっかに閉じ込めておけ! 気色悪いわ!」
 「はぁい、誠さん,付いてきてください」
 「引っ張らんといてぇぇぇ〜」 腕を捕まれ、誠はイフリーナに引きづられてカーリアの遺跡の奥へと消えていった。
 と、静かになったかと思うと…
 ドガン!!
 彼らが消えていった方向から、爆発音だか破裂音だか分からない音が響いてくる!!
 「な、何事じゃ!」
 「カツオ!」 陣内は控えていたバグロムに乗り、音のした方向へ駆け出していく。
 微かな硝煙のような匂い,モヤのような僅かな煙。
 処分しようと思っていた古代の遺物を廊下の端っこにまとめていた所に、目を回したイフリーナと誠の姿があった。
 その延びている誠の背中に正座する人影一つ。
 「…誰だ、お前は」 茫然と尋ねる陣内。
 誠の背の上の彼女は満面の笑みで彼に答える。
 「はい、ルーン=ヴェーナスと申しますの。ところでここ、何処でしょう?」 右手を頬に添え、彼女,歳の頃は16、7の少女は困ったように言った。そしてふと視線を下へ…
 「きゃぁ,ごめんなさい、ごめんなさい!!」 慌てて誠の上から降り、彼を抱き抱える。
 「何なんや…一体?!」 目を回しながら、誠。
 「それはこっちが聞きたいわ!」 陣内の絶叫が遺跡に木霊した。




 彼女はそこにいた。
 いつの頃からか,どうやってここまで来たのか,分からない。
 唯、言えることは彼女がそこにいるという事実だけだった…
 「カーリア,Eテーブル片付けて!」 ざわめきの中、良く通る声が飛ぶ。
 「あ、はーい!」 褐色の肌の少女は、店主である同世代の女性の言葉に従い、軽やかな足取りでお盆片手に、人の間を踊るように進む。
 「カーリアちゃん,こっち生中3つ追加ね」 途中、中年の親父グループから注文が飛ぶ。
 「は〜い,まいど!」 テーブルの上の注文書に手早く書き込み、彼らにとびっきりの笑顔を一つ。
 ニタリ
 「「ひぃぃ!!」」 退く客達。
 「あ、ごめん。ついつい」 にっこり。
 今度こそとびきりの笑顔。
 彼女と店主,菜々美の二人は夕方の東雲食堂で奮闘していた…



 食堂であるが故の早い閉店時間,夜の七時頃だろうか。
 「今日も繁盛繁盛!」 紙幣を数えながら、菜々美はほくほく顔。
 「忙しかったね,常連さんも増えてきたし」 キッチンの方で、残った食器を洗いながらカーリアは奥から声を掛けた。
 「段々と軌道に乗ってきたわねぇ。カーリアがいなかったら、ここまで来れなかったわ,ありがとう」 微笑み、菜々美。
 「ううん,そんなことないよ。菜々美は商才があるんだよ」
 「そう? 照れるなぁ。でも、カーリアも物覚えが良くて助かるわ」
 …それが彼女の能力なのだから当然である。
 カラン
 と、入口のカウ・ベルが鳴り、開く。
 菜々美は振り返り様、声を掛ける。
 「もう看板なんです,ごめんなさい」
 「看板だから来たのじゃ」
 「こんばんわぁ」 入ってきたのは二人の少女。
 一人は菜々美の幼馴染みとそっくりな容姿を持つ者,そしてもう一人はその彼女にぴったりとくっつく美少女。
 「ファトラさんにアレーレ,どうしたの?」
 「お客さん?」 食器を洗い終えたカーリアもまた出てくる。
 そんな二人にファトラは一瞥すると、菜々美の前のテーブルに就く。
 「なにな,お客が来たものでなぁ。どうせならここでもてなしてやろうと,何をやっている! さっさと入ってこんか!」
 「あ、はい!」 アレーレの後ろから姿を現したのは青色の髪の少女,やはり美少女だった。
 おどおどとする彼女は、店内の菜々美の姿を見つけるや否や、彼女に飛びつく。
 「菜々美さん,お久しぶりです!」
 「ク、クァウールじゃない! 久しぶりねぇ」 驚きながらも、久しい再会に喜ぶ菜々美。
 「僕もいるんだけど…」
 「あら、パルナスも元気そうで,ちょっと背が伸びたんじゃない?」 頭をなでながら、菜々美はクワゥールの後ろに控えていた少年にしゃがんだ。
 「うん,でもまだ姉さんよりも低いんだよなぁ」 アレーレをちらりと見て、彼女とほとんど同じ容貌を持った少年は残念そうに呟く。
 「男の子はすぐに伸びるから、安心なさい。ところで二人とも、いつフリスタリカに?」
 「さっきだよ。お城に行く前にファトラ様とお会いして食事を取ろうと思って」 パルナスは答える。
 「そっか,とにかく座って。お茶出すから」 席を勧め、菜々美はキッチンの方へと駆けていった。



 「今回はどんな用でここまで?」 菜々美は紅茶を一口,クァウールに尋ねた。
 「実は誠様にお会いしに参ったんです」
 「え? まこっちゃんに?」
 「はい」 言って紅茶をすするクァウール。
 「何かあったの?」
 「いいえ、ただお会いしたかっただけですけど?」 きっぱりと、クァウールは答える。
 「…はぁ」 ”この娘、やっぱり危険ね” 菜々美の中で警報が鳴っていた。
 「そうだ、まこっちゃんも呼んでちょっとしたパーティでも開こうか!」 思い付きで、菜々美は提案。彼女にしても近頃忙しくて誠には会っていなかったのだ。
 「まぁ、それは楽しそうですね!」
 「じゃ、パルナス、まこっちゃん呼んできて」
 「はぁい」
 「あら、私が行きますわ」 止めるクァウール。
 「クァウールには料理作るの手伝ってもらいたいの」 慌てて菜々美は間に入る。
 “もし夜道で二人に何かあったら…絶対あるに決まってる!” 菜々美は心の中で確信していた。
 「そうですか,分かりましたわ」 案外あっさりと引き下がるクァウール。
 下心がない事の証拠だろう。
 「菜々美、子供一人に夜道を歩かせるのは危ないよ。私もこの子に付いていくよ」 と、パルナスの頭にポンと手を置いたのはカーリアだった。
 「そう? じゃ、お願いね」 笑顔で菜々美。
 「じゃあ、行こうか、ええと…」 カーリアは言葉に詰まる。
 「パルナス=レレライルだよ、お姉ちゃんは?」
 「カーリアっていうの、ヨロシクネ、パルナスちゃん」 微笑み、カーリア。
 「ちゃん付けは止めてよ」
 「う〜ん、じゃボウヤ」
 「もっと嫌だってば」
 とかなんとか言いながらも、二人は並んで東雲食堂から出て行った。



 「そう言えば、ファトラさんは料理できたっけ?」
 「できぬ!」 力一杯ファトラ。
 「さすがファトラ様ですわ!」 賛美のアレーレ。それは違うぞ。
 「どこがさすがなのよ…アレーレも手伝ってね」
 「はぁい」
 「出がらしのアメリカンと鯵サンドなら出来るが」 残念そうにファトラは言う。
 「…そこで待ってて下さい」 一歩足を引いて、菜々美は返した。
 「ところで、菜々美よ。カーリアは何でまた生き返ったのじゃ?」 すでに出て行った入り口を見つめ、ファトラは菜々美に前々から持っていたのであろう,疑問を投げる。
 「さぁ、知らないわよ」 あっさりと菜々美。
 「知らないって…どういうことですか?」 こちらはアレーレ。
 「だって、あの子フリスタリカの郊外で行きだおれてて、介抱してあげただけだもの」
 「じゃぁ、以前の鬼神に戻る可能性もあるわけじゃな!」 席から立ち上がり、ファトラは顔を蒼くして言い放つ。
 「以前のって…前のままかもしれないわよ」 そんなファトラを不思議そうに見つめて菜々美。
 「なんでそんな危ない奴を…」
 「だって、よく働くし。それにあの目を見れば分からない? 悪いことするような子じゃないわ」 断言。それにファトラは肩を竦めた。
 「立派な経営者じゃのう」
 「あの方、そんなに悪い方なのですか? そうは見えませんでしたけど」 おずおずとクァウール。
 「あの娘は鬼神なの。今ではここの手伝いやってもらってるけど」
 「そうなんですか…」 本当に分かっているのかいないのか,そんな表情でクァウールはレタスのようなものに包丁を入れた。




 「だたいま」 カーリアの声に一同は振り返る。
 しかし誠の姿はない。
 「まこっちゃんは?」 菜々美はカーリアに聞く。
 「誠様はバグロムのやつらにさらわれたっていうんだけど…」
 「ええ!! 何てこと!!」 パルナスの言葉に顔面蒼白になるクァウール。
 しかし…
 「そうか」
 「ふぅん」
 「いつものことですねぇ」 残る三人の反応はあっさりしたものだった。
 「…そうなんですか?」 振り返り水の大神官は信じられないような眼差しで三人を見つめる。
 「そうよ,良くある事だから。まこっちゃん,あれでもお兄ちゃんと結構仲良いんだから」
 「そうかなぁ」 アレーレはさすがにそれには賛同しかねるらしい。
 「でもなぜさらわれたのじゃ?」 ファトラがパルナスに聞く。
 「なんでもファトラ様と間違えたそうです。ルーン様と洋服を選んでいたところを」
 「それはまずいわ、お兄ちゃんが女装したまこっちゃんに手を出すかも!!」 一転,顔を蒼くして菜々美が叫んだ。
 「恐ろしい想像をするな、菜々美…」 冷静にファトラ。
 「まるで他人みたいにしてるけど、姿形はファトラさんと一緒なのよ」
 「う…陣内…気色悪いものを想像してしまった」 言われてやはり顔を蒼くするファトラ。
 「誠様が虫に…虫に…はぁ」
 「ああ、御主人様ぁ!」 貧血を起こしたように倒れるクァウール。
 東雲食堂は6人の嬌声で一時、騒然となっていたという…




 藍色の髪の女性がロシュタリア城の廊下をはやる足で進んでいた。
 そして一つの扉の前で立ち止まる。
 「誠がここにいるって聞いたんだけど」 扉を開き様、彼女はそう中にいる人物に尋ねた。
 「あら、イシエルさん、いらっしゃい」 答えるはこの城の主,ルーン第一王女その人だ。
 薄々はいる事は分かっていたのか,地の大神官イシエル・ソエルはしかし怪訝な表情で首を傾げる。
 「王女様…こんにちは。おひとりですか?」 そう、ルーン以外に人はいなかった。
 ルーンはそれに困ったように右手を顎に当てて答える。
 「ええ、さっきまで誠様といっしょだったのですが…」
 「誠はどこいったんです?」
 「ええと」 非常に困ったような表情。イシエルの脳裏に嫌な予感が走った。
 「イフリーナさんに連れていかれてしまいましたの。何でもお食事会を開いていただけるということなので」 予感はビンゴだ。
 「…それって、さらわれたのと、違います?」 溜め息一つ,イシエルは突っ込む。
 「いいえ、イフリーナさんは誠様をファトラと間違えておりましたから、その点は心配いりませんわ」 きっぱりとルーンは否定した。
 ”どの点だ、一体??“ 額に汗するイシエル。
 「大丈夫ですわ,良くある事ですし。一応ストレルバウに捜索させていますので」
 「一応…ですか?」 茫然と彼女は呟く。
 と、おかしな事に気が付いた。
 「捜索って,どうして博士なんです? ロンズさんは?」
 「ロンズは昨日から三日間、里帰りしておりますの」
 「里帰りねぇ」 イシエルは中年おやじを脳裏に浮かべて呟く。もっとも脳裏に映ったものはすぐさま消え去ったが。
 久しぶりにフリスタリカに遊びに来てみれば、誠はさらわれている。その上、そんなことが日常茶飯事とは…
 「誠も大変っしょ…」 小さく彼女は呟いた。
 と、イシエルはルーンの視線に気付く。何やら全身見られているような感じだ。
 「イシエルさんは、あまりおしゃれなどなさいませんのね」 ルーンが不思議そうに尋ねる。
 「ええ、日々放浪の旅ですから」
 「この城に滞在している間くらいは良いのではなくて?」 微笑むルーン。
 彼女は危険を察知した。誠がバグロムにさらわれた以上に、今は自分の保身を優先する。
 「いいえ、私には似合いませんし。では、これで」 クルリと背を向けるイシエル。
 「それでは誠様も、なかなか振り向いてくださりませんのに…」 ぼそり、ルーンは聞こえるようにか、呟く。
 背を向けようとしたイシエルの動きがピクリと止まった。
 「誠は…誠は外見で判断するようなことは…」
 「この間、シェーラ様をコーディネイトしてあげた時も、誠様、何故か恥ずかしそうにシェーラ様を見ていましたっけ」 思い出すように、ルーンはクローゼットからドレスを一つ取り出しながら言った。
 シェーラをも毒牙にかけたのか、ルーン!?
 「…王女様、簡単におしゃれできるものって、あります?」 意を決したように、イシエルは虎穴に飛び込んだ。



 「…酷い目にあったっしょや」 げっそりと、イシエルは夕日の見えるバルコニーに一人、風に当たっていた。
 ようやく解放された(逃げ出してきた)彼女は普段着を片手に、ルーンによって着せられた衣装の姿のままでいる。
 すなわち緋色のドレスを着込み、髪と同じ薄青いストールをまとっていた。しっかりとした彼女の体のラインを十二分に引き出している。
 薄く化粧したその顔だちは、普段とはまた違った上品な魅力を醸しだし、男女問わず人は皆振りかえることは間違いないだろう。
 「誠もあんなんに付きあわされちゃ、たまったもんじゃないっしょ」 イシエルは髪を掻き揚げ、空を見上げる。
 赤と青のグラデーションが美しい。赤い空の部分が次第に青黒く染まっていく。
 と、髪を通すイシエルの指に何かが当たる。
 「?」 触った感じから、それが髪飾りだと知る。器用にそれをはずす彼女。
 黒い素地に星を思わせる銀色の装飾が数箇所に施された、控えめな飾りだ。
 「王女様もセンスは良いんだけど…いや、そうでもないかな」 飾りを元に戻し、イシエルは一人呟く。
 「肝心の誠がいなくちゃ意味がないっしょ…」
 バルコニーから真下に誠が住む研究所が見える。そこに視線をやると、人影が二つ見えた。
 「? もしやバグロム?!」
 イシエルは一瞬の躊躇の後、手にした荷物の内、地のランプだけを手にバルコニーから飛び降りる!
 地上四階ほどの高さ,ドレスをはためかせながら、イシエルは空中二回転の後、中庭の芝の上に着地,驚きに立ち竦む2人に迫る。
 一人は少女,杖のようなものを構えてイシエルを睨んでいる。
 そしてもう一人は…
 イシエルの足が止まる、同時に警戒心も解かれた。
 「何だ,アレーレじゃないの」 ほっと、イシエルは呟く。
 「あれぇ? 姉さんを知ってるの?」 対するアレーレはしかし驚いたように尋ねてきた。
 「姉さん?」
 「僕はパルナスって言います。アレーレは僕の姉さんなんだ」
 「ア、アレーレの…弟?! そっくりね…」 しゃがみ、パルナスと視線の高さを同じにしてイシエルは彼をしげしげと見つけて言った。
 「お姉さんは誰です? ここのお城の方ですか?」
 “アレーレと違って上品な子ねぇ” 思いながら、イシエルはそれに答える。
 「私はイシエル・ソエル,地の大神官としてここに寄ったの」
 「地の…おしゃれな方なんですね」 イシエルを眺めながら、パルナスは言った。
 「あ、いや、この格好はたまたまっしょや」 苦笑いの地の大神官。
 「ふぅん,あ、そうだ。僕、水の大神官クァウール様の従者をやっているんです。御主人様とも後程で構わないんですけど、お会いしてください」
 「水の大神官の?!」 “礼儀正しい訳ね,でもアレーレは王女の侍女だし…” 思うイシエル。
 「ええ、明日にでもね。で、パルナス君は誠の研究室の前で何を?」
 「うん、菜々美さんが呼んでこいって。でも中が真っ暗なんだよ」
 「菜々美ちゃんが…それがね,誠はバグロムにさらわれちゃったみたいなのよ」
 「…ええ!!」 当然驚くパルナス。
 「でも日常茶飯事らしいから心配しなくて良いみたいよ」
 「そうなの? カーリアさん?」 見上げるようにして、パルナスは隣に佇む少女に尋ねた。しかし彼女は首を横に振る。
 「さぁ? 私もここに来てまだ一週間くらいしか経ってないから分からないわ」
 「ふぅん,いないなら仕方ないか。それじゃ,イシエルさん。また明日!」 微笑みを浮かべてパルナスはお辞儀する。
 「ええ、気を付けて帰りなさい」
 「はい」 そして二人の訪問者は去っていった。
 「ほんと、大丈夫ならいいんだけど…」 イシエルは空を見上げる。
 すでに空には星が瞬き始めていた。
 キィィン…何か金属が軋むような音が頭の上で聞こえてくる。
 と、その空が歪む!
 奇な浮遊感が彼女を襲う!!
 「な!!」 地のランプを手に、身構えるイシエル。
 彼女の周囲が灰色になったかと思うと…
 浮遊感が消える。
 彼女は夜の森の中に立っていた…
 「?? 一体ここは?」 周囲には木が茂っているだけだ。
 ガサリ! 小さな足元の音に、イシエルは身構えて見下ろす。
 ネズミが白い何かをくわえて走り去った音だった。
 「なんだ…」 自分の怯えを知って、苦笑いのイシエル。
 ザバァ…今度は右手の方で水の音。連続的にそれは続いていた。
 「人がいるっしょ? ともあれ…」 彼女は音の下方向へと足を向ける。
 シダ系の背の高い植物が彼女の行く手を遮っている。イシエルは地のランプでそれらをなぎ払いながら進んだ。
 「このドレスっていうのは、歩きにくいっしょ」 悪態を吐きながらも杖を振るう。
 と、急に視界が開ける!
 森の中の小さな泉,一人の少女が水浴びをしていた。
 青い長い髪,しなやかな肢体,そして…何処かで見た顔だ。
 「キャ!」 水浴びをする彼女は、イシエルの姿を認め、驚いて水の中に身を隠す。
 「あ、貴方…ミーズ??」 茫然と、イシエルは脅える少女に問い掛けるように呟いていた。





 少女のその一言で瞬時に沈黙の幕が降りた。
 数秒後、それを破ったのは誠の疑問を投げかけた言葉だった。
 「ルーン王女様???」
 「ロシュタリア元首のか??」 目を点にして、陣内もまた問い掛ける。
 「はい!」 二人に元気に微笑むルーン王女。対する質問者二人は呆然としている。
 「ガニオゴッタ?」
 「さぁ…ルーン王女さんにそっくりですねぇ」
 「?? ゾウナン?」 約二名ほど、付いていっていないのもいるが…。
 「み、水原!」 陣内は誠に詰め寄る。
 「貴様、何を企んでおる!」
 「企むも何も…なんでそうなるんや?」 困った顔の誠。いつもの事だが。
 「我らの気付かぬうちに伏兵とは! 陣内克彦、一生の不覚ぅ!!」 頭を両手で抱えて絶叫する陣内。
 誠はそんな陣内をあからさまに白い目で見つめる。
 「これが不覚なら、自分の人生不覚だらけやないか?」
 「誠さん、それはあまりにストレートすぎますよぉ」 パタパタと誠に手を振りながらイフリーナ。
 「イフリーナ、貴様! 主人を敬うという心を一片でも持たんか!」 お陰で陣内は復活する。
 「あの〜」
 「「ん?」」 ポケっとした声に、四人は彼女に振り返った。
 「ここは…どこでしょうね?」 ほんの少し困った表情も入れて、ルーンは聞く。
 「その前に、本当にルーン王女様なんですか?」 確認と言った感じで、誠は若き王女に問い掛ける。それに王女は僅かに首を傾げ、数秒の思考中と言う名の沈黙。そして…
 「ええ」
 「どう見ても僕よりも若く見えるんですが」
 「? 私、今年で16です」
 「おい、水原。どういうことだ?」 それを聞いた陣内は誠に詰め寄る。
 「僕に分かるわけないやろ」
 「ルーンはもっと年増だったはずだぞ」




 バキ
 「イタイゾ、るーん!?」 涙を目に溜め、ウーラはルーンを見上げる。
 「あ、あら、ごめんなさい、ウーラ。なんだか、こぅ,急に怒りが込みあげてきて」 硬く握った拳をルーンはまじまじと見つめた。




 「年増いうたらアカンやろ、多分気にしとるさかい…」
 「そんなことよりもだ、こやつはどっから湧いて出てきたのだ?」 ビシィとルーンを指差す陣内。
 「わからへん、イフリーナに引っ張られて、ついあの機械を掴んだら、光がパァっと…」
 誠が視線を向けた先の機械,まるで柱時計のような全長2mほどの、その長細い銀色の機械は、しかしただの物体として音も立てずにその場にあるだけだった。
 「あの、よろしいですか?」 答えがいつまで経っても返ってこないので、ルーンは心配げに声を掛ける。
 「あ、すいません。ここはええと…」
 「我が新生バグロム帝国であ〜る!」
 「まぁ、では貴方は国王様になるんでしょうか?」
 「ふん、我はこのエルハザードの支配…」 陣内に誠のアッパー気味なブローが炸裂!
 「僕は水原 誠、こいつは陣内。イフリーナにカツオや」
 「まぁまぁ、初めまして。ルーン・ヴェーナスと申します」 慇懃に頭を下げるルーン。
 「よろしくですぅ」
 「ウゴウゴ」
 「王女様はどうやってここへ?」 腹を押さえて唸っている陣内を捨て置き、誠はありふれた質問をかます。
 やはり王女は、のほほんと人差し指を顎に当てて目を瞑る。数十秒後にようやく目を開き、誠にピントを合わせた。
 「星を見ていたら、ここにいたんです」
 「? …ええと、それから?」
 「それだけですが?」
 「…ところで王女様、今は何年ですか?」
 「あら、御存知でなくて? 今は…」
 ルーンが答えたのは十年前の年号だった。




 そこは人の立ち入る事を拒むような断崖絶壁が立ちはだかる地。
 人外の力を発揮し得る神官達の長,大神官の住む神聖なる場所。
 「クァウールの奴、ちゃんとたどり着いたかな」 
 「パルナスも付いて行ったし、大丈夫ですやろ」 
 マルドゥーン山の頂上に建つ大神官の住む聖域,その中庭で二人の女性が日光浴を楽しんでいる。
 赤い髪の少女,炎の大神官シェーラ=シェーラは真上で燦々と光を降らせる日を見上げ、目を細めた。
 「やっぱりアタイも行った方が良かったな」 ボソリ,呟く。
 「アンタは羽を延ばしっぱなしどす。少しは神官としての職務を務めなはれ」 
 中庭の中央,パラソルを差した白い小さなテーブルで、手にした文庫本から目を放して風の大神官は答えた。その拍子に小さな眼鏡がズレる。
 「…チッ,大した仕事なんてねぇじゃねぇか」 アフラを一瞥,神殿の中へシェーラは向かった。
 「ったく…」 その後ろ姿から書物に視線を戻す。少しズレた眼鏡を押しあげて、アフラは知識の取得に戻った。



 シェーラは両手一杯に荷物を持ちながら、両開きの大きな扉を蹴り開ける。
 ギィィ
 暗黒が漏れる,中には天井まで届く棚が乱立していた。
 宝物庫,別名物置である。かなりの広さを持つこの部屋は、専ら献上品などで埋まっている。
 シェーラは棚の空いている部分を見つけ、手にした荷物を置く。
 と、手が空いた彼女はその棚を見上げる。
 「ここ、姉貴の棚だったんだな…」 
 先代の水の大神官,ミーズ=ミシュタルへの献上品。しかしここへ来るものは大抵、二度と手にしないものである。当然、ミーズが持ち帰った訳でもなく…
 ミーズに限らず、シェーラの先代クレンナ=クレンナへの献上品も未だに残っている。
 「そろそろ処分しなきゃ、いけねぇんじゃねぇか?」 さすがのシェーラも山と積まれたこの倉庫内の有様には呆れて何も言えない。
 もっとも、彼女に片付けるという意志は微塵もないのだが。
 と、シェーラはミーズの残した品物のうち、黒い両手で持てる位の長方形の箱を見つける。
 その箱に白い髪が張られていた。
 「ん? なになに? 『小皺にお困りの貴方様へ』?」 その箱を引きずり出すシェーラ。だが、その蓋にはミーズの文字で『危険,開けるべからず』という赤い紙が張ってあった。
 「…姉貴のやつ、何か隠してやがんのか?」 端っから危険の文字をはったりと決めつけるシェーラは、その箱をおもむろに開ける。
 ボン!
 白い煙が箱の中から立ち登った…



 ワァァァァン…
 「ん?」 風に乗って、何か泣き声のようなものがアフラの耳に届く。
 顔を上げ、耳を澄ます。
 ワァン,ギャァァァ…
 「赤ん坊の泣き声?」 神殿の中から聞こえてくる。ここにはアフラとシェーラの二人しかいないはずだが…
 「? 一体」 アフラは眼鏡を外し、席を立つ。
 彼女はとてつもなく嫌な予感と厄介事の匂いを感じ始めていた。



 「こっち?」 神殿の中を進むアフラ。段々と声が大きくなってくる。
 と、アフラが立ち止まったのは宝物庫の前。
 その入口で赤ん坊が一人、大声で泣き叫んでいた。
 その傍らには、カラッポの箱とシェーラの服が落ちている。
 「何やの? これは」 瞬間、呆気に取られるアフラ。
 赤ん坊を凝視する。
 赤い髪の女の子だった。
 「ふむ」 アフラは赤ん坊ではなく、空の箱の方に歩み寄り、しゃがんでその内側を指でなぞった。
 うっすらと白い粉が彼女の人差し指に付く。
 「…」 アフラは箱の蓋を閉める。そして泣き叫ぶ赤ん坊に視線を合わせた。
 「シェーラ,触らぬ神に祟りなしって言葉、よう分かりおました?」 大きな溜め息とともに、アフラは言葉を吐き出した。


To Be Contiuned !! 




はじめに
 混迷の世界エルハザード,スタートです!!
 今回はTV版ルーンとカーリアが登場いたします,内容は全開と違い、かなり軽め。
 題名の通り、話の視点が次々に変わるので、書いている私も読んで下さっている方も混迷されるかも。
 なお、時代が2つあり、過去は緑色で書かれております。この辺、ポイントやも(笑)
 何はともあれ、第壱夜 『混乱の世界』をお贈り致しました。
 次回は過去に飛ばされたイシエルが大(?)活躍?! お楽しみに!




次回予告

は〜い,アタシ、カーリア!!
今回は菜々美に付いて探索の旅に出てま〜す!
妙に懐かしい遺跡に来たのは良いけど、そこにはナント!
でもさぁ、菜々美。あのクァウールって娘にお店任せてきちゃって大丈夫かなぁ。
あ、駄目っぽいよ,ほら…
次回、混迷の世界エルハザード 第弐夜 『混沌の世界へ』
イシエル…さんだっけ? 大変ねぇ,アナタも。


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