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其処にあるのは心の声

聞こえるようで聞こえない

聞かせたいようで聞かせない

そんな微妙な心の声




 薄い夕闇に向かって青年が一人、飛び出した。

 場所は国立・東雲大学。

 隣接する高校のグラウンドからは部活動に勤しむ体育会系な掛け声が聞こえてくる。

 連日のように最高気温を叩き出す昨今、陽の長さは刻の流れを忘れさせてしまうようだ。

 青いワイシャツの第二ボタンまではだけ、真夏の生温い空気を駆け足で切って行く青年は、右手に嵌ったアナログ時計に目をやり小さく舌打ち。

 速度を保って校門をくぐり抜け、右へ直角の進路変更。

 キキィ!!

 甲高い、耳をつんざく音に彼の両足が止まる。慣性にしたがって前のめりに倒れそうになるが根性で耐える。

 彼の全視線が前方からホンの少しズレた、その瞬間のことだ。

 「?!?!」

 「な,何さらしとんの! 自転車にはねられて死にたいゆう3面記事にも載らんアホなことにウチを巻き込まんといてな!!」

 27インチの車輪は目を白黒させる青年の開いた股の間。

 彼の目と鼻の先に、怒りの炎を薄茶色の瞳に燃やした女性の顔がある。

 「あ…アフラさん?」

 「なんや、誠はんやないの」

 青年の声に、自転車の彼女の険が消え失せた。

 と、

 「何しとんの、こんな時間まで! あの娘を何時間待たとるの?!」

 親愛の怒りがこもった叱咤が、飛ぶ。

 「物理の教授に質問しとったら時間忘れてもうて…」

 しどろもどろに答える誠へ、アフラに呆れ返った表情が生まれた。

 「ほら、いいから乗りなはれ」

 彼女はあごで後ろの荷台をしゃくった。

 「へ?」

 意図が読めずに誠。無視してアフラは続ける。

 「飛ばしますぇ!」

 「は、はいぃ?!」

 真夏の赤みを帯びた夕闇を、一台の自転車が自ら生み出す刃で緩やかに切り裂いて行った。




告げられない

一言で全てが変わる

危険な心の声




 坂道を猛スピードで下って行く二輪車の進行方向には東雲神社と呼ばれる総社があった。

 閑静なたたずまいの小高な丘にあるその社から、本日は一転,賑やかなざわめきが聞こえてきていた。

 太鼓の音。

 鈴の音。

 人の掛け声、笑い声、歌声…

 本日8/1は、東雲神社の夏祭りである。

 「今夜の花火はシェーラが腕によりをかけた言うてたわ」

 「バイトしとる言うてましたね」

 「ウチら不法入国者やから、働く先を探すのも一苦労どす」

 誠は苦笑。

 エルハザード第二王女・ファトラ姫の護衛である彼女達は、行方をくらませた主と同様にここ日本へ密入国,今年の春から質素なアパートで暮らしている。

 アフラに至ってはバイトしつつの苦学生…とのことだが、実際は得意の情報操作で案外快適に日々の生活を送っているようだ。

 やがて二人は賑やかな社を先に臨んだ東雲公園の前に差し掛かる。

 「ほな,ありがとな、アフラさん」

 「ア、アホなコト言うとらんで、さっさとあの娘のトコへ行きぃな!」

 消えかかった夕焼けに、群青色で染まったアフラの顔は見えない。

 誠は前を向いてペダルを踏み続ける彼女に心の内でもう一度感謝の言葉を紡ぎ、疾走する荷台から飛び降りた。

 One Step

 Two Step

 Three Step ...

 走り去るアフラを背に、減速しながら公園へ早足で駆け込む誠。

 途端、薄暗かった公園の外灯が点灯する。

 彼が西の空へ目をやると、陽がビルの谷間に僅かな赤を残してほぼ没していた。

 「まこと」

 凛としたアルトな声。

 彼は視線を上空から目線まで下ろす。

 外灯の一つ,檜の木立ちの間に立つ明かりの下に一人の女性が立っていた。

 黒になりきれない烏色の夕闇を人型に切り取ったような、白になりきれない桜色。

 「ゴメン、イフリータ。待たせてもうたな」

 彼女に駆け寄る誠。

 桜色の生地に淡い花びらを所々にあしらった浴衣をその身に纏うイフリータは『東雲神社夏祭り』と書かれたウチワを左手に扇いでいた。

 彼女は手を止め、無言のまま彼に右手を伸ばす。

 「?」思わず目を瞑る誠。

 白い手が、彼の額に汗で張り付いた長めの前髪を払った。

 「走ってこなくても良いだろう? お前を待つのは嫌じゃない」

 薄く微笑む。

 真摯に見つめられ、誠は困ったように視線を宙に泳がせた。

 もっともそれは束の間。

 「ほな、行こか,イフリータ」

 彼女の手を掴み、彼は笑みを湛えて歩き出す。




私だけを見つめて欲しい

声高らかに叫べたら振りかえってくれるだろうか?

怖くてできない

気弱な心の声




 山車が二人の前を通り過ぎて行く。

 地元の、有名どころの祭りには遠く手の届かない小さな規模だが、祭りという感覚は本物だ。

 高さ4mほどの山車の屋根で踊る男の一人に、イフリータは訝しげな視線を送っていた。

 「どないしたんや、イフリータ。なんか変わったもんでも?」

 誠は彼女の様子がおかしい事に気付き、視線を山車の屋根へ。

 彼もまた、彼女と同じ蒼白となる。

 注意深く耳を傾けると、怒号に隠されるようにこんな声が屋根の上の男から聞こえてきた。

 「ひゃ〜っはっはっは〜〜,我を敬え、這いつくばるが良い、愚民どもよ、ひゃっはっはっは〜〜〜」

 「「陣内??」」

 「ひゃ〜〜っはっはっは…ぐぇ!」

 電線に首を引っ掛け、屋根の上から転げ落ちる陣内。

 そのまま運良く隣接する民家のベランダに落ちていった,山車は気付くことなく走り去って行く。

 「え…ふむ」

 「今のは悪い夢やな、イフリータ」

 非現実を見てしまったかのような二人の肩が後ろから叩かれた。

 「誠にイフリータ,どう、焼きそばでも食って行かない?」

 振り返ると的屋の格好がズビシィと似合ったイシエルが笑っている。

 「似合うぞ、イシエル」無表情にイフリータ。

 「う〜ん、アンタに言われてもあんまり嬉しくないべさ」

 苦笑いの彼女は焼きそばの入ったパックを一つ、イフリータに手渡した。

 「?」

 「おごり。飲み物は隣のカレシに買ってもらってな」

 「ありがとうございます、イシエルさん。それじゃ、そこのラムネを2本」

 「まいど!」

 イシエルは満面の笑みで誠に、氷の詰まったクーラーバックの奥の方からラムネを取り出す。

 「何だ、これは?」

 イフリータは首を傾げて渡されたビンを眺めた。

 湾曲したビンの向こう側にはまるでダリの世界に入りこんだようなセピア色の誠とイシエルが映っている。

 「これはな、こうして…」

 カシュ!

 「こう飲むんや」

 誠は蓋を押して栓を開け、一気に飲み干した。

 「誠,慣れてるねぇ」

 「昔、陣内や菜々美ちゃんとよく飲んだもんや」イシエルに笑ってそう返す誠。

 イフリータもまた誠の見よう見真似で…

 カシュ!

 「冷たい…」

 溢れ出たラムネに手を濡らしつつもビンに唇を当て、傾ける。

 カチン

 「?」

 戻す。首を傾げつつ、もう一度ビンを傾け、

 カチン

 「? 出ない?」

 栓であるビー玉が塞いでしまい、誠のように飲めない。

 彼女は誠とイシエルに振りかえり…ニヤリと笑みを浮かべた二人に思わず頬を膨らませた。

 「イフリータ,ビンのここんトコ、へこんどるやろ? ここにビー玉を止めておいて飲むんや」

 「ほぅ」

 誠の解説通りにビンを3度傾けるイフリータ。

 今度はしっかりと彼女の喉を潤してゆく。

 「…冷たくてなかなかおいしいな」

 「そう、夏と言ったらやっぱりラムネだべさ」

 満足げにイシエルは頷きながら自らも一本開ける。

 「あ、まこっちゃん,みっけ!」

 元気な少女の声に3対の瞳が振り返る。

 深緑色の浴衣姿の少女が一人。右手にりんご飴を持って駆け寄ってきた。

 彼女は浴衣姿のイフリータを見つめ…

 「ど、どうしてアンタ、おっきくなってるのよ?!」

 大きな瞳をさらに大きくして驚きを体全体で表した。

 思念体であるイフリータは接木によって命を永らえたが、生命力は一年以上経った今でも未だ乏しく、実体化できるのは30cmくらいの姿だけだったと菜々美は記憶している。

 それが今、元の大きさに戻っている…菜々美としては真珠湾攻撃を受けたようなショックである。

 「栄養剤を根元に4,5本射したからな」

 真面目にイフリータは答えた。

 「え、栄養剤?」

 「ああ、プランター用でよく売ってるアレだ」

 「…何でもアリなの?? この植物娘め…」

 「何か言ったか?」

 「いえ、なんにも」

 菜々美は素知らぬ顔で微笑を浮かべた,ちょっと引きつっているのはまだまだ修行が足りないのか…

 [それはそうと菜々美ちゃん。今日の模試はどうやったんや?」

 「うぐぅ…訊かないでよ、まこっちゃん!」

 突然の質問に額に汗の菜々美。

 「その様子やとあんまり良くなかったんやな?」

 「ああ、う〜〜、あ、あんなところに藤沢センセがお店出してるわよ」

 菜々美は無理矢理話を区切り、境内へと続く長い階段の途中を指差す。

 緩やかな階段の両脇には屋台が並んでおり、その内の四つほどに『東雲高校』の文字があった。

 「さ、行こ行こ」

 菜々美は額に汗しつつ、誠とイフリータの背を押した。

 「ちょ、ちょっと菜々美ちゃん?!」

 「そんなに急がないでも良いだろう?」

 つんのめりながら二人

 「また来てね〜」

 イシエルは去り行く3人の背に手を振り、

 「菜々美ちゃん,あの二人の娘って感じねぇ」

 当人の前で言うものなら殺されそうなセリフを呟きつつ、彼女は仕事を再開した。




いつもまっすぐに

いつもはっきりしない

答えは同じなのに

噛み合わない心の声




 「藤沢センセ,お久しぶりです」

 「こんばんは」

 ペコリと二人は恩師(?)に頭を下げた。

 「おお、久しぶりじゃないか、二人とも!」

 いつも通りの不精ひげの中年男は笑みを湛えてかつての教え子の肩をべしべし叩く。

 「ところで菜々美くん,ちゃんと受験勉強してるかね?」

 チラリ、藤沢は二人の後ろに隠れるようにしている菜々美に視線を移した。

 「もぅ、先生ったらぁ! お祭りでそんなこと思い出させないでよ」

 どげしぃ,貫き手を藤沢のみぞおちに食らわせる。なかなか壮絶なツッコミだ。

 「ところで…どうしてお好み焼きなんて屋台でやってるんです?」

 藤沢のいる屋台では広島風お好み焼きが焼かれていた。関西出身の誠から見れば、麺の入っている邪道極まりないものだ。

 「ん? ああ、地域との親交を深める一環でな。そうだ、誠。一枚どうだ?」

 「え…いや、僕は…」

 「ちょっと待ったぁぁ!!」

 「「?!?!」」

 ちょっと待ったコールは向かいの屋台から!

 向かいのたこ焼き屋を仕切るのは…ミーズである。

 「ミーズ先生も? へぇ、たこ焼き屋ですか」

 誠は漂ってくる鰹節の香りを吸い込んではっとする。

 「そうよ、誠くん,私のたこ焼きは関西風。そんな広島風お好み焼きなんて邪道…そう思っているでしょう?」

 「そ、そないなことは…」

 図星を刺され、思わず後ずさる誠。彼の肩をがっしと掴むのは藤沢だ。

 「誠、そんなこと言わないでこっちを買ってくれ! ミーズさんに負けるわけにはいかないんだ,頼む!」

 「先生達、またくだらない勝負してるワケ?」

 ジト目で菜々美は二人の教師を交互に見つめた。

 と、その視線は2つによって絡め取られる。

 「菜々美くん、君はオレの味方だよな」

 「へ?」

 「菜々美さん…たこ焼き買わないと何故か英語の成績、下がるわよ」

 「ほぇぇ?!」

 「そう来ますか、ミーズさん?! ならばお好み焼きを買わないと歴史の成績が…」

 「問題発言は止めやぁ!!」

 誠の関西仕込みのツッコミが藤沢に,真似てイフリータはミーズに入れた。




耳を傾けない

傾けたくない

自分で気付いて気付かない

ひどく臆病な心の声




 境内へと続く階段はおよそ500m,程よく人ごみが行き来している。

 誠はイフリータに袖を一回、二回と引っ張られ彼女の見つめる先へ。

 「金魚すくいか…やってみる?」

 「いや。どんなものかと思って」

 「昔、よくやったよねぇ,まこっちゃん!」

 「あ、ちょっと!」

 二人の間に滑り込み、菜々美は誠の腕を胸に抱いて屋台に小走りに近づいた。

 イフリータもそんな二人の背をまぶしそうに目を細め、見つめながらゆっくりと追う。

 限りなく黒に近い、烏色の浴衣に身を包んだ女性がモナカを手に格闘していた。

 彼女の傍らには破れたモナカが山のように積まれている。

 「いらっしゃいませ。あら、誠さん,それに菜々美ちゃんにイフリータさんも」

 出迎えたのはTシャツ姿にジーパンと、ラフな格好なクァウールだ。

 「あれ…クァウールさん、こんなところで何を?」

 「ストレルバウ叔父さんが町内会長のお手伝いを頼まれまして、その代理なんですよ」

 ころころ笑う彼女に誠は軽く頷くと、その前で水面を睨み付ける己と同じ顔の女性に視線を移した。

 ファトラである。

 彼女は全身から殺気をたぎらせ、モナカを持つ右手をクィ,構えた。

 ゴクリ

 思わず息を呑む一同。

 「きぇぇぇい!!」

 白魚のようなファトラの指が、水の中程にいた出目金に狙いを定めてモナカを潜らせる!

 ズッシャァァ!

 そんな効果音はないのだが、実際当てはめるとこんな感じだ。

 ファトラのもう片一方の手で構えた小さな皿の中には出目金の姿は…ない。

 「上か!」

 ぽちゃん♪

 浮き上がった出目金は悠々と水面に戻って泳ぎを続けた。

 ファトラのモナカはぼろぼろに破れてしまっている。

 壮絶だ。

 あまりにも壮絶な金魚すくいだ。

 付け加えて…下手だ。

 「あの、ファトラさん?」

 おずおずと声をかけた誠にファトラは険しい目を向け…

 「おぅ、誠ではないか」

 氷解。

 「それに菜々美にイフリータも。どうじゃ? 祭りは楽しんでおるか?」

 「え、ええ。まぁ」

 鏡を映したような笑みを向けられた誠は一瞬戸惑うも、ファトラの隣にしゃがんで金魚の泳ぐ水槽を見る。

 「ファトラさん。もしかして大物狙いですか?」

 「当たり前じゃろう。あの出目金や、できればウナギも取りたいのじゃが」

 水槽の端には元気に泳ぎまわるフナや鯉,なまずやウナギもいたりする。

 「かれこれモナカは3桁ほど使っておるのだが、何も取れんわ」

 「ク、クァウールさん?」

 「さぁ? 叔父様が用意したものなので」

 店主ににっこりと純粋な微笑を向けられ誠はそれ以上の追求を止めた。

 「ファトラさん,コレにはコツがあるんですよ」

 彼は100円をクァウールに渡し、モナカを受け取る。

 「まずは手桶を左手に、モナカを右手に持ちます」

 「ふむ」

 誠はファトラを後ろに回り、背中から抱くようにして彼女の両手に己の手を重ねた。

 「そして水面近くの、『普通』の金魚を狙います」

 「しかしなぁ」

 「文句は一匹くらい取ってから言ってください」

 「むぅ…」

 誠とファトラの四つの瞳が、水面を凝視する。

 ファトラの目の前に一匹、小さな赤い金魚が水面近くに現れた。

 彼女の力を抜いた両手が、誠の意図の通りに動く。

 ファトラの右手に添えられたモナカが水面を僅かに切った。

 左手の手桶の中に飛び出したものを受け取るように何かが飛び込む!

 「お!」

 手桶の中で跳ねるのは一匹の赤い金魚。

 「なるほどな」

 「何となく分かりました?」

 誠はファトラから離れ、隣にしゃがむ。

 「つまりは…こういうことであろう」

 素早くファトラの右手が水面を切る。

 次の瞬間には手桶の中にもう一匹の小さな金魚が跳ねていた。

 「スジ良いですね」

 「できるだけ濡らさずにやるのだな。ようやくスッキリしたわ」

 爽快に笑みを浮かべつつ、ファトラはクァウールに2匹の金魚を小さなビニール袋に入れてもらう。

 「あれ、ファトラさん? もう良いの?」

 「うむ。一匹でも取れればあとは同じじゃ」

 菜々美に笑って答えるファトラ。

 彼女は袋の中の2匹の金魚を眺め、満足そうに頷くとそのまま誠を見つめる。

 「礼を言うぞ、誠」

 「いえいえ。ほな、僕達はこれで」

 「と、ちょっと待て」

 「?」

 ファトラは誠、イフリータ、菜々美の順で一瞥。最後に誠に僅かにニヤリと微笑んだかと思うと。

 「ところで菜々美,わらわと熱い夜を過ごさぬか?」

 「はぃ?」

 ジワリ、菜々美に一歩ファトラは足を踏み出した。

 対して菜々美もまた一歩、後ろへと下がる。

 「何も逃げることはあるまい」

 前へ一歩。

 「その手の動きは何よ?」

 後ろへ一歩。

 「友愛の印じゃ」

 二歩三歩

 「私はまっとうな世界の住人だからね。怪しげな愛はいらないわよ」

 四歩五歩六歩

 「まぁ、ゆっくりと愛とは何か話し合おう。もとい語り明かそうではないか!」

 追いかける!

 「話は平行線で終わるわよっ!」

 ダッシュで逃げる!

 「ちょっと、二人とも…」

 誠の手は宙を掴む。

 「行ってしまったな」

 イフリータの呟きは二人の消えていった人ごみの雑踏に掻き消えて行く。

 そんな人込みの中を、クァウールが彼女にしては珍しく複雑な表情で眺め続けていた。




迷いのない

飾りのない

其の声は届く




 「こっちや、イフリータ!」

 「そんなに急がなくとも…」

 誠の左手はイフリータの右手をしっかりと掴み、やや早足で人込みの中,境内への階段を登って行く。

 と、

 ぷつん

 「きゃ!」

 「イフリータ?」

 彼女を引く手が止まり、誠は慌てて向き直る。

 石段でしゃがみ込むイフリータがいた。

 彼女の右足の草履の鼻緒がぷっつりと切れてしまっている。

 「すまない…誠。大切なものを壊してしまって」

 「そんなことより怪我しとらんか?!」

 慌てて誠は駆け寄って彼女の足元を見る。

 「ん…石段に足の小指をぶつけたくらいだ。しかしどうしようか…」

 鼻緒の切れた草履を手に眉間にしわを寄せて呟く。

 「とりあえず、ほら」

 しゃがんでイフリータに背を向ける誠。

 「え…」

 「道の真ん中でいつまでも座ってちゃ…な。それに早くせんと始まってまうし」

 イフリータは瞬考の後、彼の背に体を預けた。




聞けない

聞こえない

心の声

だからこそ

声にして届けよう




 どん!

 どん!

 どどん!

 東雲神社の境内の裏,人気の少ないそこからは東雲の街が一望できる。

 そして何より今日は…

 どん!

 空に一際大きな光の花が咲いた。

 一瞬、女性を背負った男性の影が地面に落ちる。

 どん

 どどどん!

 柳、菊と、オーソドックスなものが連発。

 「きれい…だな」

 誠の耳元で溜息とともに声が漏れた。

 どん!

 咲いては消えて行く光の花。

 咲いた後には何も、残らない。

 どん

 「私も、いや,私達もいずれは消えて行く花火みたいなものなのかもしれない」

 イフリータは誰ともなしにそう、呟いていた。

 消え行く盛大な花火を見ていると、どこか寂寥感を感じる。

 どん!

 「昔な」

 誠は思い出すように呟いた。

 どん!

 「イフリータの桜の木で、陣内と菜々美ちゃんとでよく眺めたやろ」

 どどん

 「ああ…そうだったな」

 イフリータは懐かしい瞳で空を眺める。

 巨大な柳が、崩れて行く。

 どん!

 「花火はたとえすぐ消えても、こんな風に見る場所が変わっても、毎年咲いとる」

 どん

 「毎年、変わることなく、な」

 「…ああ、そうだな」

 イフリータの表情が和らいだ。誠の肩に額を預ける。

 「なぁ、イフリータ」

 「何だ?」

 「僕は…

 どん、どどん!

 どどどどどん!

 光の花束が空に咲き乱れた。

 イフリータは誠の首に回した腕をきつく抱きしめる。

 「私もさ、誠…」

 どん!

 一際大きな花が夜空に咲いた。

 それは桜。

 崩れ行く光の桜の火の粉は、まるで散り行く桜吹雪を思わせた…




貴方の傍らにきっとある

声にならない心の声

その声はどんな声?



其処にあるのは Sense Of Heart ...

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