鋼鉄の三姉妹

Written by Uma


1. 風の中の少女

 風が草原を一気に駈け抜ける。
 草花と一緒に草原に立っていた少女の髪を揺らして行く。
 「きゃっ」
 揺れた髪が目に入ったらしい。少女は目に手を当てる。
 持っていた花が風に乗って舞って行く。
 「大丈夫か、マリエル」
 近くにいた二十歳前後と思われる女性が駆け寄っていった。
 「うん大丈夫だよイフリータ。ちょっと目に髪の毛が入っただけ。それよりもお花が」
 「また摘めばいいだろう」
 「駄目だよイフリータ。お花だって摘まれると痛いんだから」
 「そうなのか」
 「うん」
 「そうか。では散らばった花を集めよう」
 「うん。私あっちの方から集めるね。イフリータはこの辺に散ったのをお願い」
 「分かった」
 ゆっくりと駆けて行くマリエルを見ながら、イフリータは散らばった花を集め出した。
 かなり強い風だったらしい。森の近くまでマリエルは移動していた。
 或いはそこで何かを見つけたのか、ふとそんな事を考えながらマリエルを見ていたイフリータだがその近くに何か動くものを感じた。
 それは野犬か何かのようだったが明らかにマリエルを狙っていた。
 反射的にイフリータは手にしたゼンマイを構え、その直後に後悔した。
 ”しまった!力は失っていた!“
 だが彼女はその無いはずの力を感じていた。
 慌てて狙いをそらす。そのまま放てばマリエルも巻き込むと思ったからだった。
 しかしゼンマイから放出されたエネルギーは彼女が思っていたものよりも遥かに小さいものだった
 二度目の後悔をする。
 小さい力だったがそれでも野犬の注意をそらす事はできたようだ。
 或いはイフリータが放つ殺気を感じたのかもしれない。
 野犬は低く唸った後森の中へ消えていった。
 「ふう」 珍しく嘆息する。
 マリエルが駆け寄ってきた。
 「どうしたのイフリータ? 何があったの?」
 「野犬がいただけだ」
 「追っ払ったの?」
 「ああ大丈夫だ。森の中へ戻っていった」
 「そうなの…」 マリエルは野犬がいた事よりも怪訝そうな顔をしているイフリータが気になった。
 イフリータもそんなマリエルの顔に気付いたらしい。
 「力が戻ってきている」
 「力?」
 「そうだ」
 ゆっくりとゼンマイを構え空へ向かって何発か放ってみる。
 「機能は戻ってきている…だがパワーが無い」
 「???」
 イフリータが何を言っているのかマリエルは理解できない。
 「以前使えた力がまた使えるようになった。しかし前ほど強くない」
 マリエルのために少し言い方を変えてみる。
 今度は少し分かってくれたようだ。
 「じゃあ、またお空を飛べるの?」
 「分からない。これから試してみる」そう言ってマリエルから少し離れる。
 「待ってイフリータ。私も一緒に飛んでみたい」
 「危険だ。本当に飛べるかどうかも、またどの程度飛べるかも分からないのだ」
 「大丈夫だよ。イフリータが一緒だもの」
 「そうだな…。さっきのように何か出るかもしれないしな」 半ば自分に言い聞かせる感じで答える。
 「うん。お願い」
 「ああ、しっかり掴まっているんだぞ」
 そう言ってマリエルを抱きかかえゆっくりと上昇を始める。
 「凄い。イフリータ飛んでいるよ」
 「ああ、そうだな」
 マリエルは久し振りにイフリータと空の散歩ができるとはしゃいでいるが、イフリータは難しい表情をしている。
 ”やはりパワーがない。移動速度もかなり遅いものになるな“
 イフリータの怪訝そうな顔を見てマリエルが何か言おうとした時森の中から光が空へ走った。
 それも一回ではない。立て続けに3回森の中より違う方向へ発射された。
 イフリータは一瞬緊張するがすぐに解く。
 「あれは何、イフリータ? さっきのイフリータが出した光と似ているけど」
 「ああ、同じものだ」 ”パワーは桁違いだがな“ 心の中で付け加える。
 イフリータを狙ったものではない。それは間違いなかった。
 森の中から発したエネルギーはイフリータへとは全く違う方向へ放たれ、更に自分の位置を示すように三方へ撃っている。
 誰が放ったのかイフリータは大体見当がついていた。
 ”これができるのは私の他には二人しかいない“
 しかし片方はイフリータと同じように力を失ったはずである。
 また仮に自分と同じように能力が戻っていたのなら飛翔すれば良いのであって、森の中から空へ撃ってきたのは理解できない。
 ”もう一人がこの辺をうろうろしているはずはないのだが…。道にでも迷ったか“
 イフリータはゆっくりと元の場所へ着地する。
 「どうしたのイフリータ?」
 「ここで待つ」 相手が誰かは分かっているがマリエルがいる上に自分の能力も正しく把握できない状況では森の中に入るのは躊躇われた。
 「誰を待つの?」
 「妹だ」
 「妹? 前に話してくれた?」
 「そうだ。どちらなのかははっきりしないが」
 ”可能性としては前者だな。撃ってきた位置からするともうじきやってくる“
 「イフリータの妹って二人だっけ?」
 「そうだ」
 「ねえイフリータ」
 「なんだ」
 「喧嘩でもしているの?」
 「どういう事だ?」
 「だって妹と会えるのに怒ったような顔しているんだもの」
 「いや怒っている訳ではない。良く分からないのだ」
 「分からない?」
 「ああ。さっき空で見た光は、あれは自分の場所を知らせるために放ったものだ」
 「どういう事?」
 「自分がいる場所を私に教えるために3回発射した。しかし私に用があり、そして私がいる場所が分かっているのならば空を飛べば良い」
 「その子も空を飛べるの?」
 「そのはずだが」
 「分からないの?」
 「ああ」
 「それでそんな顔をしているのね」
 「そうだ」 ”とにかく不確定要素が多い。だが“
 「もうじき姿が見えるはずだ」 ”本人に訊くしかないな“
 「本当?」
 「ああ、すぐそこまで来ている」
 「イフリータは見えるの?」
 「いや見えない。だが近くにいる事は分かる」
 「姉妹ってみんなそうなの?」
 「いや、これは私達の機能の一つだ」
 「私達?」
 「ああ、私と二人の妹達だ」
 「そうかぁ、いいなあ」
 「そう思うか?」
 「うん。私もイフリータ達のようにお空を飛べたり遠くにいる人の事が分かったらいいのに」
 「普通に暮らすには必要のないものだ」
 「そうかなぁ」
 「ああ…。来たな」
 「えっ、どこどこ?」
 「あそこだ」
 イフリータがゆっくりと指差した方角に人と思われる影が見えた。
 近づくにつれ女性らしい、身長はイフリータと同じくらいという事が分かってくる。
 「やはりあいつか…」 誰に言うでもなく呟く。
 「ヤッホー姉さん。おっひさー。元気だった」 思った通りかるーい口調で挨拶してくる。
 「ああ。所で何の用だ?」 こちらは実に素っ気無い。
 「もう姉さん、折角可愛い妹が来たというのにそれはないでしょ」
 「可愛い? お前のようなのは可愛いとは言わないと思ったが」
 「ちょっと姉さんそれはないんじゃない?」
 「事実を言ったまでだ。お前のようなのは綺麗と言うのだろう。可愛いと言うのは」 とマリエルを抱きかかえる。
 「こういう子供に言うのではないのか」
 「はああ、相変わらずね姉さんは。こんにちはお嬢ちゃん」
 取り敢えず綺麗と言われたのでそれ以上反論はせず、さっきからきょとんとしているマリエルに声をかける。
 「こんにちは。お姉ちゃん。私、マリエルよ」
 「私はイフリーテスと言うの。よろしくねマリエルちゃん」
 「マリエルでいいよ。ねえねえお姉ちゃんはイフリータの妹なんでしょ」
 「そうよ、マリエル」
 「後一人いるんだよね」
 「良く知っているわね、私の下にもう一人いるのよ」
 「その子も可愛いの?」
 「そうね、姉さんはなんて言うか分からないけど可愛い子よ」 イフリータをちらと見て答える。
 「そうだな、あいつは可愛いな」 今度は同調するイフリータ。
 「ちょっと姉さん。なんでイフリーナちゃんは可愛くて私は可愛くないのよ?」 納得いかないという感じで訴える。
 「イフリーナは子供だから可愛いと言ってもいいだろう。だがイフリーテス、お前は大人だろう」
 「あのねぇ姉さん、別に可愛いと言うのは子供だけに使う言葉じゃないのよ」
 「そうなのか?」
 「そうよ。相手が誰だろうと可愛いと思えば可愛いの。分かった?」
 「では可愛いと綺麗というのはどう違うのだ?」
 「だからぁ、それは感じたまま使えばいいの!それにイフリーナちゃんはまあちょっと幼い所もあるけどだからと言って子供扱いしちゃ可哀相よ」
 「そうか。だけどあれはどう見ても近所の子供と変らないぞ」
 そこまで言われると確かにそんな所がある以上あまり強く弁護はできない。
 「まあそうね…。だけど姉さんイフリーナちゃんの子供っぽい所は分かるのになんで可愛いが分からないかな…」
 「重要な事なのか?」
 「そうよ! 私に取っては凄く重要よ!」
 「そうか。では分かるよう努力しよう」
 「はぁぁぁぁ。ねえマリエル、姉さんと一緒にいて疲れない?」
 「ううん、楽しいよ」
 「そう…」 ”もしこの子が大人になっても情緒が理解できなかったら姉さんのせいね“
 「どうしたイフリーテス、疲れた顔をして」
 「疲れもするわよ。姉さん変なことばかり言うのだもの」
 「変? おかしな事を言うやつだな。非論理的な事を言っていたのはおまえの方ではないか」
 「はいはい分りました」
 幾ら説明しても無駄らしい事を悟るイフリーテス。
 「それよりもイフリーテス、お前私に何か用があるのではないのか」
 「う〜ん、なんかもうどうでもよくなってきちゃったけどね。用と言うのは私達の能力の事よ」
 「そうか」
 「そうかって、姉さん気にならないの」
 「確かに不安定要素だがテストを行えば機能、性能等分って来るだろう」
 淡々と答えるイフリータに対し思わずこめかみを押さえるイフリーテス。
 「あのねえ、姉さん。私が言いたいのはそんなことではなくて、なぜ私達の力が戻ってきているかなのよ」
 「ふむそうだな。続けろ」
 「姉さんは機能的にはだいぶ回復しているように見えたけどパワーがないでしょ?」
 「そうだ。ばらつきはあると思うが以前からするとかなり落ちている。正確な数値は調べないと分らないがな」
 「別に数値はいいけどね。私は逆よ姉さん。パワーは大分戻っているけど機能の方は一部よ」
 「飛翔しなかったのもそのためか」
 「そう。この間までジェランディアにいたんだけどね。ここまで歩きよ歩き」
 「飛べないのなら仕方ないだろう」
 「だからぁそういう時には『大変だったね』とか『疲れたでしょ』とか言ってくれてもいいと思うんだけど」
 「お前疲れるのか?」
 「あああ、もう!気分の問題よ。気分。お願い分かって姉さん!」
 「よく分からんな。マリエル分るか?」
 「ん〜、パパは遠くから来た人には何か言っていたけどなんだったかな…」
 「そう言えばデュラムはよく『ご苦労様』と言っていたな」
 「そうよ姉さん。来訪者とか旅してきて人とかにはそうやって声をかけてあげるのが筋ってもんよ」
 「私達は人ではないだろう」
 「ああああああああ! 姉さん!」
 「なんだ、いきなり大声出して。マリエルがびっくりしているじゃないか」
 「はあはあ、姉さん、いやマリエル」
 「なぁに、お姉ちゃん」
 「ねえマリエルあなた姉さん、イフリータの事をどう思う」
 「どうって?」
 「え〜とねぇ…。そう、例えば姉さん今私達は人ではないと言ったけど、マリエルは姉さんは人ではないと思う」
 マリエルは一瞬きょとんとするがイフリーテスの言いたい事は分かったようだ。
 「イフリータは人じゃないの? 私と変わらないけど?」
 「そうだ。私は人間に作られたのだ」
 「よく分んない。だってイフリータ私と変わらないし回りの人もそう思っているよ」
 「そのように作られたからな」
 「?」 首を傾げるマリエル。
 「姉さん、そんな事言ってもマリエルには理解できないわよ」
 「そうだな、もう少し知能が成長したら説明してやろう」
 「あのねぇ姉さん。そんな事わざわざ説明する必要なんてないと思うわ。大体マリエルやその他の人達が姉さんの事を人間と思っているのならそれでいいじゃない」
 「ふむ…。そうだな別にそれで支障が出る訳でもないし、またその方が円滑に生活できる可能性が高いな」
 「姉さん、なんでも数値化するのは止めた方がいいと思うわよ」
 「なぜだ? 数値化しないと判断し難いではないか」
 「人間って常に計算して行動している訳ではないでしょ。それに姉さんハイロウズで神の目の前に飛び出したじゃない。計算しなくてもそんな事をすれば下手したら能力どころかばらばらになっても不思議でないことくらい分ったはずよ」
 そう言われ一瞬困惑の表情を浮かべるイフリータ。
 「あの時は…。神の目の照準がこの地を差していたからな」
 「姉さんその時計算とかした?」
 「いや、そう思った瞬間体が動いていた」
 「そうよね。そうでないとあんな事はできないと思うわよ」
 「そうだな」
 「それってすごく人間的な行為だと思わない?」
 「そうかも知れない…。だがよく分らない。不確定要素が多過ぎる」
 「人間って不安定な部分が多いのよ。その中で暮らしていくんだものそれを理解しなくっちゃ」
 「そうだな。イフリーテス、お前色々と学習してきたのだな」
 再び疲れた顔をするイフリーテス。
 「…。いや、いいわ。そうね、姉さん。人間界で暮すにはそれなりに学習能力は必要だと思うわ」
 「そうだな。お前のそういう部分は見習ってもいいのかもしれんな」
 イフリーテスはつい苦笑してしまう。
 ”姉さん本当に相変わらずね。これじゃ男なんてできないわね“
 「ねえイフリータもうすぐお昼だよ」
 「もうそんな時間か。では帰ろう。イフリーテスお前も来るか?」
 「そうね、なんかものすごく疲れそうだけどまだ話しが終わってないし」
 「そうか。ではついて来い。話しは歩きながら聞かせてもらおう」
 「イフリータ降ろして。私も歩くわ」
 「そうだな。では行くか」
 イフリータはマリエルを降ろしゆっくりと歩き出す。
 イフリーテスはイフリータの隣に並び話しかける。
 「姉さん飛べるでしょ」
 「ああ。だが人前でやると騒動になるからな」
 「ふーん、一応考えているのね」
 「私にも学習能力はある」
 「まあいいわ。で話の続きなんだけどね。姉さん能力が戻ったのはいつ?」
 「今日気付いた。いつからかは分からないな」
 「私は2週間前よ。酒場で絡まれてね、軽く押したつもりが相手は壁まで吹っ飛んじゃってもう大変よ」
 「能力が戻る前兆とかはなかったのか?」
 「特に気付かなかったわね。姉さんは?」
 「私の場合戻ってきているのは機能のみのような感じだからな。使おうとしないと分からない」
 「姉さんも力を使わない生活に馴れていたのね」
 イフリータはゆっくり頷きながら答える。
 「そうだな。普通に暮すには必要のない能力だ」
 ぽんと手を打ちイフリーテスが続ける。
 「あ、そう言えばそれまで重く感じていたものが軽くなったと思う事があったかな」
 「イフリーテス、その時変だとは思わなかったのか」
 「あれ?って思ったくらいかしら。特に不便はないし体も健康だったから気にしないでいたんだけど」
 「相変わらずいいかげんな奴だな。それに私達が病気になったりする事はないだろう」
 「そりゃあ病気はないけどさあ、故障は人間で言うところの怪我じゃない」
 「それなら今の我々は不健康という事になるぞ」
 「だからぁ基準をごく普通の生活としてよ。ねえ、姉さん普通に暮していて空飛んだりゼンマイ撃ったりする必要はないでしょ」
 思わず語気が強くなる。
 「それはそうだがイフリーテス。お前さっきから大声上げたり冷静さを欠いたりちょっと変だぞ。どこか変調をきたしているのではないのか?」
 素っ気無いが一応心配して言っているらしい。
 「お姉ちゃんどこか悪いの?」
 マリエルは本当に心配そうに訊いてくる。
 「有難うマリエル。大丈夫よ、ちょっと疲れただけ」
 「じゃあ私のうちで休んでいけばいいよ」
 「マリエルはやさしいのねぇ。姉さんにも分けて欲しいわ」
 「分ける事ができるのか?」 真顔で訊いてくる。
 「あのねえ例えよ例え。性格とかを移す事できるはずないじゃない」
 「ふむ…。時々デュラムも意味が通らない事を言っていたがあれも『例え』だったのかな」
 「例えとか言い回しってやつね。少しは覚えた方がいいわよ姉さん」
 「そうだな。何でも言葉には裏の意味とか言うのがあるらしいし面倒だな」
 「まあそうね。人も子供の頃はストレートにものを言うみたいだけどね」
 「と言う事はマリエルを観察していれば理解できるようになると言う事だな。どうしたイフリーテス」
 イフリーテスは頭を抱えてしゃがみこんでいた。
 「大丈夫お姉ちゃん。どこか悪いの」
 マリエルが駆け寄ってきて心配そうに尋ねる。
 「大丈夫よマリエル。ちょっとだけね、くらっと来ちゃって」
 「私みたいに?」
 「私って、マリエル,あなたどこか悪いの?」
 「うん。時々咳が出るの」
 「姉さん」
 「昔はもっとひどかったらしい。今は走ったりとか気候が悪くない限り出る事はない」
 「だけど何とかならないの?」
 「大丈夫だよ。パパがお薬買ってきてくれるしイフリータもいるから」
 その健気な言葉に思わず感動するイフリーテス。
 「偉いわねマリエル。がんばってね私も早く直るように応援するわ」
 「うん、有難う」
 「イフリーテス、お前も何か分かる事が有ったら頼むぞ」
 「ええ…以前のように能力が使えれば少しは違うかもしれないけどねぇ…」
 「そう言えばその話はまだ終わっていなかったな。続けてくれ」
 「そうね…。えーと普通の生活をするのに私達が持っていた力は要らないって所までだったわね」
 「ああ」
 「私も別に戻らなくっても不便はなかったんだけどね。それがある日また使える事が分かったのよ。それも中途半端に」
 「そうだ」
 「姉さん不安にならない?」
 「さっきも言ったように不安定要素だが」
 慌ててイフリーテスは言葉を遮る。
 「だからそんな事ではなくて。いい、姉さん。能力が戻って来ているのにそれが分からないのは困りものよね?」
 イフリータは先程マリエルが襲われかけた事を思い出す。
 「そうだな」
 「OK。姉さんは能力は回復しているけど力が、私は力は戻っているけど能力が一部しか戻っていないわね」
 イフリータはイフリータが何を言いたいのか大体分かってきた。
 「今はこの状態だけど」
 「この先、突然力が戻ると言う事も有るわけだな」
 「そう。そしてもしかしたら知らずについ使ってしまうかもしれないのよ」
 考え込むイフリータ。その顔を見てマリエルは心配そうにイフリータを見上げる。
 「大丈夫だマリエル。考えているだけだ」
 「姉さん、マリエルの事はすぐに分かるのね」
 「いつも一緒にいるからな。だが確かに不安定要素と片付けるにはまずいようだな」
 「でしょ」 大きく頷くイフリーテス。
 「で、どうしようと言うのだ」
 「うん、それを相談しに来たんだけどね」
 「まだ考えていないのか」
 「いえ無くはないんだけど…」 ちらとマリエルを見る。
 「どうしたはっきりしない奴だな」
 「後で話すわ。もう街中ね。あの人が集まっているのは何?」
 イフリーテスが指差した方を見てマリエルが答える。
 「あれは市場だよお姉ちゃん。あそこの傍を通って帰るんだよ」
 「そう、ここは海に近いから魚とか新鮮そうね」
 「うん。とっても美味しいんだよ。だけどイフリータは食べないんだよね」
 「必要ないものを取る事もないからな。それよりイフリーテス」
 「なあに姉さん」
 「なぜ魚が新鮮かどうか気にしたのだ?」
 「そりゃあここに来るまでレストランでバイトしてたしやっぱり新鮮な魚とか美味しいじゃない」
 「お前食事をとっているのか?」
 今更では有るが思わず嘆息するイフリータ。
 半分諦めてはいるが何とかならないものかと思いながら答える。
 「ねえ、姉さん。私は姉さんと違って一人で暮してきたのよ」
 「ああ」
 「マリエルじゃないけど回りにいた人で私の事を鬼神と思う人なんていなかったわ」
 「そうだろうな」
 「なのに毎日何も食べずに過ごしていたらさすがに変に思われるでしょう?」
 「普通に暮すには鬼神の能力も鬼神である事を知らせる必要もないと言う訳か…。確かにそうだな」
 「そうよ。このエルハザードで鬼神イフリータなんて言ったら大抵の人は逃げちゃうわよ」
 イフリータはゆっくりと考えながら歩いていた。
 ”伝説の鬼神イフリータか…“
 が、その考えは長続きしなかった。
 「やあマリエル。今日もイフリータと一緒かい」
 「あ、こんにちわ、おばちゃん」
 「やあ」
 「へー姉さんも挨拶するんだ」
 感心したようにイフリーテスが呟く。
 「変か?」
 「ううん。いい事だと思うわよ」
 「そうか」
 イフリータはちょっと自信なさそうな、また嬉しそうな感じで答える。
 「イフリータ、そっちの別嬪さんはあんたの妹かい?」
 「そうだ」
 「こんにちは私イフリーテスと言います。いつも姉がお世話になっています」
 美人と言われて結構嬉しいらしい。
 「へーあんたイフリータと違って愛想がいいねえ」
 「う〜ん、というか姉さんが愛想なさ過ぎと言うか」
 「ははは、そうだねえ。どうだいオレンジ食べるかい? 一つ持ってきなよ」
 「有難うおばさん」
 「はい、これはマリエルの分」
 「いつも有難うおばちゃん」
 「どういたしまして。イフリータはどうする?」
 ”わざわざ訊くって事はやっぱ姉さん必要ないとか言ってるみたいねぇ。それにしても…“
 イフリーテスはイフリータに対する回りの評価や接し方に興味を持った。
 「ああ、私も貰おう」
 「おや珍しいねイフリータ。じゃあ好きなのを持っていきなよ」
 「では…」 さっとオレンジの山をスキャンし一番糖度が高いのを選ぶ。
 「これにしよう」
 「へえイフリータ、あんた果物の良し悪しが分かるのかい?」
 イフリーテスはギョッとした。”ここで姉さんが変な事を言ったら…“
 「ああ、多少は分かる」 取り敢えずは外していない。
 「そうかい…。う〜んあんたがもう少し愛想良かったら店手伝ってもらうんだけどねぇ…。うん、だけど今度手が空いた時に仕入れを手伝ってくれよ。ちゃんと給料は払うから」
 「そうだな。考えておこう。マリエル行こうか」
 「うん。またねおばちゃん」
 「ああ、またおいで」
 イフリーテスはゆっくりと歩き出すイフリータにそっと声をかける。
 「姉さん、さっきスキャンしたでしょ」
 「ああ。一番糖度が高いのを探した。それがどうかしたのか」
 「いやそれはいいんだけどね。その後よ、姉さんあのおばさんにその事を話すかと思ったわよ」
 「イフリーテス、お前私の事をどう思っているのだ? 私もそこまで馬鹿じゃない」
 「そりゃまあそうだけどさぁ。今まで姉さんと話していたら本当の事を言いそうで」
 「別に私は嘘は言っていない。分るのか、と訊かれたからそうだと答えただけだ」
 「なる…。確かにそうね。姉さんなりに学習しているのね」
 「そうだ。だがお前の方が色々と学んでいるようだな」
 「そりゃあ私はウェイトレスとかの接客業もやっていたからね。その分人と接する事が多かったから結構勉強になったわよ」
 その言葉にイフリータはちょっと考えてから話し出す。
 「そうか。さっきの果物屋の話は考えても良いのかもしれないな」
 「イフリータお仕事するんだったら私も手伝うわ」
 「有難うマリエル。だけどお前は先に学校に行かないとな」
 「姉さんどうしたの。さっきからすごくまともな事を言っているけど」 驚いた表情でイフリーテス。
 「お前やはり私の事を馬鹿にしているようだな。喧嘩したいのなら相手になるが」 真顔でイフリータ。
 「や、やーねぇ姉さん。ちょっと驚いただけよ。だって姉さんいつも仏頂面でしょ。だからね」 慌てて否定するイフリーテス。
 「表情か。確かに必要なファクターだな」 ちょっと考え込むイフリータ。
 「大丈夫、イフリータ」 マリエルが心配そうにイフリータを見上げる。
 「ほら姉さん。姉さんがそんな顔をするからマリエルが不安そうな顔をしているじゃない」 助かった、という感じでイフリーテス。
 「そうだな。大丈夫だ、マリエル。今日は考える事が多いな」
 「姉さん、もっと笑うといいわよ。そんなんじゃ男も寄って来ないわよ」 力を込めて言う。
 「お前はそればっかりだな。たまには違う観点から見た方がいいぞ」 半分呆れたように返す。
 「いいじゃない。それに一人だとつまんないでしょ」
 「別に私は一人ではない」
 一旦言葉を切りマリエルを見て続ける。
 「この子がいるからな」
 「そうね…。そういう意味では羨ましいわね」
 「お姉ちゃん一人なの?」 マリエルが訊いて来る。
 「そう…。一人でいる事が多いわね…」 ちょっと寂しそうにイフリーテスは答える。
 「お姉ちゃんも私たちと一緒に暮らしたらいいよ。ねえイフリータ」
 「そうだな。デュラムに話してみるか」
 「本当? イフリータ?」 嬉しそうにマリエルが聞き返す。
 「有り難う姉さん。だけど私、旅は結構気に入っているしそれに自分の場所は自分で探したいわ」
 「そうか」
 「うん。御免ねマリエル」  しゃがんでマリエルに話す。
 「うん…。だけど暫くいられるんでしょ?」 期待に満ちた目で訊いてくる。
 「ええ大丈夫よ」 ”こんな目で言われちゃ断れないわね“
 「悪いなイフリーテス」 感謝しているのは間違い無いのだが他の人が聞いたらそうは思えないのが辛い所だ。
 「いいのよ姉さん。この街は初めてだし、それに私達一緒にいる事が少ないでしょ。たまにはいいんじゃない」
 「そうだな。たまにはいいかもしれんな」
 ”う〜んこれでもうちょっと感情込めて言ってくれると嬉しいんだけどなあ“ それでもイフリータの言葉は嬉しかった。
 「じゃあ今度から3人で遊べるね」 マリエルはもっと嬉しいそうだ。
 「そうね…」 イフリーテスは何か言いたそうにイフリータの顔をちらりと見る。
 「なんだ。何か話したい事が有るのか」
 「うん、そうなんだけど…」 はっきりしない。
 「変な奴だな。言いたい事が有るのなら言えばいいだろう。私達は姉妹だ。遠慮は要らないはずだが」
 イフリータの言葉を聞き思わず抱き付くイフリーテス。
 「有り難う姉さん」
 「それはいいがイフリーテス。もう少し力を抜け。人間だったら死んでいるぞ」 淡々と話すイフリータ。
 「あっ、御免なさい。嬉しくってつい力が入っちゃた」 慌てて離れるイフリーテス。
 「全く困った奴だ。だがこの力、確かに何とかしないと行けないな。今みたいに加減を忘れると人を殺しかねん」
 しみじみと言うイフリータ。何故か今度は感情が篭っているように聞こえる。
 「そうね…相手が姉さんで良かったわ。こないだみたいな騒動はもうごめんだわ」
 「絡んできた男を突き飛ばしたんだったな。相手は怪我をしたのか?」
 「いえ、壁が華奢だったお陰で気絶した程度で済んだんだけど壁に大穴が開いちゃって賠償するしないで結構揉めちゃって」 うんざりした表情で話す。
 「で、どうなったんだ」 イフリータなりに心配して訊いているのだがそうは見えない。
 「うん、取り敢えず絡んできた方が悪いと言う事で私は助かったんだけどね」 さすがにイフリーテスもそれなりに心配してくれているというのは分かってきたようだ。
 「良かったな、イフリーテス」
 「うん、だけどお陰でちょっと居辛くなっちゃってね。それといきなり力が、それも中途半端に戻ってきたというのはちょっとまずいし姉さんに相談しようと思ってここまでやって来たという訳」
 「それは大変だったなイフリーテス」 やはり抑揚に乏しい。
 「ありがと姉さん」 ”それに少なくともここに来た甲斐はあったわ“ そっと付け加えるイフリーテス。
 少し前を歩いていたマリエルが振り向いて声をかけてくる。
 「ここだよ。私の家。早く入ろう」 嬉しそうに言ってくる。
 扉の前でイフリータはイフリーテスの方を向き言い聞かせるように話す。
 「ここが私達の住まいだ。中にはマリエルの父、デュラムがいる」
 イフリータが何を言いたいのか良く分からないイフリーテス。首を傾げる。
 「さっきから名前だけ出てきている人ね。それがどうしたの?」
 「あれはマリエルの父親だ。変な事をすると許さないからな」 表情は真剣だ。
 「やーねぇ姉さん。変な事言わないでよ。子供の前なんだし」 苦笑して答える。
 「そうか。忠告はしたからな」
 「ねえ早く入ろうよ、イフリータ」
 「ああ。いいなイフリーテス」 更に念を押す。
 「変な姉さん。じゃあマリエルお邪魔するわね」 怪訝そうなイフリーテス。
 マリエルが扉を開け元気良く飛び込む。
 「パパただいま。お客様も一緒だよ」
 「お帰りマリエル。お客様って?」
 「うん」 後ろを振り向き手招きする。
 「早くおいでよお姉ちゃん。パパ、イフリータの妹のイフリーテスお姉ちゃんだよ」
 「イフリータさんの妹?」
 「そうだよ、早く」 とマリエルが促した時にはもう中へ飛び込んでいた。
 「初めまして〜。私イフリーテスで〜す。いつも姉がお世話になって…」
 と一気に捲し立てたイフリーテスだが背後から殺気を感じた。
 正確にはゼンマイの穴をポイントされているのを感じ取っていた。
 ゆっくりと振り向くと思った通りイフリータがゼンマイを構えている。
 「や、やーねぇ姉さん…。冗談はやめてよ…」 頬に汗が流れている。
 「忠告したはずだが」 冷ややかに話すイフリータ。
 「ね、姉さんジョークよジョーク。という訳で、ね、お願いゼンマイを降ろして」 顔が少し引きつっている。
 「今回だけだぞ、イフリーテス。次は警告なぞしないからな」 ゆっくりとゼンマイを降ろす。
 「うん。あ、有難う姉さん」 ”やっぱりわざと教えてくれたのね“ ほっと胸を撫で下ろす。
 「どうしたのイフリータ?」 さすがに今のやり取りは理解できない。
 「何でもない。こいつの悪い癖が出ただけだ」
 「癖?」 首を傾げるマリエル。
 「何でもないのマリエル」 慌てて割り込むイフリーテス。
 「それよりもお父さんを紹介してくれるかしら」
 「うん。私のパパだよ。名前はねデュラムというんだ」 楽しそうに話す。
 「デュラムといいます。イフリータさんの妹さんですか。いつもイフリータさんには色々と助けていただいています」 やや面食らった感じで挨拶するデュラム。
 「よろしくお願いします。本当に姉がお世話になって感謝感謝ですわ」 衝動を押さえながら挨拶を返すイフリーテス。
 後ろにはイフリータが無言のまま立っている。
 パワーがないとは言え後ろから撃たれたのではたまらないし何よりも迫力で押されていた。
 ”イフリーナちゃん、ハイロウズでは本当に怖かったでしょうね“ 変な同情をするイフリーテス。
 「ねえパパ。ご飯にしようよ。私お腹空いちゃった」
 「そうだな。イフリーテスさんはどうされます?」
 「はい。さっきからいい匂いがしてるでしょ。気になっちゃって」
 おや、と言う顔をするデュラム。
 それを見てイフリータが答える。
 「姉妹には違いないんだがこいつは私とは少し違う。気にしないでくれ」
 「ちょっと姉さん。それじゃあ私と姉妹だって事が迷惑のように聞こえるんだけど」
 「私はそんな事は言っていない。私とお前は構造が少し違うと言っただけだ」 相変わらず淡々と話すイフリータ。
 「それは分かっているけど、もうちょっと言い方があるじゃない」
 「そうか」 よく分からんという表情のイフリータ。
 「そうよ」 訴えるような表情でイフリーテス。
 「まあまあとにかく食事にしましょう。と言っても大した物はありませんが」
 「お姉ちゃんが来る事分かっていたら一杯作ったのにね」
 とマリエルは無邪気に話すがイフリーテスは分かっていても結局は同じだったのではないかと密かに思う。
 「ですが今夜はもっとましなものを用意しますよ。取り敢えずテーブルへどうぞ。所でお酒は呑みますか? ワインならこの間いいものを貰ったんですが」 テーブルへ案内しながらデュラムが尋ねる。
 「ええ呑めますが…」 ちらとイフリータを見る。
 「なんだイフリーテス。さっきから言っているだろう遠慮は要らないと」 少しきつい口調だ。
 「ん〜とね…。実は私達の能力についてなんだけどね」 ちょっと歯切れが悪い。
 「さっきから話しているがまだ何かあるのか?」 はっきりと話さないイフリーテスにちょっと苛立ってきた。
 「実は提案が有って来たのよ」 言い難そうに話す。
 「どうしたんだイフリーテス。お前はもっとはっきりと物を言っていただろう」 見た目にも苛立っているのが分かる。
 「うーん、その提案と言うのが2つあってね」 やはり言い難そうだ。
 「イフリーテス!」 ばん、とテーブルを叩く。
 「ご免なさい姉さん。悪いけど少しだけ我慢してくれないかしら」 ゆっくりと頭を下げる。
 「なら最初からそう言えばいい。続けろ」 いつもと同じ口調で話す。
 「あの、姉さん…」 イフリーテスだけでなく他の二人もぽかんとしている。
 「なんだ」
 「いえ、そのう」
 「お前がはっきりしないから行けない。言い難い事だから時間がかかると一言言えば問題ない」 淡々と話す。
 「そ、そうね。ご免なさいね姉さん」
 「構わん。それよりも話しを続けろ」
 「で、ではお言葉に甘えて…。え〜とどこまで話したっけ?」
 思いがけないイフリータの態度に戸惑って忘れてしまったようだ。
 「まだ何も話していないだろう。提案が2つあると言うところまでだ。本当にしょうがない奴だな」
 イフリータはいつもと同じように話したつもりだったがイフリーテスには気のせいか笑っているように見えた。


[TOP] [NEXT]