なりたい (前編)
Written by Uma
夜も更けてきて東雲食堂は殆ど客もいなくなった。
“もうすぐ看板ね” 菜々美がそう思い始めた頃扉が開いた。
「こんばんは菜々美はん。まだよろしいやろか?」
「こんばんはアフラさん。勿論構いませんよ。 さ、どうぞ中へ」
菜々美はアフラを招き入れながらちょっと怪訝そうな顔をする。
それを見てアフラが言う。
「ふふふ。菜々美はん、誠はんなら今頃ファトラはんの代わりに晩餐会や」
「えっ。べ、別にそんな事は気にしていないわよ。だけどファトラさんにも困ったもんねぇ」
ちょっと顔を赤らめながら答えるが、ちらと奥を見ながら続ける。
「困ったと言うと、あれもなんだけどねぇ」
「シェーラ・シェーラどすな」
後姿が見える。店に入った時から気付いていた。
シェーラも気付いているはずなのにこちらを見ない。
「どうしたんどすか?」
いつもと違うシェーラをやや気遣うように問い掛ける。
「わかんないのよ、それが。料理と一緒にお酒頼んだ所まではいつもと同じなんだけど、ずっと呑み続けているのよねぇ。うちも商売だから言われりゃ出すけどさぁ、酒場じゃないでしょう。呑み続けるには割高なんだけどねぇ」
知り合いだから割り引くと言う事は絶対にない菜々美だった。
「そうどすな…」 ちょっと考えるような仕草をするが、まずは席につく事にしたようだ。
「取り敢えず菜々美はん、メニューをお願いできますやろか」 シェーラの正面に座る。
「ご免なさいアフラさん。今日お客さん多くてできるものが少ないの。できるものでいいかしら、その代わり安くするから」
安くすると言う菜々美の言葉に半分驚きを含んだ笑いと共に返事する。
「構いませんえ。後、うちにもお酒貰えるやろか。シェーラが呑み尽くしてなければええんやけど」
「は〜い、お任せ。お酒も良いのが入っているわよ。ちょっと待っててね」
菜々美が厨房へ消えていくのを見送ってからシェーラの方を向く。
「さて…。シェーラどないしました?」 長年の付き合いでシェーラが待っていた事を知っていた。
シェーラは杯を置き前を見る。
いつも同じアフラ・マーンの顔がそこにある。
“用があるならさっさと言い。うちは忙しいんや” 目がそう告げていた。
“別に用なんかねえよ” そう言いたかったが思わず目をそらす。
おや、という顔をするアフラ。シェーラにしては珍しく弱気な態度だ。
しばらく何も言わずシェーラの顔を見るアフラ。
シェーラは黙って杯を重ねる。
「はい、アフラさんお待たせ」 菜々美がトレイ一杯に料理を持ってくる。
「菜々美はん、ちょっとこれは一人分やおへんよ」
「ええ、もう看板にして私も一緒に食べようかと思って。いいでしょ」
アフラは、ちらとシェーラを見る。相変わらず何も言わない。
「構いまへんがそやったら暖簾とか入れなあかんやろ。暫く待ってますから用済ませておくれやす」
一瞬後、菜々美は頷く。
「ご免ねアフラさん。メニュー無い上にお待たせしちゃって」 そう言って店を閉めに行く菜々美。
アフラは再度シェーラを見る。
丁度顔を上げたシェーラと目が合った。
アフラより先にシェーラが口を開く。
「アフラ、おめえ幾つだっけ?」
「??? どないしましたシェーラ、いきなり人の歳訊いて。なんぞ悪いもんでも食べましましか?」
「そんなんじゃねえ。おめえ確かあたいより下だったよな」
シェーラの顔をじっと見るアフラ。”呑んどるけど酔ってる訳ではおへんな”
尚更シェーラの意図が読めない。
「シェーラどうしました? 確かにうちはあんたの一つ下どすが、それが」
アフラが続けようとするのを遮ってシェーラが口を開く。
「菜々美はさらに下だったよな」
ますます分からない。
「シェーラなんかあったんどすか? うちで良ければ」
再度遮るシェーラ。
「で、おめえに対しては”さん”付けであたいにはタメか」
アフラは柳眉を寄せる。
「シェーラ、本当にどないしたんどすか。あんたはそんな事言うような人やおへんやろ」
つい強い口調で言うアフラに、驚いたように菜々美が口を挟む。
「どうしたのアフラさん? 大きな声出しちゃって」
「え、いやなんでもありまへん。すんまへんなあ、脅かしてもうて」
「いやいいんだけどさあ…。ねえシェーラどうしたの? 珍しく暗い顔しているけど」
「うるせい。色が黒いのは生まれつきでい」
「そ、そう。ご免ねシェーラ」 シェーラの剣幕に思わず謝ってしまう菜々美。
また、シェーラは苦渋の表情をしているようにも見える。
何かに悩んでいるようだが本人が言わない事には分かりはしない。
シェーラは突然立ちあがった。
「すまねえ。変な事を言っちまって。先に帰るわ」
そう言って店を出て行くシェーラ。
後に残されたアフラと菜々美。
菜々美がシェーラの後姿に声をかける。
「シェーラ、御代は明日貰いに行くからね」
がたっ、暗くて良く見えないが店の前でこけたようだ。
帰ると言って東雲食堂を出たシェーラだが、足は城へは向いていなかった。
呑みたい気分だったが行き付けの店では呑みたくなかった。
というより知り合いに余り会いたくない気分だ。
宛てもなく歩くシェーラ・シェーラ。
ふと昼間の出来事が思い出される。
昼間シェーラはミーズの家へ相談に行っていた。
ノックしたシェーラを迎え入れたのは誰あろう、元炎の大神官ヴァイ・ラールだった。
「ヴァ、ヴァイ様、いつこちらへ」
挨拶より先に驚きが口に出る。
「つい先程ですよ、シェーラ・シェーラ。久し振りですね。元気にしていましたか」
「も、勿論です。ヴァイ様もお元気そうで…」 咄嗟の事で上手く話せない。
「もうシェーラ。何言っているのよ。大先輩に対してそんな挨拶はないでしょ」
ミーズが咎めるようにいうがヴァイはやさしく笑って続ける。
「いいのですよミーズ。私も堅苦しい挨拶は苦手です。シェーラ、そんな所に立ってないで中に入りなさい。と言ってもここはミーズの家ですけどね」
「は、はい」 緊張しまくっている。
無理も無い。ヴァイと会うのは大神官就任以来だし、それまでも話をする機会はそれほど多くない。
中へ入ったシェーラだが、ミーズにヴァイと言う人生の大先輩(と言うとミーズから苦情が出るが)を前にかなり緊張していた。
「と、所でヴァイ様本日は何のご用でこのフリスタリカへ?」
傍から見て無理をしているのが良く分かる。
「そう堅くならないで下さいシェーラ・シェーラ。あなたは大神官ですよ。地位的には私より上ですから」
慌てて首を振るシェーラ・シェーラ。
「と、とんでもない。そんなヴァイ様相手にタメ口なんて」
「シェーラ、あなたねえヴァイ様は固くなるなと仰ったけど、タメ口訊いていいなんて一っ事も仰ってないわよ」
半分笑いながらミーズが突っ込む。
釣られてヴァイも笑みをこぼす。
「ふふふシェーラ、今日はミーズの後任について報告に来たのですよ。別に私で無くとも良かったんですが、丁度手が空いているものが私しかいませんでしたから」
「えっ、じゃあ姉貴の後任が決まったんですか?」 シェーラなりに丁寧に言っている。
ふっと、ため息をこぼすミーズ。
「それがねぇ、まだなんだって。候補に上がりそうなのはいるらしいんだけど本人ができないとか言って駄々こねちゃったりで、まだ候補すら決まりそうにないんだって…」
「すいませんミーズ。長老会でも色々手を尽くしているのでがちょっと難航しているのです」
「いえ、いいんです。それを伝えるだけの為ににわざわざヴァイ様がいらした事で十分誠意は伝わっておりますわ。それにいざとなったら私が適当に指名してもいいんですし」
頭を下げるミーズだがここにアフラがいたらミーズを懐柔するためにヴァイを寄越したと言うだろう。
長老会とは言わば神官の名球会のようなもので実務面で大神官を補佐する。
目付けの役割を果たす事もあるが最終的な決定権は全て大神官が持っている。
現役の大神官にとっては皆先輩に当たるメンバーで構成されているが、だからと言って力負けするようでは大神官は勤まらない。
かと言って無視する事もできないし、ある意味面倒だ。
「そうかあ、姉貴も大変だなあ」
「そうね…。まだ暫くあなたのような出来の悪い、半人前の大神官の面倒を見続けないといけないかと思うとそれだけで肩が凝っちゃうわ」 笑いながらミーズはぐちる。
「ふふふ、よろしくお願いしますねミーズ。シェーラは私にとっても可愛い妹ですから」
「ええ、分かっていますよヴァイ様。所でシェーラ、今日は何用かしら」
ゆっくり両肘をつき覗き込むようにシェーラの顔を見る。
「うぅ、え、え〜と…」 ヴァイがいる事は予想外ではあったが好都合かもしれなかった。
“どうするか…” 人生の転機に差し掛かったがごとく悩むシェーラを見て二人は微笑んでしまう。
“本当にお願いしますね” ”分かっております” 目で語り合い微笑んでいる二人に対しシェーラの頭はヒートしていた。
「シェーラ、私がいると話し辛いのであれば席を外しますが」 ヴァイが気を利かせて提案する。
「そんなヴァイ様。ほらシェーラさっさと言いなさい。ヴァイ様にも言えない事なの?」
ミーズの言い方はきついがなんとなく目が笑っているようにも見える。
“見透かされている?!” 更に緊張するシェーラ。
「ミーズ、そんな言い方すると益々話せなくなりますよ。やはり私が」
「い、いえ一緒に聞いて下さい」
ヴァイが席を立つというのに反応してつい口にしたシェーラだが何から言っていいものやら見当がつかなかった。
「落ち着きなさいシェーラ。本当にあなたって口下手ねぇ。それじゃ誠君口説くの大変よ」
ミーズの言葉に首まで真っ赤になるシェーラ・シェーラ。口をパクパクさせるが言葉が出ない。
「シェーラ・シェーラ、人を好きになるというのは恥ずかしい事ではありません。むしろ大事な事です。人間成長する過程で恋と言うのは大切な要素ですよ」 言い聞かせるように話す。
「そうよぉシェーラ。私もダーリンと会えてぇ、人生で最高に幸せな時を過ごしているんだし、あなたも早く相手を見つけなきゃぁ」 こちらは威厳も何も無い。
一瞬下を向いたシェーラだが思い直した様に前を向く。
「別に誠の事はどうでもいいんでぇ。だけどよう…昨日…」
「昨日? そう言えばシェーラ、あなた昨日また学術院で暴れたんですって?」
「べ、別にあたいのせいじゃあ…。あれは菜々美の奴が突っかかって来るから…」
「シェーラ。今ミーズはまたと言いましたが、今までも同じような事をしているのですか?」
「そ、それは…」 さすがに二人から言われると反論出来ない。
「シェーラ、取り敢えずその事は後でいいわ。で、昨日どうしたの」
ため息をつきながらミーズが促す。
先にシェーラの相談を聞いて上げようという親心(?)だ。
「そ、そのう昨日…姉貴が言うようにちょっと学術院で方術使っちまってさぁ…」
殆どいたずらをした子供のように話しを続けるシェーラ・シェーラ。
二人は何も言わず黙って聞いている。
「…という訳で誠の論文を焼いちまったんだ。誠の奴はまた書き直せばいいって言ってくれたんだけよう。その時の誠…寂しそうな顔してて…あたいなんて言っていいのか分かんなくって…」
下を向くシェーラ。今にも泣きそうな顔をしている。
「で、アフラの奴が言うんだ。もう子供じゃねえんだからいつまでも同じ事で騒ぐんじゃねぇって。なあ姉貴、あたいどうしたらいいんだ? どうしたら誠に迷惑をかけずに済むんだ?」
シェーラをじっと見つめていたミーズとヴァイだがミーズがまず口を開く。
「シェーラ・シェーラ、少しは成長したようね。その気持ちだけで十分かもしれなくてよ」
「そうですね。他人を思いやる気持ち、心から感謝したり謝罪したりそういう心の成長が重要なのです。そう言う意味ではシェーラ、あなたとは就任式以来ですがその時とは別人と言ってもいいですね」
しかしシェーラは納得できないようだ。
「駄目なんだよ、それじゃ。今のままじゃ…またあいつに迷惑を掛けちまう。あたいはアフラのように頭も良くないし菜々美のように料理が出来るわけじゃねえ。このままじゃあたい迷惑を掛けるだけの存在になっちまう…」
ミーズは殆ど泣き出す寸前のシェーラの手を優しく握る。
「シェーラ・シェーラしっかりしなさい。あなたは大神官よ。そんな迷い子見たいな顔をするんじゃありません」
「だけどよう…」
「いいシェーラ・シェーラ。確かにアフラは古文書も読めるし菜々美ちゃんは料理が得意よ。だけどあなたにだってあなたにしか出来ないものがあるはずよ」
「あたいにしかって…そんなもんあるのか姉貴?」
一瞬言葉に詰まるミーズ。
「う、き、きっとあるわよ、シェーラ。だけどそれを見つけるのはあなた次第よ」
逃げに入ったミーズにヴァイが助け舟を出した。
「シェーラ・シェーラ、まず自分を見つめ直す事です。そして自分に何が出来るのか、何をやらなくてはいけないのかを見つけるのです。またあなたには多くの人達が色々な期待をしています。あなたは大神官ですからね。そういった諸々の苦労を重ねる事により人は成長していくのです。大人になりなさいシェーラ。そうすれば道も見えてくるはずです」
「大人になる…」
「そうよシェーラ。早く大人になりなさい。そうすれば誠君も大人の魅力でイチコロよ」 とことんずれている。
「ではシェーラ・シェーラ」 ヴァイが言葉を続ける。
「はい」 顔を上げるシェーラ。目の前にはにっこり笑うヴァイの顔があった。
シェーラもつい、にこっと(にやっと?)笑う。
「今までどれくらいロシュタリア城に迷惑を掛けてきたのか聞かせてもらいましょうか」
その瞬間自分でも顔が引きつったのが分かるシェーラ・シェーラだった。
「ふう」 ため息をつきながら後半はえらい目に遭ったなと考える。
その後、適当に入ったショットバーで呑んでいたシェーラが店を出たのは夜半過ぎだった。
翌朝、目を覚ますとちゃんと城の客間にいた。
いつ帰ったかなと思いながら起き出すと殆ど裸だ。
一瞬慌てたが見ると服はちゃんと畳んで置いてある。
珍しく器用な事をしたなと思いつつ、顔を洗い髪を梳かしているとノックの音がした。
音も立てず扉に近づき気配を伺う。
ロシュタリア城中で刺客なぞ出るとは思えなかったが外の人物は明らかに殺気を放っていた。
が、不意にその殺気が霧散する。
「シェーラ、うちどす。もう起きましたか」 アフラ・マーンだ。
ほっとため息をつき扉を開ける。
「なんでえアフラか。何の冗談でえ。もう少しで一発かます所だったぜ」 やれやれと言う感じで話す。
「それはええんどすがシェーラ。あんたも年頃の女やろ。服くらいちゃんと着なさい」
起きた時の格好だった。アフラは続ける。
「うちだけやなくて誠はんとか、或いはファトラはんが一緒やったらどないするつもりどすか」
「けっ、外にいるのが一人と分かっているんだ。その一人がおめえなんだからかまやぁしねえだろ」
「ほう、どうやら酒は抜けとるようですな」 感心するようにアフラ。
「てやんでぇ。おめえに指図されるこっちゃねえやい」
いつもと同じシェーラに安心したアフラではあるが、ちょっと意地悪く返す。
「そんな事言うて昨晩酔いつぶれているあんたを見つけて、ここまで運んでベッドに入れたんは、うちどすえ。少しは感謝してくれてもええと思うんどすが」
「ふん、誰が連れて行ってくれって頼んだんでえ」 強がるシェーラだが
「ほほう、あんたをここまで連れて来て介抱したんがうちやのうてファトラはんやったら、どうなっていたと思います? あんた服を脱がせようとした時も全く抵抗せずに脱ぎましたえ」
さすがに顔色が変るシェーラ・シェーラ。
「そ、それは…」 慌てて服を着るシェーラ・シェーラ。
そんなシェーラを見て笑みがこぼれる。
“全くこの子は危なっかしゅうて、ほんま一人にできまへんなあ”
優しい笑みを浮かべるアフラだが、シェーラが向き直る頃にはいつもの表情に戻っていた。
「す、すまねえアフラ・マーン…」
素直に謝るシェーラに驚愕の表情に変るアフラ。
「ど、どないしたんどすかシェーラ! なんか悪いもんでも、いや熱があるんと違うやろか? すぐに薬持ってきますよってに」 慌てふためくアフラを初めて見るような気がする。
それ自体は面白いのだがその原因というのが、自分が謝ったためというのが納得できない。
「なんでえアフラ。あたいがあやまんのがそんなに珍しいのかよ!」
「い、いやそう言う訳では…。だけどシェーラほんまにどないしました。昨晩といいちょっといつものシェーラやおへんえ」 恐る恐る話すアフラ。
「…。いいんだよ。そんな事は。それよりも飯食いにいかねえか。腹へっちまって」
「そうどすなあ…。ちょっと中途半端な時間どすが、軽いもんなら付き合いまひょ」
なんか変なものを見るような目で話すアフラを尻目に扉を開けるシェーラ・シェーラ。
「いくぞ。アフラ。さっさとこねえか」
“こう言う所はいつもと変らないんどすがなあ…。姉さんに相談した方がええやろか…”
彼女なりにシェーラの心配をしながら部屋を出る。
行き先は東雲食堂ではなく公園だった。
さすがにシェーラも昨日の事がありすぐには顔を出し辛い。
ファーストフード片手に芝の上に座る二人。
「たまにはこんなんもいいな」 シェーラが空を仰ぎながら呟く。
「たまにはって、マルドゥーンではいつもこんな感じやないの」 アフラが突っ込む。
「だけどここにくると菜々美ん所で取る事が多いじゃねえか」 切り返すシェーラ。
「まあ、そうどすな」 アフラはシェーラを観察しながら答える。
“ほんまにどないしたんやろ。なんや無理におとなしゅうしとるようにも見えますが…”
何が原因か? さすがのアフラも見当がつかなかった。
またいつもならあっという間に食べてしまいアフラをせっつくシェーラだが、今日はゆっくりと食べている。
アフラは気味悪くてしょうがない。
“やはり姉さんに相談しまひょ。何があったか知りませんが明らかにおかしい。…もしかして誠はん…また変な装置を試したとか…”
「有り得る話どすな」 シェーラを見ながら一人ごちるアフラ。ちょっと目がこわい。
「え、何がだアフラ?」
「許しまへんえ誠はん!」 勢い良く立ち上がる。
「ど、どうしたんでい、アフラ。一体…」
「シェーラ、安心しておくれやす。必ずうちが元に戻してあげますから」
一方的に宣言し城の方へ飛んでいくアフラを見送るシェーラ。
「どうしたんだアフラの奴…。誠がどうとかおかしな事を言ってたが…まさかあいつ…いやそんなはずはねえか…。悩みがあるなら姉貴の所へでも行ってくりゃいいのによ」
アフラは誠を問い詰めに行ったのだが、勿論シェーラにそんな事が分かるはずが無い。
逆に口説きに行ったかと一瞬思ったのである。
一人残されたシェーラ。
仕方なく芝に寝転がって空を眺める。
「あいつもああ言う所は子供っぽいよな…」 呟きながら昨日ミーズ達に言われた事を再度考える。
「大人になれか…」 分かるようにも思えるし分からないとも言える。
久し振りにヴァイと会ったせいかもしれない。シェーラは先輩達の事を思い浮かべる。
と言っても年齢差もあり親しく話せると言うと、ヴァイ以降の神官達くらいだ。
まずヴァイ・ラール。シェーラが修道院へ入った時、そしてミーズが大神官へ昇格した時の炎の大神官。
歴代の大神官中でも人格者と言われており、かのミーズでさえヴァイの前では大人しくしている。
そしてクレンナ・クレンナ。最も華麗な技を持つと言われた彼女は早くからヴァイの後継者と見られていた。
予想通りヴァイはクレンナを選びまたクレンナもその期待に応えた。
斯くありたいものだとシェーラでさえ思う。
最後にルシア・アン。シェーラを指名した先の大神官…。
クレンナがルシアを選んだ時回りはどよめいた。
なぜなら彼女の名は候補者リストになかったからである。
考え直してはどうかと言う長老会の言葉を拒否し、クレンナは後継にルシアを据えた。
だがその後、彼女は智将と呼ばれるようになる。
炎の神官にしては珍しく後方で援護と指令塔の役割を担っていた。
「ルシアがいるから安心して前で戦える」 当時ミーズのコメントだ。
そしてシェーラが選ばれた。
シェーラの場合は候補者ではあったが誰も選ばれるとは思っていなかった。
ルシアがミーズにシェーラを紹介した時の台詞。
「今回リストにある子達って私と違って皆頭悪そうな子ばかりなの。姉さんに同じ苦労かけるならこの際一番出来が悪そうな子の方がやり甲斐があるかと思って。お願いしますね、ミーズ姉さん」
ミーズの頬が引き攣っていたのも今でも良く覚えている。
しかしシェーラを候補に推薦したのはヴァイであり、クレンナはリストにシェーラの名があるのを見て他には誰の名前も挙げなかった。
また何よりルシアはリストが出される前からシェーラを指名するつもりでいた。
ただこの事をシェーラ・シェーラは知らされていない。
先代達と比べ自分はかなり劣っている…。他の水、風の大神官だった人達の事を思い浮かべますます落ち込んでいくシェーラ・シェーラ。
“一体どうすりゃいいんだ”
シェーラはまだ若いが、歴代神官の中では最強ではないかとも言われている。
だがヴァイから力が強い事よりもその使い道が問題であると諭されたばかりである。
尊敬する人から(別にミーズが尊敬できない訳ではない。身近すぎて色々言われるのが当たり前になっていた)言われると無視する訳にもいかない。
“わかんねえ!どうすりゃいいんだ!何が必要なんだ!” 悩むシェーラ。
すぐに答えが出るものでもない。
「修行をやり直すのも一つの方法よ」 とミーズ。
「そう、初心に戻るのも良いかもしれません」 クレンナも同調する。
昔やった事をまたやり直す。シェーラの最も苦手とする事である。
「ともあれ私達が助言できるのもここまでです。後はあなた自身で見つけるしかありません。悩むのも修行ですよ、シェーラ・シェーラ」
ヴァイは優しく言ってくれたがシェーラにとって答えの見えない、例えるなら迷路の中を闇雲に歩き回っているような感じだった。
もっとも迷路なら破壊して道を作っただろうが。
いつの間にやら眠ったらしい。
気がつくと日も少し傾きかけている。
ゆっくり背伸びして起き上がる。
ふとアフラの事を思い出した。
“そういやあいつ誠をどうのこうの言っていたが一体何をするつもりなんだ?”
アフラが誠に惚れてるはずはない、と思いつつもなんか気になってしまう。
“取り敢えず城に戻るか。そう言えばヴァイ様も明日城へ立ち寄ると仰っていたな”
ヴァイの来訪を伝える事を口実に城への道を歩き出すシェーラ。
「引退したとは言え私も元大神官。素通りする訳にもいきませんので明日、いえ明後日にでもお城へ伺おうかと思います。戻ったらルーン王女にその旨を伝えておいて下さい」
あの時ヴァイが明日ではなく明後日と言ったのは自分がまっすぐ戻らない事を見通して言ったのではないか、と疑問に思うシェーラ。
“見透かされちまってるなあ” 頭を掻く。
“やっぱまだ子供なのか…” ふと回りにいる者達を思い浮かべる。皆歳も近い。だが
“あの中じゃあたいが年長者じゃねえか!” 今まで年齢なんて気にした事はなかったが改めて考えるとその通りで菜々美は3つも歳下だ。
しかも年齢だけならシェーラは成人である。
そんな自分が3歳年下の菜々美と喧嘩して誠に迷惑をかけて…。
“確かに大人げないよなあ…” また堂々巡りを始めてしまう。
考えながら歩いていたがもう城の正門まで来ている。
“何もわかんねえ。どうすりゃいいんだ” ぶつぶつ言いながら門をくぐるシェーラ。
門番達は奇怪なものを見る目で見送っていた。
続く!
設定補足(By Uma)
1.神官の系譜
徳間でヴァイ・ラール、TVでクレンナ・クレンナが出ていますが、クレンナをミーズの同期として彼女とシェーラの間に一人入れました。
ミーズの在任期間10年と言うのがかなり長いと言う事でしたし、クレンナがそれほど遅れて大神官になったとも考えにくく、どうしてもシェーラとの間が開いてしまうため強引に突っ込みました(笑)。
2.長老会
大神官は通常マルドゥーンにいる訳で、その他の神官たちを管理する役職みたいなものが必要かと思いました。
大神官に進言したり、大神官の候補を選定する役割を持つとし、元大神官や認められた神官がメンバーで長老と言っても結構若いですね(笑)。
意思決定機関ですがあくまでも勧告で最終的な判断は大神官になります。
ただ面子が面子ですから無視し辛いかな、と行った所です(笑)。目付け役としても手頃でしょう。
Uma氏への励ましのお便りは こちら
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