Elhazard The Confusly World !! 



 幾霜もの夜を越え 蓄えられし位相の力
 想いは時に引き金となり 壊れた歯車を再び廻す
 過ぎ去りし時と 訪れる時 信じ得る時は今この時
 想い出により開かれし時の扉 今、訪れし約束された出会いが始まる
 神秘と混沌の世界エルハザード ここにその扉が開かれん



混迷の世界 エルハザード

第七夜 混結の世界へ



 「ありがとうございました!」中年の女性が何度も何度も彼に頭を下げる。
 「おじちゃん,またね」満面の微笑みで手を振る少女。
 それを彼は同じ微笑みで見送る。
 「そうだ、おじちゃん!」少女は思い出したように彼の足下に駆け寄る。
 「何だ?」
 「これ、あげる!」小さな彼女からの贈り物,それは小石だった。
 少し磨きの掛かった何の変哲もないそれ。
 だが、子供にとってはそう言ったモノが宝物になる。
 「私の宝物,大事にしてね」
 「ああ、ありがとう」答えて、彼は彼女の頭を撫でる。
 少女は満足げな笑みで、母親の元に駆け戻っていく。
 恐縮したように何度も頭を下げる母親。いつまでも手を振る少女。
 それを見送って、彼は再び足をコンテスト会場へと向けた。
 歩きながら、小石を見つめる。
 思い出される記憶。
 受け入れられなかった思い出が蘇る。
 そう、あの時の言葉は今でも忘れられない。
 炎の街の中、彼の腕の中で少女の体が冷たくなって行く。
 息も絶え絶えに、しかし彼女はこう言った。
 「ロンズ兄様…幸せになってね」手に冷たい石の感触,夜光石の髪飾りを感じ、妹の温もりを離すまいと強く抱きしめる。
 忘れることのできない、たった一人の家族の微笑み。
 「幸せに…か」石を強く握りしめ、中年となった彼は街の明かりで明るく映える夜空を見上げた。
 月が神の目からの食を逃れ、その姿が曝される。
 「この歳まで忘れることはできなくとも、受け入れることはできるのやも知れぬな」
 その言葉は、夜の月に染み入るかのように彼自身の心に響いていく。
 カチリ
 何かが何処かで動き始めた音がする。
 「? 昨晩も似たような感覚が…よもや陛下の身に何かが?!」
 突如、彼,ロンズは胸騒ぎを覚え、味皇決定戦会場へ向って駆け出した!





 「誠様!」 ルーンはもがく,だが束縛はびくともしない。
 「残念だが、我々はここで人質諸君と退散されていただくとしよう」 指を鳴らす陣内,すると飛空艇がゆっくりと降下してくる。
 「させんで、陣内,王女様は元の世界に僕が返すんや!」
 「…ほざいていろ,水原」 誠を一瞥。
 そして何を思ったか、陣内は宝玉を誠に投げ返した。
 「?!」
 「その怪我に免じてそれをしばらくお前に預けておいてやる,しっかりと究明した後、頂きに行くとしよう」
 陣内は言い、二人のルーンを捕らえたカツオを伴って背を向ける。
 「王女様!」 ”守らなあかん,僕しかおらへんのや!” 誠は拳を握り、叫ぶ。
 「え?!」 途端、誠の手の中から光が漏れた。手を広げると小さな白い珠が、まばゆい輝きに満ちて行く!
 それは月の冷たい光を凝縮したような、しかし暖かな感覚を憶える光…
 「ま、誠様!」 小さいルーンが声を上げる。
 淡い輝きに彼女は包まれていた。正確に言うと髪にある夜空石が彼女を光で包んでいるような感がある。
 「王女様?!」 一歩前に出る誠。さらにルーンを包む光が強くなる。
 「いったいこれは…」 瞬間、呆ける陣内とバグロム。
 「今よ,シェーラ!」
 「はいよ!」
 「姉上!」 3人が動く。
 光に包まれて行くルーン,誠はそれが何を示しているのか、科学ではなく感で悟っていた。
 「王女様…お元気で」 珠を両手で抱き、強く祈る誠。
 「誠様,また、お会いしましょうね」 微笑むルーン。そして隣の大きいルーンに何かを告げ…
 最後に誠に向かって満面の笑みを浮かべ、その姿を虚空へと消しさった。
 ”幸せを…アナタに”
 声が、聞こえたような気がする。




 「ちょっと!」 軍隊に向って歩を進めるロンズの背に、イシエルの声が飛ぶ。
 「イシエル殿,厄介なことに巻き込んでしまったな。ファトラ様を頼む」 一歩踏み出すロンズ。
 応じるようにクレンナもまた馬上から一歩踏み出す。その間にある殺気が凝縮される。
 「…お主の未来は,お主は幸せか」 ロンズは背を向けたまま問う。
 「…まぁね」
 「そうか,それは良かった。戻れると良いな」 穏やかな声だったような気がする。初めて、感情がこもっていたのかもしれない。
 クレンナとロンズ,二つの殺気の距離が緊迫する。
 月が神の目から、その全貌を現した。
 ポゥ,仄かに光が灯るイシエルの黒い髪飾り。
 ギシィ…音が聞こえるような気がする程、剣士と神官の気迫が交錯し…
 「「でやぁぁぁぁ!!」」 鞘の付いた剣と、炎が弾けた!
 途端、イシエルの髪飾りが強い光を発する!!
 急激にイシエルの視界から剣戟と爆炎が遠ざかって行く。
 かつて感じた浮遊感。
 「あら…?」 その瞬きするような瞬間、イシエルは声を聞いたような気がした。

 「何? これ」 視界が変化し、妙に慌ただしい所に来てしまったようだ。
 「あら、イシエル様」 すぐ隣り,密接するように耳元に声が聞こえた。
 「ルーン王女様…?」
 イシエルは自分とルーンを拘束するカツオを一瞥,そして…
 「ふん!」
 「アキョ〜」 強烈な正拳突きを腹に受け、彼は背景のセットにまで吹き飛ばされた。
 「ななななな…」 後ずさる陣内。
 小さなルーンだったはずの人質が、イシエルだったことを機に、アフラの風が,シェーラの炎が,クァウールの消火活動が始まる。
 さながら舞台の上は小さな戦争の劇を行っているようにも思える。
 「まこっちゃん,危ないわよ!」 舞台の上、茫然とする誠の手を引くは菜々美。
 「くそぅ! 覚えておれ,水原 誠! 者共,早く人質どもを…」 振り返るが、審査員達はすでにシェーラの無差別攻撃によってバグロム共々延びていた。
 「貴様ら、それでも人間か?! 人質の意味がないではないか! 退け、退けぃ!!」 バグロム兵を蹴り起こし、後退する。
 「祭りは終わりか,陣内殿」 欠伸を一つ,ディーバのルーン並みのボケ炸裂。
 「御主人様ぁ!! 捜しましたぁぁ!!」 突っ込む暇もあればこそ、突然背中をタックルされ、陣内は地面に鼻をしたたか打った。
 「もぉ、ドジですねぇ」
 「まったくじゃ」 見下ろす女性二人あり。
 「き、貴様等!」 鼻を押さえて、彼は立ち上がる。
 気が付くとさらに遠巻きに、4人の女性が彼等の前に立ちはだかっていた。
 「余裕じゃねぇか」
 「全く困ったものどすなぁ」
 「コンテストが台無しですわ」
 「戻ってきて早々、この騒ぎはアンタのせい?」
 四神官に詰め寄られ、陣内は顔を青くする。
 「イフリーナ,ここを食い止めるのだ!! ディーバよ、行くぞ!」
 「審査がまだ…」
 「何をボケておる! 良いから、来い」 陣内は困った顔のディーバの手を引きずり、飛空艇に乗りこんだ。
 「妙に今日は積極的じゃのう」
 「…おいていくぞ」
 「すまぬ,もうやらん」
 そんなやり取りを眺めながら、イフリーナはゼンマイを構え直す!
 「と、言う訳で私がお相手いたします」
 そして、鬼神と神官達の死闘が舞台上で演じられた。



 「姉上,御無事ですか?」
 「あら、ファトラ。ところでこの催し物…どうシメたら良いと思う?」 困った顔でルーン。
 「成り行きに任せるしかないでしょう?」
 「ああん、ファトラさま〜ん,アレーレ,怖かったですぅ」 アレーレはファトラに後ろから抱き付く。
 「駄目よ、アレーレ。審査はまだ終わっていないのですからお皿に戻っていてください」
 「ということじゃ、アレーレ」
 「審査、続いているんですか?」 げっそりした顔で、彼女はそう呟いた。



 『覚えておれ! 同盟め!』
 『わらわは砂沙美選手に票を入れるぞ』
 「あ、待って下さいよぉ〜」
 上昇する飛空艇を追って、イフリーナもまた上昇。
 「てめぇ! 逃がすか!!」 炎を飛ばすシェーラ,それをイフリーナはゼンマイで、はたき落とす。落ちたそれはセットの裏へ。
 「ちょっと、シェーラ,こんなところで本気出さないでよ,観客に被害が出るっしょ!」 イシエルの叱咤に、シェーラは我に返る。
 誰かが彼女達に向って走って近づいてくる音がした。
 「大丈夫ですか?」 誠の言葉に四人は振り返る。
 しかしそれは彼女達に掛けられた言葉ではない。
 「ええ、大丈夫ですわ、誠様」 彼にそう答えるのは大きいルーン。
 「全く,とんだ大会じゃ」 隣でファトラが毒づいている。
 「そうそう、誠様」 ルーンは思い出したように誠に向き直る。
 「はい?」
 「また、お会いできましたね」 にっこり、それは変わらぬ微笑み。
 「あ…はい!」 顔を赤く染めて、誠は嬉しそうに返事をした。
 「王女様も怪我がなくて良かったっしょ」
 そんな二人を覗き込む様にしてイシエルが第一声。
 「あら、イシエルさん。お醤油の件,ありがとね」 誠の後ろに付いていた菜々美は、彼女に一言。
 「ええ,使える? あれ」
 「もうばっちりよ、どっかのお馬鹿さんがお醤油全部使い切っちゃったんでどうしようかと思ったわ…」
 ドン!
 菜々美の言葉が中断する。何かが爆発した,セットの裏だ!
 「あのヘナチョコが爆弾でも仕組んだのか?」 黒い煙の後に赤い炎を上げ始めるセットの裏を睨み、シェーラは叫ぶ。
 「いいえ! あれは,あの音と煙は私の料理…ムググ!!」
 「クァウール,何も言っていないわよね?!」 目を白黒させる水の大神官に菜々美は言い聞かせる。
 ギギィ…
 今度は軋む音がした。
 「なんか、背景が近づいておへんか?」 引き吊った声で言うはアフラ。
 やがて、背景のセットが一同に向かって徐々に近づき,いや、倒れてくる!!
 その重量はかなりのもの,舞台を丁度覆い尽くすくらいの大きさはある。
 「きゃぁ〜,まこっちゃん!」
 「ファ、ファトラ様!!」
 「姉上!!」
 「おいおい…マジかよ」
 「いまいち、爆発力が足りなかったかしら」
 「叫んでいないで逃げな」
 「誠はん,早く!」
 「死ぬ前に一度で良いからハーレムを作りたかった」 ストレルバウもいたようだ。
 慌てる一同。だが、この二人だけは違った,まるで結末を知っているかのように。
 「イシエル様、お疲れさまです」 ルーンは目の前の彼女をねぎらう。
 「王女様…これはお返しします」 イシエルは自らの髪に手を当て、そこに付いていたものを王女に差し出す。
 だが、彼女は小さく首を横に振る。
 「いいえ、これは彼が貴女にお渡ししたものでしょう?」
 「そうですか」 手の中に光るそれ,夜光石の髪飾りを見つめること暫し。
 決別したかのように顔を上げる。
 迫りくるセット,それをイシエルは見つめ、地のランプに力を込める。
 だが、二人の前に一つの影が現れる!
 白刃の光が月明かりに、きらめきを放つ。
 ドンゥゥ!!
 圧倒的な力の奔流。
 ズズン…
 「…あれ?」
 「助かったの?」 シェーラと菜々美は顔を上げる。
 丁度一同のいる部分だけ抜き取ったようにセットが吹き飛んでいる。正確でいて強烈な破壊力を放ったのは…
 「ロンズ,お墓参りの休暇は明日一杯だったのではなくて?」
 「早く戻って来れまして」 厳しい表情で、彼は剣を鞘に納める。
 「しかしこれは一体どういうことです? あとで衛兵達に強く言って聞かせねばなりませぬ」 彼の視線の先に偶然いた衛兵の一人は、睨つけられてあたふたと逃げ出す。
 そして彼は坤を拾い上げる。
 「ロンズさん…剣を?」 イシエルは彼の取った行動に,いつもは形だけだと思っていた腰の剣に声を漏らした。
 「言ったでしょう,この剣は捧げた相手の為に振ると」 背を向けたまま言い残し、彼は悲惨なこの状況の後始末の指示へと行動を再開した。
 そんなロンズ見遣り、ルーンとイシエルは顔を見合わせて微笑んだ。



 「一段落…やな」 ほっと一息、誠は大きく息を吐く。
 そんな誠の背を突付く者がいた。
 「ん?」
 苦笑いを浮かべたアフラである。
 その背後ではシェーラに詰め寄る菜々美の姿が写った。
 そんなシェーラと、彼女のその視線を先を確認した菜々美が誠を捕らえる。
 さらに後ろにはレポーターと化したストレルバウを始めとする十数台のカメラとレポーターが、誠とアフラ目掛けて走ってくるのが見える。
 「げ!」 硬直する誠。
 そんな誠を見て、アフラはクスリと小さく笑みを漏らす。
 そのまま彼の肩に腕を回し…
 上昇!
 「うわ!」 反動に驚き、誠は思わず右手を開いてしまう。
 白い雫が、遥か足元になってゆく地上に一粒落ちて行く…がそれどころではない誠は気付かなかった。
 「あ、逃げた!」
 「てめぇ,アフラ!!」
 「真相は一体?!」
 「あの赤ん坊はどこに隠されたのですか?!」
 そんな言葉も次第に小さくなって行く。
 「どうします? 誠はん」 遥か足元にクァウールの爆発料理に未だ煙を上げる会場と、二人を追う人だかりを放置してアフラは尋ねる。
 「どうしますって、どないしましょ? なんでこないなことになってしもうたんやろ」 これまでにない一番大きな溜め息。
 「しばらくマルドゥーン山に身を隠します? あんな噂は一ヶ月ももちませんわ」
 「でも、迷惑じゃ…」
 「シェーラと暮らせるウチが誠はんを迷惑やと思えます? 食事にしても何にしても一人も二人も変わりませんし」 興味なし,そんな感じで言うアフラ。
 だが、それには冷静に見るとわざとらしさが伺える。まるでわざと興味がないといった風な。
 「じゃ、宜しくお願いします」 誠はそう答えるしかなかった。
 やがてこの騒ぎも祭りの一環として処理されるだろう,それと同時に菜々美も、シェーラも,クァウールにしてもファトラにしても出来事の一つとして心の中に残るはずだ。
 「どうやって残るかによるんやろうなぁ」 幼いルーンを思い出し、遥か下を見つめて彼は人知れず呟く。
 それを聞いたか聞かずか、アフラは誠を掴む腕に力を込め、一路、マルドゥーン山目指して羽ばたいた。




 「「王女様!」」
 彼女はゆっくりを目を開く。
 そこには、ぼろぼろな姿となったロンズとクレンナの両名,そして城の衛兵達の笑顔があった。
 「姉上!」
 「るーん,モドッテヨカッタ」
 小さな影が抱き付いてくる。ファトラだ。
 ルーンは目を閉じて数秒、想い出を反芻。
 目を開き…
 「ただいま、みんな!」


『夜光石』

 主に断層から発掘される稀少石。
 深い黒色の色彩に微少な銀色の微粒子が含まれていることから、この名が付いた。
 物質的にも非常に希である事ながら、石自体に何らかの力が含まれている故に流通の際は高額である。
 時空を長い年月をかけて収縮して作られたと、ある科学者は論評している。
 10年に一度きり、月の魔力と人の想いという精神エネルギーを受けて何らかの力を発揮するらしいが、その効能は定かではない。
 ただ言えることは、その発揮された不可思議な力によって、関った者に多少なりとも幸せをもたらすということだ。

『先エルハザード文明時に書かれた科学辞典より抜粋』



 鬼神は身を屈め、足元に転がってきた小さな白い珠を拾い上げた。
 そして両手の中に強く握り、胸の前で抱きしめる。
 邪悪な微笑みを浮かべたまま。
 やがて息の詰まるような気配を放つ闇を、珠は生み出していった。
 その闇は小さな老人の姿を取り………



Thank , you! See you again!!




あとがき
 『混迷の世界エルハザード』をお送りいたしました。如何でしたでしょうか?
 前作、『幻影〜』の続編として、垢抜けた面を書こうと思ったのですが。
 見直してみると、各キャラクターのショートストーリーを繋ぎあわせたような感じになってしまったような気がします。
 ともあれ、初期の目的であった『エルハの女性キャラを同じ舞台に立たせたい!!』という野望は半分くらい叶ったような気がしますね(笑)。
 さてさて、最後でカーリアが妙な動きをしておりますが、これを語るはまた別の機会に。
 長い間お付き合い頂き、ホントありがとうございました!

1998.11.10.

この作品は1998年6月から10月にかけて掲載したものを加筆・修正をしたものです。



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